ダンジョンから帰ったら五十年経ってたんだが。~え?昔の仲間が今や大手ギルドの代表?なにそれ知らん……こわ……~   作:蝉時雨

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第十一話は迷路と共に <Ⅰ>

 空調の音が会議室に静かに流れている。

 

 つい数日前までは病院のベッドの上だったが、さすがは人間の規格から外れた探索者といったところか。

 担当だった医師は慣れていたのか、存外すんなりと退院する運びとなったのだ。

 しかし、オレは一般的な探索者に比べれば回復が早いほうらしく、少しばかり驚かれる一幕はあった。

 

 そして、今――。

 

「田中様、ちゃんと私の目を見て話してください」

 

「……う、ううむ……」

 

 なぜ、女性というのはこうまで圧を感じるのだろうか。これまで生きてきて常々考えるが、皆目見当もつかない。

 いや、今回については本当にオレ自信が悪いのだが、情状酌量の余地の是非について話し合いを――。

 

「お会いして担当するとお話をしたその日に、まさかその方が生死の境を彷徨うことになるなんて思いますか?」

 

「…………うむ」

 

 なぜこうなって――などと考える必要もなく。

 花依殿と涼原殿と一緒に『扉』に潜った日、殿として竜種と戦った時のことをこっぴどく怒られているのだ。この歳になって人からここまで怒りを向けられるのもまた珍しく、少しばかり浮ついた自分がいる気もするがもう全く頭が上がらない。

 

「その……すまない……あの時はオレが殿で残ったほうが……」

 

「言い訳を聞きたいわけではありません」

 

「…………うむ」

 

 この会議室に通されてから、かれこれ一時間はこの状態である。

 

「ギルド長からも散々お話をされたと伺っていますが、私だって田中様の担当です。たしかにまだ会ったばかりではありますが、出来ることなら長いお付き合いをさせて頂きたいんですよ?」

 

「…………すまん」

 

「別に謝ってほしいわけではないんです。あと怒ってもいませんので、悪しからず」

 

 この状況で信用できない言葉として、最も順位が高いであろうものが聞こえた気がする。

 こういう時はどうすれば良いのだろうか。

 おかしい、ずっと悩んでいるはずだというのに、一向に解決策が浮かんでこない。

 こんな時に誠一郎がいてくれればと思うが――。

 

「はぁ……とにかく、ギルド長は多忙のため本日はいらっしゃいませんから、私がしっかりこれからのお話をしますからね」

 

「……お、おお。ついに先の話を……!」

 

「おひとりで残られた件については終わったわけではないので、勘違いなさらないように」

 

「………………………………うむ」

 

 希望の光が一瞬垣間見えた気がしたが、どうやら幻覚であったらしい。

 実に悲しい。

 

「さて、では本題です。聞いたときは自分の耳を疑いましたが、田中様に『扉』潜入認可が下りています」

 

「……ほう、こんな怪我明けにか?」

 

「ええ、ギルド長がうちの渉外部……えっと、ダンジョン庁に対して『扉』の認可を取る部署なのですが」

 

 そこで高倉殿は一度言葉を区切り、ため息を吐いていた。

 苦労をしているのだな――いや、今回の根本の原因はオレか。

 なんだか、申し訳なくなってしまうな。

 

「その部署の部長を直接動かして、認可を取り付けたのですよ……」

 

「それはまた……随分と荒い手を使ったのではないか……?」

 

「そうなんですよ……これでまた講義の文書でも届いたらと思うと……」

 

 誠一郎の澄まし顔が目に浮かんでくるようだ。

 あいつは本当に使える手があればなんでも使うやつではあるが、周囲への配慮というものを覚えたほうが――。

 よく考えれば、あいつはオレよりも遥かに年上の成功者であるのか。

 であるならば、むしろ現状が一番良いのかもしれない。

 

「『次郎くんのことだから、退院したらすぐ『扉』に行きたがるから取っておいて~』、なんて笑いながら……田中さんはまだ退院したばかりだというのに、まるでわかっているかのように……」

 

「………………」

 

 ふむ、なにも言えなくなってしまったじゃないか。

 さすが誠一郎だ、オレのことをよくわかっている。

 病院のベッドで寝ていたせいで、訛っているであろう体をさっさと叩き起こしたい気持ちが強いのだ。

 動いていないと体が変に不調に感じて仕方がない。

 

「田中様もいきなり認可と言われても戸惑っている中かとは思いますが、認可が取れてしまった以上行っていただくほかありません」

 

「………………」

 

 ここはあれであろうな。

 こうして難しい顔を心がけつつ、首を縦に振っておいたほうが良いのだろうな。

 

「本当に今回の件については申し訳ございません。ですが、田中様が頷いてくださって安心してお話ができます」

 

 どうやら正解を掘り当てることが出来たらしい。

 見るからにほっとしたような表情をしている高倉殿を見つつ、そう判断を下す。

 

「……して、認可の取れた『扉』というのは?」

 

「はい、今回は『埼玉・第四扉』です」

 

「なに……?」

 

 今たしかに『埼玉・第四扉』と言ったのか。

 あそこはたしか、オレがまだ五十年前の頃からあったはずの『扉』だ。

 攻略されずに未だ残っていたとは驚きだ。

 内部はたしか――。

 

「田中様の反応からして、以前にも入ったことがおありのようで。無所属であったと聞いておりますが、その頃に?」

 

「……あ、ああ。何度か入ったことがある」

 

「それならば、説明も簡単に済ませられますね。あ、先にこちらをお渡ししておきます」

 

 そういって、高倉殿は会議用の長机に一つの端末と機械を置いた。

 

「先日まで使用されていたダンホーとホログラム投射通信機は壊れてしまっているとのことで、最新型のものをご用意いたしました」

 

「お、おお……なにからなにまですまない」

 

「いえ、この程度はギルドとして当然です。本日からはこちらを使用しての配信をお願い致します」

 

 こほんと咳払いの音がひとつ。

 どうやら、本題に移るようだ。

 

「では、田中様が突入される『埼玉・第四扉』についてですが――」

 

 

 

 

 

「――長々と申し訳ございませんでした。お気をつけて行ってらっしゃいませ」

 

「………………………………うむ」

 

 今度二度と無理はしないと、心に誓おう。

 

 

 

■■■

 

 

 

「むっ、ここを……おお、これでついたか?」

 

 高倉殿に教わった通りに端末をいじる。

 壊れそうで心配していたが、画面に配信中と表示されたのもあって一安心である。

 耳元に装着した機械をいじり、コメント欄を自身にのみ見えるホログラムとして目の前に表示させる。

 

 以前コラボした時はオレ自身では配信をしていなかったこともあり、実質今回がデビューというものだろう。

 そう考えると緊張をしてきてしまうが、一人での探索――冒険などいつ振りか。どちらかと言えば緊張よりも高揚のほうが勝っているように思う。

 

「さて、視聴者各位は……まだか?」

 

 こういったものはどういうタイミングで始めるのが良いのか悩んでいたが、『扉』に入ってから始めれば良いだろうと思いそうしている。

 高倉殿が告知がどうなどと話をしていたようにも思うが、よくわからずに頷いていたのが悪かったか。

 やはり、わからないことはその場で聞くに限るな。

 

 : 通知見て飛んできたけど何事!?

 : タイトルとサムネ草なんよ

 : タイトル『埼玉・第四扉』しか書かれてねえじゃねえか!!

 : 告知なしで始めてて心臓止まるかと思ったね

 : 公式の告知で知ってたけどパパ生きてる!!!!

 

「おお、続々と集まり始めているのか」

 

 『扉』内の道を歩きながら、続々と流れ始めるコメントに頬が緩むのを感じる。

 どこか気恥ずかしい気もしないでもないが、こうやって歩いている中でも話し相手がいるというのは悪くないものだな。

 

「うむ、コメントにもある通り今日から『埼玉・第四扉』の探索を開始している。泊まり込みも想定して、キャンプ道具も持ち込んでいる」

 

 : あのすいません、いきなり情報量が多いんですよ

 : ていうか、自己紹介とかやらんのか

 : なんかこれがパパなんだなって

 : せや、わいらの呼び方とかも決めてもらわなならんぞ

 : せやせや!

 

 なにやらコメントが盛り上がっている。

 配信者とはそういうものなのだろうか。

 

「そういうものなのか? すまない、よくわかっていなくてな」

 

 : おい探索者ぁ!

 : 『Snow』もちゃんと説明せんかい!

 : せやせや!

 : パパは電子機器というか、ダンジョン関連機器の知識薄そう

 : 実際一定数いるもんね、知識薄い探索者

 

 配信をしているダンホーのカメラに映らないよう、ほっと胸をなでおろす。

 なんせ五十年前にはこんなものはなかったのだ。

 今の時代に知識の疎い探索者がいることに感謝を捧げよう。

 

「ではすまないが、諸君が教えてはくれないだろうか? 爺には難しくてな」

 

 : 爺とは

 : 随分と若々しい爺ですね……?

 : たくしゃーねーな! 俺らでパパに教えてやろうぜ!

 : ↑なんか覚えたことをすぐ教えたがる子供に見えた

 : ↑わかる

 

 そういえば、コメントではずっとパパと言っているのだが、オレのことを指しているのだろうか。

 所帯を持った覚えはないのだが、やはり配信という文化は面白いものだな。

 

「まずはなにを――おっと」

 

 目の前に出てきたスライムを盾を振るっての衝撃波で消し飛ばす。

 剣で攻撃してもダメージが入りづらい厄介な敵だ。よく駆け出しの者たちが犠牲になっていたように思う。

 

 : まずは告知をじゃなくてね

 : 我々の呼び方ってなんでやねん

 : まず話しながらコメント見ながらスライムを処理するのをやめよう

 : あれポイズンスライムだよな? 毒で倒しづらくて厄介なはずなのに……

 : 俺たちの常識から破壊するのやめてもろて

 

 コメントも盛り上がっているな。

 よし、とりあえずスライムの処理の仕方は間違っていなかったか。

 

「スライムについては今のように処理をすれば楽だ。現役の子がいるなら覚えて実践してみてくれ」

 

 こう言っておけば現役の皆の実力も上がるだろう。

 コラボの時にも思ったが、配信を通して伝えられるのは素晴らしいことだな。

 

 : 違うんだパパそうじゃないんだ

 : なにからツッコミをいれればいいんだ

 : とりあえず、パパまずは止まってしっかり自己紹介諸々をやってもろて

 : うんうんうん、まずは最初にすることからしよう

 : すでに一瞬で処理されたポイズンスライムの話をしてなくて草なんよ

 

「む、それもそうか。自己紹介というのはなにをすればいいんだ?」

 

 話をしながら、壁際に寄る。

 地面に座ってもいいのだが、こういう時はインベントリに入れている椅子の出番であろう。

 キャンプ用の小さな椅子を取り出し、そこに座る。

 

「さて、では自己紹介か。『Snow』所属? の田中次郎だ。探索者をしている」

 

 : ぬるっとしたな

 : そうだけどそうじゃない

 : こう……かっこいい感じっていうか……

 : でも所属先言えてえらい

 : ちゃんと自己紹介出来てえらい

 : 誰もインベントリから椅子が出てきたことにツッコミいれてないのすでに訓練されてるんよ

 

 ふむ、難しいものだな。

 だが自己紹介と言われても、今のもの以上のものはなにもないのも事実。

 コメントの各位にはそれで納得してもらうしかないだろう。

 

「自己紹介についてはさっきのですまんが納得してくれ。次はなにをすればいい?」

 

 : そりゃおめー

 : あれしかないわな

 : ここのコメ欄訓練されすぎてない?

 : ↑初見か? 肩の力抜けよ

 : 俺らのことを息子と認知してもろてね

 

 コメント欄の者たちが、オレの子供になるのか。

 それはなにか――いや、『扉』内部でも説明をしながらやれればとも思っているから間違ってはいないのか。

 だがしかし、違和感と羞恥心がすごいな。

 今の探索者はこういうことを平然でやっているというのか。

 

「諸君のことを認知しろと言われてもだな……」

 

 : 困惑してるパパもいいな

 : これが初配信はある意味強いな

 : まぁ、デビューはコラボあったしな

 : ていうかあのコラボの最後よ

 : 殿で残ったパパかっこよかったけどバカ心配したわ

 

「あの時のことか。花依殿と涼原殿には悪いことをしてしまったな」

 

 : 救援隊到着して血だらけのパパが配信に映って心臓止まったわ

 : 特別禁忌とヤって生き残ってるのがやばいのよ、絶対Sって嘘でしょ

 : でもあの特別禁忌逃げたんでしょ

 : ↑パパが生き残ったんだからいいだろうが

 : 報酬も画面になかったからね、まあ映らなかっただけで実はパパが討伐してたって言われても信じる自信あるけど

 

 ふむ、報酬は映っていなかったのか。

 たしかにオレのインベントリにも入っていないし、誠一郎からその話もされなかったな。

 『埼玉・第四扉』から帰還したら聞いてみてもいいかもしれないな。

 あの竜が逃げ出したっていう情報については、間違いなく誠一郎がギルドを使って情報でも流したのだろう。

 なにからなにまで、さすがは仕事の出来る男だな。

 

「なにはともあれだ、皆無事だった。それでいいだろう」

 

 : 本当にそう

 : でもパパの視点で見れなかったのはちょっと残念

 : これからの配信に期待してる自分がいるわ

 : 特別禁忌を相手にできる探索者なんてめったにいないからな

 : なにはともあれ、俺たちを認知してもろて

 

「むっ、そこに戻るのか……わ、わかった。諸君らのことを自分の子供のように思えば良いのだろう?」

 

 恥ずかしいが、これが今の文化というものなのだろう。

 ならば、それに倣うのが一番のはずだ。

 そうに違いない。この羞恥心やらは、オレの中で飲み込めばそれでいいだろう。

 

 : な し と げ た ぜ

 : ↑お前がナンバーワンだ

 : 娘もいるんですよ!!!!

 : これで公認の子供名乗れるぜ!

 : おぎゃー! おぎゃー!

 

 赤ん坊の泣き声までコメントに流れるのは如何なものなのだろうか。

 いや、この間のコラボの時にもあったような。

 やはり、この配信というものはよくわからんな。

 

「さて、ではそろそろ先を進もうか。諸君もそれでいいか?」

 

 : うむ、苦しゅうない

 : パパ! 今いる『扉』の説明とか探索の目標も欲しいですパパ!

 : 昔からあるよな、『埼玉・第四扉』

 : 切り抜きとかでも何回も見た場所

 : 実家のような安心感まであるよな

 

 おお、コメントというものはすごいな。

 ずっとそうではあるが、こうして話題の提供までしてくれるのは本当にありがたい。

 

「『埼玉・第四扉』は、見ての通りではあるんだが――」

 

 周りを見渡す。

 今いる場所も含め、高い壁に囲まれて細い道が続いている。

 ここは――。

 

「――道中のボスを除き、すべてが迷路となっている特殊な『扉』となっている」

 

 インベントリに椅子をしまい、右手に盾を持つ。

 

「また、その性質上どこから異形が飛び出してくるかわからないというのもあるな」

 

 一歩を踏み出し、突き当りを目指す。

 

「――今回は、深淵に出て来る異形から魔石を集める予定だ」

 

 深淵の異形から入手できる魔石は高額で売れるものだ。

 

 今回の一番の目標は魔石だ。

 なにせ、オレは誠一郎の計らいで家やら仕事やらはあり、訛った体を叩き起こすというのもあるが。

 

 一番の問題として、金がないのだ。

 

 インベントリのものを売るというのも考えたが、今後なにがあるかわからん。

 

 今回の探索で、出来る限り高く売れる魔石を搔き集めたい。

 

 コメント欄で騒ぐ視聴者――子供たちを見つつ、先を急ぐためにも足を動かした。




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