ダンジョンから帰ったら五十年経ってたんだが。~え?昔の仲間が今や大手ギルドの代表?なにそれ知らん……こわ……~ 作:蝉時雨
続きね。
『第十五話は職人と共に』
壁に寄りかかりながら、街行く人を見る。
制服や私服に様々で、その中に鎧やら軽鎧やらローブやらを来ている年齢層様々な探索者の姿。
この近くには『渋谷・第二十一扉』があるらしい。
「今日は中層ボスはまだ討伐報告上がってないよね? あたしらでデイリー最速狙っちゃう?」
「今日はどれくらい稼げるか……帰り焼肉行きたいなぁ……」
「やっと認可が取れた……! 下準備もへへへへへ……」
話し声はどれも探索者のものが多い。
各々いろんな思惑があって、聞いてて実に楽しいものだ。
それと同時に、体がどうしても疼いて仕方がない。
やはりオレも彼ら彼女らのように『扉』の中に潜っていきたいものだな。
今からでも――いや、誠一郎の命を破ることはまだしも、花依殿と涼原殿との約束を違えるわけにはいかない。
組んだ腕の上で、人差し指が一定のリズムを刻んでいる。
決して。
決して自分の意志ではないのだ。
オレの人差し指が自立稼働してリズムを刻んでいるに違いないのだ。
女性は準備に時間がかかるもの、出来る男は約束の時間の三十分前には待ち合わせ場所にいるべし。
その言葉が記憶のどこかにあったため、その通りにしたのだがやはり五分前などでよかったのではなかろうか。
そうすれば今感じているこの気持ちも、実はあまり感じなかったのではないかと思う。
「――お、おじさまっ! お待たせしましたっ!」
「お待たせしました」
そんなことを考えていれば、改札の方からふたりが近づいてくる。
花依殿は白いシアーブラウスの上にカーディガンを羽織り、顔にはどこか薄らと化粧が乗っているように見える。一方、涼原殿水色のワンピースを着て、髪色と同じ小さな鞄を肩から掛けている。
「それほど待っていない。今日はすまないな、ふたりとも」
「い、いえっ! 誘ったのはあたしなのでっ!」
なんだか花依殿は動きが硬いように見える。
どこかボスに挑む前のような、これから大勝負が控えている人間特有の緊張感が透けている。
この後なにかあるのかもしれないな、気をつけてみておこう。
「今日は監視しに来た」
「むっ、そうなのか」
やはりこの後なにか控えているのか。
涼原殿もどこか殺気立っているように見える。
そんな中オレに時間を割かせてしまったのはなんだか申し訳なくなるな。
「今日はどこに行くのだ? 出掛けるとは聞いていたが、行き先は決めていなかったろう」
「あっ、えっと……ほんとは色々考えてたんですけど……」
「ふむ、決まっていないのか?」
「……はいぃ」
なるほど、まあそういうこともあるだろう。
そもそも、オレがあまりにも受け身でいすぎたのかもしれないな。
ならば、ここは。
「それならば、オレは行ってみたい場所があるのだが案内を頼めるか?」
「あっ、はいっ! もちろんですっ!」
気を落としていた花依殿が、勢いよく顔を上げる。
やはりこの娘にはこういう笑顔が良く似合うな。
「あ、でもあたしでもわかる場所なら……ですね……」
「たぶん大丈夫だろう。涼原殿」
「……私、ですか?」
涼原殿に話を振れば、どこか驚いたかのような反応が返ってくる。
「うむ。貴殿の武器はもしかして誰かが鋳造したものではと思っているのだが、合っているだろうか?」
「はい。すごい職人さんが作ってくれました」
やはりか。
以前見た時に、『扉』から得られる報酬とは違った様々なこだわりが垣間見えたのだ。
オレの審美眼も捨てたものではないな。
「その職人殿に会ってみたくてな。この近くに居ればとは思っていたのだが、どうだろうか?」
「たしかにこの近くに本店ありますけど……そんな所でいいんですか……?」
「うむ。花依殿もいいだろうか?」
「は、はいっ! あたしはなんでもっ!」
「すまんな、ではよろしく頼む」
涼原殿が困惑しながらも先を歩き出す。
それについて行きつつ、隣に並んできた花依殿に視線を向ける。
赤い髪が太陽の光を反射し、化粧と服装も相まって高校生というよりは大学生と言われても信じてしまいそうだ。
今どきの子は、出掛ける時はこういう服を身につけるもの――昔からか。
「……っ、お、おじさまっ! 今日も素敵な、格好です……ねっ!」
「ん、そうか? そういう花依殿も随分と可愛らしい服装だ。キミの赤髪が際立って見える」
「えっ!? ……あ、ありがとう……ございます……っ!」
学生時代からずっとではあるが、己の身だしなみというものは必要最低限しか整えてこなかった。
会社勤めの頃は人前に出ても恥ずかしくないという所に気をつけてはいたが、探索者になってからはあまり気にしていなかった面もある。
年若い女性と出掛けると思い、髭は最低限整えてインベントリから動きやすくてかつ通気性に優れたシャツにタイトなジーンズとした。
花依殿的には素敵とのことらしいから、オレの選択は間違っていなかったのだろう。
しかし、やはり花依殿の顔が赤いように思う。
「ところで、顔がかなり赤いが体調でも悪いのか?」
「ひあぇっ!? そそそそ、そんなこと、無いです!?」
「むっ、そうか? なにかあればすぐに言ってくれ。口をつけていない水ならインベントリに入れてあるからな」
「は、はひぃっ!」
涼原殿は前を行きながら、こちらを鋭い瞳で見てきている。
彼女はオレに殺気を向けているのではなく、花依殿の体調を心配しているのかもしれないな。
友人の機微に敏感に反応出来るとは、さすがだな。
荷物を抱えたドローンのような機械が車の上を飛んでいたり、ホログラムがあちこちに出ているのを見やりつつ時代の変化というものを感じる。
時折魔力を感じるのもあり、『扉』産の魔石などで稼働していたりするのかもしれない。
これまでも移動の度に目に入ってはいたが、こうしてじっくり見ることはなかったからすごく新鮮に思う。
五十年も経てば、人間の営みというのは様変わりするものだなと強く思う。
しかし、まあ……なんだ……。
「それにしても、今日は晴れてよかった」
「そ……、そうです、ねっ!」
「…………むぅ」
会話が、続かない。
困った時の天気の話題など、古来から通用しないことなどわかりきっていたろうにオレと来たら。
自分の口下手加減には嫌気がさすが、性分だから許されたいところだ。
ああ、そういえば聞きたいことはあったな。
「……花依殿は、魔力操作の訓練は続けているか? 前はほら、竜種に襲われたから中断してしまっていたからな」
「へっ、あはい。続けてますっ! 清吾教官とか、学校の先生にも上達してるって褒められたんですよ!」
この短期間で上達したのか。
才能がないと聞いた覚えがあるが、そんなことはないんじゃなかろうか。
「おお、素晴らしいな。継続は力なりとは言うが、上達が早いじゃないか」
「あ、あはへへ……そっ、そうですかねぇ……っ?」
「この調子で継続していれば、オレなぞすぐに越えられてしまうな」
「そんなことないですよ!?」
今の子らはオレよりも強くなるのではないかという考えがオレの中にある。正確には『扉』が出来てから生まれた世代、と言った方が良いのかもしれない。
魔力が『扉』から世界に浸透し、普段『扉』に入らない層にもなんらかの影響を及ぼしているはずなのだ。
幼い頃から魔力というものに触れているのならば必然、強くなるのも強さの天井もオレの頃に比べれば高くなっていると思う。
しかし、もちろんそこには果てしない研鑽と、死線を幾度も越える度胸と運が必要になってくるだろう。
死線のほうばかりは『扉』の先での巡り合わせと先に進む意欲に紐づいてくるが、研鑽は詳しくは無いが法律の問題がなければどこででも出来るだろう。
これから先、花依殿や涼原殿に以前戦った東殿が研鑽を積んだらと考えると、実に心が踊るというものだ。
そう簡単に負けてやるつもりは当然ないが、オレのことを負かして欲しいものだ。そうすれば、オレもまだまだ強くなれることだろうと思う。
ふむ、やはり『扉』に潜りたくなってくるな。
そんなことを考えながら花依殿となんとか会話をしていれば、涼原殿はメインストリートを外れた脇道に入っていく。
細い道を通っていき、建物に囲まれた人の気配を感じない奥まで入っていく。
「……花依殿も行ったことはあるのか?」
「はいっ! あたしの武器の面倒も見てもらってるんですよ」
「ほう、そうなのか。余計楽しみになってきたな」
「…………むぅ」
やはり涼原殿の視線が気になるな。
花依殿の顔色も多少はマシになっているが、やはり心配なのだろうか。思えば晴れている分、今日は少し暑い気がするな。
いつでもインベントリの水を取り出せるように準備をしておくべきか。
次第に魔力の強さが増していくのを感じる。
見えてきたのは、ビルに囲まれた空き地に立った小さな一軒家ののような建物。
「おお……こんな所に……凄まじく場違いな……」
「拘りがあるらしいんです。よく、わからないんですけど」
つい本音が漏れてしまったが、涼原殿の言葉を受け取れば妙に納得するものがあった。
腕の良い職人とは、だいたいが堅苦しいものであったり拘りが凄いものと聞く。
「支店とかは全然普通なんですけどね」
「そうなのか……」
木製だろうか。
その扉を涼原殿は開ければ、漂ってくるのは溶けた鉄の香り。
一歩足を踏み入れると、所狭しに並べられた剣やハンマー、手甲などの武器類から鎧などの防具類。
「涼原殿、案内ありがとう。少し見て回っても良いだろうか?」
「あ、はい」
そう断りを入れつつ、入口近くに並べられている剣を手に取る。
作りとしては実に素晴らしい。
重さも申し分なく、全体のバランスとしてもかなり上質だ。今すぐ実戦で使ってもすぐに手に馴染みそうだ。
「おじさまって、武器マニアな面あるんだよねっ!」
「……そうなんだ? 」
「うんっ! この前のアーカイブ見たけど、野薔薇ちゃんのレイピアを隅々まで見てたもん!」
「えっ」
だが。
ちらりと他の剣も見遣れば、どれもこれも似た作りのものばかり。
これらは恐らく店売り用の数打ちなのだろう。
無造作に並べられている点からも、すぐにわかるというものだ。
実戦用としてかなり本格的に作られてはいるが、涼原殿の武器のような細かい拘りや人に合わせた調整の後などは見られない。
「なんかすごい速さでレイピア振ってたんだよっ! しゅばばばーって!」
「えっ」
やはり、涼原殿のレイピアも恐らくは花依殿の大剣も、それぞれ専用で作っているのだろう。
余計、その職人本人と話をしたくなってくるな。
「――なんだ、客かと思ったら小僧のとこの小娘どもか。今日はどうしたんだ」
「あ、てんちょー」
「その呼び方はやめろと何度も言うてるだろうが」
刀身を持ち上げて腹に指を這わせながら視線を寝かせて真っ直ぐに見る。
数打ちのものと言えど、歪みや欠けなどもなし。
余計な飾りなどもなく、ただ敵を殺すための道具としての役割を与えられているのがよく分かる。
「で、あそこで儂の不良品を見てるのはどこの誰だ?」
「うちに新しく入ったおじさまですっ!」
「ほう、新人か。その割には随分と雰囲気があるじゃないか」
剣を元あった場所に戻し、次は鎧でもと思って振り向けば。
花依殿と涼原殿の近くに見覚えのない老人の姿があった。
また悪い癖を出してしまったようだな
「御老公、失礼した。すっかり武器を見ることに集中してしまっていた」
「なに、構わんよ。だが――」
老人の瞳が鋭く細められる。
「――うちは、たとえ不良品でも一見に売るもんは欠片もねえぞ?」
「えっ、店長さん!?」
「おめぇもそれで儂を呼ぶんじゃねえよ、まったく最近の若いやつは」
外観を見てから薄々考えていたが、やはり想像通りの御仁のようだ。
やはり、己の打ったものには並々ならぬこだわりがあるようだな。
しかし、あの剣を不良品と呼ぶとは。
「今回は購入のために来たのではありません」
「ならとっとと帰りな。儂ぁ忙しい――」
「――涼原殿のレイピアを打った貴方と、話がしたく参った次第だ」
「……ほう?」
多少は気が引けただろうか。
こういった御仁と話をする時は緊張してしまうな。
「坊主、お前に儂の武器の良さがわかるってのか?」
「魔導鉄鋼をあそこまで薄く頑丈に、そしてレイピアの良さを失わないしなやかさを持たせたその手腕。なにより魔力伝導率の向上に――」
「やめろやめろ、褒められたって良い気にゃならんっ!」
レイピアを触った時に感じたことを真っ直ぐに伝えたが、逆効果だっただろうか。
「……あの剣はどう思った?」
「……殺す道具として、十分であると思う」
「それだけか?」
「――御老公の魂は感じられたが、拘りが見えなかったのが残念であると、そう思っている」
だがオレには感じたことを伝えることしか出来ない。
なにかに例えた方が良いのかもしれないが、そのような芸当が出来るのであればここに来る道中も気の利いたことのひとつやふたつ言えただろう。
「な、なにか空気重くない……? 大丈夫かな、野薔薇ちゃん……っ!」
「わかんないけど、たぶん……?」
老人は目を瞑ってなにかを考えているようだ。
さあ、どう出てくる。
「……ここに並んでるのは、不良品共だ。どれもこれも、腕を上げるために打ってたヤツらだ」
「…………」
静かに語る老人の言葉に耳を傾ける。
御歳はわからないが、どこまでも向上心の塊に見えてとても素晴らしい方であると思う。
「奥に来い。話ぐらいは聞いてやる」
「良いのか?」
「お前は誠一郎の坊主のとこの新人なんだろ? 最初から話くら聞いてやるつもりであったからな」
そう言って、にやりと笑う老人。
どうやら試されていたらしい。
まったく、意地の悪いお方だ。
「すまないな、ふたりとも。少しあの御仁と話をしてくる」
「は、はいっ! ここで待ってますね!」
老人の奥に向かい、工房までついて行けばそこは乱雑に置かれた鉄の塊や打ち掛けの武器、防具で埋められていた。
その一角から老人は木製の椅子を二脚引っ張り出して、座るよう促される。
「で? お前さん名前は」
「田中次郎と言う」
「儂ぁ双海銀だ。長い付き合いになるかもしれんから、よろしく頼まれよう」
互いに自己紹介を交わして、椅子に座る。
二脚の椅子を一度に引っ張り出したあたりを見るに、力も相当にありそうだ。
「儂の何の話を聞きたいんだ。対して面白いことは言えんぞ」
さて、どうするか。
話をしたいとは言ったが、実際には考えていなかったもので咄嗟に出てこない。
「……オレの武器と盾を見てもらえないだろうか?」
「あ? そんなんでいいのか?」
インベントリから、ウルティマとエイギスを取り出す。
まずはウルティマのほうから老人に手渡した。
「……ほう、『扉』の報酬武器。なんならユニークか」
「ええ」
「ふむ」
老人――双海翁は鋭い視線で見ている。
魔力の波動を感じるあたり、なにかスキルでも使っているのだろう。
「――そっちも見せてみろ」
ウルティマを受け取り、言われた通りエイギスを手渡せば。
こちらもこちらで隅々まで見ている。
なんだか、こちらまで緊張してしまうな。
「――よく信頼関係を作れているな」
「ほう。信頼関係」
「ああ、ほれ」
信頼関係か。
だが、正直まだウルティマとエイギスは使い始めて長いわけではない。
武具との信頼関係と言われてもピンと来ないが、きっとそういうものが見えるのだろう。
「こいつらにゃ儂がやるこたなにもないな。手入れも周囲の魔力を吸い込んで勝手にやってるようだしな」
「ふむ。簡単な手入れはしていたが、それも不要か?」
「いや、正しい行動だ。まぁ、これからも可愛がってやれ」
頷きながら、ふたつをインベントリに仕舞う。
「話は終わりか?」
「いや、この武具の手入れをお願いしたいのだが」
そう言って、ウルティマとエイギスを手に入れるまで使っていた剣と盾を取り出す。
彼らには随分と世話になったものだから、またいつでも使えるようにしておきたいのだ。
「ああ、構わん。二週間後に取りに来――おいおい、こいつぁ――」
「ご存知であったか。それは――」
そうして。
店を出る頃には日が傾いてしまっていたのであった。
花依殿と涼原殿には、悪いことをしてしまったな。
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