ダンジョンから帰ったら五十年経ってたんだが。~え?昔の仲間が今や大手ギルドの代表?なにそれ知らん……こわ……~   作:蝉時雨

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第十一話は迷路と共に <Ⅲ>

 鎧が床を叩く音のみが響く、静かな空間。

 

 時折、空気を循環させるような機械の音が聞こえるのみだ。

 奥へと続く道を歩いているが、一回も妨害らしい妨害をされていないのも余計に不気味さを加速させている。

 警戒が緩みそうになるも、右手のエイギスを胸の前に構え直すことで気持ちを引き締める。

 

「静かすぎやしないか……?」

 

 : ほんまにそう

 : 未確認エリアにしちゃ整いすぎてる気がする

 : っていうかさ、なんか特徴的なマークあったよな

 : ああ、映ってたっていうか映ってるよな

 : なんかどっかで見たことあるんだよな

 

 配信にも教団のマークが映っているが、今は表立って活動をしていないのか合点がいっている者はいないようだ。

 この辺りは誠一郎たちの活動の成果なのかもしれんな。

 

 表立って活動が出来ないから、『扉』の中に活動拠点を作っていたのだろう。

 しかし、一体どうやってだ。

 いつぞやの『黒い扉』のようなものを使っていると考えても、『扉』の内部を改造する方法が皆目見当もつかない。

 

「なぜ『扉』の中にこのような場所を……」

 

 : あまりにも謎

 : あのマークどこで見たんだったかなー、喉まで出かかってるんだがなぁ

 : ↑頑張って思い出してもろて

 : 『扉』の中って人工物作れたのか

 : いや、本来は無理だぞ。『扉』本来の修復機能的なのあるんやから

 

 コメントの通りだ。

 『扉』には内部を保つための修復機能がある。

 壁や地面がえぐられれば、自然と直っていく。たとえどんなに大きなダメージや人工物であろうと、『扉』は元の形に戻るはずなのだ。

 

 道の先に、扉が見えた。

 遠くから見る分には、横開きの――曇りガラスになっている自動扉だ。

 あまりにも現代的なものに、毒気を抜かれそうになる。

 

 : わー、今って『扉』の中じゃなくて外にいるのねー

 : なんでオートドアあるんすかね

 : めっちゃ異常なはずなのにめっちゃわくわくしてる自分がいる

 : わかる、なんかとんでもないものを一緒に見てる気になる

 : いや、冷静にここは一旦戻るべきだろ。さすがに異常が過ぎるわ

 

 きっと、戻るべきなのだろう。

 少なくとも、オレは病み明けだ。

 大けがをしたあとの、ある意味リハビリ探索なのだ。

 誠一郎の裏の目的はよく理解したが、まさか教団に関係ある施設とかち合うとは思っていなかったのだ。

 

 だが。

 

 だがな。

 

 いつぞやの病室で、教団は必ず潰すと決めたのだよ。

 これは、この場所は、なにか重大なことに繋がっているような気がしてならないんだ。

 

 足を進める。

 自動扉が近づくが、一度立ち止まる。

 目視で確認するも、特に目立ったものは見当たらない。

 コンビニなどにある普通の自動扉のようだ。

 

 なにが起きても良いように、全身に魔力を纏いつつ壁際をなぞるように自動扉に近づく。

 特になにかに触れることもなく、壁際にいたにも関わらず静かな音と共に開く扉。随分と簡単に入れるものだと思いながら、盾と共に顔を覗かせ中を見遣る。

 

 通ってきた道に比べれば短いが、変わらず淡い緑色の光で照らされた道と先に見える同じような自動扉。

 魔力を操作して事前に探りを入れるも、変わった感触は特にない。

 

 : また道か

 : なんか保菌室? とかに繋がる道に見えなくもない

 : めっちゃ近代的やんけ

 : ここほんまに『扉』の中なんか?

 : 今なら実はAI映像とかって言われても信じる自信あるわ

 

 閉まろうとしない扉を横目に、壁伝いに中に入る。

 少し進んだ頃、背後の扉が閉まる静かな音。振り返ろうとしたその時、壁の上からなにかが開く音が聞こえてくる。

 瞬時に見上げれば、そこにはなにかを吐き出そうとする排出口のようなものが見えた矢先、そこから白い蒸気。慌てて口を覆い、吸い込まないように息を止める。

 

「――ブハッ……はぁ……息を止めるのも限界があるぞ……」

 

 : パパよーがんばった!

 : 上コメの保菌室のくだりで余計なんか除菌の目的に見えてきたんじゃが

 : ↑わかる

 : あーっ! 思い出した! あのマーク昔あったなんとか教団ってやつのだ!

 : ↑ずっと考えとったんかい!

  

 どれ程続くかわからなかったが、一分もかからなかっただろう。なんとか直接吸い込むような自体にならなくて一安心といったところか。

 

 どうやら、子供らにもあのマークの持ち主たちに気づいた者がいるようだ。

 『扉』は神が作りしもの、前と先を繋ぎし神聖なるもの、だったか。黎明期にたしかそのようなことを叫んでいた狂信者がいたように記憶している。

 

「なにはともあれ、だ。先へ行こう」

 

 : ここまで来たんならな

 : ていうか教団って潰れたんじゃなかったか?

 : おにぎりが冷めてしまったで候

 : 四なば諸共よ!!

 : ↑四んだらダメだろうが!!!

 : やばそうな匂いがプンプンしやがる

 

 晩飯を楽しみにしていた者もいたらしいが、許して欲しい。

 こうまで徹底しているのだ、この先には恐らく――。

 

 先にあった自動扉が開き、先程と同じ要領で覗き込む。

 

「やはり……か」

 

 そこは、怪しげな液体が満ちた巨大な装置が立ち並ぶ空間を見下ろす踊り場のような場所だった。

 正面には、一際大きなものがある。見えているのは背面のようで、鉄のようなものに覆われて中を覗き見ることは出来ない。

 

 時折、粘り気のある液体の音や、規則正しく鳴る機械の音が聞こえてくる。踊り場の手すりから見渡しても人の気配はなく、しかして放棄などされた形跡は見られない。

 

 現在進行形で使用されている、あるいは様子を見になど来ている特殊な場所なのだろう。

 

 : うわなんだこれ

 : 自分の目を疑ってる

 : これもしかしなくても俺らとんでもねーもの見てる?

 : ↑とんでもねーどころじゃない

 : やばすぎるものみてるよ本当になんだこれ

 

 踊り場から下の階に繋がる階段を降りる。

 徐々に装置の中が見えてくる。

 

「…………ふむ」

 

 そこには、『扉』の中に出てくる――狼型やゴブリン、鳥など様々な異形。

 どろりとした液体の中で、目を剥き出しにしながら静かに管に巻かれ、なにかを抽出されている、あるいは注入されている姿。

 

 : ………………

 : …………やば

 : 人権云々はあれだけどさ、これはこれでどーなん

 : ……教団ってのがヤバいってのはよくわかったわ

 : この空間がずっとあったってまじ??

 

 たしかに異形に慈悲は必要なく、人間に害なす存在である認識はある。しかし、排除をするにしろ討伐をするにしろ、そこにはなにかしらの闘争があってこそだ。

 

 花依殿を救った時の豚しかり、石で撃ち抜いた異形しかり、殿として残った時の蜥蜴しかり。

 

 そのどれにも、感情の差はあれど闘争があった。

 

 だが、これはどうだ。

 

 闘争の欠片も無い、ただのモルモットのような異形たち。

 たしかに異形を捕らえてこれらの機械の中に押し込めた技術力には感嘆しよう。

 

 実に目を見張る技術力だ。

 これを応用できるならば、『扉』内でより安全に活動ないしは世界から『扉』を無くすことも出来るかもしれない。

 

 しかし、これを使っているイアヌス教団はそのような高尚なこのなど考えてはいないのだろう。

 あの蜥蜴を操り、ましてやこのような胸糞の悪い施設を、それも『扉』の中で構成しているのがなによりの証拠であろう。

 

 周囲に立ち並ぶ機械――培養槽とでもいうのだろうか――を視界に収めながら、一際大きなものに近づいていく。

 空間の中央、様々なよくわからない線や円などが表示されたパネルが、その前に並んでいる。

 

 : なんだこのパネル郡

 : 有識者おらんかね

 : 気づけば二万人いるんだ、誰かしらいるだろ

 : とんでもない発見すぎて裏ではちゃめちゃになってる疑惑

 : 【Snow公式】田中様、帰還後お話があります

 : 公式もよー見とる

 

 子供らに紛れて公式がいたが、オレの呼び方的に高倉殿ではないよな。ちょっと違う意味で背筋が凍りかけるんだが。

 

 今はどうでもいいことか。

 これらのパネルを見ても、オレの頭では理解できない。だが、配信に残しておけば誠一郎なり誰かがわかるだろう。

 棒が増減したり、円の中身の色合いが変化したり、線の折れ方が変わったりと変化が実に激しい。なにかを記録しいるのだろうまではわかるが、細かいことは考えるを拒否してしまう。

 

 オレの専門は戦闘分野なのだ。

 ふと、パネルの下のデスクに散乱している紙が目に入る。

 そこには――。

 

「――『扉』内生物の活用法と人工特別禁忌種の製造について……?」

 

 なんだ、これは。

 もしやあの蜥蜴も――いや、あれは誠一郎が『富山・第十三扉』で確認されていたと言っていたはずだ。

 ならば、これは目の前の培養槽にいる――。

 

 紙の資料を手に持ったまま、視線を上げる。

 黄緑色の液体の中に、まるで各部位を繋がれたような――巨大な竜の頭と、大狼の頭に二本の人型の腕と二本の鉤爪のような腕。そして、元は巨大な鬼種のものだろうと思われる二本の足を生やした異常な姿をした異形が浮いている。

 身の丈はどれほどだろうか、正確なところはわからないが凡そ四から五メートルほどではなかろうか。

 

 まさか、コレを創ったのか?

 

 そんな馬鹿なことがあるのか。

 

 使役どころではなく、人工異形――人工モンスターとでもいえばいいのか。

 誠一郎、お前たちが掴めなかった尻尾はとてつもない怪物へと変貌を――。

 

 魔力の揺らぎ――魔法の前兆。

 場所は背後から。

 

 周囲を瞬時に見回しながら、手に持った紙束をインベントリに投げ入れつつ、魔力を取り込んで浮いているダンホーを掴んで駆け出す。

 目指すは、巨大な培養槽の裏――踊り場の下にある暗い空間。

 

 コメントは何事だと騒いでいるが、我慢して欲しい。

 時間がないのだ。

 

 体を滑り込ませ、可能な限り息を潜める。

 鉄板のようなものでオレの姿は見えないだろうが、果たして。

 

「――して、博士。実験の方は順調と捉えても?」

 

 少しの後、聞いたことのある男――ヤーナと名乗っていたヤツの声と――。

 

「くっひひふふふ。ええ、ええっ! 順調そのもの、ボクの可愛い可愛い子供はすくすくと育っているよっ!」

 

 ひどく楽しそうな、しかしどこか人間味の薄い甲高い声が聞こえてきた。

 

「ふむ、たしかに。見た目には順調そうに見えるな」

 

「そうでしょう、そうでしょう。前のやつはあんまり手を入れられなかったから、この子には特別愛を注いだよっ!」

 

 : なにこの話し声

 : やばいこと言ってるのはよくわかったわ

 : もうまじで逃げた方がいいって

 : パパ隠れてる!? 大丈夫!?

 : あのでけーやつ作ったとかまじ?? どうやったんだよ

 

 前のやつというのは、やはりあの竜のことなのだろうか。富山の『扉』に元々は――いや、それすらもすでに手を入れた後であったなら。

 

 いつからだ。

 こいつらは一体いつからこの悪趣味なことを始めたのだ。

 

「で? どれほどで完成に至る?」

 

「そうだなぁ。ヤーナクンのためにも急ぎたい気持ちはあるんだけど、もう数ヶ月は欲しいかなぁ」

 

「数ヶ月か。早めることは可能か?」

 

「可能っちゃ可能だね。ただこの子に相応しい心臓がないからさぁ。それを入手して調整が必要なんだよねえ」

 

「ならば大主教様へ掛け合ってみよう。博士の実験は――」

 

 言葉が途切れる。

 まさか、気づかれたか。

 やはり書類をもらったのは不味かったか。

 

「――博士、我ら以外に立ち入る予定の者はいたかな?」

 

「うん? いや、聞いてないねぇ。なんて、ボクはいつも聞いてないけどねぇ!」

 

 笑い声が木霊する。

 どうやってここから離れればいい。

 考えろ、考えるんだ。

 

「魔力に揺らぎがある。博士、戸締りはしっかりしたほうがいいぞ」

 

「んー? ああ、本当だ。へー、ネズミが入ったんだ。よく見つけたね」

 

 魔力の揺らぎだと?

 

 ここに入るまではたしかに探知で使っていたが、ここでは使って――。

 手の中で握っているダンホーが目に入る。

 

 : えっバレた!?

 : まじかやべーって

 : パパ逃げれるなら逃げて欲しい!!!

 花依牡丹 : おじさま逃げて!!

 : 魔力探知とか出来るのかよ!!

 : パパもやってるからってお前らまでやるなよ!!!

 

 なるほど、盲点だった。

 たしかにこいつは、周囲の魔力を吸い込んで浮き上がっている。

 だが、それは微々たる量であると聞いているが、それに気づくか。恐ろしいほどの魔力操作と探知技術だ。

 

「はーあ、この施設は廃棄かぁ。スライムちゃんたちも可愛くて気に入ってたんだけどなぁ」

 

「助力は必要かね?」

 

「いーや? 府教主サマはボクを誰だと思ってるのさ」

 

 腹を括る他あるまいな。

 まったく、こちらは病み上がりだというのに。

 少し前のコメントではないが、オレは本当に呪われているのかもしれないな。

 

「知性とほんのちょっぴり力を持った日本が誇る天才、姫野椿だぜ? ヤーナクンは僕の子供を安全なところに避難させておくれよ」

 

「承知した。では博士――」

 

 パチン、という音と共に目の前の鉄板――培養槽がたちどころに消え去る。

 まるで、最初からそこにはなにもなかったかのようだ。

 

 やられた。

 

「――また後で会おう」

 

 開けた視界の先には、以前のように『黒い扉』へと消え去る黒い後ろ姿と。

 

「――やぁやぁ、ネズミくんっ! ボクの趣味部屋に不法侵入して、なにを遊んでたのかな?」

 

 癖の目立つ床まで伸びる茶色の髪の毛を揺らし。

 

 ブカブカの白衣と大きな丸メガネをかけた、子供のような姿の女性が。

 

 狂気的な三日月を浮かべながら。

 

 こちらに向かって魔法陣を展開していた。




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