ホーゼンフェルト武芸帳 シュヴァルツェスマーケンEXTRA 作:燈夜4649
◇
白亜の校舎の教室は、ここも白を基調とした内装で美しく見えた。
紹介されたのは、若い女教師である。
あたしたちは彼女に連れられ、教室の扉をくぐる。
瞬間、『外人だ』『凄く可愛い』などと微かなざわめきが聞こえる。
「はーい皆さん、今日は交換留学生がやってきました! 皆さん仲良くね! では、一人ずつ自己紹介!」
あたしは背中を叩かれた。
「アネット・ホーゼンフェルト。日本の剣道に興味があります。以上!」
「ハイ次!」
今度はイングヒルトが叩かれる。
「イングヒルト・ブロニコフスキー。日本文化に興味があります」
と、紹介が終わると女教師は教壇の上にバン! と掌を打ち付ける。
「はい! どちらも可愛らしいお嬢さんです! 出身はどちらも東ドイツ! ま、みんな仲良くね!」
「綺麗な赤毛!」
「プラチナブロンド!!」
またも教室は騒がしく。
しかし、秩序ある驚き方だった。
──そして休み時間を迎える。
たちまちあたしたち東ドイツコンビは日本人の級友に囲まれる。
うん、それは良いのだが……。
あたしは思う。
日本人って、ホント人懐っこいのね、それに……どこかバカっぽい、と。
思っちゃいけないと思いつつ、あたしはそんな感想を抱いたんだ。
◇
あたしたちは体育館に向かっていた。
剣道部を見学だ。もし、腕の上達が見込めそうなら仮入部もしてみたい。
手合わせ。
腕が鳴る。
あたしの心に火が点る。
闘争心。ゲルマン魂である。
極東のサムライに、負けるものかという気迫。ああ、どうせなら本物のサムライやニンジャに出会いたいものだ。
あたしとイングヒルトは道具を借りた。手ぬぐいに竹刀と防具。
取り巻く興味津々の日本人達。
「あの外人二人、強いぜ。立派に剣道してやがる。舐めてかかるなよ? 素人じゃないぞあいつら」
「どうしてわかるんだよ」
「肉付きだよ。あれは相当鍛えてる」
「お前凄いなあ。お前は女の胸と尻しか興味がないと思ってた。すまん、お前の事見直した」
「うるせぇよ」
と、漏らしたのは現役の剣道部員であったとか、なかったとか。
「アネット、露払いはお願いします」
イングヒルトは胸を叩いて大将は自分に任せろという。
「どうしてこんな事になったのかな?」
「相手は吉岡一門ですわよ?」
「ヨシオカイチモン?」
「宮本武蔵ですわ。佐々木小次郎や荒木又衛門が相手の加勢やってこないうちに、皆纏
めてぶちのめしてくださいませ」
「ミヤモトムサシ?」
「兵法天下一ですわ。剣も銃も、かの剣聖には適いませんでしたものよ」
「そんなメジャーダイミョウいたの?」
「彼は大名でも小名でもありません。剣に生まれ、剣に生き、剣を極めた野生児。それ
が天下の二刀流、二天一流の剣聖宮本武蔵なのです!」
「ちょっとイングヒルト、あたしってば青竜刀を片手に振り回すのが得意なのに。両手に一本づつ、二本持てと? それも竹の刀を?」
「あ、いえ、その辺はフィーリングで」
「え?」
「だからその辺りはアドリブでお願いします。さあ、相手の準備ができたようですよ?」
「アドリブ!?」
良く良く考えれば酷い女である。
あんたのことよ、イングヒルト。
「え? ちょっとイングヒルト!」
「だからグッと! グッと! その手の竹刀を相手の男子君の顔に突きつけて!」
あたしは言われるがまま、イングヒルトの示すがままに竹刀を男子君の顔に突きつける。
「さすがアネット! 勝利の予告ですね!?」
「いや、あのさイングヒルト」
「何ですか、気が削げますよ?」
「ええと、剣道の試合を行うのよね? 本気でやって構わないのよね? でも二刀流ってありえな……」
「ええ、もちろん。真剣勝負ですわ! 二天一流は兵法天下一、戦場常中、武芸者たるもの常にその心、戦場にあり!!」
あたしは背の低く、体の細い少年を見る。
顔はまあ……平たいけど、眼がクリッとしていて、どこか可愛い。
「うっは、あの年下の男子が相手かぁ」
「日本人は若く見えるだけです! って、あ、ホント。あの男子、とっても可愛らしい顔立ちしてますわ」
「ね?」
「アネット、でも油断禁物ですわよ?」
「当たり前よ。あたしが先鋒、あなたが大将」
「ま、変則試合です。団体戦とはいえ、形だけですわ」
「そうね」
メチャクチャ言ってくれるなあ、イングヒルト。
でもね、確かにあたしもこのままあっさりと負ける気はしないんだよ。
気迫が足りない、気迫が。
そんな相手にあたしが負けるはずがない!
「だから、全勝してくださいましね? 私が汗をかくのを嫌いなの、知ってるでしょう? だから一人で頑張ってくださいね、みんな倒しちゃって構いませんよアネット」
「イングヒルト、そうなの? 予想してたけど、やっぱりあたし一人で全員倒さなきゃなワケェ?」
全く、やはりそのつもりだったのか、この女!
「そうですよ? 私はこの羊羹というお茶受けを食べ、茶道部の皆さんから勧められたお茶を頂きつつ、この国の文化と歴史を味わいながら宣言どおり、日本文化を満喫してま
してよ?」
「あんたも戦いなさいよ!」
「それは無理です」
「どうしてよ?」
「体の動きを見ただけでわかります。あの中にアネットに敵う男子はいませんわ」
と呟きつつ、イングヒルトは剣道部の男子連中に視線を流している。
イングヒルトをジト目で見つめる。
まあ、あたしイングヒルトと同意見だけどさ?
「それはそうと、あたし、流派なんて知らないんだけど?」
「え? バトルでしょ? デュエルでしょ? ここは日本でしょ? ならば、名乗るべき流派なんて決まってますわ。先ほど紹介したでしょう?」
「ええと、ミヤモト何とか?」
「ええ、その名も流派、二天一流! 見よ、天をも切り裂く破魔の技……って、気合を入れて叫んでくださいまし」
「叫ぶの? 本気で!?」
「構いませんわ、良いから良いから。そして技を繰り出すときも、雄叫びだけではいけませんことよ?」
「……何を言わせようとしてるのよ」
「二天一流こそ天下の剣! 柳生新陰流に小野派一刀流など化石に過ぎん! 受けてみよ、遥か西方の地で花開いた技の真髄をその身に刻め神技! 二天一流、竜神の剣!」
イングヒルトが真顔で叫ぶ。
「……恥ずかしすぎでしょ」
「なーんてね」
漏れる、イングヒルトの笑顔。
「……なによそれ……それに、なんだか、色々混ざってない?」
「ゲルマン魂ですよ! 戦う前から勝利は確実なんです!」
「いや、あの……」
「だから決め技の名を叫ぶのです! って、嫌なの? アネット」
「あ・た・り・ま・え・よ!」
あたしは黙っていれば美人のはずの、おつむの弱い親友に哀れみの視線を向ければ。
「残念です」
「わかった! イングヒルト、あたしで遊びたかっただけでしょう」
「ご名答。我らアーリア人こそ神の末裔、その実力で世界に覇を唱える民族なのよ!! その尖兵として、この極東の古き同盟国にその名を刻んであげなさい!」
「あー、今の、ギャグなのよね? 本気じゃないんでしょ? あたし、あなたをシュタージに密告したくは無いんだけど」
あたしは頬を引きつらせつつも、彼女の言葉を取り消そうと頑張る。
「え? 当然冗談よ? だって、日本人はナチやハーケンクロイツのことなんて、なかったことにはしてないもの。この国では、全然オープンな扱いね」
「え?」
「それが日本の方針なのよ。戦後日本。平和国家。軍隊のない国。史上、二度も自ら銃と刀を捨てた国。世界に前例のない、素晴らしい精神性を持った恐るべき大国よ」
「え? 良くわからないんだけど」
「うん、大丈夫よアネット。歴史、それも外国の歴史なんて、アネットがおぼえられるはずがないもの。ええ、大丈夫よ? アネットみたいな人が過ごす楽園であるこの国で
はなんの問題もなし。そう、あなたのような脳筋にも優しい世界! その証拠に、こうしてあなたの出番は用意されてるの」
「え?」
「うん、そろそろ試合時刻よ? 思う存分戦ってきてね? もし、例えあなたが破れて命尽きても、私がワレキューレに成り代わり、ヴァルハラへ連れて行ってあげる。まあ、そんな未来は見えないけれど。あなたの勝利を信じているわ、アネット」
あんたはブリュンヒルトかい!
「……はあ、どうやら勝っても負けても、あたしってばシュタージの尋問室送りは避けられないようね」
「アネット、そうならないためにも、アーリア、いえ、ゲルマン民族、いえ、人類の正しき道である社会主義の勝利に貢献してね?」
イングヒルトは抹茶の入った湯飲みを啜る。
「じゃ、頑張って! ジーク・ハイル! 祖国万歳! 祖国に勝利を!!」
イングヒルトははしゃいでいた。
それはもう、留学を心から楽しんでいたのである。
あたし? 天を仰ぐ以外に何が出来て?