ダンジョンから帰ったら五十年経ってたんだが。~え?昔の仲間が今や大手ギルドの代表?なにそれ知らん……こわ……~ 作:蝉時雨
努力や鍛錬というものは、元来人に見せるようなものではないと常々思う。
オレは見せたくない、と言ったほうが正しいのかもしれない。
ダンジョン攻略には配信が付き物である今の時代、探索者の努力している姿が見られることも多いだろう。
手合わせ――死合いならまだしも、努力や鍛錬というものは――。
「ジロー、ペースが乱れているわよ」
「すまん」
――人には見せず、ただ結果を求めてやるのみであろうと思う。
ひとりで出来る範囲を越えてしまっているのもあって、付き合わせてしまっているローズには申し訳ない限りだ。
だが、これもすべてはアリアを安全に救い出すためだ。
努力の過程にこそ意味がある、との言葉はあるが、今回ばかりは失敗を許されない。
唯一の幸運は、昔から魔力制御の鍛錬を欠かさずにやってきていたことだろう。
現在地は、ジェイとローズのギルド『The King of Adventurers』――『T.KoA』の地下二階に構えられた鍛錬場のひとつ。
その場所で、ひたすらにローズの伸ばした魔力の糸を切り、霧散させ続けている。
文字通り無尽蔵の魔力を持ちつつ、大気中の魔力をも取り込めるローズにしか頼めないことだ。
はじめは姫野のところでやったように、ローズから伸びた一本の糸を断ち切っていた。
慣れてくれば一本追加を繰り返し、今は二十本ほどの糸を順々に一定のペースを保つことを意識して――。
「ジロー、今度は流す魔力が少しずつ増えているわよ」
「むっ……」
――いると、彼女の指摘の通り魔力操作がブレる。かといって、魔力操作に集中すればペースがズレる。
この訓練をはじめる前にローズが話していたことではあるが、アリアと氷を繋ぐ魔力の糸は無数にあり、どれも長さが異なる。
再会した時にそこまで確認しておけばよかったが、そんな場合ではなかったのだ。
長さの異なる魔力の糸を、氷に宿る魔力の放出に合わせて一定のペースを保って断ち切り続ける。
それが、オレのやるべきことであり、成し遂げるべきことだ。
「ほら、もう一度初めからやるんでしょう?」
「ああ、助かる」
「本当に突き詰め始めると止まらないわね。今回ばかりは――」
額の汗を拭ってから、魔力の糸を霧散させたローズに目を向ける。
彼女は汗ひとつかいておらず、涼しい顔で微笑んでいた。
「――その気持ちが痛いほどわかるのよね」
再度、彼女を中心に魔力が糸となって伸びていく。
ひとつは、訓練場の壁へ向けて。
ひとつは、少し離れた地面へ向けて。
ひとつは、幾本かを巻き込みながら天井へ向けて。
まるで、空間という箱の中に、精巧な蜘蛛の巣を作り上げているかのようだった。
「……先程よりもいくらか増えているように見えるが」
「あら、気のせいよ。私がそんな意地の悪いことをすると思うの?」
「……いや」
「ほら、アリアちゃんのための鍛錬を続けるのでしょう? 二十二本の糸をしっかり切りなさいな」
――やはり、増やしているじゃないか。
いや、鍛錬になる分文句はないのだが。
なぜだか楽しげに笑うローズを見ていると、納得がいかない気持ちになってしまう。
「まったく……ジェイの苦労が目に浮かぶな」
「うふふ、あの人が苦労なんてするわけないじゃない」
昔から変わらず豪快に笑うジェイの顔が頭をよぎる。
よくローズから様々な魔力弾を飛ばされていた記憶があるが、それも愛ゆえだとアリアも言っていたな。
その度にジェイは叫んでいたと思うが、あれも苦労ではなかったのか。
「ほらほら、時間は有限よ」
「ああ、そうだな」
己の内蔵魔力を考慮すれば、果たしてこの本数全てを断ち切ることが出来るだろうか。
魔力回復用のポーションを飲めば問題ないだろうが、魔力の糸に魔力を流しすぎている感覚もある。
どうにかして魔力の消費を抑えつつ、断ち切る方法はないのだろうか。
「なぁ、ローズ」
「なにかしら?」
「魔力の消費は、どうやれば抑えられるのだろうか」
彼女に問いかければ、一瞬の間の後に答えが――。
「意識的に抑えたことがないからはっきり答えられないわね……。感覚でやっているのかもしれないけれどね」
「…………そうか」
これだから才能のある者は――いや、答えを求めること自体が悪手であったか。
自身の手に視線を落とし、魔力の刃を形成しながら考える。
ふと、そもそもずっと魔力の刃を形成する必要はあるのだろうか、という疑問を抱いた。
魔力の糸に触れる瞬間、あるいはその直前で刃を形成して魔力を流して堰き止めながら断ち切ることも可能なのではなかろうか。
魔力というものは、当人がなにかしらの意識をそこに宿さない限りはなんの害も与えないものだ。
事実、武器や身体強化などを行う際は攻撃的な意識を宿しながら実行する。今、魔力の糸を断ち切るために形成してる刃もそれだ。
なにも意識を宿していない状態であれば、ただ通過するのみの現象。
大気中に漂う魔力もそれの一種である。
探索者でも戦闘中は例外として、普段から意識的に見ようとしなければ見えないものでもある。
ならば、振り下ろす時は無意識に。
接触と同時に攻撃的な意識を宿すことも、可能なはずだ。
失敗すれば――姫野の牢の前で魔力を宿しつつも失敗したのと同じく――ただ通過するのみ。
成功すれば、接触した上で己の魔力を流して断ち切ることが出来る。
物は試し、だな。
「ローズ、すまないが一度一本だけにしてくれないか」
「なにか思いついたみたいな顔してるわね。いいわよ」
ローズから注文通り――よりも多い三本の魔力の糸が真っ直ぐに伸びる。
驚いて彼女を見遣れば、どこか得意げな表情を浮かべている。
「成功したら追加で試したくなるでしょう?」
「……ふっ」
たしかに、その通りだ。
笑みをひとつ零して、一番近い糸の横に立って腕を振り上げる。
そのままゆっくりと振り下ろしつつ、接触したと思った瞬間に魔力を宿して断ち切ろうとした。
――が、いきなりうまく行くはずもなく、魔力の糸は何事も無かったかのようにその場に留まっている。
再度試しても、現象は変わらず。
たしかに接触すると同時に断ち切ろうと魔力を宿しているはずなのだが、うまくいかない。
「……ふむ」
これは動体視力の問題か、それとも理論が間違っているのか。
後者だとすれば話は変わってくるが、前者であれば解決策がないこともない。
これも、久しぶりではあるがやる他あるまい。
――己の瞳に、魔力を通して強化を行う。
視神経やらが大量にある瞳に魔力を通すのは、いわば禁忌とされている。
なぜならば、最悪の場合失明――軽くても視力の低下に繋がってしまうからだ。
ポーションや回復魔法で治療自体は可能だが、戦闘を前提とするならば使えない技術のひとつである。
それはともかく、やらない失敗よりも、やる失敗だろう。
幸いなことに、今はあくまでも危険の少ない鍛錬だ。
失敗は成功の母、という言葉もあるほどだからな。
失敗したところで、オレにしか害がない。
ローズには悪いが、とことんまで付き合ってもらおう。
瞳に意識を回し、己の魔力を集める。
閉じた目の奥が熱くなっていき、急激な負荷がかかっているのがわかる。
そこで立ち止まることなく、その負荷をさらに強めていけば――。
ふっ、と熱が消え去り、瞼から見える光に微かな青が混じる。
どうやら、成功したらしい。
瞼を開けば、意識的に見なければいけなかった魔力がたしかに見えるようになっていた。
これならば、成功できるだろう。
再び、腕を振り上げる。
「――フッ」
短い呼気と共に、腕を振り下ろしながら魔力の糸を凝視する。
魔力の糸に触れる直前、己の手の周囲を覆うように魔力を形成する。
そして、糸に魔力を流して堰き止めつつ、勢いを殺すことなく通過させれば――。
――ローズから伸びた魔力の糸が、断ち切られる。
それと同時に、オレの手から形成されていた魔力が霧散していった。
そして、そのまま残り二本を――と行く前に体を止める。
よく考えれば、アリアから伸びているであろう魔力の糸は氷の中にあるではないか。
それならば、今のように物理的に断ち切るのではなく、魔力自体を伸ばす必要があるのではないのか。
魔力で形成された氷に、己自身の魔力を浸透――適合させつつ、必要な箇所のみ的確に断ち切る。
なるほど、たしかにこれは魔力操作精度を極限まで求められるものだ。
姫野――は怪しいが、ローズがこのことを口にしなかったのは、きっと気づいてなかったからではなく、まずは魔力を断ち切ることから始める点を考慮したからだろう。
ならば。
魔力自体を薄く長く伸ばし、二本目に浸透させていく。
通過したことを確認し、意識的に触れている箇所にのみ断ち切る意識を宿せば――。
まるで鉄を斬ったかのような音が周囲に響き、ローズから伸びた二本目の糸と共に、オレが実体化させた箇所の魔力も霧散していく。
「ジロー……あなた……!」
「ふぅ……はぁ……」
これは、なかなかに神経と体力を持っていかれるな。
魔力消費は常時形成に比べれば抑えられるが、集中しなければ出来そうにない。
「ほんと、貴方のそういう所……狂ってるわよね」
ローズがなにやら呆れているが、なにを言ったのかはよくわからない。
そちらに割く余裕が、正直皆無だ。
ここまでは完璧だが、アリアの氷に浸透させることが成功するかがわからない。
それも試したいのだが――。
「……もう、わかったわ。ほんと、貴方が一番才能の塊よ」
ローズのほうに視線を送るだけで、最後の一本の周囲に濃密な膜が形成される。
本当に、オレは仲間に恵まれているな。
二本目の糸を断ち切った魔力をそのまま伸ばしていき、膜に触れようとする。
内部に侵入していこうとしたところで、弾かれてしまう。
できる限り薄く伸ばしているつもりであったが、どうやらまだ足りないらしい。
ならば、もっと薄く、極限までオレ自身の魔力の一粒一粒の繋がりを透明にしてやればいい。
瞳を強化し、魔力操作も長年磨いてきているのだ。
これくらい、出来なければアリアを救うなど出来ようはずもない。
意識するのは、石と石の隙間を隙間なく流れていく水流。
魔力の先端を膜に逆らうことなく内部に突入させていく。
先端が入ってしまえば、あとは己の集中力との勝負だ。
少しずつ、たしかに魔力の糸に向けて進ませていく。
時折、反発し合うような抵抗を感じつつも、そういった場所を避けるように膜の隙間を縫うように糸へと向かわせる。
「ぐっ、ぬぅ……」
魔力の糸へと到達するも、あまりにも己の魔力を薄く伸ばした影響で通過させることが出来ない。
だが、こんなことで諦めるほどヤワな人生を送ってきた訳では無いのだ。
到達した部分に、手刀を形成できる程度の魔力を集める。
そうして押し出すように進ませれば、糸を通過した……感覚が伝わってくる。
あとは、同じ要領だ。
必要な箇所のみ、意識を持たせて実体化させてやれば――。
「……こんな短時間でモノにするなんてね」
――再度、鉄を切ったかのような音が、響き渡る。
「――ふはぁ……」
息を吐き出した時、自分が仰向けで倒れていることに気がついた。
いったい、どこまで集中していたのやら。
「はい、お疲れ様」
「……たすかる」
休息を訴えてくる体に鞭を打って上半身を起こせば、ローズが魔力回復用のポーションを手渡してくる。
蓋を開け、口にすれば甘くて後味がすっきりするような、不思議な味が広がっていく。
「もう、段階を踏んでやっていって欲しかったっていうのに」
「それでは時間が掛かりすぎるだろう?」
「はぁ……愛が深いんだか、生き急いでいるんだか……」
ローズの小言を聴きながら、ポーションを飲み干す。
己の内蔵魔力が徐々に回復していく感覚に、どこか心地良さすら感じる。
「さて、今日はこのあたり――」
「むっ、何を言っているんだ」
「……もしかして」
彼女の顔が何度目かの呆れに染まっていくのがわかる。
当然だろう。
まだ、出来ることが確認できただけなのだから。
「今日は可能な限り付き合ってもらうぞ、ローズ」
「はぁ……わかった、わかったわよ」
両手を上げ、降参するかのような姿勢を取るローズ。
アリアを氷から救出するのだ。
出来ることは、すべて繰り返してやる他ないだろう。
「……昔っから妥協を許さないわよね、ジローは」
「当然だ」
■■■
「さて、皆揃ったわね」
アリアが厳重に守られている地下最下層の空間。
そこには、オレを含めた完全武装の者たちが集っていた。
「おう、作戦もばっちりだ」
ローズの声に反応を示すのは、氷から少し離れた箇所に陣取った誠一郎。
その声からはいつもの飄々とした雰囲気は消え去り、先の尖った帽子から覗く瞳には鋭い光が宿っている。
その手には、『NY・第八扉』から脱出したあとに入手したという漆黒の弓を携えている。
「ふふ。でも、念の為にもう一度全体共有するわね」
ひとつ間を置いて、ローズは口を開いた。
「これから、小娘の拘束を解いてアリアちゃん救出を開始するわ」
「はーやーくーっ! もうずっと気持ち悪いんだからっ!」
「うふふ、すこし黙ってなさい?」
この空間の中で唯一、いつもと変わらない姫野が甲高い声を上げる。
「むぅ……でも、本当に僕の話したことなんて信じるの? 来ないかもわからないし、僕が嘘をついて――」
「黙らっしゃいな」
この期に及んで少しばかり声を震わせながらも、茶化すかのように声を発しようとした姫野を窘めたのはローズ。
「信じる、信じないじゃないのよ。その可能性があるのなら、備えておくに越したことはないだけよ」
「……姫野椿、お前はお前で自分の責務に集中すればそれでいい」
声をかけてやれば、大きな丸メガネの向こうにある瞳と目が合う。
「ぼ、僕が拘束を解かれたら暴れるって――!」
「それこそオレとローズで抑えるのみだ。お前がやるべきことをやるのであれば、そうはならないがな」
彼女はパジャマの裾を掴んで、どこか不満げにも見える表情を浮かべる。
暴れたところで、今度は二対一だ。
仮にアリア救出の途中で暴れだせば、ローズは氷の維持で手一杯だろうとは思うが、即刻姫野の首を獲ればいい。
「むぅ……っ、むぅ……っ!」
「よろしい。彼女の拘束を解いたら、おそらくお客様がいらっしゃるわ」
姫野から伝えられたことである。
教団は、自分の魔力を辿ってやってくる可能性がある、と。
「小娘、私、そしてジロー。この三人でアリアちゃんの救出に着手してる間、お客様をもてなすのが他の皆の役割よ」
頷きを返すのは、誠一郎、ジェイ、葛城殿。
そして、ジェイとローズの子であるスティーブに、孫であるコアという女性。
「各々、準備は良さそうね」
「おうとも! 無粋な客のために、盛大なパーティを開いてやるぜ」
「うふふ。二度と参加したくないようなパーティを頼んだわよ。念の為、ここにいない子たちには上のほうの警戒に回ってもらってるわ」
己の肉体を誇示するかのような、体の正面が空いているジャケット型の防具を身にまとうジェイの声。
『NY・第八扉』の戦利品であるユニーク武器の大剣と、見覚えのない赤い大剣を手に持ち、よく見ればはち切れんばかりに血管が浮いている。
それに対し、どこか中世の頃から語られた魔女にも見える大きな帽子を被り、大気の魔力を纏った黒のドレスを身につけたローズが笑いながら答えてから、姫野に手を伸ばす。
そうして、ようやく拘束を解かれることを喜んでいるひとりだけ場違いなピンクのパジャマ姿の姫野。
最初に見た時は本気かと思ったものだが、どうやらあのパジャマが気に入ったらしい。
拘束具を腕、そして足とすべて外せば――。
――魔力の、起こり。
「――よぉ、会いたかったぜクソ野郎ども」
「――歓迎の挨拶は、いらねぇよなぁ?」
どす黒く染まった誠一郎とジェイの声。
と、同時に。
アリアの氷を中心にオレと姫野、ローズを含めた周囲に膨大な熱を持った魔法の壁が現れた。
さあ、仕事の時間だ。
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