ダンジョンから帰ったら五十年経ってたんだが。~え?昔の仲間が今や大手ギルドの代表?なにそれ知らん……こわ……~   作:蝉時雨

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第十八話は逢瀬と共に

 背中を押されながらエレベーターホールに来れば、大きな扉を持った幾つものエレベーター。

 誠一郎の『Snow』本部ビルも相当だったが、それすらも霞んでしまう程の差がある。

 

 外の景色含め、これがアメリカという大国の力なのだろうか。

 

「ジロー、こっちよ」

 

 オレの背中から離れ、今度は先導していくローズ。

 その歩みの先には、他のものとは違って厳重に守られた一台のエレベーター。

 入口にはゲートがあり、その両側に立つフル装備の警備員が目を光らせている。

 

「アリアはね、結局無所属だったのよ。どこかの迷子が帰ってきた時に、すぐ傍に行けるようにね。まっ、うちの国が制止したでしょうけど」

 

「てっきり、どこかに所属するものと思っていたが」

 

「私もジェイも誘ったのよ? でも、あの子は頑固な所があるから。ふふっ、誰に似たんでしょうね?」

 

 口元に手を当て、どこか楽しげに笑うローズ。

 だが、なぜだろうか。

 

「マサ、すまねぇが今日のとこは途中で降りて姫野の方に行ってくれ」

 

「むっ……」

 

「まあなんだ。久々だからよ」

 

「――委細承知」

 

 背後で語る誠一郎の方もだが、ふたりの声の裏にはどこか言葉にできない感情が感じ取れる。

 頭を下げる警備員を横目に五人と護衛として同行している二人と共にゲートを潜れば、そこは事前に見えてはいたが少しばかりの空間と、SFのように露出した大型のエレベーター。

 

「……迷子が帰ってきたときに、胸を張って隣に立っていたい。あの子はいつもそう話して、どんな人も助けていたわ」

 

「……そうか」

 

 それで、教団の者たちも助けたのか。

 アリア、キミという人は。

 そんなことをせずとも、オレという盾の横にはアリアという癒し手が必要だというのに。

 

 エレベーターに乗り込めば、七名いるということを感じさせないような空間。

 外からの見た目に反して、内部が随分と広く感じるところに違和感を覚える。

 特別、魔力は感じなかったが、どんなカラクリなのだろうか。

 

「広いだろ」

 

「ジェイか。ああ、外見の印象でギリギリかと思っていた」

 

「インベントリのスキル書の中身を解析してな、ローズがちょちょいとな。まっ、細かい理屈はわからんのだがな!」

 

 オレの肩に手を回しながら豪快に笑うジェイ。

 

「お前らが連れてきたあの女しかり、こいつは諸々の重要度の高いものを守る要塞だ。それもあって色々と特別仕様でな」

 

「入口の警備もか」

 

「おうよ! 基本的にゃ、うちのギルドの幹部くらいしか通さん。国のお偉いさんだろうと、俺かローズ同伴じゃない限り入れないってことにしてる」

 

 それだけの重要施設ということだろう。

 だが、アリアの防衛にはそれだけでは足りないのではないか。オレたちの仲間であり、彼女以上の癒し手なんているわけがないんだぞ。

 

「お、アリアの心配してやがんな? なんか昔よりもわかりやすくなってねえか?」

 

「そんなことは無いと思うのだが……」

 

「旦那、今日は一段とだ。諦めな」

 

 誠一郎の横槍もあり、周囲から笑いが起こる。

 そんなにわかりやすいのか、オレは。

 いつもとあまり変わら――いや、たしかに感情的になっているのは認めるが、納得がいかん。

 

「まあ行きゃわかるが、何重にも固めて、それぞれローズお手製の防護魔法をこれでもかとかけてある。出入口も、常にSSランクのガキ共で固めてらぁ!」

 

「俺も何度か会いに来てるが、マジでガチガチだぞ。魔法も物理も、侵入もダメで入口はひとつだけ。旦那も見ればおったまげるぜ?」

 

 ローズの方を見れば、怪しげに、しかしどこか恥ずかしそうに微笑んでいる。

 ジェイを疑っている訳では無いが、彼女も一枚かんでいるのならば安心だろう。

 

 電子音が鳴り、下降感が自然となくなる。

 着いたのかと思い、動こうとしたところでジェイに抑えられてしまった。

 

「マサ」

 

「承知。ではお歴々、拙者は一足先に」

 

 誠一郎に声をかけられた葛城殿が、護衛のふたりを引き連れて降りていく。

 どうやら、姫野の連行先の階であったようだ。

 

 扉が閉まったと同時に、魔力の起こりを感じる。

 

「こっから下は俺かローズの魔力、あるいはそれに準ずるものを通さねえと降りられねえようになってるんだ。俺の嫁は相変わらず天才だろう?」

 

「もう、ジェイったら。そんなに持ち上げたってなにも出ないわよ」

 

 本当に、厳重に守っているのだな。

 一度教団の手に堕ちたのだから、当然とも言える。

 だが――。

 

「それだと見張りの者たちが大変ではないのか」

 

「くっくっ、そこも大丈夫だ。SSランクのガキ共って言ったろ?」

 

 至近距離で笑うジェイ。

 こいつはいつも子供のように笑っていたな。

 

「文字通り、俺とローズの子供ってわけよ。三人とも、交代でやってくれてる。そこに、時たま将来有望な孫も居るって具合だな」

 

「ほう!」

 

 ふたりに子供がいると言うのは誠一郎から聞いていたが、まさか孫までもが探索者をやっているとは驚きだ。

 それも最高位など――このふたりの子供なら納得か。

 相当、あれこれ仕込まれたのだろう。

 

 それならば、心から安心が出来るというもの。

 

 ああ、ふたりの子供たちに会うのも、実に楽しみだな。

 

「さっ、ジロー。眠り姫が、貴方のことをお待ちよ」

 

「ああ」

 

 アリア、キミは今どんな夢を見ているのだろうな。

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 再び電子音が鳴り、少ししてから扉が開かれる。

 それまで和やかに、そして楽しく昔話に花を咲かせていた空間は自然と静寂に包まれた。

 

「よし、着いたな」

 

 ジェイが声を上げ、先に降りていく。

 それに続くようにローズ、誠一郎の順。

 

 奇しくも、頭をよぎるのは『NY・第八扉』で出口の扉を潜ろうとしていた、あの時。

 仲間たちの姿があの時のものと重なり、この中にアリアの面影が見えた。

 

 本当に、なぜだろうな。

 少しばかり涙を流したい気持ちと、自分でもよくわからない、胸の痛みに襲われる。

 

「旦那、行こうぜ?」

 

「……ああ、すまんな」

 

 誠一郎に促される形で、エレベーターの扉を抜けて先に見えている一本道に足を踏み入れる。

 

 そこは、中央に見上げるほどの黒――瞬きをすれば白や赤に変化していく不可思議な建造物――に繋がるこちらも色の変わるガラスに守られた一本の道。色が変わって見えるのは、ジェイが話したローズの施した魔法の影響だろう。

 それを取り囲むように展開されている、魔力による不可視の壁を感じる。その密度からして、触れた箇所は瞬時に潰れてしまうほどだろう。

 

「これは……凄まじいな……」

 

「十年ちょっとで組み上げて、そこから今でも組み替えたりしているわ。私の持ちうる全てでね」

 

「説明は事前に受けたが……まさか、アリアのために……ここまでのものを……」

 

「当然じゃない。大切な仲間なのよ?」

 

 ローズを見れば、当たり前のような顔をしている。

 想像していたものに比べて、遥か異次元にかっ飛んでいくものを防衛機構として作っていたとは思わなんだ。

 

 そのまま、ジェイを先頭に建造物――アリアに繋がる道を歩いていけば、建造物に隣接した小さな建物から出てくる人影。

 精悍な顔をした、どう見ても二十代にしか見えない男。

 

「スティーブ、異常はないか?」

 

「問題なしだ、親父」

 

 ジェイのことを父と呼ぶのならば、それなりの年齢ではないかと予想するが、見た目が若い。

 やはり、今は魔力の影響で歳に反して若く見えるのだろうか。

 

「ならば良し。おいジロー、紹介するぜ。俺とローズの長男、スティーブだ」

 

「田中次郎だ。ご両親とは古い馴染みで――」

 

「貴方がジローさんか! 親父とお袋からずっと話を聞かされて、本人に会いたいと思っていたんだよ!」

 

 勢いが、勢いと距離感が凄まじい。

 ジェイに促される形で手を差し出したが、すぐに両手で掴まれたかと思えば至近距離まで近寄られてしまった。

 

 この瞬間に、とてもジェイの血を感じたオレは悪くないだろう。

 

「貴方に憧れて、俺も盾役をやってるんだ! よかったら話を――」

 

「スティーブ、後にしてやれ」

 

「あー、そうだよな。ジローさん、親父、すまん」

 

 どこかバツの悪い顔をして平謝りするスティーブ。

 実はジェイの生き写しだと言われても信じてしまいそうだ。

 

「俺ら三人で話相手ぐらいしてやる。イチローもそれでいいだろ?」

 

「おいおい、それで――」

 

「おうよ。旦那はとっとと聖女サマのとこに行ってやんな」

 

 全員で再会の場に行くものとばかり思っていたのもあり、遮ろうとした所、逆にジェイと誠一郎に背中を押されてしまう。

 少しばかり体勢を崩しそうになってから視線を上げれば、建造物のさらに奥の奥――幻想的な青一色の空間が飛び込んできた。

 

「道は開けておいたわ。さぁ、眠り姫のところに行ってらっしゃい、迷子の騎士様?」

 

 まったく。

 こいつらは初めからこのつもりであったな。

 

 ひとつ息を吐き出した。

 振り返ることなく一歩を踏み出して、青の光に導かれるように奥へと歩いていく。

 

 手がじんわりと水気を持っているのがわかる。

 オレは、緊張でもしているのだろうか。

 本当に、良い歳をして情けないな。

 

 人が一人か二人通れる程度の門の下を通って建造物の中に入れば、どこかひんやりとした空気が肌に触れる。

 背後の門が閉じていく微かな音を残しながら、さらに奥へ。

 

 はじめになんと声をかけるべきなのであろう。

 

 元気にしていたか。

 美味しいものなどは食べられただろうか。

 綺麗な景色などは見られただろうか。

 

 いや、綺麗な景色は彼女が皆で見たいと話していたものだから、ひとりでは見に行かないか。

 アリアのことだ、そうに違いない。

 もし見に行っていたのなら、その話を聞くのも面白いかもしれない。

 

「――――――」

 

 ふたつ目の門を越えた先の広々とした空間。

 ここも恐らくローズの技術を使って拡張をしているのだろう、機材などが並んでいるが随分と広く感じる。

 

 その、中心。

 

 そこに、彼女が――氷の中に、いた。

 

 巨大な台座の上に、上下を支えられた涙の形のような氷の塊。

 それは透き通っており、氷の向こう側の壁まで確認できる。

 魔力でできた氷というものは、ここまで美しくも寂しいものなのだろうか。

 

 彼女――アリアは、記憶の中の彼女よりもいくらか成長し、なにより金色の乱れたその髪が腰に届くまで伸びていた。

 歳の頃は、『NY・第八扉』から出て五年後と言っていたから、二十七、八といったところだろうか。

 両手を胸で組み、まるで祈りを捧げるかのように瞳を閉じている。

 そのドレスアーマーとでも言うべき服は、戦闘中であっただろう面影をそのままに、所々が汚れている。

 

「――――アリア」

 

 台座から伸びている大小様々なコードを避け、彼女の目の前にまで歩みを進める。

 その氷に手を当てれば、とても、あたたかい。

 

 ここに来るまでにかけようと思っていた言葉たちは、どこかに捨ててきたのか喉から出ることはなかった。

 代わりに――。

 

「――――――」

 

 ――言葉にならない、嗚咽が。

 

 歪み、原型を留めない視界と共に。

 

 漏れ出ていく。

 

「すまない……っ」

 

 こんなにも、遅れて帰ってきてしまって。

 

「すまない……っ!」

 

 キミを守ることが、できなくて。

 

「――すまない……っ!!」

 

 キミと同じ時を、生きることができなくて。

 

 こんなことを言うつもりなど、なかったというのに。

 オレの感情は、オレの手から離れていく。

 

 どうしてオレただひとりが、五十年の時を越えてしまったんだ。

 どうして仲間たちの窮地に駆けつけることが、できなかったんだ。

 どうして、オレだけが――。

 

 ――仲間たちと、同じ時を生きることが、できなかったんだ。

 

 これまで封じ込め、己は盾であると顔を背けてきた全てが。

 成長した教え子、歳をとった仲間たち、そして背中を追ってくる後進たち。

 オレはひとりではないのだと、時が経った先でもやれる事があると、そう己に言い聞かせてきた。

 

 だが。

 

 膝を折り、その場に跪いて見上げる拒絶の前では、全てが無意味に感じてしまう。

 彼女の氷に必ず罅を入れると誓ったあの夜、その誓いは今もまだこの胸にある。

 

 しかし、なぜ。

 

 なぜオレは、彼女が氷に呑まれる前に、駆けつけることが叶わなかったんだ。

 オレの盾は、仲間たちを守る最後の砦であったはずだというのに。

 その仲間たちの危機に駆けつけることが出来ないなど、盾としての意味がないではないか。

 

「……アリア、キミは――」

 

 ――こんなオレを、笑うだろうか。

 

 いや、むしろ笑ってくれ。

 出来損ないの盾だと、嘲笑ってくれ。

 お前のような出来損ないのせいで、こうなってしまったのだと罵倒してくれ。

 肝心な時にいないのに、なにが盾だと、蔑んでくれ。

 

「……ははっ、キミはそんなことしないのだろうな」

 

 キミはきっと、なんてことのないように笑ってくれることだろう。

 オレはなにも悪くない、必要なことであったから仕方がないと。

 私がやりたくてやった結果だからと。

 そう話しながら、いつものようにオレへ体を寄せるのだろう。

 

 ずっと、大の男にそうやって無防備な姿を晒すのは危険であると諭してきたが、キミは最後までやめることはなかったな。

 オレはそんなキミが心から心配であったが、今は無性にそれを渇望している。

 これではキミを諭すことも、考え直したほうが良いのかもしれないな。

 

「アリア、こんなにも近くにいるというのに、どこまでも遠いな」

 

 氷の向こうの彼女に向かって、声を届ける。

 オレの声が届いているのかはわからないが、そんなことはどうでもいいだろう。

 

「……これは、帰りが遅れたオレへの罰なのだろうか」

 

 答えのない問いを投げかけて、ひとりで笑いを零す。

 こんなことをするために、アリアに逢いに来たわけではないというのに。

 オレは、なぜこんなにも無力なのだろう。

 

 ふと、暖かい風に撫でられたような感覚。

 ひどく見覚えのある、どこか懐かしさすら感じるそれ。

 

「――アリア、キミ……なのか……」

 

 伏せた顔を上げて彼女の姿を見ても、なにか変化があったわけではない。

 自分の心が作り出した錯覚か、それとも彼女が本当にオレを慰めてくれたのか。

 氷に囚われた人間に意識があるのかどうか、過去に実例があるのかわからない分、どう考えてもオレの錯覚であろう。

 

 それでも――。

 

「……思えば、キミはオレが気落ちしている時は、慰めてくれていたな」

 

 後悔に呑まれそうになった時も、そうだ。

 彼女は――アリアは、オレの名を呼んで寄り添い、奮い立たせてくれていた。

 ならば、あの感覚もきっと――。

 

「すまない。また、キミに慰められてしまったな」

 

 足に力を入れ、その場で立ち上がる。

 こんなところで膝をついていては、それこそ笑いものだろう。

 見上げる形は変わらないものの、少しばかり気が楽になったように感じる。

 

「……ふふっ」

 

 やはり、情けない話ではあるが。

 田中次郎という、盾にしかなれない、傷つくことしかできない男には。

 アリア・アルデルテという、一流の癒し手が必要だ。

 

 キミが居たからこそ、無茶が出来たし、出来なかった。

 

「……これも、キミがオレに言った言葉だったか」

 

 『NY・第八扉』――異形暴走が起こる寸前の中、突撃を敢行したオレを含めた三十人の友たち。

 内部はどこまでも溢れる異形で満ち、幾度の激闘と野営を経て浅層から深淵に辿り着くまでに、数人の犠牲者が出た。

 

 その頃にはまだ生き残りがいた盾役を統率しながらも、守護りきれなかったと何度考えたことか。

 より突出して異形の猛攻を引き受け始めたオレに対し、キミは行くなら私も連れて行けと、必ず盾には私のような癒し手が必要だと、そう話したな。

 

 ああ、覚えているとも。

 キミと肩を並べて、キミを守りながら、何度戦ったことか。

 ひとり、またひとりと散っていく仲間たちを見送りながらも、最後は五人で歩みを進めたな。

 

 そうだ。

 

「――こんなところで立ち止まる訳には、行かないものな」

 

 キミの氷に罅を入れると誓った。

 そのための道具も、日本から連れてきた。

 

 なぁ、アリア。

 

「キミに話したいことが、言葉を交わしたいことが、たくさんある」

 

 だから、もう少しだけ待っていてくれ。

 

 その拒絶から解放されたら、話をしよう。

 

 またキミの美しい花を。

 

 オレという盾に、見せて欲しい。

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 明るい部屋にて、アリアの氷とそれに手を当てる次郎を映す画面を見守る三人の姿。

 

「……やっと……やっと、この日が……」

 

「ジローのやつ……背負いこまなくて良いもんを背負いやがってよ……」

 

 黒のドレスを身にまとった女性は涙を流し、その肩を抱くのは老いを感じさせない筋骨隆々の男。

 そして、ティッシュをこれでもかと使ってデスクの上に小さな山を形成する初老に見える男。

 

「ズビッ……帰ってこれただけ儲けもんだろうがよ、旦那……っ!」

 

「そろそろ、俺たちも行ってやろう。お前らも、もう我慢できんだろ」

 

 筋骨隆々の男――ジェイがふたりを促し、先に建物から出ていく。

 

「一番我慢できんのはお前だろうって話だよ」

 

「……ふふっ、真っ先に行っちゃって」

 

 それに続くのは、ローズと誠一郎。

 

 その背中は、なにかに恋焦がれるような。

 

 すぐにでも行かないといけないという、焦りのような。

 

 そんな雰囲気を、纏っていた。




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