ダンジョンから帰ったら五十年経ってたんだが。~え?昔の仲間が今や大手ギルドの代表?なにそれ知らん……こわ……~   作:蝉時雨

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第九話は死線を―― <Ⅱ>

 ここは、どこだ。

 

 オレは、死んだのか。

 

 意識が、判然としない。

 

「――――!」

 

 誰かの話し声が聞こえてくる。

 

「――ロー様っ!」

 

 ああ、この声は。

 覚えている、覚えているとも。

 

 オレの傷を、癒し続けてくれた。

 

「もうっ! ジロー様! ぼーっとしてないで私の話を聞いてくださいっ!」

 

 彼女の――アリアの声だ。

 不思議な感覚だ。

 つい先程まで聞いていたような気もするし、遥か昔に聞いていたような気もする。

 

「はっはっはっ! 大丈夫だ、ちゃんと聞いているとも」

 

「もう、ほんとですか? せっかくのふたりきりなんですから、しっかりしてくださいね?」

 

 そう言われ、周りを見渡す。

 オレとアリアのところだけ、はっきりと場所があるようで周囲には何も見えない。先の見えない暗闇が広がっている。

 ここは、オレの記憶の中なのだろうか。

 

「聞いているというのなら、何の話をしていたか当てられますよね?」

 

「う、うむ。もちろんだとも」

 

 さて、何の話をしていたのだろうか。

 記憶を辿る。『NY・第八扉』の内部で、たしかに何度かアリアとふたりきりになったことはある。

 それはテントの中であったり、野営中の見張りであったりだ。

 

 その時々で、様々な話をしたものだ。お互いの身の上話に始まり、将来のやりたいこと、なぜ冒険者になったのか。

 盾役と回復役とで、関わり合いが多かったのもあるのか、話は止まらなかったように思う。

 

「あーっ! 言い淀むってことは聞いてないってことじゃない!」

 

「……面目ない」

 

 そうして過ごしていくうちに、いつからか。

 彼女は回復の度に、休憩の合間に、オレの膝の上に座るようになったのだ。

 時には回復に必要なことだから、時にはここが一番居心地が良いからなど、様々な言い訳をしていたことを覚えている。

 

 薄々その言い訳に気付いてはいたが、されるがままになっていたオレもオレなのだろう。

 妹分のやることが、微笑ましくて仕方なかったのだ。

 

 今のように、オレの膝の上で暴れるアリアを見ると、ひどく懐かしい感覚に陥ってしまう。

 

「いいですよーだ。もうジロー様のことなんて知りません」

 

 ついっと、そっぽを向いてしまう彼女。

 笑いが込み上げてしまう。なぜなら、顔はそっぽを向いているというのに、オレに預けている背中は力強く押してくるからだ。

 

 まったく、こんなに隙だらけではいかんと何度も話しているというのに。

 本当に、どこまでも困った妹分だ。

 

「すまないな。どうすれば機嫌を直してくれる?」

 

「……知りませんっ」

 

 ふむ、困った。

 完全にへそを曲げられてしまった。

 だが、こういうときは――。

 

「ほら、これで機嫌を直してくれないか?」

 

「っ!」

 

 小手が外れている手で、頭を撫でてやる。

 そうすれば、ほら。

 だんだんと彼女の体から力が抜けていき、くてっと枝垂れかかってくる。

 

「……も、もう。仕方のない人、ですね……」

 

「ふっ、すまんな」

 

 アリアの頬は少しばかり朱が指しており、どこか蠱惑的にも見える。

 こういうところが本当に危ないというに、この娘は。

 もっと自分を大事にせんといかんと何度も言っているというのに。

 ああ、こういうことを言っているからおじさんっぽいなどと仲間から言われるのか。

 

「……この戦いが終わったら、なにをしますかって話をしていたんですよっ」

 

「ふむ、アリアはなにかしたいことがあるのか?」

 

「先にジロー様のしたいことを聞きたいです! あ、頭は撫で続けてください」

 

 まったく、本当にこの娘は……。

 もう何度ため息が出かけたかわからんぞ。

 

 しかし、やりたいことか。

 最後の日にも、その前にも、幾度かこういった話をした覚えがあるな。

 

「オレは、日本食が食いたいな」

 

「日本食ですか?」

 

「ああ、天ぷらを塩で食べながら日本酒を飲むのだ。最高にウマいんだぞ?」

 

「え、私も連れて行ってくれますよね?」

 

「ああ、もちろんだとも。ぜひ日本食を楽しんでほしい」

 

 日本食は良いものだ。

 素材の味をそのまま活かすあの繊細さ。

 季節ごとに移ろいゆく旬の食材。

 きっと、日本に四季があるからこそのものだと、オレはそう思っている。

 

「ほら、オレは言ったぞ? アリアはなにかないのか?」

 

「私は……あれですっ」

 

「あれ?」

 

 ふむ、あれとはなんだろうか。

 もしかして、オレと同じなにかを食べる夢だろうか。

 どんなやりたいことでも、オレは応援も協力もするぞ。

 

「……笑わないですか?」

 

「ああ、もちろんだとも」

 

「皆さまと……ジロー様と一緒に、キレイな景色を見に行きたいです」

 

 ああ、そうか。

 思い出したぞ。

 これは、最後の野営時の記憶だ。

 

 みんな、各々好きに過ごしていた時のことだ。

 ここで初めて、彼女の本当にやりたいことが聞けたのだった。

 

「それが、アリアの本当にやりたいことか」

 

「あっ、今までお話したものもそうですよ? でも、ここまで皆さまと冒険してきて、思ったんです」

 

 彼女はオレの膝の上で体を回して、こちらに顔を向けてくる。

 その瞳はどこまでも綺麗な碧色をしていて、嬉しそうに細められてオレを見つめてくる。

 

「――たくさんの土産話の中に、キレイな景色っていうのがあってもいいなって、そう思ったんです」

  

「――良いものじゃないか。必ず、皆で共に行こう」

 

 そうだ、オレはこう答えたのだ。

 そうすると、アリアは笑うのだ。

 

「――うふふ、嬉しい。ジロー様、すべてが終わったら……キレイな景色を見に行きましょうね」

 

 ほら、花が咲いた。

 

 ああ、この花を――。

 

 オレは――。

 

 

 

 ■■■

 

 

 

「ゴボォッ……必ず、まもら、ねば……」

 

 ああ、そうだ。

 思い出せた。

 

 なにが来世だ。

 今生で、叶えるのだ。

 

 壁に埋め込まれた自分の体を無理やり引き抜く。

 大丈夫だ、幸いなことに痛みはまだ感じない。

 この戦いが終わったら激痛であろうが、それはその時に耐えればいいだろう。

 

 鎧は……ダメだな。

 あちこちに傷とへこみがあり、煤にまみれて真っ黒になっていた。『NY・第八扉』で入手した戦利品だったが、こいつはここまでだろう。

 

「……エイ、ギス……ウルティ、マ……」

 

 壁の近くに乱雑に落ちていた剣を拾い、五つに分かれたまま周囲に散らばる盾を魔力で集める。

 まだ、魔力は残ってる。

 

 オレは、生きている。

 

 視線を動かして白い蜥蜴を探せば、呑気に背中を向けて歩く後ろ姿。向かっている方向的に、出入口のほうだろう。

 つまり、中層から浅層へと上がろうとしている。それを許せば、どれだけの被害が出てしまうことか。浅層を生業としている探索者や、救援で向かっているかもしれない者たち。

 挙げればキリがない。それを防がな――いや、違うな。

 

 まだ覚悟が決まりきっていない自分がいるのか。ならば、ここは口に出さなければな。

 

「ヤツは、ここでオレが殺す」

 

 ああ、これでいい。

 体が軽くなった。 

 

「――不帰ノ遠征」

 

 スキルを発動する。

 オレの持つ奥の手、切り札。綺麗な言い方なら沢山あるが、これには禁じ手という言葉がよく似合うだろう。

 

 自身のそれまでの傷が全て回復し、さらに身体能力と魔力を増大させる。しかし、効果時間が終われば無理をしたツケに全身の元あった傷が戻り、さらに筋肉という筋肉が動かなくなるというもの。

 

 つまり、効果時間内に殺せればオレの勝ち。

 殺せなければ、オレの負け。

 

「くっくくくく……」

 

 久しく使う機会がなかったが、これはやはりいい。

 実にシンプルで、わかりやすいものだ。

 

 すでにダメになってしまった鎧を全て脱ぎ、インナーのみの状態となる。攻撃にさえ当たらなければ問題ないだろう。

 

 開けた視界で、悠々と闊歩している敵を見据える。片眼を奪ってやったっていうのに、随分と余裕があるように見える。

 

 ああ、腹が立つな。

 こっちは死にかけたんだぞ。

 なぜ貴様はそこまで悠長に歩けているのだ。

 

 これが異形と人間との違いとでも言うのか。

 まあいい。そんなことは、どうだっていい。

 

 オレも、ヤツも、単純に生きているだけだ。

 

「――征くか」

 

 溢れ出てくる魔力を全身に行き渡らせる。

 そのまま、エイギスを追従させて地面を滑るように駆ける。

 鎧を捨て去った肉体は、スキルと魔力の影響もあって恐ろしい程に軽い。

 

「『拘束解除』」

 

 ウルティマは、先程よりも長大な魔力の刃を形成する。これなら、あの蜥蜴でも両断出来るだろう。

 

 ――まずは、その邪魔な尻尾から斬り飛ばしてやる。

 

 蜥蜴がようやくオレの生存に気づいたのか、その大きな体で振り向こうとする。

 だが、もう遅い。

 片眼だけじゃあ報酬として釣り合わんから、その長い尻尾も寄越せ。

 

 交錯。

 

 切断。

 

 確かな手応えがあった。

 振り向けば、無様な声を上げながら暴れる蜥蜴。

 実に、実に不快だ。

 ただ尻尾を斬り捨てただけだというのに、なにをそんなに暴れる必要があるんだ。

 

「蜥蜴野郎……先程ぶりだな」

 

 暴れながらもオレを残った赤い瞳で睨みつけるヤツに声をかける。

 

「尻尾も片眼もオレがもらってやったが……まだ足りないんだよ」

 

 ウルティマの切っ先を向ける。

 そうだ。片眼も尻尾も、所詮はついでなのだ。

 

「――貴様のその無駄にデカイ命を」

 

 操らていようとなんだろうと、関係ない。

 オレの歩く道の上に、お前が現れたんだ。

 

 邪魔だ、オレには守るべき約束があるんだよ。

 

「ここに、置いていけ」

 

 咆哮の衝撃波が迫るが、背後に浮かせていた五つのエイギスを正面に集めることで防御する。

 そのまま再度駆け出し、今度は翼を狙う。

 また飛び上がられたら厄介だ。

 

 爪が迫るが、エイギスを当てることで遅延させる。その間に飛び上がれば、目の前に左の翼。

 付け根から、叩き斬る。

 やはりスキルの影響か、ウルティマの刃がよく通る。

 

「……はっははは、随分と愉快な体になってきたな」

 

 左の翼がなくなり、おまけに右眼も尻尾もなくなった蜥蜴。

 これではもう力も相当削げたことだろう。

 

「かなり身軽になったんじゃないか? オレと一緒だな」

 

 激昂したのか、四本の脚での体当たり。

 足に魔力を集め、走ることで回避する。

 

 まったく。

 オレも鎧を脱ぎ捨てたんだ。

 わざわざ同じような状態に持って行ってやったんだから、むしろ感謝をしてほしいものだ。

 

「おいおい、オレが話をしてるんだぞ。人の話は最後まで聞くって習わなかったのか」

 

 エイギスを操る。

 一本一本別々に動かし、奴へと向かわせる。

 

 いつぞやの深層での戦いの時のように重い音が響くも、ダメージを与えられているかどうかは不明だ。

 だが、飛び回る蚊はイラつくというもの。

 追っ払おうとオレから意識を逸らしたその隙をついて、また一息に近づいていけば赤色と目が合う。

 

 誘われた。

 そう思ったときには遅く、蜥蜴の爪を剣で受け止める。『不帰ノ遠征』のおかげで上がった身体能力と魔力があれば、この程度のことは造作もない。

 

「ふうおぉぉっ!」

 

 押し返すと共に、ウルティマを振るう。

 残念ながら致命傷には至らなかったが、奴の爪を刈り取れただけ御の字だろう。

 

「はぁ……おいおい、バカのひとつ覚えか……」

 

 奴の顔――口からは炎が漏れ出ており、何度目かの熱線が放たれる。

 だが――。

 

「はっ! 威力が落ちてるなぁ!?」

 

 エイギスを再度目の前に集め、スキルも発動せずに突き進む。

 

「なぜだろうなぁ!? その片方しかない眼にでも聞いてみるかぁ!?」

 

 叫びながら、炎の中を進む。

 ふと、オレはこんなに戦闘狂だったかと考える。

 

 思い出すのは、駆け出しから成長して中層から深層にアタック出来るようになった頃だ。

 あの頃は、ソロであちこちの『扉』へ好き勝手に突っ込んでいっては戦果を持ち帰ったり、追剥を狙う他の冒険者と戦ったりと、騒がしい毎日を送っていたように思う。

 たしか、まだ剣を右手で握っていたはずだ。

 

 うん、思い出した。

 オレは、おそらく元は戦闘狂なのだろう。

 戦う度に、それが異形であろうとヒトであろうと、心躍っていたのを覚えている。

 命の奪い合い、いや正確には――。

 

 ――この、シンプルなヤるかヤられるかというのが、好きなのだ。

 

 なにせ。

 

「はっはっはっはぁっはははははっ!!!」

 

 笑いが止まらない。

 楽しくて、心が躍って仕方がない。

 

 『不帰ノ遠征』の影響が体に出始めているのがわかる。

 少しずつ、強張っていって動かなくなってきているのだ。

 

 だが、その程度のことがどうした。

 もう、奴の――憎き腹立たしい白い蜥蜴の首はすぐそこだ。

 炎を吐き出すしか能のない、操られてしまった哀れな存在だ。

 

 熱線が弱まったことを確認して、盾にしていたエイギスをそのまま突っ込ませる。

 くぐもったような低い音が、再び響き始める。

 エイギスで狙うのは、残った竜眼。

 運よく頂戴できれば御の字、頂戴できなかったとしても撒き餌になるならそれでいい。

 

 本命は、ヤツの首ただ一つだ。

 

 死角になっているであろう、頭と胴体の間まで進めば。

 そこには、エイギスに気を取られてがら空きになった白く、しかし奴自身の血の青色が付着している長い首。

 

 ウルティマを構え、振るう。

 

 その時になってようやく、蜥蜴が気が付いた。

 

「――これで、終いだ」

 

 首を斬ったとは思えないほどの、呆気ない手応え。蜥蜴――竜を単独で討ち取ったというのに、最後の一撃はこんなに儚いものなのか。

 

 向こうで先に宴会をしているであろう、かつての友に話す内容がまたひとつ増えてしまったな。

 

 竜の首を断つ感触は、存外軽いものだったぞ。だが、この体の奥にある高揚感とも脱力感とも言える感覚は、悪くないものだな。

 

 首と胴体が分かれ、土煙を上げながら亡骸が崩れる。

 いくら竜といえど、首を断ってしまえば死ぬのは道理というものだろう。

 

「ふっ……」

 

 中層から浅層へと続く道を一瞥し、その場に崩れ落ちる。

 油断していたとはいえ、ここまでダメージを受けてしまうとは、我ながらに情けない。戦闘中の回復がなければ、所詮はオレもこの程度と言ったところか。

 

 ふふ、まだまだ鍛えられるところはあるな。

 

「……がっ、ぐぅっ……ぅぐ……っ!」

 

 スキルの反動が、なだれ込んできた。

 

 鈍くなっているはずの痛覚を貫通し、全身を痛めつけて来る。

 

 視界が、見える世界が、狭くなり。

 

 宙に浮く光が、今にも消えそうな蛍のようにも見える。

 

 ――ジロー様。

 

 耳の奥に、彼女の声が蘇る。

 

 ――私、待ってますからね。

 

 ああ、必ず迎えに行くとも。

 

 

 

 約束だ。




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