ダンジョンから帰ったら五十年経ってたんだが。~え?昔の仲間が今や大手ギルドの代表?なにそれ知らん……こわ……~ 作:蝉時雨
冷や汗が止まらない。
「花団子のみんなこんはなっ! 百花の王は伊達じゃないっ! みんなの心に咲き誇る大輪の花、『Snow』所属の花依牡丹ですっ! そして――っ!」
この感じは、はじめて深淵に足を踏み入れた時以来のものだ。
「……『Snow』所属の涼原野薔薇。お邪魔します」
「もう、野薔薇ちゃんっ! あたしよりも先輩なのに、いつになったらちゃんと挨拶できるの?」
「……は、はずかしい……から……」
: こんはな!
: よっ! 日本一!
: こんはな!
: ひゃーっ! 新鮮な野牡丹だーっ!
なぜ、どうしてこんなことになってしまったんだ。
「――さて、今日は野牡丹のふたりでやっていく……って思ってたと思うんだけど。なんとっ!」
花依殿がオレを見る。
その瞳に射抜かれた瞬間、ビクリと自分の体が震えたのがわかった。
なぜだ……花依殿を助けたときはもっと自然体でいられたじゃないか……!
「特別ゲストがいますっ! ね、野薔薇ちゃん!」
「うん、後輩? 先輩? が、今日のゲスト」
「サプライズって感じでやってるけど、実は告知済みだったり……まあそんな細かいことは置いといて、楽しみだったんだよね、あたしっ!」
: な、なんだってー!?
: いったい何次郎なんだ……!
: くっ! 完全にしてやられたぜ……!
: 野牡丹の間に挟まるのは許せないが、今回ばかりは目をつぶ……らずに恨んでやろう
: 楽しみだった
元気いっぱいに画面の向こう側に向かって話す花依殿。
実に元気があって大変よろしい。耳の裏に装着している機械から、目の前にホログラム――自身にのみ見えるもの、いったいどこまで技術進歩しているのか――には沢山のコメントが流れている。
『扉』に入る前に魔力を通して花依殿に共有いただき、今は三人でそれぞれ同じものが見えている、らしい。
詳細は説明されたが、恥ずかしながらよくわからずに今はとにかく楽しんでとサムズアップをされたのだ。
果たして、オレは楽しめているのだろうか。
少なくともわかることは、鎧の下に着ている布がじっとりと濡れているということだ。
野薔薇――涼原殿の目までもオレのことを射抜いてくる。
どうにか、どうにかしてこの状況から逃れる術はないだろうか。
「んふふふー、みんなも薄々気づいたかなー? じゃ、さっそく呼んじゃうねっ!」
助けてくれ。
助けてくれ、誠一郎。
やはりオレには、荷が――。
いや、そもそもの原因はあいつだな。
今日のダンジョンアタックが終わったら文句の一つでも言ってやる。
「新しく『Snow』に所属してくれた、田中次郎おじさまでーす!」
: きゃーっ! パパーっ!
: 認知してー!
: おぎゃーっ! おぎゃーっ!
: おい概要欄にちゃっかりリンクあるぞ
: 押せ押せ、とりあえず押しとけ
ごくりと唾を飲み込んで、覚悟を決める。
笑顔を心がけて、ふたりの少女がいる場所に足を踏み出す。
本当になぜ、こんなことになってしまったんだ。
■■■
「さて旦那、今日来てもらったのはだな――」
昼過ぎの『Snow』本社ビル、その最も高い場所に位置するギルド長室。
そこの沈み込みすぎるソファで誠一郎と真正面から対峙していた。
「――旦那の探索者証が届いた。それがこれだ」
「ふむ」
目の前の応接用のテーブルに置かれた一枚のカードを手に取る。
それは白を基調としたデザインで、周りに金色の装飾を施されたようなものだった。
階級の欄には、独特なデザインの文字でSと刻まれている。
「オレはSランクってやつか」
「ああ、すまねぇな旦那」
「ん? なぜ謝る必要がある?」
「いや、向こうさんにも政府にもよく言ったんだが、結局はお役人がただ強いだけじゃ認められんって首を振らんくてな。旦那を元の鞘に戻せなかったからよ」
「なんだ、そんなことか」
「やっぱり脅すべき……」、などと物騒なことを呟いている誠一郎を尻目に、インベントリへ探索者証をしまう。
こいつは相変わらず小さいことを気にする奴だ。
まぁ、そんなところも誠一郎らしいところで、ここまで様々なものを背負うに至った証左なのだろう。
「前にも言ったが、オレは自分のランクなどに興味はない。だからお前が気にすることなどなにもないんだ」
「……はぁ、旦那にゃかなわんな」
ふたりで静かに笑う。
なにより、ランクなどでその者の正しい強さなど測れるはずがないだろうからな。
修練場にて戦った東殿も、あれから鍛錬を続けていけばSランクなどという枠組みからはすぐに外れることになる。
階級など、待遇面での違いはあれど所詮は飾りでしかないのだ。
「あ、旦那。インベントリにしまうのはいいが、今は俺みたいなSSじゃない限り受け付けで提示求められるから気を付けてくれな?」
「ああ、わか――そういえばなんだが、誠一郎」
「あん? なんだい旦那」
思い出すのは、数日前の花依殿を救出したときに見た彼女の反応。
「インベントリは、今の時代みな使えないのか?」
「ああ、そのことか」
誠一郎はコーヒーを口に含み、腕を組んでから口を開いた。
「俺らの頃は当たり前だったよな、スキル書は闇市にしかないからアホ程高かったけどよ」
「ああ、買うために貯金をしたものだ」
スキルを覚えるために使用されるスキル書。
基本的には『扉』の先での時折発見される宝箱や、ボスを討伐した際の報酬で入手できる特殊なもの。
それに魔力を通すことによって、自身のものとなり使用することが出来るようになる。
オレの使っているインベントリも、もともとはスキルの一つであり、当時から深層以下の宝箱で取得できるのが確認されていた。
「今はよ、いろんなもんが整備されて『扉』の入口に荷物を預かってくれる場所も出来てるんだ。昔みたく荷物もなんもかんも全部持ったまま『扉』の中に突っ込んでいくバカはいなくてな」
「なるほど、そういうことか」
つまり、そこで持ち物を預けてからすっからかんの状態で中に入れるからこそインベントリの必要度が下がったのか。
いや、それでも――。
「その……納得は出来たが、それでもあるのとないのとでは色々変わらないか?」
「まったくもってその通りなんだが、スキル書の値段自体が当時から変わってないってのもあるんだよ」
これだけ時間が経っているというのに、落ちていないのか……。
たしか当時の値段は――。
思わず頭を押さえる。取ったからこそ言えるが、インベントリのスキル書のために異形の素材や、報酬を得るために各地の『扉』の奥に突撃していた頃は地獄のような日々だった。
今でこそ自分はそこそこに強いと思うが、当時のオレはまだまだ中層から深層の入口程度の実力だったから、何度死にかけたか覚えていない。
「まぁ、利便性が増えてかつ値段が高いとなったら、なかなか今のやつらは買わないんだよな。そっちを買うなら自分の装備を整える~って具合だ」
「……なるほどな」
「まぁ、俺とか清吾とか旦那とか、深淵まで潜れるやつにとっちゃ端金だからそこもまた話が変わるがな」
「やはり今も深い場所の素材や魔石のほうが高いのか」
「ああ。政府が買い取ってくれるようになってから、特に深淵なんかは潜れるやつが少ないからな。なんなら昔よか高く買い取ってくれるってもんだ」
時代が進んでも、そこは変わることがないのか。
誠一郎の言っていたぬるま湯の影響も少なからずあるのだろうが、こればかりは当人に魔力の才能がどれほどあるかによる部分、か。
稀に後期的に覚醒するものもいると聞くが、オレは自分の目でそういうものを見たことがない。ぼうけ――探索者の実力問題は、昔も今もいろんな意味で変わらずということだな。
「まぁ、その話はこんなもんでいいだろ。で、今日の話なんだが他にもあってな」
「ほう」
「先に簡単に済むほうからな」
誠一郎が手を二度叩くと、入口のドアが開いてふたりの男女が入ってきた。
「だん――次郎くんの専属マネージャーの高倉くんだ」
「田中次郎様、はじめまして。ご紹介にあずかりました、高倉楓と申します」
「あ、ああ。ご存知の通り田中次郎と言う」
立ち上がって、紹介された女性――高倉殿と握手を交わして名刺を拝借する。
「うん、その隣は僕の秘書の松山くん。こっちは覚えても覚えなくてもどっちでもいいよ」
「ギルド長……はぁ、まあいいです。松山康太です。お話はギルド長から伺っています」
「誠一郎の……色々苦労は絶えないだろう……」
「田中さん――いいえ、次郎さんっ! わかっていただけますかっ!」
松山殿と握手もしたが、恐ろしいほどに熱烈なものとなった。
本当に色々とため込んでいるのだろうな。
機会があれば酒にでも誘ってみたら面白い話が聞けるかもしれない。
「松山くんのほうはいいとして、これから先高倉くんとはたくさん関わることになるだろうからね。その顔見せだ」
「なるほど」
「本来は数人まとめて担当するのが普通なのですが、田中様は特別にとギルド長がおっしゃるもので……」
「それは……すまない、面倒をかける……」
「いえ……田中様のせいというわけではないですので……」
誠一郎のほうを苦々し気に見遣れば、涼しい顔のままコーヒーを飲んでいた。
こいつは本当に……気遣いは嬉しいが、オレにここまでする必要などないというのにまったく……。
「まぁ、そういうわけだから。ふたりとも、ありがとう。もう少し次郎くんと――」
「ギルド長、今のうちに少しだけよろしいでしょうか? 田中様にお伝えしなければいけないことが……」
「ああ、あの件か。僕から伝えようかと思ってたけど、ありがとうね」
あの件……?
なんだ、オレはなにかしでかしてしまったのか……?
まったく身に覚えが――もしや、花依殿を救出した件か!?
「は、花依殿を救出した件だろうか? なにか問題でも――」
「その件につきましては本当にありがとうございました! 田中様がいなければ、うちの花依はどうなっていたことか……」
頭が床につくのではないかという程に頭を下げる高倉殿。
この反応からして、どうにもその件ではないらしい。
こうなると、オレには身に覚えが――。
「えっとですね。このあと十五時頃から、田中様には早速で申し訳ないのですが、件の花依と当ギルドの涼原とコラボをしていただきたく思いまして……」
「………………………………え?」
今、なんと言ったのだろうか。
オレは疲れているのかもしれないが、今なにか変なことが聞こえたような気がするんだ。
「あー、高倉くん。そこから先はほかの話と一緒に僕がするから、今は退室寝返るかな?」
「あ、畏まりました。では、田中様。改めましてこれからよろしくお願い致します」
「………………あ、ああ」
高倉殿と松山殿のふたりは一礼をして部屋を出ていく。
頭がうまく働かないが、今は一旦コーヒーを飲もう、それがいい。
誠一郎の正面に座り直し、コーヒーを口に含む。
香り高い苦みが口内に広がり、同時に気持ちが落ち着いていく。
やはり、オレの耳が間違って――。
「さて旦那、さっきの高倉くんが離してくれてたコラボの件なんだが――」
――間違っていなかったよ。
コラボというのはよくわからないが、なんとなく。
本当になんとなく察せるものがあって、非常に嫌な予感がする。
「待て誠一郎。待ってくれ」
「――いいや待たない。なんせ大事な大事な旦那のデビューだぜ?」
誠一郎――やつの顔を見れば、いつぞやの時のようにこれでもかと歪んでいる。
「……お前、楽しんでるな?」
「くっくっ、そんなわけないだろ旦那。大真面目だよ」
こいつ……本当に良い性格をしている……。
今なら一発殴りつけても許されるんじゃなかろうか。
「本来ならソロで、それも大人しく画面の前でデビュー配信ってのをやるもんなんだが。旦那だぜ? さっさと『扉』に行きてぇだろ?」
「……それはそうだが……」
「なら、ちと形は変わるが『扉』に行けるってことは確定なんだからいいじゃねえか」
「いや、誠一郎。配信をやること自体は覚悟をしていたんだオレは。だが、コラボっていうのは、あれだろう?」
先ほどの高倉殿の話が頭に蘇る。
「花依殿たちがいるところに、オレも入るのだろう? 話が、違うぞ……!」
「くっくっくっ……旦那なら大丈夫だ。それに、一度すでにやったろう? それと変わらんさ」
救出したときのことを言っているのだろうが、それとこれとでは話が違うのだ。
あの時はまだよかった、配信なるものを完全に理解をしていなかったのだから。だが今回は、それを知っている状態だ。それも自分と比べてはるかに幼い少女たちと一緒と来た。
おかしい。空調はしっかり効いてるはずなのに、体の芯から冷え込んできたな。
「それに次の話にも繋がるんだが、旦那にとっても悪くない話になるはずだ」
「……………………本当か?」
「ああ、本当だ。なにせ、なぜ旦那が戻ってくるのに五十年かかったのかってぇ話と、アリアに会いに行くためになにをやっていけばいいのかって話だ」
「――なに?」
たしかに、その疑問は抱いていた。
だが、いくら考えても結論はわからないのもあって、頭から排除していた。
正直、そんなことよりもアリアを救うほうが優先度が高く思っていたからだ。
「それは……本当か?」
「本当かと聞かれると、ちと怪しいな。少なくとも、アリアに会いに行くほうは確実なんだが」
誠一郎はコーヒーを一口含もうとしたが、もう中身がなかったのだろう。
静かにカップを置いて、そのまま話し出した。
「まずは五十年の空白のほうだ。正直、原因はなにもわからん。調査はこっちでやってはいるが、欠片も情報がない。なんせ前例がないからな」
「ふむ、それでなぜ今回のコラボと繋がるんだ。オレにはまったく見えてこないぞ」
「俺の私見ではあるが、『扉』の先になにかあるんじゃねえかって思ってる。まぁ、あそこ関連で起こったことだからな」
「ふむ」
それを言われると、たしかにと納得する。
納得はするが、やはりそれでも――。
「お前の言うことはわかる。たしかに『扉』の先になにか情報はあるのだろう。時折廃墟や遺跡があるからな」
「ああ、そういうこ――」
「だが、やはりそれでオレが少女たちとコラボなることをやるのに納得がいかんっ!」
「あっはっはっはっ! まあ聞けって旦那。そっちはアリアのほうに一番繋がるんだ」
「……なに?」
誠一郎がくつくつと笑う。
アリアの件と繋がるとは――いや、まさか。
「実績作りってやつだよ、旦那。昔っからやってるだろ?」
そう言って、ごとりとひとつのダンホーと、謎の機械が目の前に置かれた。
■■■
「っていうことでっ! 今日は『Snow』の新人でもあるジローおじさまと一緒に、『渋谷・第十一扉』に挑んでいきますっ!」
「みんなゆっくりしながら見てくれると、嬉しい」
「今日はジローおじさまのデビューでもあるから、中層の下のほうからをメインでやっていくつもり! いけそうなら深層にもチャレンジするよっ!」
「……牡丹、それはさっきも話をしたけど無理はしないからね」
「んふふー、だいじょぶ! いけるって!」
: 圧倒的な実力を持つ超大型おじさん新人……ってコト!?
: この間の配信見逃したから楽しみだ
: ↑残念だったなと言うべきかよかったなと言うべきか
: 深層行く気なのか
: 認可とか大丈夫だったんか
「あ、そこは大丈夫! SSの野薔薇ちゃんもいるから、深層までの認可自体は簡単だったってマネさんが言ってたよ!」
実績作りというのは、よくわかったぞ誠一郎。
オレもお前も、昔は頑張ってきたものだからな。
だが。
だがっ!
やはりこれは、なにかが違うんじゃないのか誠一郎!
これがオレに与えられた試練なのか。
おかしい、絶対にこんなことはあってはならない。
いったい誰なんだ。『扉』に入ったら配信をせねばならないと定めた者は。いつか必ず、憎きその首獲りに行ってやるぞ。
「ジローおじさまはここの『扉』には来たことあるんですか?」
「……ん、んんっ。あ、ああ。過去にも数度、素材を求めて入ったことがある。今も残っているとは、思っていなかった」
「えっ、それって――っ!」
「……牡丹」
「あっ、てへへへ。ありがと野薔薇ちゃん」
: パパ来たことあるんか
: 蹂躙してそう
: 想像しただけでモンスターが哀れすぎてワインが進む
: それってなんだろう
: ↑そりゃおめーあれよ、あれなんよ
可愛らしげに頭を搔く花依殿と、じとっとした目を向ける涼原殿。
以前の時に清吾と彼女らや他の救出班の目の前で抱き合ってしまったこともあって、詳細は伏せられている状態ではあるが大まかにオレが五十年の時を越えたことは伝えられている。
思わず口に出そうになったのだろう。
根掘り葉掘り聞きたそうにしていたが、そこは誠一郎にストップをかけられている部分だから許して欲しいものだ。
「野薔薇ちゃんもここには来たことあるもんね。配信全部見てたから知ってるんだからっ!」
「ふふ、うん。深淵のボス手前までね」
「さすがだなぁ。あたしも早くそうなりたいな」
確信はないが、花依殿ならすぐに追いつけるだろう。
なにせ、目の前に明確な目標であり親友がいるのだ。
大抵は嫉妬心を燃やして足を引っ張ろうとする者が多いように感じるが、花依殿は心から追いつきたいと思っているタイプに感じる。
どれだけ時間がかかるのかは人それぞれだが、その心を失わない限り大丈夫だろう。
なんにせよ、今はそのようなことより――。
「よーしっ! 挨拶やらはこんなところでっ! 早速、いってみよーっ!」
「おー」
: おー!
: おーっ!
: 相変わらずの脱力さすがです『光姫』様
: パパが緊張しまくってて笑う
: おー!
――オレは、生き残ることが出来るのか。
実に、実に不安である。
若者の空気に果たしてジローはついていけるのか……!
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