ダンジョンから帰ったら五十年経ってたんだが。~え?昔の仲間が今や大手ギルドの代表?なにそれ知らん……こわ……~   作:蝉時雨

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誤字報告毎度助かっておりますうううう!!
推敲足らず申し訳ございませんんん!!


第十四話は余暇と共に

 時計の針が動く音が聞こえる。

 

 姫野椿をアメリカに同行させたいと伝えてから、誠一郎は頭を抱えて天を仰いでいる。

 一方、オレはそんな彼の姿を見ながらグラスにビールを注いで飲みつつ、焼酎を飲む葛城殿と話をしていた。

 

「――ふむ、田中殿は若かりし頃から『扉』に入っていたと?」

 

「ああ。世界に『扉』が出現し始めた頃だから、ざっと二十五の時だったはずだ」

 

「羨ましい。拙者も黎明期の頃の『扉』に入ってみたかったものです」

 

「……あまり良いものではなかったぞ?」

 

 思い出すのは武器も荒削りで、浅層の異形すら倒せなかったあの頃。

 そしてなにより。

 

「あの頃は頻繁に異形暴走――スタンピードが多発していた。それを皆で倒し、少しずつ武具を整えてからようやく多少は落ち着いたがな」

 

「……スタンピードの多発……歴史としては知っているものだが、現実は地獄だったのであろうな」

 

 地獄なんてものではなかった。

 

 昨日まで同じ釜の飯を食い、肩を組んで笑っていた者が次の日には物言わぬ死体になる。

 絶対に守ると誓い合った恋人たちが、共に異形の餌食となる。

 異形の大群を押しとどめることが出来ず、撤退した先で避難していた住人に罵倒される。

 

 そんな、時代だった。

 

「……地獄よりも地獄であったな」

 

「ふむ。想像が出来ぬな」

 

「それでいいんだ」

 

 今の子らは、黎明期のことなど知らずともいい。

 歴史として知っているのなら上出来だ。

 あの頃のことなど、オレたちが握って墓場まで持っていくべきものだからな。

 

「ふとした疑問なのだが、なぜその折に探索者になろうとしたのだ。本当に深い意味はない、若造の――」

 

「はは、クッションなどいらんよ。そうだな、なったきっかけか」

 

 思えばなんだろうか。

 あの頃は仕事をして帰るだけの生活に飽き飽きしていた時期だったように思う。

 そこに来て『扉』などという非現実的なものが世の中に現れたのだ。

 

 当時の人たちは面白がったり怖がったりと様々な反応をしていたのを覚えている。

 だが、オレは心が躍ったのだ。

 胸の奥に長い間燻っていた何かが燃え上がったのを、たしかに感じたのを昨日のことのように思い出せる。

 

 そう、それは。

 実に古典的な言い回しの言葉で説明がついてしまうのかもしれない。

 

「――運命に呼ばれた。それがきっかけなのかもしれないな」

 

「ほう」

 

「ふっ、我ながら良い歳をしている癖にとは思う。だが、これ以外に説明がつかないような気がするのだ」

 

 どんな言葉を受けても、止まらなかった。

 どんな理不尽を受けても、止まれなかった。

 いや、正確には止まる気がなかった。

 

 体が突き動かされ、好奇心のままに『扉』に飛び込んではいつも奥の奥、底のほうを目指したものだ。

 人間とも、異形とも、たくさんの殺し合いを繰り返したこともあれば、いくつかの『扉』の最奥を踏破したこともある。

 そうして何度も死線を越え、一期一会を繰り返した先に『NY・第八扉』で出会い散っていった仲間たちと、誠一郎たちをはじめとした共に踏破した者たちの上にいる。

 

 思い返してみれば、なんと激動の人生だろうか。

 三十年と五年生き、何の因果かこうして五十年後の世界で後進の者と話している今が、どんなに恵まれていることか。

 

「ならば、その運命とやらに感謝をしなくてはなりませんな」

 

「ふむ、その心は?」

 

「なに、単純なことです」

 

「――ぉぉぉぉぉおお………………」

 

 葛城殿の隣から呻き声が聞こえるが、きっと気のせいだ。

 なんだかその口から魂が抜け出ているようにも見えるが、言葉になっていないから意思疎通は図っていないはずだ。

 そうに違いない。

 

「田中殿や師匠をはじめ、黎明期にその運命とやらに突き動かされた先達がいたからこそ、こうして今がある。感謝以外に、なにがあるというのでしょうか」

 

「葛城殿……」

 

 実に、良い顔の若人だ。

 誠一郎、本当に良い弟子を育てたな。

 肉を詰まらせたり、人のことは言えないが独特な雰囲気を持ってはいるが、心は間違いなく真っすぐなのだろう。

 

 こうした若者に繋がっているのなら、オレの歩んできた道も間違ってはいなかったのだろうな。

 

「………………旦那ぁ………………」

 

「………………」

 

 猛烈に目を逸らしたい気持ちが強くなってきたな。

 いやだが、そもそもはオレが振った影響で誠一郎がこうなってしまったのだ。

 

「………………なんだ、誠一郎」

 

「なんだもなにもねえだろうがよ……」

 

 ゆっくりと上体を元に戻し、こちらに恨めしそうに視線を向けて来る。

 やはりとんでもない爆弾を投げつけてしまったようだ。

 

「旦那とマサが話してる間にいろいろ考えたが、俺の仮説が合ってるのかまずは聞かせろぃ」

 

「ああ、当然だな」

 

「――アリアか?」

 

 ひとつ頷きを返せば、盛大なため息が吐かれる。

 

「師匠、アリアというのはもしや」

 

「おう、俺らの仲間だ。今は氷の向こう側に行っちまったがな」

 

「姫野椿が――正確にはローズの知見も必要ではあろうが、可能性がある」

 

「そういうことだわなぁ……どうすっかなぁ……」

 

 再び頭を抱えつつ天を仰ぐ誠一郎。

 なんだか本当に迷惑ばかり掛けてしまっているな。

 許せ誠一郎、必要なことなのだ。

 

「難しいか?」

 

「そりゃそうよ旦那。犯した罪は想定を含めても数知れず、さらには重要参考人だぜ? それを国外に連れてくとか――」

 

 勢いよく頭を戻してこちらを見る誠一郎。

 その顔は、実に悪いものであった。

 

「——俺でなきゃ、んな図太いこと出来る男はいないわな」

 

「ふっ、それでこそだ誠一郎。苦労をかける」

 

「へっ! やめろい、何度も言うがこのための権力ってやつだ。でもよ――」

 

 鋭い光を宿した友の瞳に射抜かれる。

 

「――奴さん、旦那と俺が背負ってアリアの命を預けられるだけのもん、持ってんのか?」

 

「お前もオレとあの女が戦っていた場所を見たであろう。思想などは脇に置いたとしても、優秀な科学者であり――」

 

 思い出すのは炎と雷を合わせた魔法と、最後にオレを人工キメラ種諸共に葬り去ろうとした魔法。

 威力に関していえばまだ研鑽の余地を感じるが、才能だけを見ればローズに勝るとも劣らない。

 

「――あの女は合成魔法まで扱うことが出来る」

 

「……へぇ? そいつぁすげぇな。旦那の戦闘見ときゃ――いや、それしたら到着が遅れてたわな」

 

「希望的観測で確証があるわけではないがな」

 

「ローズと組ませりゃあるってわけか。たしかに今まで手がなかったんだ。賭けるだけの価値はあるってもんか」

 

 これで肩の荷が降りた。

 あとは――。

 

「さぁて、明日からまた忙しく――」

 

「誠一郎、まだ問題がある」

 

「あん? なんだ旦那、そんな深刻な顔して」

 

 ――重大な問題が、ひとつだけ残っている。

 

「――金がないのだ」

 

「…………あん? あれ、俺話してなかったか?」

 

「ん? なにかあるのか?」

 

 今度は楽しげに笑う彼を苦々しく見る。

 なんだ、一体何をオレに伝えていないのだ。

 ちゃんと伝えるべきことは伝えて欲しいものだぞ誠一郎。

 

「旦那に渡してるダンホーあるだろ? 高倉から最新モデル受け取ってると思うんだが」

 

「あ、ああ。たしかに受け取っているが」

 

「ふははっ。それ使や日本、いや世界中どこでも決済が出来る。あと、旦那のは特別製にしといたから使う分の金の心配はするな」

 

 なんだ、この寒気は。

 こいつはなにを言っているんだ。

 世の中の深淵を覗き込んでいる気分になってきたぞ。

 

「そんなわけだから、うちからの給料が出ようが出まいがそれを使やいいって寸法よ」

 

「誠一郎……」

 

「おうよ」

 

「……オレはお前が恐ろしいぞ」

 

「それには拙者も同意せざるを得ないな」

 

 部屋の中に誠一郎の笑い声と、葛城殿の呆れたため息が響く。

 俺の友はいったい、どれだけのものを持っているというのだ。

 

 世の中には、知らされない方がよかったと思うものもあるらしい。

 

 

 

「誠一郎」

 

「あん? まだあるのかい旦那」

 

「三職昼寝付きにおやつを希望との事だ」

 

「…………それが条件ってぇことね…………」

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 『Snow』本社ビルの五階の食堂。

 丁寧に管理が行き届いており、新品同然の印象を受ける空間だ。整然と並んでいるテーブル横に設置された椅子に座り、一息つく。

 壁にある時計を見遣れば、十五時を少し回った頃。

 

「……疲れたな」

 

 昨夜の別れ際、誠一郎から連絡があるまでの完全静養を言い渡されたまではよかった。

 友であり、現在の雇い主とも言える者の命――というよりも、単純にオレの心配をしてくれたのだろう。

 それを素直に受け入れることに決め、如何に暇を潰そうかと考えていた時に呼び出されたのだ。

 

 他でもない、高倉殿に。

 

 なにを言われるか戦々恐々としながら、指定された時間の五分前に会議室に通されれば。

 そこから始まったのは怒涛の説教だ。

 竜種との戦いで退院した時にも思ったことだが、美人というのは怒ると実に怖いものだ。

 

 なんとか時間が過ぎるのを祈りつつ、誠心誠意謝ったまではよかった。

 こってり二時間近く絞られた後、高倉殿からも完全静養のお達しを受けてしまった。

 

「これから、どうするか」

 

 せっかく時を越えたのだ、現代の街を見て回るのも悪くないのかもしれない。

 どうして時を越えてしまったのか、という疑問については今後あの女――姫野を介してわかっていくことだろう。

 

 手の中の冷たいコーヒー缶を弄ぶ。

 昨夜、誠一郎の話していたことは本当であった。試しに食堂の出入口に置かれた自販機でコーヒーを買ってみようと、電子決済の容量で試してみたのだ。

 資金源を想像しようとすると寒気がするが、無駄遣いしなければ問題はないだろう。特に物欲など――いや、出来るならいつぞやに見た涼原殿の使っているレイピアを作成した鍛治職人に会いに行きたいな。

 

 いや『扉』の報酬の可能性も捨てきれないか。

 ううむ、どうにかして聞いてみるほか――。

 

「――それでね、東くんったら今日も『扉』に行くんだって」

 

「――そうなんだ。あれからやる気満々だね」

 

「んねっ! あたしも負けてられないなーってなった!」

 

 聞き覚えのある声に振り向けば、出入口から入ってきた制服を纏ったふたりの少女の姿。

 今日は運の良い日――高倉殿の小言を含めればどっこいどっこい、か。

 

「あたしだっておじさまに――って! おじさまいるぅ!?」

 

「もうっ、また走って……!」

 

 オレに気がついた花依殿が勢いよく駆けてくるのを、少し遅れて呆れた顔で追いかける涼原殿。

 思えばこの光景も、なんだか見慣れてきてしまったな。

 

「ふたりとも、奇遇だな。もう学校は終わったのか?」

 

「はいっ! 探索者育成科は授業終わりが早い――じゃなくてっ!」

 

「ふぅ……田中さん、お疲れ様です」

 

 挨拶をくれた涼原殿に頷きを返し、花依殿を見れば。

 オレのすぐ近くまで来て満開の桜のような笑顔を浮かべたに直後、その桜を真っ赤に染め上げる。

 やはり、感情表現が豊かな子だ。

 

「また無茶をしてっ! もう、あたし心配しすぎてヤバかったんですからねっ!?」

 

「すまんすまん、もう高倉殿に絞られたのだ。勘弁してくれないだろうか」

 

「……もうっ! 仕方ないですねっ!」

 

 花依殿は頬を膨らませながらそう言うと、オレの隣の椅子へと座った。涼原殿もそれに倣い、花依殿の隣に腰を下ろす。

 

「それにしても、学校には探索者専門の所があるのか」

 

「えっ、おじさまは一般ならなんですか……?」

 

「あ、ああ。オレは普通の高校に通っていた」

 

「ほえぇ……」

 

 まずいな。

 涼原殿に武器のことを聞こうかと思っていたが、思わぬ所で失言をしてしまった。

 だがどうだ、上手いこと誤魔化せているのではないか。

 彼女の口振りからするに、専門の科を設けていない場所もありそうだ。

 

「一般からそんなに強くなっちゃうなんて、余計尊敬しちゃうんですけど……っ!」

 

「……うん、びっくりだね」

 

 どうやらなんとかなったらしい。

 もうあまり自分から話を振るのはやめた方が良いのではなかろうか。

 

 彼女らにはまだ、オレが時を越えたことは――ヤーナのヤツがオレを呼んだのと姫野が散々配信で呼んでくれていたな。

 これは時間の問題というやつの気もしてくるな。

 どれくらい時間がかかるかは明言していなかったが、後々誠一郎のヤツが公表することでもあるだろう。

 

 この場で言ってしまったほうが――いやしかし――。

 

「あたし、ずっとおじさまに聞きたいことがあったんですけど……」

 

「ん、うむ。なんだろうか」

 

「えっと……」

 

 なにか聞かれるようなことでも――もしやヤーナや姫野のオレに対する呼び方ではあるまいな。

 ずっと悩んでいるが、答えがわからんのだ。

 やはり自分から言った方が――。

 

「……その……アリアって……誰、ですか?」

 

「むっ……ああ、あの時か」

 

 東殿にランク制定の模擬戦――稽古をつけてやった後にオレが呟いたことがあったな。

 ふむ、それにしてもアリアについてか。

 

「もしかして恋人かなー……なんて……あははぁ……」

 

「…………」

 

 涼原殿、そんなに睨んでもなにも出んぞ。

 だからそんなに睨んでくれるな。

 

「……アリアというのは、オレの昔の仲間のことだ。いつも治療をしてくれていてな」

 

「……へ、へぇ……」

 

「はは、恋人などではないさ。妹のように思ってはいたがな」

 

 おかしいな。

 涼原殿の視線がより鋭くなったな。

 オレはなにか変なことを言ってしまったのか。

 

「……な、ならっ!」

 

 花依殿は見るからに震えている。

 顔も赤いな、体調が悪いのだろうか。

 

「あ、あたしとっ! お出かけとか、どうでしょう!?」

 

「……ん? 『扉』か? すまないが今は――」

 

「あいえっ! そ、その……お買い物、とかっ! その……っ」

 

 ふむ。

 ちょうど暇もあるわけだから、丁度いいのかもしれないな。

 

「ああ、構わないぞ。いつがいい」

 

「えっ! や、やった! それなら今から――」

 

「――牡丹、このあと打ち合わせ」

 

 涼原殿の声が無情に響く。

 なるほど、ふたりは打ち合わせだったのか。

 オレに時間を使わせて申し訳なかったな。

 

 

「なんだそうだったのか。それなら、あとからでもいいから連絡が欲しい。連絡先は渡しているだろう?」

 

「うぅ……はいぃ……っ。すぐ連絡しますから、予定空けといてくださいね!?」

 

「……私も行く」

 

「野薔薇ちゃんっ!?」

 

 涼原殿の視線がオレを貫く。

 おかしいな、本当に。

 竜種の一件もあって、それなりに彼女もオレに気を許してくれたかと思っていたんだが。

 どうやら思い違いだったらしい。

 

「オレは構わない。ほら、打ち合わせがあるのだろう?」

 

「ん、いくよ牡丹」

 

「ううぅぐぐ……ばい……っ!」

 

 なぜかは知らないが悔しそうな花依殿と、心底安心したような涼原殿を見送る。

 今どきの高校生というのは、皆あんな具合なのだろうか。

 

 とにかく、ふたりに街を案内してもらうのは楽しみだな。

 

 手の中のコーヒー缶を飲み干し、縦のまま潰す。

 

 立ち上がって出口に向かい、帰り道を目指した。




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