ダンジョンから帰ったら五十年経ってたんだが。~え?昔の仲間が今や大手ギルドの代表?なにそれ知らん……こわ……~ 作:蝉時雨
窓から一面に見える雲海。
「ねーぇー! ボクのお話聞いておくれよー!」
「わかった! わーかったから、んな大声出すな! ガキかお前!」
幼い頃はあそこに飛び込んで寝たら気持ちいいのだろう、などと考えたものだ。
大人になって出来ないことと理解したが、魔力がある今はもしかして出来るのではなかろうか。
いつか機会があれば試してみるのも面白いのかもしれない。
「あーっ! ガキって言ったなイチロークン! ボクはれっきとしたレディなんだぞー!?」
「だあああぁぁぁぁぁぁ! 掴みかかってくるな暑苦しい! 旦那! 旦那ああああ!!」
ふむ、しかし実際はどうなのだろうか。
ここまでの上空なのだ、空気が薄くて寝ることなど出来るのだろうか。
風系統の魔法が使える者であれば、もしかしたら酸素も確保出来るのだろうか。
「うぐぐぐぐ、この拘束具さえなければイチロークンなんてチョチョイのチョイだっていうのにいいいい!!」
「旦那! ねぇ聞いてる!? 旦那!?」
それにしても、随分と楽しそうな声が背後から聞こえてくる。
ジェット機の中、広い空間の中にそれぞれ独立した椅子――高級ソファのように居心地が良すぎるもの――に座っているはずなのだが、誠一郎のやつは姫野と戯れているようだ。
いや、面倒を見ているのか。
万が一の戦力として、誠一郎が追加でひとり連れてきているのだが――。
「すぅ……すぅ……んごっ……」
――当の本人、葛城殿は周囲の喧騒など我関せずとばかりに夢の世界に旅立っている。
どんな状況下でも寝られるとは、さすが鍛えているだけあるな。
オレははじめ落ち着かなかったものだが、葛城殿ほどになると慣れているというものなのかもしれない。
「なんで俺がこいつの世話しないといけないんだよ! おい旦那、責任取れ!」
「そうだそうだー! セキニン取れジロークン!」
「お前はいちいち暴れてないで飯を食え!!」
「腕しか動かせないんだから仕方ないでしょー!? ていうか、動かせるけど違和感あるし……とにかく僕の近くにきたイチロークンが悪い!」
クルーに万が一がないようにと言い出した本人はお前だろうに。
姫野を捕らえたのは確かにオレではあるが、ことこの場に至ってはお前に責任があるんじゃないか、誠一郎。
こういうのをなんと言うんだったか。
言い出しっぺの法則、とでも言うのではなかったか。
これも、昔お前が言っていたことだな、誠一郎。
それで戦闘後の野営の準備などをお前がよくサボっていたのを、オレははっきりと覚えているぞ。
昔から斥候の仕事やら報酬の分配やらの仕事は出来るというのに、ことあるごとにうまいこと野営の準備やらはサボっていたのが今思えば懐かしくも思う。
それにしても喧しすぎやしないか。
なにをそんなに騒いでいるのか、窓から視線を外してから少しだけ振り向く。
そこには――。
「野菜を食わなきゃデカくなれねえんだぞ! おら文句言ってないで食え!」
「いーやーだーっ! ブロッコリー嫌いなんだって何度言えばいいんだよーっ! それに僕は立派なレディだもん!」
「なーにが立派なレディだこのちみっこ! 自分でレディって言ってるうちはガキなんだよ!」
「あーっ! 言っちゃいけないこと言った! ジロークンに言いつけてやるんだからなぁ!?」
魔力で浮かせたブロッコリーを突っ込もうとする誠一郎と、それを必死に避ける姫野の姿。
かと思えば、取っ組み合いになりそうな勢いで噛みついていく姫野と、それを器用に避けている誠一郎。
姫野は両腕と両足の拘束具の影響でうまく動けないだろうに、よくやるものだ。
あの拘束具は内臓魔力と放出されるものを両方利用するとのことであったが、姫野はどれだけの魔力を内蔵しているのだろうか。
微々たるものだが、姫野の魔力を感じるあたりすべては吸収できていないのだろう。
いったい、なぜ小規模で高度な格闘を行っているのか、オレにはよくわからない。
だが、なんだか親子のような、誠一郎に遊んでもらっているかのような姫野の姿を見て、毒気を抜かれている自分がいるのも確かである。
「あっ! ジロークン! このアホイチロークンに文句言ってやってくれないかい!?」
「なにぃ!? 旦那! 見てないで助けてくれ!」
姫野は目ざとすぎるな。
一瞬だけ目が合ったかと思えば、すぐに助け船を求めて来る。
ここはどうするべきか、大人しく目を逸らしておくべきか、それとも姫野にブロッコリーを食わせる側に回るべきか。
「旦那! 黙ってみてないで加勢してくれ! 元々はあんたが招いたことなんだからな!」
「…………わかったわかった。オレはなにをすればいい?」
ため息をついてから立ち上がり、彼らふたりに近づいていく。
巻き込まれないように、オレも葛城殿のように寝ているべきであったのかもしれない。
「やっと重い腰を上げてくれなたな! そっちの人参を頼んだぜ、旦那!」
「ジロークン!? ジロークンもそうやって僕にひどいことをするんだね!? うわーん!」
「へっへっへっ……泣いたってもう遅いぞ姫野椿……俺と旦那にかかりゃ、もう野菜を食べないなんて出来るわきゃねぇんだからな!」
いや、この喧騒ではどのみち起きていたか。
誠一郎と姫野のやりとりは、どこか微笑ましいものもあるように思う。
だが、姫野椿――この女は慈悲の欠片もないマッドサイエンティストだ。
オレも、慈悲なくやらせてもらおう。
「頭はオレが抑える。誠一郎、その間に――やれ」
「よしきた! ぐへへ……さあ、大人しく食いなぁ!」
「いーやーだー! オーボーだー!」
■■■
専用ジェットから繋がるタラップを降りる。
顔に吹き付けるのは、水分を一切感じさせない無遠慮な熱風だ。
五十年後のロサンゼルスは、どうやらオレを歓迎してはくれないらしい。空を覆う暴力的な青色と、肌を刺すような強い紫外線に思わず目を細める。
「おお、ロスは思っているよりも猛暑でござるな」
「マサ……普段もそうだが、そのござる口調は違和感がすごいぞ……」
「あーつーいー! やっぱり来るんじゃなかった!」
「師匠と椿殿は元気でござるなぁ」
クルーの方々に見守られつつ、先を行く三人を見下ろす。
我が道を行く葛城殿に、姫野を運ぶ誠一郎、そして一番後ろのオレ。
なぜだか、ひどく感傷に浸りたい気持ちが押し寄せてくる。
今日のオレは、なにかがおかしいのかもしれない。
アメリカに来れたことが、それだけオレになにかを催しているのか、はたまた別の理由か。
「おら旦那! いつまでもそんなとこに居ないでとっとと降りてこい!」
肩に姫野を担いだ誠一郎を見遣れば、オレに向けて手招きをしていた。
その先に――。
「暑いんだから、さっさとしてくれぇい! ジェイにローズも待ちわびてるだろうよ!」
「――ああ、今行く」
――黒塗りのリムジンが一台、そしてそれを挟むように大型の黒塗りの車が二台停まっているのが見える。
あれに乗って、空港から離れるのだろう。
諸々の手続きが気になるところだが、そのあたりの心配はしないで良いとのことだ。
リムジンの横には、背の高い黒スーツの男がふたり。
こういう場合、筋骨隆々でスキンヘッドの黒サングラスというのは昔から変わらない流行なのだろうか。
アメリカの定番、といった所なのだろうか。
「先に乗ってるぞー。ていうかマサ、今度はちゃんと起きておけよ」
「なにを! 拙者は空の上でもきちんと起きていた!」
「お前……はぁ、もういいわ」
「うがーっ! また野菜とかおいしくないもの食べさせられるんだー! いやだー!」
「身体に良いって言ってんだろうが! 旦那……まあ多少は遅くなってもいいからな」
ふむ、気を使われてしまったらしい。
まったく、誠一郎のやつめ。
仕方ないから、ほんの少しだけ時間をもらうこととしよう。
三人が乗り込むのを見送りながら、タラップの手すりに手を置いて空を見上げる。
やはり、眩しいまでのどこまでも澄み渡る青色だ。
ここまで来るのに長かったようにも思えば、短かったようにも思う。
すべての絵を描いていたのは誠一郎だろうが、本当にあいつが居てくれてよかった。
そうでなければ、自分は今ここに居られたかどうかすら怪しいように感じる。
アリア、ようやくキミが居る地に足を踏み入れることが叶った。
ジェイとローズも、かなり助けてくれたようだ。
オレたちの仲間は、やはりすごいな。
オレのような奴にも、どこまでも心を砕いて、苦労をして道を整えてくれる友が居る。
彼らには、本当に感謝してもし足りない。
オレの持ちうることで返すことが出来るなら、などとは思うが、昔から戦うことしか能のないオレに返せるものがあるかはわからないな。
キミは、こんなオレを笑うだろうか。
こんなことで笑ってくれるのなら、それもまた良いのかもしれないな。
はは、まるで恋人に思いを馳せるような形になってしまったな。
オレとキミは、そのような関係ではなかったというのに、盾であるオレの心はアリア――キミを求めているようだ。
すまないな、未熟なオレを許してほしい。
なぁアリア。
あと少しで逢えるぞ。
「ミスター」
黒服のひとりが声をかけて来る。
どれだけこうして空を見上げていたのかはわからないが、少し感傷に浸りすぎてしまったか。
「すまないな、すぐに行こう」
空から目を離し、タラップの先を見る。
開いたリムジンのドアと、静かに控える黒服のおそらくは護衛。
タラップの段を速足で駆け降り、リムジンの中へと体を滑り込ませれば。
そこには、やはり取っ組み合いのようなことを繰り広げる誠一郎と姫野。
そして、それを完全に無視して用意されている飲み物を物色している葛城殿。
三者三葉で、これはこれでとても平和な景色のように見えて来る。
葛城殿の隣に腰掛け、窓の外を見れば、自己主張を続ける太陽がオレたちの行く先を照らし出していた。
■■■
リムジンから降りれば、そこは日本ではなかなかお目にかかることの出来ないビル群。
新宿などであれば対抗できるのではないだろうかとも思うが、規模自体が桁違いなのだ。
そこかしこに立ち並ぶ高層ビルに、過去には未来の技術のように語られていたホログラム――都内でも見ることが出来たが、そもそもすべてがホログラムなのだ――にロボットのような自立駆動しているであろう二足歩行や四足歩行の機械。
そして、空を縦横無尽に荷物などを抱えて飛ぶドローンの数々。
ここは、どれだけの技術の進歩があったのだろうか。
興味があるような、一周回って恐ろしいような、そんな気持ちにさせられる。
これが、アメリカという大国の力とでも言うのか。
「ロスは俺も五年ぶりくらいだが、なんかまーた景色変わったなぁ」
「誠一郎でもそうなのか……オレにはもうなにがなんやら……」
「はっはっはっ! 旦那の場合はそらそうだよな!」
「そもそもここは一体……いや、薄々どこかはわかるのだが……」
「――ジロー!!!」
体に走る衝撃。
気配が近づいてきていたのはわかっていたが、敵意などは感じなかったから注意してはいなかった。
「やっと帰ってきたなこの野郎! 散々待たせやがって!」
そして、その声。
やはり、こいつも声の中に深みが増しているように思うが、昔の名残は十分に感じられる。
昔も当然の如く強かったが、力も随分と強くなったな。
本当に老けているのか疑わしいほどに、逞しい。
オレに回されている腕も、体も、すべてが一回りも二回りも大きくなっているように思う。
「いつも俺たちの前で体を張ってた男が、一番帰りが遅いって笑っちまうよなぁおい!」
「……ああ、待たせて悪かったな。ジェイ」
「俺に謝ってどうすんだよ! ははっ! 五十年前からパーティの準備は出来てんだぜ!」
「もう、いくつになっても先走って……ジローが困ってるじゃない」
ああ、ああ。
そうだよな、話は聞いているとも。
ジェイ、お前がいるということは彼女もいるんだもんな。
「――ローズも、待たせてしまったな」
「ふふ、まったくよ。ひとりだけのんびりしちゃって」
ジェイに抱擁をされながら、そのさらに後ろから歩いてきたローズに声をかける。
ああ、本当に久しぶりだ。
その髪は、艶を失うことなく肩口から垂らされて、その釣り目気味の目は温かく細められ。
体全体に大気中の魔力を薄ら纏っており、それがベールのように彼女の黒いドレスを彩っている。
年齢を重ねるごとに、妖艶さを増したように感じられた。
「ジェイは相変わらずだが、ローズは随分と落ち着いたな」
「あら、それはどういう意味かしら? 私は昔から良い女のはずよ?」
そうだっただろうか。
思い出すのは、いつもジェイと軽口をたたき合ってなにかあれば魔法を放っていた魔女の姿。
あれはあれで、たしかアリアが仲の良い証拠とずっと言っていたが、果たして良い女の基準として扱ってよいのかオレにはわからない。
「ジェイもローズも、ここにも久しぶりな顔がいるだろう?」
「イチローとはよく遠隔で繋がってたろうが! お前なんかよりもジロー優先に決まってんだろ!」
「そっちが可愛らしい犯罪者ね。うちの子たちが預かって厳重につなげておくわ」
「えっ! ちょっ、今度はどこに!? やだー! ガチムチやだああああああ!!」
姫野が連行され、高層ビルの入口にはジェイに抱擁され続けるオレと誠一郎、ローズ、葛城殿の四人と護衛数名が残った。
さて、オレはいつまで抱擁をされ続けるのだろうか。
嬉しいには嬉しいが、そろそろ暑苦しいぞジェイ。
「ジェイ殿、こうして顔を合わせるのは初となりますな」
「おお、あんたがマサか! 噂は聞いてるぜ!」
「米国一のギルドマスターにそう仰っていただけただけ、研鑽を積んだ甲斐があるというもの」
「…………これ、俺が突っ込んだほうが良いのか?」
「ふふ、いいじゃない。放っておきましょう」
葛城殿は相変わらずというか、なんだか慣れてきた自分がいるぞ。
「ジェイ、嬉しいがそろそろ解放してくれ。気温もあって暑苦しい」
「ぬお、すまんな! 嬉しくてよぉ!」
なんとか解放されれば、熱風が少しばかり涼しく感じる。
改めてジェイを見れば、頭頂部はたしかに寂しくなっているように見えるが、その体は記憶の中よりも重厚になっている。
顔にはいくつかの皺と、知らない傷跡。
ロスの太陽のように笑うその顔は、どこまでも精悍な男。
昔、パーティで一番槍を担っていたジェイは、誠一郎のようにでかい男になっているのだな。
「――お前も、いろいろと背負ったのだな」
「そんなもんねえよ。俺は俺の好きでやってきただけだ!」
「そうよ、ジロー。この人がなにかを背負えるように見える?」
「旦那ぁ、こいつは結局どこまでいっても脳筋なんだよ」
笑い合うかつての仲間――いや、今も変わらず大事で変わらない仲間たち。
オレたちの絆は、あの頃からなにも変わっていないはずだ。
「たく、こいつらはよぉ……マサ、初対面だがお前もこいつらみたいに思ってねえだろうな?」
「いえ、拙者は圧倒されているにすぎませんゆえ」
「あーん? なにを圧倒されることがあるんだ。もっと気軽にいこうぜ、なぁイチロー」
「まったくもってその通り。てか俺の一番弟子なんだから、普段見たく図太くいけよ」
自然と、葛城殿も輪に混ざるこの風景。
今日はおかしいな。
なぜだかずっと寂しいような、懐かしいような、嬉しいような、そういう気持ちが押し寄せてきている。
「ふふっ、さあジロー。貴方の想い人に逢いにいきましょう?」
「むっ……」
「彼女も――アリアも、ずっと貴方が来てくれるのを、帰ってくるのを――」
ローズに背を押され、高層ビルの入口――『The King of Adventurers』と書かれた立派な銘を横目に――へと促される。
「――ずっと、待っていたのよ?」
ああ、そうだろう。
どれだけ長いこと待たせてしまったのだろうな。
今日だけは、感傷に浸っても許されるだろうか。
なぁ、アリア。
もうすぐだ。
■■■
「首尾はどうだ」
いくつものディスプレイの光が照らすだけの暗い空間。
その中に溶け込むかのようなローブを身に着けた大柄な人影と、複数のメガネをかけた者たちの姿。
「微弱ながら、魔力は辿れております」
「現在、対象は複数人に連れられて建物内を移送されているようです」
続くのは、なにかを追っているかのような言葉たち。
「上出来だ」
ディスプレイに映し出された被り物を着けていないその顔は――。
「――博士、もう間もなく迎えと共に、土産も頂戴しに行こう」
――地下に向かう小さな点と、そのさらに下層にある巨大な光の点を見つめて。
ひどく楽し気に、三日月の如き口と共に、歪められていた。
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