ホーゼンフェルト武芸帳 シュヴァルツェスマーケンEXTRA 作:燈夜4649
◇
日本国。
成田国際空港。
快晴。日差しがゴミ一つおちていない、陽光を反射するほど美しい床に差す。
アナウンス以外は静寂に包まれている、まるで講堂のような静けさを持った白く巨大な空間。
人がいないわけではない。むしろかなり混んでる。
でもでも、誰も大きな声を出さないし、急に立ち止まる者もいない。
静寂。そして秩序。清潔。丁寧。
これがアジアなの?
あたしには信じがたい。
横を見る。
イングヒルトも目を見開いてこの空間に驚いているようだ。
悔しいけれど、西ベルリンは発展している。
でも、東ベルリンも捨てたものじゃないと思ってる。
──だけど。
こんな極東にある、ファッショが今だ息づいている国が、あたし達の祖国東ドイツより繁栄しているわけがないのだ。
でも、あたし達はこの国際空港を見回す。
静かな、そして美しい建物。
蒼穹まで突き抜ける空。
くやしい。美しすぎる。
そう、美しすぎるのだ、この極東の島国の玄関口は。
で、綺麗だけなのは玄関だけではなかった。
大使館の車で向かう間に見た、東京の街。
それは凄まじい繁栄を遂げている極東の皇国の首都の有様だったのだ。
「アネット、悔しいけど、ここ日本は私達の祖国より繁栄していない?」
「まだわからないわよイングヒルト。表通りだけ綺麗にしている可能性もあるわ」
あたしは言った。でも、冷や汗。
そんな事は無い。空港で感じ、車の窓から街を見る限り、清潔。そして静寂は続く。
秩序ある世界がここにある。実感として感じられる。
まだこの国に来て数時間もたっていないというのに!
「……そうね」
「そうよ、祖国が一番よ!」
そう。
あたしは飛行機に同乗してきた大使館員に聞こえるように、大きめな声で祖国東ドイ
ツを称えたのだ。
ああ、面倒な!
正直に感じたことを口に出せないなんて、窮屈すぎるったらありゃしない!
そして、あたしとイングヒルト。
そう。あたしら二人は日本の土を踏む。
◇
舗装された桜並木の坂道を歩く、あたしとイングヒルトの二人。
日本人は、じろじろとあたしらを視線で見つめては、距離をとってはなにやらこそこそと話しては離れていく。
注目されている! ああ、なんだかこそばゆい、というか、あれだ、動物園の檻の中にいる気分。
しかし、この坂って最低。
歩くたびにアキレス腱が伸びる。
全く凄い坂である。
「不自然に小高い丘ね。日本のお城は山に作ったというけれど。目指す学園も元はお城だったのかしら」
「白稜大付属柊高校。どうなのかしら。この辺りの歴史までは調べてこなかったわ」
「でしょうね、アネット」
「イングヒルト、あなたはどうなの? いつものようにその辺りの情報はキッチリ押さえてきてるんじゃない?」
「私はそこまでではないわ。アネット。お城でなければ古墳だと思ったのよ」
「へえ。コフン、お墓?
「そうね。でも、それもただの思いつき」
「そうかなあ、てっきりあたし、イングヒルトのことだから」
「持ち上げすぎよ。私はそこまで優等生じゃないの」
「全然説得力ないわね、万年首席娘」
「しっかし、この坂道はどうにかならなかったのかしら」
「それより、このスカート、丈が短すぎない?」
「短いのは上着もだけどね」
「日本人は何を考えてこんな可愛らしい制服に? それにしては可愛すぎるデザインだと思わない? イングヒルトはどう思う?」
「これだけ可愛ければ満足よ。でも仮装みたいで少し恥ずかしいわ」
「ファッショの反動じゃないの? 皆、そろって制服着用ですし」
「ファッショがこんなデザインを許す? そんなものかしら?」
「そうよ。きっとそう」
「でも、新ためて見ても凄いデザイン性」
「そう。日本人は可愛いモノが好きらしいよ?」
「興味深い国民性ね」
「お、イングヒルト。その当たりの本音を学園生活で日本人に聞いていこうよ」
「アネット!」
イングヒルトが我が意を得たりと豊かな胸の前で手の平を打つ。
「何よ」
「アネットにしては素晴らしい考え! それこそ留学の醍醐味! 是非そうしましょう!アネットも付き合ってね?」
「はいはい」
「気のない返事ね?」
「そんな事は無いよ。ただイングヒルトの知識欲の貪欲さに呆れただけ」
「それって褒めてる?」
「もっちろんさ、イングヒルト。諦めてこの坂を上るわよ?」
「ええ、行きましょう」
と、言うものの。
流石の傾斜にあたし達の歩幅は短く短くなるのだった。
制服のスカートや上着ののように。
ああ、お腹も脚も涼しいよ。