ダンジョンから帰ったら五十年経ってたんだが。~え?昔の仲間が今や大手ギルドの代表?なにそれ知らん……こわ……~ 作:蝉時雨
はちゃめちゃに助かっております!!
光の粒子が暗闇を照らしている。
右手に握った小石を弄びながら、前方を見据える。
「てええええりゃあああああああっ!!!」
そこには、自身の背丈を越える大剣を振りかざして緑色の肌をした異形――ハイゴブリンと名付けられているらしい――を狩る花依殿の姿。
ここは『渋谷・第十一扉』の中層に入ったばかりのところ。
初級探索者が中級探索者の一歩を踏み出せるか否かを問われる場所。ここを安定して越えられるなら、その者は間違いなくこの先に進む資格がある。
オレの目からは花依殿には既にその資格があるように見える。
「ふむ、特に加勢する必要はなさそうだな」
: パパは見てて大丈夫や
: このあたりまでなら、うちの牡丹ちゃんでも余裕です
: まあ、そんなことよりも
: うん…………
: 現実……見ような……
音を殺して近づいて来ようとしていた異形を、右手の軽く魔力を載せた小石を弾いて撃ち抜く。
うむ、このあたりはまだまだこの程度で問題ないな。
: これなんよ
: なにあれ……知らん……
: 俺、今まで必死に戦ってたのなんなんだろう……
: ↑それ以上行くな! 呑まれるぞ!
: なんか弾いたなってなったらハイゴブリンの体に穴が空いてるんよ
なにやらコメント欄が盛り上がっている。
今のぼうけ――いかんな、未だ冒険者と考えてしまう。
東殿もそうだったが、現代の探索者はその辺の小石を活用しようと思わないのだろうか。
魔力を載せて弾くだけで、遠隔攻撃手段を持たないオレのような盾役でも出来る便利なものなのだが。
なんにせよ、今のオレにはエイギスがあるから、正確に遠隔攻撃手段がないと言い切れないのが難点だな。
ほれ、花依殿を遠くから射抜こうとしていた異形の体にも風穴が空いたぞ。
狙撃にはもってこいなんだがなぁ。やはり地味なのが今の子らにはウケんのか。
「あの……」
「むっ、涼原殿か」
隣に涼原殿――配信開始前に自己紹介と謝罪を受けたが、なんに対する謝罪かはイマイチピンと来ていない――が立ち、話しかけてきた。
「……この間は……その………」
「むっ、謝罪なら既に受け取っているから不要だ。なんの謝罪かは合点がいっていないがな」
「あっ……えっと……牡丹を助けてくれた時に……」
あの時、ふむ。
ああ、思い出した思い出した。
軽く手合わせ――いや、じゃれあいをしたんだったな。
「なんだその件か。それならば、そもそも謝罪の必要すらない。ただの手合わせにすらならないじゃれあいだ。探索者ならよくあるだろう?」
: いやねーんだわ
: いつの時代の話なんですかねぇ……
: え、探索者って唐突にコロし合い始めるんですか?
: ↑たまにあるが、基本的に起こらんわ
: ↑たまにあるって言うがだいたいが指定危険思想持ち探索者とかだろうが!!!
ほら見ろ、たまにあるらしいじゃないか。
いや、あれは殺し合いではないから違うか。
ふむ、まあ特段問題ないだろう。
「そんなこと……」
「オレにとってはその程度のことだ。だからキミもあまり気に病むな」
「……はい」
涼原殿は、あまり納得がいっていないような顔をしている。
本当になんとも思っていないのだが、清吾あたりから強く言われでもしたかな。
だが、昔の無法地帯に比べてれば遥かにマシなのだ。
素材をインベントリに入れずに、今の涼原殿や大声を上げて戦っている花依殿のようにカバンなどに入れていたら、襲ってくださいと言っているようなものであった。
それで何度襲われて撃退したことか、数えることを諦めた程だ。
「うおおおおおじさまに良いとこ見せるんだあああああ!!」
「ふふふ、花依殿は元気だな」
「……うん、牡丹はいつもあんな感じ。でも、田中さんには絶対に渡さないから」
おっと、空気が重くなったな。
少女同士の友情に目を細めるべきか、オレの命を狙うような涼原殿の視線を警戒すべきかわからんな。
: 牡丹ちゃん頑張ってる
: いつもより気合いが入っています
: パパが見てるからね、仕方ないね
: 次郎氏を見てる『光姫』様の視線で……こう……ふふ……
: ↑通報した
「それと……」
「うむ、なにかな」
「その……石のやつ。教えて、ください……っ」
おお、なんだ。
さすがは涼原殿だ。
地味に見えるこれの価値がわかるか。
「はは、いいとも。ほれ」
涼原殿の小さな手にも収まる程度に数個の小石を渡す。
「涼原殿は魔力操作をどれくらい出来る?」
「? レイピアとかスキルに載せたり、放出するくらいなら……」
「うむ、それくらい出来るなら問題ないな。よく見ておきなさい」
右手に小石を持ち、魔力を通していく。なるべく涼原殿が見ていられるように、ゆっくりと。
まずは小石の中心点に魔力溜りを作るように、そこを起点として全体を薄く鋭くコーティングしていく。これが薄ければ薄いだけ、投げつけた時に異形に感知されずに命中しやすくなる。
そして最後に、通した魔力が逃げないよう固定する。
花依殿が狙っていない異形に狙いを定め、分かりやすいように振りかぶって投げる。
すると、先程と同様に大きく風穴が空いて倒れふす。
うむ、やはり良いものだ。
「さて、こんな具合だ。出来そうか?」
「……えっと、やってみる」
おお、すごいな。
言葉で説明するのは不得意であるから、こういう姿勢はとても助かるというもの。
涼原殿の手に魔力が起こり、それが小石に収束されてく。
ここまでは問題なく割と出来るものだが、果たして――。
「あっ……」
「はっはっはっ! まあ、宿してからの拡散は少しコツがいるからな」
「むぅ……」
小石に宿っていた魔力が霧散する。
これは実力不足ではなく、単純にやり方を知っているか知らないかの問題だ。
通常の放出の勝手でやると、小石なんかは耐えきれないものだ。
: なんか牡丹ちゃんが大立ち回りしてる裏でとんでもないことしてる気がする
: 牡丹ちゃんは元気に叫び回ってます
: なんだろう、なにしてんのかわからんけどすごそう
: なにあれ知らん……あんなことできんの……?
: まあ肩の力抜けよ
: せやせや、魔力を扱うなんて上級の人らしか出来ん
ふむ、ついでだ。
コメント欄の彼らにも伝えよう。
「まず、魔力についてはどこまで理解している?」
「えっと、探索者の力?」
「はっはっ、それはそうなんだがな。知識としてどこまで知っている?」
「あ、えっと……学校で習ったことだけど、『扉』に入った人間や生物の根源? みたいなところにあるものが……魔力、みたいな……」
「ほう、今はそのようなことを教えているのか」
時代に合わせて教育も変化していく、といったところか。
実に興味深いな。
「学校で習ったかもしれないが、まず探索者になると魔力というものが視認出来るようになる。扱えるかどうか、魔法として発現できるかは、人それぞれの才能によるがな」
「うん」
「残念ながら、オレは魔法として発現は出来なかった。だが、その代わりに――」
いつもは抑えている魔力を外に放出する。自分と涼原殿の周囲にオレの魔力が溢れていき、それを意識的に操作して花依殿の周りの異形へと向けて放つ。
すると、彼女の周囲にいた異形たちが反応を見せるが、間髪をいれずに魔力を操作して意識的に全てを押しつぶす。
「えっ!? なにっ!? ええっ!?!?」
「とまぁ、こんな具合に魔力操作の才能が人並外れている。ただ、今やったことは低層の雑魚にしか通用せんお遊びのようなものだから、覚える必要はないがな」
「……???????」
薄々感じていたことだが。
今の子らは、魔力を扱うということを完全に理解していない。誠一郎の言っていた利便性やらはあるのだろうが、そもそも教える者がいないのだろう。
ならば、オレが伝えればいい。
この技術はなくてもいいものではあるが、あれば確実に生存率と戦闘の手数が増えるものだ。
なにより、魔力を武器に載せたり放出すること自体は恐らく皆出来ているのだ。それが意識的なのか無意識的なのかは置いておくとして、ならばオレのように操作も出来るはずだ。
なにせ、これは才能などに寄らない純粋な技術なのだからな。
: ??????
: すげえ、俺今『光姫』と同じ顔になってたわ
: ( ゚д゚)
: 本当になにそれは???
: わからん……いったいなにを見せられているんだ……
: パパが緊張しなくなって安心してたのになに??
: これで魔法を発現させる才能がないは詐欺では??
「花依殿も来るといいっ!」
「えっ!? あ、はいっ! すぐ行きますっ!」
魔力というものは、『扉』が出来てから世界に認知されたものである。
根源的に人間という種に宿っていた力が、『扉』を介して表層に露出したと言っても過言ではない。
つまり――。
「うむ、ではこれより講義をはじめる」
「はい、先生」
「えっ!? 講義っ!?」
: はい先生
: 先生トイレ―
: 先生はトイレじゃありません!
: なんだこれ
: いきなり真面目な雰囲気になったな
「まず、魔力の認知についてだ。ふたりが学校でどう習ったのかはわからんが、オレは身体の延長だと考えている」
――そう、人間本来に宿っていたものであるならば、それは自由に操作が出来て当たり前であるはずなのだ。
これは、オレの生きていた時代の探索者たちの中では当たり前の常識だった。
誠一郎たちが伝えていないのは、単純に当たり前になりすぎてわざわざ教えるほどのことでもない、と感じてのことだろうと思う。
「先生、質問です」
「なにかな涼原殿」
「えっ!? 本当にこのまま進むのっ!? ていうか魔力!?」
「身体の延長であるならば、自由に操れるんでしょうか」
さすが涼原殿だ。
誠一郎と同じランクというのも、あながち間違いではないな。
「先ほども見せた通り、自由に操れる。花依殿にも実演してみせれば――」
近くの小石に意識を向ける。
周りに自分の魔力を流し、全体を覆うイメージ。
小石全体に行き渡ったところを見計らい、そのまま宙に浮かせる。
「えっ、浮いた!?」
「……なるほど」
「とまあ、このように魔力というものは実は本当に便利なものなんだ。うまいこと使えば、武器を投げて相手に刺してから回収するなんてことも出来る」
実際に誠一郎のやつは、よくそれで射た矢を回収していたものだ。
器用なことをしているなと思ったものだが、あの『扉』にいた五年間で習得させてもらった。
その点についてはやつに感謝をしている。
: なるほど、とは
: 現役探索者ー! 現役探索者はおらんかえー!
: 拙者、現役で候。画面の中で一体何が起こっているのかわからず、実は創作の世界なのではと疑っているでござる
: 現役の者でもわからぬのか……
: ならば我らにもわからぬな……
「難しそうに見えるかもしれないが、実際にはそれほど大したことはしていないんだ」
「絶対あたしにはできなさそうなんですけど……」
花依殿が遠い目をしながら呟いているが、なにを言っているのだろうか。
「花依殿、キミは武器に魔力を載せることはできるか?」
「え? はい、清吾教官に基本中の基本と教わったので……」
「これはその延長にあるものだ」
だからこそ、清吾も基本中の基本として魔力を載せることを教えたのだろう。
だが、そこから先を教えないとはいかがなことか。
これはまたいつか、たっぷりとしごいてやらんとな。
「えっ」
「事実だ、見てみろ」
視線を花依殿の隣に向ければ、必死にオレのやったことを手元の小石を使って再現しようとしている涼原殿の姿。
実際に出来てはいないが、着眼点は悪くない。
「涼原殿のように、まずは手元の小さいものから試していく、というのが一番だ」
「せ、先生っ! なにか近道などはないのでしょうかっ!?」
近道か。
そんなもの――。
「あるわけがないだろう。何事も反復だ」
「そんなぁ……あたし、魔力の才能あんまりないって言われてて……」
「大丈夫だ、これは技術の一つ。才能の良し悪しで決まるものではない。ということで――」
花依殿に近づき、その小さな手に一つ小石を載せる。
涼原殿はひとりでも問題ないだろうが、花依殿は誰かが見ているほうが伸びるタイプだろう。
個人的な見解ではあるが、どうにもそう見える。
「さあ、まずはこれに魔力を通してこのように――」
先ほど異形を狙撃していたように、手元に残った小石に魔力を強く載せて投げる。
小石はまっすぐ進み、ダンジョンの壁に埋まった。
「――投げた上でなにかしらの成果が出れば上々だ。今日はそこまで頑張ってみよう」
「えっ、き、今日……は……?」
「当然だ。毎日やって初めて出来るようになるんだからな」
悲鳴を上げながらも、なんとか魔力を通そうとする花依殿。
まずは安定させるところからが最初の壁だ。
涼原殿はそこを一瞬で――。
「そうだ、涼原殿。キミもその小石を浮かせるのではなく、まずは小石で狙撃を出来るようになってからだ」
「……そうだった」
: なんだろう、熱血スパルタ教室が目の前で繰り広げられてる
: なお、本人にスパルタの自覚はない模様
: 草なんですよね
: これ、俺もやったらできようになるんかな
早速良いコメントが来たな。
それを、待っていたのだ。
「コメントの向こう、いや画面の向こうにいる現役探索者よ。今このふたりに話したことはキミにもきっとできることだ」
そう、誰でも出来ることである。
ただ必要ないからやらないか、必要ないけど便利そうだしやってみるかという、それだけの世界の話なのだ。
「だから、このふたりのように諦めずにやってみてくれ。そうすれば、キミの可能性も広がると思うぞ」
: ……俺、やってみるわ
: 俺も。なんか上に行けそうだ
: 探索者ニキたちに刺さりまくってる模様
: 俺も探索者じゃないけど、なにかやってみるかなぁ
: でもこれってあれよな、継続は力なりってことよな
継続は力なり。
実に良い言葉で、オレの一番好きな言葉でもある。
何事も、やってみて続けてみて初めて成果が出来るものだからな。
「ていうか、先生っ! 関係ないことですけど、質問ですっ!」
「ん、なにかな花依殿」
「あたしの記憶が正しければ、先生は左手で剣を振ってたと思うんですけどっ! 石は右手で投げてたってことは両利きですか!?」
ああ、なんだそんなことか。
当たり前のことすぎて、すっかり説明をしていなかったな。
「いや、オレは右利きだ」
「えっ」
: 言われてみればたしかに!
: この前は左手に剣持ってた!!
: 右利きマ?
: ああ、そういうことか。なんか納得した
: 納得するの早すぎませんか??
「はは。大した理由ではないのだがな。オレは盾であるから、右手に盾を持つほうが色んな面でいいんだ」
「それなら右手に持つのがおすすめ……みたいな感じですか?」
「いや、そういうことでもない。オレは防御面を重視したいからっていう意味だ。右手に盾を持つほうがいざっていうときに対応しやすいというのと、なにより心臓を守れるからな」
いくら探索者が人間の枠から外れていると言っても、心臓はひとつしかないのだ。
昔聞いた噂では、スキルで致命傷を免れるものがあるらしいが、見たことがないので真実かどうかは怪しいと思っている。
「なるほどぉ……」
「うむ。もちろん攻撃力を――」
瞬間。
とてつもない、悪寒。
「――っ!? 涼原!!」
「っ!? はいっ!」
これは賭けだったが、すぐに動いて花依殿を庇ってくれて助かった。
さすがは清吾にシゴかれているだけのことはあるな。
ふたりの少女を庇える位置に移動するし、 背中に背負ったエイギスを瞬時に右手で構える。
「――不落の城門っ!!!!」
盾から、オレの体から魔力が立ち上る。
それは、次第に巨大な城門を象り目の前に顕現する。
オレの使える中で、一番周囲も含めて守れるスキルのひとつだ。
そして――。
なにもかもが焼け焦げる匂いと共に。
視界が、白一色に染まった。
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