ダンジョンから帰ったら五十年経ってたんだが。~え?昔の仲間が今や大手ギルドの代表?なにそれ知らん……こわ……~   作:蝉時雨

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長くなったので分割で……


第九話は死線を―― <Ⅰ>

 音がしない。

 

 風が吹き抜ける音も、生物の足音も。

 

 すべての環境音という音がない世界。

 

「――ぐっ、ぬぅ……っ!」

 

 スキルを使い、強度を増した盾すらも灼こうとする熱。

 背後にいるであろう、ふたりの少女に被害がいかないよう、全身で持ってエイギスを支える。

 万全の装備で来て、本当に良かった。

 

 肺に吸い込んだ空気は、刃物のように内部を痛めつける。

 呼吸をするたびに、体内までをも焼け焦がせようと牙をむいてくる。

 

 大丈夫だ。

 

 オレは、盾だ。

 

 皆を護る、最後の砦だ。

 

 この程度の攻撃、今までだって防ぎきってきたではないか。

 全身に今一度力を入れ、すでに意味をなさない視界を閉じて魔力を滾らせる。

 オレが倒れれば、背後の少女たちも無事では済まないのだ。

 

 ここで倒れるなど、あってはならない。

 

 どれだけ盾を支えていたことだろうか。

 次第に視界が開け、端に展開していたスキルがダンジョン内にガラス片のように溶けていくのが見える。

 

 どうやら、防げたようだ。

 視界を巡らせ、周囲の状況を見遣る。

 

 オレを中心に、放射状にガラス化していて威力の高さを物語っている。

 このような規模の攻撃は、深淵の、それもボス級の異形でなければ見たことがない。

 

 体はそのままに、今度は背後を見る。

 そこには、花依殿に覆いかぶさり庇う涼原殿の姿。薄らと魔力の膜のようなものも見えて、清吾から緊急時の教えをしっかり受けているのが見て取れる。

 少なくとも、ふたりは無事のようだ。

 

 ほっと息を吐き、真っすぐに奥――次の階層に繋がっているであろう道の先を見る。

 

 暗い洞窟の中を、転々とする光が照らしだしている。

 白いウロコに、鋭い爪。

 力強い皮膜がはっきりと浮かんでいる巨大な翼を持ち、四つ足で地面を捉えているその姿。

 瞳は赤く、遠く離れているというのに威圧感を感じ、剥き出しの牙が光る口からは炎が漏れ出ている。ほぼ確実に、あの口から吐き出されたのだろう。

 

「――異常種……それも……特別禁忌のようだ、な」

 

 見たことの無い個体であるが、死と隣り合わせのような感覚に従ってそう判断する。

 

 異常種、なんの因果か『扉』の内部で弱肉強食を生き抜いた末に生まれてしまう存在。基本的に異形の分布があるものだが、こいつらはそこに該当しない。『扉』の内部を好き勝手に歩き、討伐されるまで多くの探索者を犠牲にしていく。

 

 そして特別禁忌。

 異常種がさらに魔力を蓄え、周囲の異形を取り込んだ末の危険度不明の異形共。目の前の竜種もいれば、悪魔のような姿をしたものもいる。姿形は様々だが、その脅威度に限れば深淵のボスと同等かあるいは越えるものまでいる始末。

 

 今の時代にどう扱われているのかは知らんが、少なくとも出会えば死ぬとでも思われているはずだ。

 

 まさか、中層で出会うとは想定していなかった。

 オレも、どこか油断をしていたのだろうな。

 

「――……ゴフッ」

 

 パタパタと、口から血を吐き出してしまう。

 どうやら喉か肺のどちらか、あるいは両方をやられてしまったらしい。こういう時にアリアさえ――いや、今はそんなことを考えるな。

 

 目の前の存在から目を離さず、喉と肺に魔力を集めて応急処置を施す。戦闘が終わるまでは、ひとまずこれで凌ぐしかない。

 

 熱を受け止めるまで視界の中に見えていたコメント欄も無くなっており、耳の裏の機械が故障したのだと悟る。

 強ばっている手を動かし、その機械を外して投げ捨てる。

 使い物にならなくなったのなら、今は邪魔なだけだ。

 

「――ふむ、生き残りがいたか。まだまだ改善の余地があるな」

 

 低く、それでいてどこか値踏みをするような声が響く。

 竜種の頭、その近くに浮いて漂う首から白の帯を垂らし、白い黒い外衣を身にまとった丸い帽子を被った者の姿。

 顔は黒い布で隠されており、確認が出来ない。

 

「だが、今のブレスは中々のものだったか。研究班には褒美を取らせんと――」

 

「なに、も、の……だっ!」

 

 最大限警戒をしたまま、出来る限りの声を張り上げる。

 口の中に鉄の味が広がり、視界の端に少しばかりの赤が見えた。応急処置は施したが、思っているよりもダメージがあるらしい。

 

「ほう? あれだけのものを受けて話をすることが出来るのか。実に興味深い」

 

「しつ、もんに……こたえ、ろっ!」

 

「ふむ。その必要を感じないが、冥土の土産くらいにはなるか――」

 

 背後から、息を呑む気配がした。

 ふたりには危害が及ばないようにもしなければいけないか。

 

 まずは情報だ。

 明らかにヤツは異質だ。どう見ても異常種を従えているように見える。

 数日前に日本料理店で誠一郎から伝えられた内容が蘇り、服装にもどこか覚えがある。数度しか実際に目にしたことはないが――。

 

「――イアヌス教団、府主教のヤーナ・ウィリアムスだ。諸君らの故郷でもある、ここ日本を統括している者だ」

 

 ヤツ――ヤーナと名乗った男は、恭しく一礼をする。

 実に良い性格をしているようだ。

 

「残り短い生だとは思うが、よしなに」

 

「……すずは、ら……どの」

 

「……っ、はい」

 

 静かに、背後に声をかける。

 

「にてん、確認、だ。いって、んめだ。配信、は……続いている、か」

 

「……はい、大丈夫です」

 

「よし」

 

 では、今の情報は載ったのだな。

 誠一郎、お前たちが潰して回ったであろう教団の、恐らく現代の幹部だ。

 

 ――頼むぞ。

 

「つぎ、だ。戦闘が、はじまっ、たら……はなよ、りどのを、連れて……にげきれ、るか。時間は、かせぐ」

 

「――っ!? おじさ――ぅっ」

 

「ごめん牡丹。……任せてください、田中さん」

 

 昏倒させたか、すまないな花依殿。

 涼原殿も、酷な真似をさせてしまったな。

 今日初めて最初から共に『扉』に入ったが、一番新米のオレが偉そうに指示を出してしまった点も合わせて謝罪しなければ。

 

「ならば、よし。頼んだぞ」

 

「はい、すぐに救援を――」

 

「――そろそろ、いいだろうか?」

 

 左手のエイギスを構え直し、腰に差したウルティマを引き抜く。

 これからかなり無茶をすると思うが、付き合って欲しい。

 

「すまな、いな。待たせた」

 

「なに、いいとも。最後の別れくらいは、ゆっくり済ませたいものだろうからな」

 

 いちいち鼻につく言い方をするやつだ。

 イアヌス教団というのはこういう者しかいないのだろうか。

 

「ワタシはこう見えて忙しい身でな。こいつと、存分に遊ぶがいい」

 

 ヤーナは手からどす黒い魔力を垂れ流し、竜種に送り込んでいく。あれでなにかしらの意図を持たせて操っているのだろう。

 竜種の赤い瞳が、歪に光を発した。

 

「ではな、時を越えし者よ。もう相見える機会はなかろうが、壮健であることを願うよ」

 

 そう言い残して、ヤツは黒い扉を出現させて消えていった。まさか、教団がなにかを握って――。

 いや、多々気になることはあるが、情報戦として勝ちと見ていいだろう。

 深く考えるのは生きて帰り、誠一郎を交えてからだ。

 

 あとは――。

 

「――いけっ!!」

 

「――っ!!!」

 

 竜種が口を大きく開けば、そこから熱線が吐き出される。最初に受けたものよりも幾分か規模が小さいのが唯一の救いか。

 

「――不沈の行軍っ!」

 

 盾を前に突き出し、魔力で出来た巨大なオーラと共に進む。

 最大の防御とは倒れずに突き進み、己に視線を集中させることなり。

 視界の端で背後を見遣れば、振り向くことなく退避していく涼原殿の姿がある。

 これならば、問題はないだろう。

 

 ひとつ笑みを浮かべ、前のみを見る。

 

 情報は残せた。

 後進も無事に生存するだろう。

 残されたのは。

 

 時代に取り残された、オレというひとりの男と。

 異常種の先、特別禁忌にまで成長した強大な操られし竜種のみ。

 

 いつだったか、仲間のひとりが零した言葉が頭に浮かぶ。

 

「竜に挑むは、騎士の誉れよ」

 

 冗談めかして語っていたのを、昨日の事のように覚えている。

 彼は結局道中で散ったが、その想いは今もオレと共にある。

 

 ――さあ共に竜に挑み、見事討伐と征こうじゃないか。

 

 仲間の――友の声が聞こえる。

 ああ、共に征こう。

 

 魔力を滾らせろ。

 神経を集中しろ。

 思考を総動員しろ。

 

「――ぉぉぉぉぉおおおおおおお!!!」

 

 声を上げろ。

 

 恐れなど存在しない。

 怖さなど、幾度越えたことか。

 躊躇いなど、とうの昔に捨ててきた。

  

 そこにあるのは、ただ――。

 

 熱戦が止み、盾の前に展開したオーラが霧散する。竜種の目の前にまで進めていたようで、その顔をまじかに見ることができた。

 

 古今東西の物語の中では、知識に溢れる力ある存在として描かれるそれは、赤い瞳に生気を宿していない。

 ただ命じられたことをこなすような、人形のような姿だ。

 

 前に突き出していた盾をそのままに、全身を使って竜種の鼻っ柱に体当たりを――。

 

「――ぬっ!?」

 

 ――ゴオオオオオォォォォァァァアアアアアッッ!!!

 

 ダンジョン内を震わせる咆哮と共に、襲いかかってきた衝撃波によって吹き飛ばされる体を、剣を突き立てることによって回避する。

 視線を上げればそこには、今にも歪な牙を突き立てようとするこれでもかと広げられた巨大な口。

 

「っ! 『展開』!」

 

 エイギスを五つに割り、右手で操ってそれに抗う。左右に二本、そして残った一本で竜種の眼を狙う。

 竜の魔力は眼にこそ宿る。

 噛みつきに来てくれた駄賃に、その片方を頂戴して――。

 

 竜種は頭を振り払い、さらには爪を用いてオレごとエイギスの盾を弾き飛ばした。

 左手の剣で受けたが、勢いまでは殺すことが出来ずに土煙を伴いながら地面を滑る。空中に投げ出されなかっただけ、及第点だろう。

 

「なかなか、に……やる、な」

 

 竜種は今の攻防でオレを脅威と認めたのだろう。

 低く唸りながらも、こちらへの警戒を一切緩めていない。

 

 竜眼のひとつでも奪うことが出来たなら、多少なりとも楽になったのだがな。

 まさか、警戒されるハメになるとは。

 

 こちらから出るか、それとも待つか。涼原殿が最後に救援と言っていたから、待って時間稼ぎに徹するのが正解であろう。

 しかし、もしそうなった時に救援に来たものがあの爪牙の犠牲となってしまうのではないか。『扉』の中に入ったら最後、自己責任の世界ではあるが、可能ならば誰一人犠牲にせずに済むのが一番望ましいだろう。

 

 なれば、オレひとりの命でそれが叶うというのなら。

 

 くつくつと、自然と笑いが溢れる。

 きっと、今のオレは凄絶な顔になっているのではないだろうか。

 

 ああ、そうか。

 そうだな。

 

 誠一郎、いろいろと整えてくれて感謝する。

 ジェイ、ローズ、ふたりの子を見に行きたいと思っていたが、どうやらそれは叶いそうにないらしい。

 

 アリア、すまないな。

 一度誓ったが、それは来世に持ち越させてくれ。

 

 皆すまないが、オレの我儘を赦せ。

 

 

 

 ここを、オレの死に場所と定めたり。

 

 

 

 そうと決めれば、なんだ。あの程度の白い蜥蜴程度にオレが負けるわけがないだろう。

 

「――くっくっくっ……」

 

 笑いが止まらない。

 

 ああ、楽しいな。

 

 痺れを切らしたのか、蜥蜴が宙に舞う。空からの奇襲でもしかけてくるのかと思ったが、その口元に炎が揺らめいているのが見て取れた。

 

「そう、来なくては……なぁっ!」

 

 五つに分かれたエイギスで持って打撃を加える。今のオレは座して待つほど、甘くは無い。

 だが、あの蜥蜴にとってはそこまでの障害とはならなかったようで、滑空すると同時に熱線を放つ。

 

 ウルティマを左手ではなく、両手でしっかりと握り締める。

 お前の使い方も、ばっちりイメージが頭に浮かぶとも。

 

「『拘束解除』」

 

 魔力をめいいっぱい流し、詠唱をすれば。

 剣が四つ叉となり、割れた部分から魔力が長大な剣を形作っていく。この剣は両手で振るってこそ、真価を発揮するのだ。

 

 迫り来る熱線に、こちらからも向かい打つ。右手の盾が使えない状況であるのならば、叩き斬ればいいだけのこと。

 

 今のオレには、護るべきものなどないのだからな。

 

 魔力を全身に巡らせ、助走をつけて飛び上がる。

 目標は、熱線の向こう側。

 赤く、生気の見えないその瞳。

 

 それを、確実に――。

 

「――ぬうううぅぅぅぅぁぁぁあああ!!」

 

 剣を突き出し、刺突の形で熱線の中を突き進む。

 体の周囲を魔力で覆っているが、それでも蜥蜴の吐き出す熱の前では気休めにしかならずに鎧が、肌が、体が灼かれていく。

 

 だが、そんなものは気にすることでは無い。

 

 この先に、ヤツの眼がある。

 この体を犠牲に眼を穿てるならば、安いものではないか。

 

 熱線を抜ける。

 

 すれ違いざま、微かに見える視界を頼りに。

 真紅に染まったそれを、周りも纏めて薙ぎ払う。

 

 確かな手応えと痛切な咆哮が聞こえ、やり遂げたと自覚する。

 これで、眼はあとひとつ。

 

 もうひとふんば――。

 

 衝撃。

 

 何が起こったのかわからないまま、背中から地面へと激突する。

 

「ぐぅあはっ!?」

 

 土塊や小石が弾け、全身がひしゃげる。

 何事かと見上げれば、そこには尻尾を振り抜いた蜥蜴の姿。

 

「ひゅぅ……ひゅぅ……」

 

 息が、うまくできない。

 先程の特攻で、ほぼ肺が使い物にならなくなっているのだろう。

 ごぽりと、口から血の塊が出る。

 

「ごぼぅっ……く、くく……くっふふふ……」

 

 だが、まだだ。

 まだ、死んでやる訳にはいかないな。

 体は動くのだ。

 ならば、やることなどひとつであろう。

 

 体を起こし、剣を再び両手で握り締める。

 

 さぁ、白い蜥蜴風情よ。

 

 オレは、まだ――。

 

「――生きて――っ!?」

 

 右から、ヤツの爪の生えた手と呼ぶには巨大すぎるモノ。

 マズイと思い、剣で受けようとするも――。

 

「がはぁっ!?」

 

 壁に叩きつけられ、そのまま埋まってしまう。

 

 早く、抜け出さねば。

 もがこうとするが、しかし。

 

 目の前には、先程と同じ景色。

 

 三度、衝撃が訪れる。

 痛覚は、すでにない。

 

 ああ、ここまでか。

 だが戦果としては、悪くないだろう。

 

 ふふ、貴様のその片眼は報酬としてもらっておいてやる。

 

 友たちよ、オレもそちらへ――。

 

 

 

 ――ジロー様。

 

 

 

 アリア、もし叶うのなら。

 

 

 

 ――キレイな景色を、見に行きましょう。

 

 

 

 キミの、笑顔を――。




果たしてジローはいかに……!
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