ダンジョンから帰ったら五十年経ってたんだが。~え?昔の仲間が今や大手ギルドの代表?なにそれ知らん……こわ……~   作:蝉時雨

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今回短めです。


第十話は越えた先に

 規則的な電子音が耳に入る。

 

 オレは、『扉』の中にいたはずだが、はて。

 

 目を開こうとするが、なかなか思うようにいかない。

 時折、ひんやりとした冷たい湿った風が鼻と口に当たる。

 

 ならばと思い、体を動かそうとしても固定されているかのように動かすことが出来ない。

 感覚自体はあるから、死んでるというわけではなさそうだ。

 

 なんとなく、ここがどこかを察することは出来た。

 だが、なぜオレはここにいることが出来ているのだろうか。

 

 なんとか目を開けば、飛び込んできたのは思っていた通り白い天井だ。

 視線を動かせば、左側に人影。鉛のように重く感じる首を動かせば、そこにはパイプ椅子に腰掛けて船を漕ぐ誠一郎の姿。

 目元に薄らと隈も見える。相当な心労をかけてしまったらしい。

 

 体の感覚もかなり戻ってきて、右足あたりに定期的に上下しているような重さを感じる。 

 

「――こほっ」

 

 声を出そうとしたが、乾いた咳が出るのみ。随分と寝ぼけてしまっていたらしい。

 さて、どうしたものか。

 もう一眠りしたほうが、よいものなのだろうか。病院というものには久しくかかっていなかったのも――素直に嫌いであったから、生傷があっても駆け出しの頃から来ないようにしていたが――あり、どうすれば良いか少しばかり判断に迷う。

 

 意識は幸いなことにはっきりとしているのもあって、なかなかもう一眠りというわけにも行きたくない。

 なにより、あの後の顛末が気になる。

 あの蜥蜴は仕留めきれているはずだが、件の教団関係者の情報がどうなったのかを誠一郎に問いただしたくて仕方がない。

 

「……ん、んんっ……あれ、寝ちゃっ、てた……?」

 

 夢の中を揺蕩うような、ひどく隙だらけな声が届く。右足あたりに感じていた重さが途中までは探るように、少しすれば慌てたように遠のいた。

 

「えっ、時間……もうこんな時間っ!? お母さん心配して……」

 

 そちらに視線を向けていれば、はたとかち合う瞳と瞳。

 

「……おじさ、ま……?」

 

 少女――花依殿は時が止まったかと思うほどに動きを止め、次第にその瞳から雫を垂れさせた。

 

 本当に、表情豊かな娘だ。

 オレのために泣く必要などないというのに。

 

「……」

 

「おじさまっ!!! よかった……っ! あたし……あた、しぃ……っ!」

 

 オレの体にかかったシーツに顔を埋め、湿った跡を残していく花依殿。小さな体のどこにその量の雫を溜め込んでいたのかわからないほど、雨を振らせている。

 

 首を持ち上げて直接見ることは出来ないが、腹のあたりに重さを感じる。左腕に比べれば動かせる右腕を持ち上げ、その頭の位置を探りながら置く。

 

「……ぁっ」

 

 いつぞや『扉』から日本の地へと帰ってきた時のように、その赤い髪があるであろう頭を撫でる。

 思えば、同じようなことをアリアにもよくしてやっていた。

 

「……うぅぅっ」

 

 ふむ。

 余計泣かせてしまったらしい。

 おかしいな、泣き止ませるつもりだったのだが。女心というやつは、存外難しいらしい。

 

「くおぉ〜……牡丹ちゃん、あんまり遅くなったら……」

 

 今度は左隣からパイプ椅子の軋む音と、誠一郎の寝ぼけたような声。だが、どうしたのだろうか。途中で言葉が止まったように聞こえたが。

 

「だ、だだだだ、旦那ァ!!」

 

 誠一郎、お前もか。

 というかいいのか、ここには花依殿がいるぞ。

 お前のいつもの清々しいギルド長フェイスが泣いてるぞ。

 なんか、すまんな。

 

「……たくっ、いくら旦那でも今回ばかりは無茶のし過ぎだ。俺ぁ寿命の前にぽっくり逝っちまうかと思ったよ」

 

「……あぁ、す……な……」

 

「おっとそうか。ちと待ってくれ」

 

 病室に花依殿のすすり泣く声と、誠一郎の歩く音、電子音が響く。

 首を動かせるだけ動かし、周囲を確認する。こんな時にもやらなくて良いようにも思うが、こればかりは癖なのだ。

 病室はおそらく個室なのだろう。オレの他に患者は見える範囲にいない。わざわざこんな所を用意するとは、誠一郎は相変わらずなようだ。

 

「牡丹ちゃん、ちょいと旦那の体を起こすぞ」

 

 戻ってきた誠一郎は、オレを上半身のところだけを寝ているベッドのリモコンを操作して起こす。

 

「ほれ旦那、氷だ。医者にゃ目が覚めてすぐに水はやめろと言われちまってるから、これで我慢してくれ」

 

 酸素マスクが外され、消毒液の匂いと共に口の中に冷たさが広がる。すぐにまたマスクを着けられたが、オレはそこまでの重症だったのだろうか。

 

 いや、たしかに熱線の中に突っ込んだり壁や地面に叩きつけられて走馬灯が――考えれば考えるほどオレは重症だったな。

 だが、なぜ病院なのだろうか。あの程度の傷でも、特級ポーションやヒールがあったならばすぐ治ると思っていたのだが。

 

「どっこいしょ。旦那、今はヒーラーも特級ポーションも貴重なんだよ」

 

 誠一郎、お前はオレの心が読めるのか。前々からそうなのではないかと思っていたが、いやはやこれで確定したな。

 氷を口の中で転がし、溶けていった先の冷たい水が喉を潤す。

 

 それにしても、花依殿が居るんだぞ。

 本当にお前はそのままでいいのか、誠一郎。

 

「さてさて、牡丹ちゃんや。そろそろ帰んなさい。旦那も目覚めたんだ、積もる話は明日にでも出来らぁな」

 

「……ぅぅ……まだもうすこし……」

 

「うちの人も心配する頃だろうよ。なんてもう二十時回ってるんだ」

 

 今はそんな時間なのか。

 カーテンが閉まっているから外の状況がわからなかったが、もう夜も良い時間だろうな。

 

「ほら、牡丹ちゃん」

 

「……ぃやです……あたしも、のこります」

 

 顔を上げた花依殿の光のない不安そうな瞳が目に入る。

 これは、あの時置いて行ったことでもフラッシュバックしているのだろうか。

 あの時は緊急時で――いや、言い訳にしかならないのだろうな。この娘は、置いて行かれたくなかったのだろう。

 

 まったく、健気な娘だ。

 

 手を持ち上げ、その瞳から流れている水を拭ってやる。剣コブばかりで無骨な手で痛いやもしれないが、なにもしないよりはマシだろう。

 声を出せないのは許して欲しい。

 喉がまだ張り付いているんだ。

 

「ほら、旦那もここにいるって言ってる。今日はもう帰って、明日学校終わったら来ればいいんだ」

 

「……わかり、ました……ぐすっ」

 

 花依殿は、名残惜しそうにオレから離れ――離れる前になぜかオレの手を取って頭を撫でさせられたが――出口まで歩いていく。

 一礼をして、音を立てないように出ていけば、向こう側から走る音。やはり、時間がギリギリだったらしい。

 

「ふぅ、まったく……旦那は本当に罪深い男だよ……」

 

 こいつはなにを言っているのか。

 いったいなにが罪深いというのだ。幼い少女を慰めずしてなにが男なのだろうか。

 まったくと言いたいのはこちらだというに。

 

「へーへー、そんな顔したって撤回しませんよ」

 

 こいつというやつは。

 まぁ、なんにせよ。

 

 生きていてよかった。

 

 まだオレは、戦えるらしい。

 

「……で、旦那。どうせまだ寝ててくれって言っても起きてるんだろ?」

 

 ひとつ頷く。

 当然だ、目が冴えて仕方ないのだからな。

 

「まぁ、それが旦那だわな。そしたら、ちと俺の話でも聞いてくれ」

 

 誠一郎が頭を掻く。

 こいつはオレのことを、本当によくわかってくれている。

 頭が上がらないというのは、きっとこういうことなのだろうな。

 

「まずはな。旦那、あんたは一週間寝たままだった」

 

 ぴたりと――もともとあまり動けてはいなかったが――体の動きが止まる。

 そうか、あの死闘からすでに一週間か。

 死にかけはしたが、盾としてではなく剣として戦った久しく忘れていた心躍るものだっただけに、時間の流れというものは残酷だと思ってしまうな。

 

「あ、旦那さてはよからぬことを考えてるな? あんたは戦闘狂のきらいがあるんだ。頼むからちょっとは自重してくれ」

 

 なんなんだこいつは本当に。

 人の心を簡単に読むのは良くないぞ誠一郎。

 いつか嫌われるぞ誠一郎。

 

「はぁ……とにかくだ。今後特別禁忌にはひとりで挑むのはよしてくれ。こっちの心臓がいくつあっても足りんわ」

 

「あ……きは……」

 

「あの時はあーするしかたかっただぁ? たく、あんたがいつもみたいに守りに徹してりゃ、救援隊が合流するまで余裕で耐えれたろうに」

 

 誠一郎の話すことは確かに正しい。

 だが、それではダメだったのだ。

 今と昔とでは――。

 

「ああ、あんたの言いたいこともわかる。今と昔とじゃ探索――いや、ここは冒険者って言ったほうがいいか」

 

 誠一郎は居住まいをただし、目を光らせる。

 

「今の冒険者はお世辞抜きにも昔に比べりゃ弱い。それはこの間酒の席で話した通りだが、今回ばかりは待ってほしかった」

 

 ああ、誠一郎。

 さんざんお前の表情がなんだと言ってきたが。

 

「俺はな、旦那。あんなもそうだが、『NY・第八扉』で共闘した仲間たちには死んでほしくねえんだよ」

 

 お前は、やはり。

 

「――たとえなにを犠牲にすることになっても、生き残ってほしいとすら思ってる」

 

 その獲物を狙うような視線をしているのが、一番似合っている。

 

「まぁ、これは俺のエゴだわな。なんなら一経営者としちゃ落第もいいところだ」

 

 そうだな、たしかに組織を率いる者としては間違っているのだろう。

 だが、お前がオレやジェイ、ローズ、そしてアリアのことをそうまで思ってくれているのが、オレ個人としてはたまらなく嬉しいよ。

 オレは、本当に良い友に恵まれたな。

 

「んで、次だ。あー、次ってもどれから話すかな」

 

 誠一郎は腕を組んで悩んでいるようだ。

 ふむ、間違いなくひとつは教団関連だろう。

 個人的にはそちらがとても気になるところだ。

 誠一郎、オレの目を見るんだ。

 さあ、お前は教団のほうから話をしたく――。

 

「そうだな、これから話をするか。あの竜の特別禁忌についてだ」

 

 お前には心底失望したぞ誠一郎。

 なぜそこだけは心を読めなくなってしまうんだお前は。

 そういうところだぞ誠一郎。

 

「お、旦那。あんなも聞きたかったか。やっぱ旦那はわかりやすいったらないねぇ」

 

 違うぞ、ほら出来る限りの速度で首を振ってやろう。

 見ろ誠一郎。

 目を閉じて頷いている暇があるなら、高速首振りをしているオレを見るんだ。

 本当にそういうところだぞお前な。

 

「まぁ、とにかくだ。あの竜は元々『富山・第十三扉』で確認されてたやつだ。個体名は『シルバリー・クリムゾン』。まぁあの白い巨体と赤い眼あたりから取られたんだろう」

 

 あの蜥蜴にはそんな大層な名前があったのか。

 あんな爪と尻尾を振り回して火ごときしか吐けなかった蜥蜴野郎、随分と名前負けしていたんだな。

 

「炎を吐いたり、全身に纏って隕石みたく突撃したりなんなりしてたって話だ。元々討伐予定があったそうだが、いざ部隊を編成して住処に向かったらもぬけの殻。そんで今回『渋谷・第十一扉』で再度確認されたってオチだな」

 

 全身に炎を纏った攻撃までしていたのか。戦った時にやってこなかったのは、ヤーナとかいうヤツに操られていた影響なのだろうか。余計なことをしてくれたものだ。

 元々富山に居た奴が、渋谷に。

 十中八九――。

 

「ああ、教団の野郎共だ。あのヤーナとかいうヤツが使ってた『黒い扉』を配信で確認出来て、いろいろと合点がいった。だが、あの巨体の入る『黒い扉』もあるってんなら厄介なんだが……」

 

 まさにそこだろう。

 ヤーナが出していた『黒い扉』は人一人が通れるサイズであった。

 それに比べ、あの蜥蜴は遥かに巨大だ。

 そんなものを輸送できるというのなら、相当に厄介だ。

 

「おそらく、俺たちの追跡から逃れられてたのもあれのおかげだろうな。だが、そこは今後調査して潰す方法を探しゃいい」

 

 うむ、そこはまだ対応の出来る範囲だ。

 なにかしらの方法があるかはわからないが、出現させることが出来るのであれば逆に消滅させる方法もあるだろう。

 

「一番の問題点は、やつらがモンスターを手なずける方法を――それも、異常種を越えた特別個体を、ってとこだ」

 

 そう、そこだ。

 以前の酒の席で、アリアの凍結に関わっているのは異形を操ろうとしていた教団関係者という話だった。

 まさか、それが完成し、なおかつ発展させられていたとは。

 それでもしも異形の大群を奴らが編成しだして見ろ、目も当てられんぞ。

 

「はぁ、考えることが多すぎるってのが嫌なところだな。んで、教団繋がりであのヤーナのやつの話だが」

 

 誠一郎はまた頭を掻きだす。

 だいたい都合の悪い話をするときの癖だ。

 

「悪いが、尻尾が掴めていない。というよりも、教団の日本支部はすべて潰したはずだってのにで混乱してる状態だ」

 

 おそらく、というよりも確実にあの『黒い扉』が教団の活動に大きく寄与しているのだろう。

 どこからあんなものを生み出したかはわからなければ、どんな詳細な効果があるかはわかっていないのだろう。

 間違いなくオレと花依殿、涼原殿のコラボ配信に映っていたあれが、唯一の情報とでもなっているのではなかろうか。

 

「だが、必ず尻尾を掴んで今度こそ情報を全部吐き出させた上で叩き潰す。なんなら、旦那の時間移動についてもなにか知ってるようだったからな」

 

 ああ、まさにな。

 オレが気になっているのは、まさにそこなんだ誠一郎。

 少しでも情報が入ったら、オレにも必ず知らせてほしいものだ。

 こいつのことだ、頼む以前に知らせてくれるだろうとは信頼している。

 

「親の恨みは子に関係ないと言うが、オレはエゴの塊なんだ」

 

 誠一郎、笑顔が怖いぞ。

 だが、気持ちは痛いほどによくわかる。

 奴らはオレたちの仲間に手を出したんだからな。

 

「アリアに救われたくせに恩を仇で返した連中なんて、この世にいなくてもいいだろ」

 

 ああ、まさにその通りだ。

 

 ヤツらはアリアに手を出したんだ。

 

 それはつまり。

 

 オレたちに喧嘩を売ったのと同義、だからな。




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