ダンジョンから帰ったら五十年経ってたんだが。~え?昔の仲間が今や大手ギルドの代表?なにそれ知らん……こわ……~   作:蝉時雨

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第二十話はハジマリと共に

 窓一つない部屋には、甘い芳香とコーヒー、そして紅茶の匂いが混ざり合った香りが充満している。

 

 軽く見渡せば、和風から洋風までいろんな種類の家具がひしめき合っている。

 本人の希望で揃えたものではあるのだろうが、あまりにも統一感というものがなくて逆に落ち着かない。

 こんな中でよく快適に過ごせるもんだと思うが、人それぞれ趣味嗜好は違うものである。

 

 視線を正面に向ければ、柔らかそうなベッドにうつぶせになって顔だけこちらに向けた姫野の姿。

 丸メガネの向こう側にある彼女の目尻は、随分と眠そうに垂れ下がっている。

 

「なーんでこんな夜遅くに訪ねてくるのさー」

 

「うふふ、ちょっと色々あってね」

 

 オレの隣では、椅子に座って紅茶を楽しむローズの姿。

 壁にかけてある時計の針を見れば、すでにそれは十一の数字を越えている。

 魔力の糸を断ち切る特訓を繰り返している間に、すでに夜も良い時間まで来ていた。

 

「すまないな、こんな時間に」

 

「むー、ほんとだよぉ。ぐっすり眠っていた姫野椿ちゃんは怒っています」

 

 頬を膨らませ、こちらをにらみつけるように視線を向けて来る姫野。

 だが、その声と視線には不満感などは全く感じられず、むしろ喜んでいるかのような印象を受ける。

 

 目の前に置かれたコーヒーを手に取り、口をつける。

 深く、苦いその味が訓練後で疲労を感じる体に染み渡る。

 

「ふたりとも飲んでないで用件を言えー、ようけんをー。僕ははやく寝たいんだよー」

 

 ベッドの上にいる姫野は、ぱたぱたと効果音がついてくるような勢いで手足を動かしている。

 彼女は本当にいくつ――いや、よしておこう。

 この思考に至ろうとした瞬間に、オレの隣から凄まじいまでの圧を感じたのだ。

 オレはまだ、命が惜しい。

 

「んんっ、姫野椿。アリアを助ける話――要は、仕事の話だ」

 

「……乙女の部屋に深夜に来て話すのがほかの女の話ー?」

 

「……真面目な話なのだが」

 

 彼女はついに顔をベッドに埋めてしまう。

 このままにしておいては寝息でも聞こえてきそうだ。

 

「小娘」

 

 オレが頭を悩ませていると、隣からローズの静かな落ち着いた、しかしどこか楽しげな声。

 

「構ってもらえるのが嬉しいのはわか――」

 

「だから、そんなんじゃないの!」

 

 それに対するは、顔を埋めているからかくぐもった姫野の声。

 隣の椅子に目を向ければ、そんな姫野の姿を笑顔のまま見ているローズがいる。

 

「あらあら、まるで子供ね」

 

「はー? 立派なレディだよ、僕は」

 

「はいはい、そうね。貴方は立派なレディよ、小娘」

 

「むぐぐぐぐ、馬鹿にしてぇ……っ!」

 

 どこか、母と娘のような、姉と妹のような、家族のようだと思えるやり取り。

 姫野が完全に心を許しているであろうと思う反面、こういった環境がはじめから彼女にあったのならと、つい考えてしまう。

 

「貴方がわかりやすいだけよ、小娘」

 

「はー? そんなことないしー? 僕、自分の表情とか隠すの得意だしー?」

 

「うふふ、そうね。こういうやり取りも楽しいなんて思ってない物ね?」

 

「ぎぎぎ……っ!」

 

 彼女の頭脳があれば、間違いなく大成していたのではなかろうか。

 『扉』関連の研究しかり、異形の生態しかり、魔力ないし魔法の探究しかり。

 きっと、なにかしらの時代を変える、あるいは革新的な技術の開発や普及が出来ていたのではないだろうか。

 

 単純に環境が悪かった。

 理解を示す人間がいなかった。

 世間に見つかることがなかった。

 

 なにより、手を差し伸べる人間がいなかった。

 

 こういった言い訳、理由付けはいくつか思い浮かぶ。それでも、彼女が教団でやってきたことが正当化されるわけではない。

 だが、それで被った損失というものは、想像に難く無いだろう。

 

「おばあちゃんのくせに!」

 

「年の功というのよ、これは」

 

「やっぱりおばあちゃんじゃん!」

 

 彼女と対峙した際、正しい道だなんだと言葉を交わした覚えがある。

 彼女――姫野椿という少女にとって、真に正しい道というのは認められる場所であり、理解を示し寄り添える人がいる道なのではなかろうか。

 

 これは偽善であり、ただの綺麗事。もっというなれば、オレが甘いだけなのだろうという自覚はある。

 犯罪者に慈悲など抱くべきではない。

 当然だろう、罪を犯したのだから。

 

 だが。

 

「これだからおばあちゃんはよくないんだっ!」

 

「あら、何が良くないのかしら?」

 

 目の前で笑う少女の未来が明るいことを祈るくらいは――。

 

「そうやって僕みたいな子を手のひらで転がして……!」

 

「あら、心外ね。そんなことしていないわよ?」

 

「どの口でー!!!」

 

 ――赦されることを、願う。

 

「ねぇ! ジロークンもこのおばあちゃんになにか言ってやってよ!」

 

「さて、ジローはどちらの味方なんでしょうね」

 

 ふたりの視線がオレに向かってきているのを感じる。

 思考の海に潜っているうちに、なにやら会話が進んでしまっていたらしい。

 その音自体は拾っていたつもりだが、さてなんと答えたものか。

 

「……ふむ」

 

「むっ、ジロークンさては……」

 

「……聞いていたぞ?」

 

「……ほんと?」

 

 頷きを返すが、隣からの気配を感じる。

 そちらに顔を向ければ、憎らしいほどに良い笑顔を浮かべたローズ。

 

「――話、聞いてなかったわね」

 

「………………そんなことは、ない」

 

「ふふ」

 

「やっぱりジロークンなんて嫌いだー!」

 

 「うわーん」と、泣き出す――声からして実際には泣いていないだろうが――のは姫野。

 楽しげに、優雅に紅茶を飲むのはローズ。

 

 なぜだか、いたたまれない気持ちになってしまう。

 思考に耽っていたオレが悪いというのだろうか。

 

「――私も同じ気持ちよ、ジロー」

 

 聞こえてきたその言葉に、どこまで人の心を読めるのか疑ってしまいそうになる。

 だが、そうか。

 それならば、それで良いということにしようじゃないか。

 

「話を聞いていなかったのはすまなかった。考え事をだな」

 

「どうせ他の女のこと考えてたんだー! ハクジョーなジロークンめ!」

 

「いや、お前のことだが……」

 

「………………ふ、ふーん」

 

 誤魔化しができない時や、ハナからバレている時などは、正直に話すほうが良いということを学んだ。

 学んだのだが、隣のローズは顔を逸らして笑いを耐えるように肩を震わせ、当の姫野は上げていた顔を再びベッドに沈めていた。

 

 またなにかやらかしてしまったのだろうか。 

 彼女の丸メガネは、ベッドに突っ伏す度に頭の上にズレるように移動されているのが器用だなと、そんなことを思ってしまう。

 

「すまない、オレはまた変なことを言ってしまったか」

 

「い、いいえ? 最高だったわよ、ジロー」

 

「……う、うむ」

 

 少しばかり冷めてしまったコーヒーを口に含み、その苦味と渋味で思考をリセットする。

 

「ん、んんっ。そろそろちゃんと話がしたいのだが、良いだろうか」

 

「私はいつでも構わないわ。元はそれが目的なのだからね」

 

「……ふーんだ」

 

「小娘も良いそうよ」

 

 ローズは誠一郎以上に読心術を使えるのではなかろうか。姫野からの反論がないあたり、ローズの言う通りなのだろう。

 何故だか背中が冷たく感じるが、これも年の功とでも言うものなのか。

 

「さて、では当日――待てローズ。そもそもいつ決行なのだ?」

 

「ふふ、それはね――」

 

 ローズに目を向ければ、彼女は目を瞑って意味ありげに間を置いている。

 これから壮大な――。

 

「――未定よ。残念ながらね」

 

 ――ものはなにも始まらなかった。

 綺麗に肩を落としかけたが、それもそうだろうと思う部分はある。

 

 アリアを助けるというのは確定事項ではあったが、その手段というものが渡米するまではっきりしていなかった。

 それも、確定をしたのは昼頃に姫野からの助言を受けた結果だ。

 一日の中でローズはオレに付きっ切りで鍛錬をしていたのもあって、決まっていないのが当然だろう。

 

「なんだよー、じゃあこの話もう終わりじゃんかー! 僕は寝るぞー!」

 

「待ちなさい、小娘」

 

「むー、なにか話すことあるのー?」

 

「あるわよ」

 

 いつに決行なのか、実際の当日の手順はどうなのか。

 そういったところを話し合わないといけないはずだ。

 実際、魔力を断ち切ってわかったが、相当繊細な作業になるのだ。

 当日になって息が合わずに失敗したなどということは、あってはならないのだから。

 

「決行日は未定だが、当日の流れを含めた――」

 

「――貴方の漏れ出ている微弱な魔力を、教団が探知している可能性についてよ」

 

 耳に入ってきた言葉に思わずその音の発生源を凝視してしまう。

 オレの仲間――ローズには、いったいなにが見えているんだ。

 

「貴方の拘束具、最新型ではあるみたいだけれど、それでも抑えられない魔力は外に逃がされる構造になってる。ジローも少なからず小娘から魔力が漏れていることくらいは気づいていたでしょう?」

 

「あ、ああ。それはそうだが……相当に微弱なものだぞ? まさか教団がそれを探知……」

 

「私が言っているのは可能性よ。小娘――姫野椿はおそらく教団側でも手放すのが惜しいくらいの科学者」

 

 ローズは腕を組み、話を続ける。

 先ほどまで柔和に微笑んでいたその顔は、すっかり真剣なものへと変貌していた。

 

「ここまで音沙汰がなかったのはイチローから聞いているわ。だからこそ、最悪のケースを考えているの」

 

 姫野とオレは、彼女の言葉に耳を傾ける。

 

「――教団はきっと、アリアちゃんの魔力の痕跡も握っている。私はそう考えているのだけど、どうなのかしら小娘?」

 

「…………」

 

 枕に顔を埋めた姫野からの返答はない。

 ここまで来て話さないつもりか、それともそもそも知らないか。

 別の理由もあるのかもしれないが、やはりあくまでも敵同士。ローズの予測は、相当な核心をついているのではなかろうか。

 

「……話す気はないってことかしら?」

 

「…………ちがぅ」

 

 小さな呟きとも取れる否定の言葉が聞こえる。

 呟きの主に目を向ければ、ベッドの上でこちらに背を向け、丸まっている少女の姿。

 

「……全部は、知らないよ?」

 

「それで構わないわ」

 

 なにか葛藤があるのか、続く言葉が出てくるまでには少し間があった。

 

「……教団、というかヤーナクンが魔力で対象を探知するものを主導して作ってた。僕も、『黒い扉』に組み込むのを手伝った」

 

「組み込むというのは?」

 

「元々、『黒い扉』は一度行ったことある所にしか行けなかったんだ」

 

 小さな声ではあるが、その言葉には震えはない。

 

「……聖女チャンの魔力の痕跡についてはわかんない。でも、前に昔取ったっていうデータは見たことある。その上で――」

 

 空気が硬い。

 物理的なものではなく、あくまでも感覚的なものだ。

 

「――科学者として、有用な魔力炉になるって、そう思ってた」

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 アリア――聖女サマと救出隊を守る魔力で構築された熱を肌で感じる。

 作戦が始まる前にローズが仕込んでいたものだが、さすがの密度だ。

 これなら流れ弾が当たる程度であればビクともしないだろう。

 

 俺やジェイたちは、目の前のクソッタレ共に集中できるってことだ。

 

 複数の大小様々な『黒い扉』が周囲に展開され、そこから継ぎ接ぎだらけのモンスター共が吐き出されている。

 なにかを待っているのか、臨戦態勢を取りつつもこちらを襲ってくる様子はない。

 

「いい加減待つのは面倒だな。突っ込んでもいいんじゃねえか?」

 

「待て単細胞ハゲ。俺たちの役割はあくまでも時間稼ぎだ」

 

「んだとイチロー! 誰が単細胞だ、誰が!」

 

 俺とジェイのやり取りに、スティーブとコアの笑い声が聞こえる。

 マサに目を向ければ、目の前の敵を見つつ腰に佩いた刀に手をかけて、カチカチと鯉口を鳴らしている。

 これだから戦闘狂どもはと思うが、全体の士気は悪くない。

 

 まあ、それもそうだろう。

 目の前のクソッタレ共を思う存分叩きのめせる貴重な機会なわけだからな。

 

「にしても、なんかパッとしねえな。お前から聞いた話とジローのアーカイブで確認したやつらに比べりゃ弱そうだぞ、あいつら」

 

「大方、姫野の嬢ちゃん以外が造ったやつだろうよ。いくらかそれなりのもいるが、大抵は劣化コピーってとこだろ」

 

「その程度で攻めてくるとか、やっぱり教団ってのはバカしかいねえな」

 

 喉の奥で嗤うジェイ。

 その意見には大いに同意するが、裏ではヤーナってやつが糸を引いているだろう。

 

 周囲に展開されていた『黒い扉』が消え、中空に新たなものが現れる。

 いよいよヤーナの登場かと少し身構えたが、そこから出てきたのは背丈の異なるローブ姿の男。

 ヤーナは顔を隠していたが、出てきた者は隠していないのもあってどこか肩透かしを食らった気分だ。

 

「――我こそは、府主教ヤーナ様から任ぜられた主教カイアスである。異端者共よ、我らが要求を飲むか戦争か――」

 

 瞬間、その首が断ち切られる。

 どうやら、我慢の限界だったらしい。

 

「――おいおいマサ。いくら出てきたのが雑魚だからって、いきなり首を斬るのはどうかと思うぞ?」

 

「むっ、申し訳なし。隙だらけであったため、つい」

 

 横目でマサを見る。彼は断ち切った先を凝視している。

 視線を戻してやれば、主教と名乗ったその体は首と共に霧散していく。

 どうやら――というよりも、予想通りではあるが、ダミーであったようだ。

 

「――誠に、遺憾であり、野蛮である。我らは言葉での解決を――」

 

「――人様の敷地にオトモダチも含めて無断で立ち入ったくせによく言うな」

 

 教団のやつらはどこまでも自分たちこそが正義、みたいな話し方をする。

 そういうところが、俺は大っ嫌いであまりにも胸糞悪くなる。

 

「では、拙者は当初の予定通り右側の掃討へ。各々方、また後ほど」

 

「んじゃあ、俺は左! コアは後ろ側な! 親父もイチローさんも、あんまりはしゃぐなよ!」

 

 敵の口上など、どこ吹く風。

 マサとスティーブ、コアが話し合っていた各々の持ち場に分散する。

 俺とジェイのふたりも、ゆっくりと歩きながら主教と名乗った男とその正面に陣取るモンスター共と対峙する。

 

「話し合いの機会はないと――」

 

「――あるわきゃねえだろ。頭沸いてんのか?」

 

 途端、周囲から聞こえてくるのは様々な破砕音や斬撃音、そしてモンスター共の断末魔。

 

「よぅし、久しぶりにひと暴れしてやろうか、イチロー!」

 

「おうとも。背中は任されてやらぁな!」

 

「愚か者共が……」

 

 突っ込んでいくジェイの背後で弓を構え、魔力で生成した矢をつがえる。

 

 こっちは任せな、旦那。

 

 

 

 ■■■

 

 

 

「外は始まったようね」

 

「ああ」

 

 魔力の熱を肌で感じながら、目の前の氷を見据える。

 

「こちらも始めましょうか。小娘――じゃなくて、椿ちゃん?」

 

「うぅ……はぁい」

 

 どこか不安げにしている姫野に目を向ければ、胸の前で両手の人差し指を合わせている。

 

「あら、自信がないのかしら?」

 

「そ、そんなんじゃないやい! 僕は天才なんだぞぉ!?」

 

「はいはい、そうね」

 

 ローズが魔力を起こし、アリアが眠る氷の周囲を覆っていく。

 救出中に氷が砕け散らないようにするためのものだろう。

 

「姫野椿」

 

「な、なにさっ!」

 

 パジャマ姿の姫野に今一度視線を合わせる。

 

「――よろしく頼むぞ」

 

「――うんっ!」

 

 さぁ、アリア。

 

 朝だぞ。




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