ダンジョンから帰ったら五十年経ってたんだが。~え?昔の仲間が今や大手ギルドの代表?なにそれ知らん……こわ……~ 作:蝉時雨
額を、背中を、身体中を汗という水が濡らしているのがわかる。
外の皆は無事であろうか。
幾度か炎の壁からなにかが溶ける音が聞こえてきたが、彼らが敗れることは想像できない。
戦闘に加われないことが、ここまで歯痒いものだとは。
アリアの救出を抜きにしても、焦る自分を嫌でも自覚する。
「ジロー、集中しなさい」
「――すまん」
魔力が乱れたことをローズに咎められる。
強化した視界でもそれは見て取れ、かぶりを振って余計な思考を消そうとする。
外のことは誠一郎たちに任せたのだ。
オレはオレのやるべきことに集中しなければならない。
「んもー! 僕がこんなに頑張ってるのにジロークンは余裕あるね!?」
「余裕などない」
姫野は緻密に、丁寧にアリアの氷の魔力を放出し続けてきた。
外側からじわじわと溶かすように、内側に向かって。
ローズは放出された魔力の分を己の魔力と周囲から取り込んだ魔力で持って補充し、魔力のパスが断ち切られる前に機能不全に陥らないよう維持している。
こうしなければ、外部に露出した魔力パスが機能不全を起こし、何が起こるかわからない。
周囲の魔力を無作為に取り込むか、はたまたアリア自身をなにかしらの形で傷つけるか。
魔力の放出と維持は、同時にこなさなければいけないものなのだ。
姫野とローズの献身の横で、オレはそのパスを伸ばした魔力の刃で持って断ち切っている。
ひとつひとつ、同じ魔力量かつ一定のリズムで。
ここをズラせば、ローズの維持に支障が生じ、姫野の放出の度合いにも影響を与えてしまう。
最悪、アリアの生存に影響が及ぶのだ。
失態は、許されない。
空間に、規則正しい鉄を切る音が響き続ける。
作戦開始からどれほど経ったのだろうか。
内蔵魔力が減っているのを感じ、果たして最後まで持つか心配だ。
このために訓練をしたが、目に見える範囲でも魔力のパスは残っているのだ。
このままいけばギリギリ持つか、持たないかの瀬戸際か。
作戦としては概ね順調であり、なんの問題もなし。
しかし、懸念点はやはり魔力量。
効率よく回す努力はしてきたが、今ばかりは持たずして生まれたことをいるかもわからない神に問いただしたい気持ちだ。
「くあー! なにここ、魔力が凝り固まりすぎてぜんっぜん言うこと聞いてくれないんだけどぉ!」
全体の凡そ六割程度進んだ時点。
それまでも時折声を上げながらも、比較的順調に放出をしていた姫野が微かに止まった。
「うぎぎぎぎっ! 滞留しすぎて魔力が圧縮されてるぅ!」
「少しずつでいいわ。無理にやろうとしないで」
「わかってるぎぎぎっ!」
パスを切断しつつ、氷の全体を見る。
外側は澄んだ青――ローズが補充した魔力で満たされ、涙の滴の形を維持している。
しかし、その内側。
青よりも、さらに澄んだ藍の色。
魔力が内部で渦巻き、内側への侵入を許さないような――。
背後。
魔力の、起こり――。
「――やあ、時を越えし者よ。壮健そうでなによりだ」
過去、二度聞いたヤツの――ヤーナの声が。
ここにいるはずのない者の声が、空気に溶け込んだ。
■■■
あまりにも順調すぎる。
南側が抜かれる想定は当初からあったからこそ、ジェイのケツを蹴り飛ばして即応が出来た。
だが、なんだ。
この、いくら矢を番えて敵を倒したところで湧き続ける焦燥感にも似た感情は。
「ちっ、なんだってんだ」
愛用の弓――黒弓タナトスに五本の魔力矢を番えて放つ。
放たれた矢はタナトスの能力で加速し、さらに倍々に増えて敵陣に壊滅的な打撃を与え続けている。
『NY・第八扉』のあと、海外に派遣された先の『扉』で獲得したユニーク武器。
宿した魔力を媒介にして、消滅するまで増え続ける矢を射出できる対多殲滅兵器。
これを入手した時は、俺にもようやく専用武器が手に入ったと浮かれてジェイに自慢したものだ。
しかし、その矢はカイアスとかいう主教には届いていない。
当たる直前で幾度も幾度も肉の壁――。
「イアヌス神の導きこそあれ!」
「……反吐が出る」
――狂信者の集団に阻まれる。
命を軽んじるにも程があるだろう。
とっとと終わらせて、中央の状況を確認したい。
規則正しく鳴っていた音が、少しばかり遅れるようになったのだ。
この焦燥感の源流は、間違いなく――。
いや待て、なにかを見逃しているんじゃないのか。
考えろ、奴らはどうやってここに――四方を囲まれ、ローズの魔法で完全防備された空間に入ってきた。
「――時は、来たれり」
カイアスの声が遠くにあるはずなのに、耳元まで聞こえてくる。
「府主教様、我らを導きしイアヌス神の忠実なる使徒の命の元、我が命を捧げよう」
両手を広げるヤツの背後に、巨大な『黒い扉』が現れる。
そうだ、ヤツらはあの『黒い扉』で――。
「――さぁ、タイタンよ! 我が命を喰らいて異端者どもを討ち、我らが目的を果たすがいい!」
その巨大な『扉』から現れたのは、どこまでも大きな――過去に旦那が『埼玉・第四扉』にあった姫野の嬢ちゃんが使ってた教団の研究所で発見したあの人工異形だ。
そして、ヤーナの手によって何処かに運ばれた、巨大な継ぎ接ぎだらけの異形。
未完成って話だったはずだ。
なぜ、ここに――。
そして。
魔力の起こり。
それも、背後――。
「――旦那ァっ!!!」
感じたことがなかった、ものだ。
■■■
手を止めない。
いや、止めてはならない。
「ああ、そんなに警戒しないでくれたまえ。ワタシは話し合いをしに来たんだ」
「……まさか直接中に入ってくるなんてね。外のパーティは陽動かしら?」
「なに、博士と魔力タンクの詳細な位置取りがわからなくてね。彼らには悪い事をしたと思っているとも」
ヤーナの声と、ローズの声が空間に溶けていく。
「貴方たちが使う『黒い扉』。椿ちゃんから話は聞いたけれど、随分と便利なものね」
「それほど便利ではないよ。このように細かい位置調整をすると、しばらく使えなくなってしまう。改良必至、といったところだ」
「だから椿ちゃんを連れ戻しに来たのかしら?」
「それには頷きを返そう。ワタシはそれも含めて話をしに来たのだよ」
露出した魔力パスのひとつを断ち切れば、何度目になるかも分からない鉄を切る音。
姫野は動揺していないかと考えるが、横目で見た彼女は目の前の氷にしか目がいっていないようだ。
「見るに、手を止めれば不都合があるようだ」
「ええ、私含めた三人とも手が離せないわ。邪魔だてしないというのなら、このまま話をしても良いわよ?」
「とても魅力的な提案だ、深淵の魔女よ。平和的に対話をしよう」
ローズには恐れ入る。
取り乱さず、氷の維持も止めず、冷静にヤーナと言葉を交わしている。
彼女が居てくれて、本当によかった。
「嫌に協力的ね。その言葉をどう信じれば良いのかしら?」
「先程我らが『扉』についての情報を提示した。足りないというのなら、そうだな……」
少しの間があり、静けさが満ちる。
「……我らが『扉』はワタシを含めた府主教以上、そして許可あるいは命を受けた主教のみに使用を許されている。これでどうだね?」
「そんな大事な情報を話して大丈夫なのかしら?」
「好きに解釈してくれたまえよ」
隣の姫野がブツブツと呟いている。
断片的であるが、「聖女…………濃すぎ…………っ!」というのは聞き取れた。
アリアはローズをも上回る天性の内蔵魔力量だからな。
驚くのも納得だ。
「それで? お偉い府主教様は何を求めているの?」
「そう難しい要求ではない――」
幾度目かの魔力パスを切断し、またひとつ鉄を切る音が広がる。
「――博士の返還と、諸君らがなにかしらをやっている魔力タンク――聖女の譲渡を望む」
背中越しに、ヤーナの位置を確認する。
オレの斜め後ろ、ローズとの中間あたりに立っている。
「随分と大きく出たわね。その要求が通るとでも?」
「通さなければ、ワタシはこのまま諸君らを傷つけるだけだ。それに、聞こえないかね?」
耳をすませば。
炎の音の中に重い重い破砕音と、そこに混ざる怒号とも取れる叫びが聞こえる。
「……貴方、なにをしたのかしら?」
「タイタンという兵器を投入しただけのこと。博士から聞いていないかね?」
タイタン。
オレがあの研究所で見た異形。
だが、姫野から聞いた所では未完成だったはずだ。
「改良には時間を要した。博士の言っていた通り、相応しい心臓――動力源がなくてな」
ヤーナの言葉が冷たく響き続ける。
「任を命じた主教には悪い事をした、と思っているがね」
「……まさか」
「イアヌス神に導かれるのだ。彼らも本望だろう」
――下衆が。
人の命を、意思を、想いをなんだと思っているのだ。
「……趣味が悪いわね」
「なんとでも言うがいい。さて、外の状況はわかったであろう。こちらの要求に従うのであれば、即座に撤退しよう」
ローズの方を見れば、彼女と目が合う。
「ひとつ聞かせなさい」
「なにかな?」
「貴方はそこの小娘の名前と話題に出た主教の名前を――」
――覚えているのかしら?
ローズの問いに返ってきたのは沈黙。
そして――。
「名前など、些事であろう」
「よく、わかったわ」
その瞳に宿る覚悟を決めた色と、自信と少しばかりの不安が混じったその色に、オレはオレの役割を理解する。
だが、オレが魔力パスを切断しなければアリアは――。
あたたかい風が、顔を撫でた――気がした。
目の前の氷を見上げる。
ローズを、信じろと。
アリア、キミはそう言うのだな。
わかった。
仲間を信じ、心と命を預ける。
そうだな、当然のことだ。
ならば、オレはオレのやるべきことを――。
「そうね……こちらにも条件があるわ」
「擦り合わせは重要だ。聞こう」
「感謝するわ。それはね――」
即座に振り向き、全身を強化しながらヤーナに突っ込む。
黒いフードに包まれたその顔を窺うことはできないが、腰に両腕を回して勢いそのままに炎の壁に向かう。
「――あたしたちをナメてんじゃないわよっていう条件よ」
――全うするとしよう。
己の左手で右の手首を掴み、決して解けないようにキツく締め上げる。
炎の壁はその熱でオレ諸共にヤーナを焼こうとする。
しかし黒いローブに頭を擦り付け、纏った鎧の上をなけ無しの魔力で覆ったオレには関係ない。
ただ、アリアの近くからヤーナを遠ざけるのみ。
その上で、『黒い扉』を使われる前に無力化、排除する。
それが、オレの役割だ。
アリアの氷は――アリアのことは、ローズと姫野が必ずなんとかするだろう。
――オレは、盾だ。
熱がなくなったことで、炎の壁を抜けたことを察知する。
さらに前進を続ければ、魔力でできた壁を通過したこともわかる。
――皆を守護る、最後の砦だ。
「――そろそろ、離していただこうか」
「ぬぅっ!」
オレとヤーナの間に衝撃波が起こり、強制的に距離を空けられる。
魔力の起こりを感じなかったことが腑に落ちない。
魔法を使ったというのなら魔力を感じられるはずだが、一体どうなっている。
「時を越えし者よ。なぜワタシを拘束し、あまつさえ危険な行動を起こしたというのだ」
「……己の胸にでも聞いてみるのだな」
「ふむ。ワタシは諸君ら、特に貴君を高く評価しているというのに。これ程までに短絡的な行動をするとは思わなかったよ」
インベントリからウルティマとエイギスを取り出し、ヤーナを見据えて構える。
「条件が悪かったというのだろうか。甚だ疑問だ」
「…………」
己から飛び込むな。
ヤツの一挙手一投足に注目し続けろ。
オレの背中には、絶対に譲れないものがあるだろう。
『NY・第八扉』での役割を――オレの磨いてきたものを。
オレの戦い方を。
オレの強さを。
今一度、誇りと矜恃として――。
己の盾に。
己の体に。
己の魂に。
――灯す時だ。
「……そうか。ならばこういうのはどうだろうか」
ヤーナは両手を広げ、声を高らかに上げる。
しかし――。
「貴君――時を越えし者も、我が教団に迎え入れよう」
――そこに、熱は無い。
「イアヌス神が正しく導き、『扉』の果てを、時を越えし貴君であればこそ、総主教様も歓迎なさるだろう」
――そこに、情は無い。
「ふむ、これでもダメか。ああ、合点がいった。こういった時は顔を直接合わせなければいけないと、総主教様が仰られていたな」
奴が広げていた腕をそのままに、頭に被っていた黒いフードを取り払っていく。
どこか白が混じった灰色の肩口まで伸びた髪に、緩く口角の上がった口。
そして、その目は――。
「改めて、貴君に挨拶を。イアヌス教団四府主教がひとり、日本及びアジア全域を任じられているヤーナ・ウィリアムス」
――一対の人間の瞳と、その上に異形のものと思われる細く長い一対の瞳。
「総主教セーレン様に忠誠を捧げ、イアヌス神にこの身を捧げた敬虔な使徒のひとり。貴君から漂うイアヌス神の気配に、敬意を抱く者なり」
なぜ、人の身に異形が――。
その時。
視界の端。
そこに、見えた。
ボロボロの状態で錐揉みながら転がる。
――誠一郎の、姿。
■■■
「うぐぐぎぎいいぃぃ! ジロークン! ジロークン!? 僕がこんなに頑張ってるのに、ぜーんぜん音しないんだけど!?」
「ジローならいないわよ」
「そーだよね! いない――なんで!?」
ジローが敵を外に連れ出してから、少し。
私はアリアちゃんの氷を維持しながら、意識をひたすらに集中させていた。
「いないってどういうこと!? えっ、聖女チャンどうするの!?」
「少し黙ってなさい」
「いや、僕としてはどうでもいいんだけど! でもさ――っ!」
「いいから。貴方は貴方のやるべきことを続けなさい」
自身の中に眠る魔力を外に出しながら、ひたすらに固めていく。
氷の維持に割くリソースと、今の作業に割くリソースとで、私もギリギリだ。
だが、外では仲間たちが。
氷の中では、きっとアリアちゃんが。
そして、隣では敵だったはずの少女が。
各々、自分の全てを振り絞っている。
己の培ってきたものを、今できる最大出力で形にしようとしている。
ならば、私も――。
「ねぇ、椿ちゃん」
「なに!? 黙ってって言ったり名前呼んだりでよくわかんないおばあちゃん!」
「――私がなんで魔女って呼ばれてるか、知っているかしら?」
「知らないよそんなの!? 今関係ある!?」
深淵の魔女、先程の敵が私を呼ぶために使った言葉。
それは私の魔女としての力を指した二つ名なのだろう。
それは正しく、そして間違っている。
私の真髄は――。
生まれ持った魔力の強さでも。
地形を変えるような、魔法の強さでも。
アリアちゃんを守るための、要塞の構築力でもない。
「魔法――魔力、その深淵を――」
外に放出しながら固めていた魔力に、大気中に宿る魔力を練り込んでいく。
次第に、形を成していくそれは――。
「――魔女の本気を、魅せてあげる」
――人の形を取り、私と共に魔力を操るヒトガタ。
淡い光を宿し、どこまでも澄んだ青色。
ジローに任せてって伝えたんだもの。
最初からこれを使えば、ジローも椿ちゃんもたしかに必要はなかった。
やろうと思えば大小あれどなんだって出来るのが魔法。『扉』の先から人類に与えられた魔力という大いなる祝福であり、思い通りになることのない大いなる呪いだ。
でも、開発してから燃費が悪すぎて滅多に使ったことはない、このもうひとりの私を創造する魔法。
アリアちゃんの氷をなんとかしようと若い頃に構築して、でも周囲の魔力を使っても綱渡りを続けるしかない魔法。
いくら改良を重ねても、ちっとも言うことを聞かない頑固な子。
ひとり創るだけで、私の魔力も脳のリソースも大部分を持っていくこの魔法を、出来ることなら使いたくはなかった。
アリアちゃんの氷を砕く、この作戦は。
ひとつの失敗が、命に繋がるもの。
私が失敗して、私が死ぬのならそれでいい。
子供たちも、孫たちも、みんな立派になった。
ジェイには先に逝くバカがどこにいやがるって怒られるかもしれないけれど、向こうで先に仲間たちにお土産話をするから許してくれるだろう。
でも、それで大事な仲間の命に関わるのなら安全な択のほうが何倍も良い。
だからこそ、今までアリアちゃんの氷に手を出せなかった。
そこにジローが帰ってきて、椿ちゃんがアイデアを出して、ようやく現実的に手が届くところまで来たのだ。
私は魔女。
黎明期から、魔力に――魔法に愛された自負がある。
『T.KoA』の――いいえ。
私と、ジェイと、イチローと、ジローと、アリアちゃん。
『NY・第八扉』から生還した、五人の仲間たち――虹の向こう側に行った二十五人の仲間たちの分も背負っているのだ。
ここまで好き勝手に生きてきて、たくさんの出会いや別れ、英雄なんていう見当違いな声で勝手に持ち上げられもした。
それには本当にやめてほしいと思ってきたものだけれど。
そう、私は――私たちは英雄なんかじゃない。
ただ仲間たちや家族の幸せを願って、最後は悔いなく虹の向こうに行きたいだけの死にたがりで我儘の集まり。
――ここでやらないで、いつどこでやるのかしらね。
「なにそれえええぇぇぇぇえええ!?!?」
空間に、可愛らしい叫び声が響き渡った。
でも、一番は――。
――老い先短い私たちが、先に旅立つ私たちが残せる、唯一のもの。
アリアちゃん、貴方に。
時を越えてしまったジローの、彼の隣に。
居てあげて欲しい。
ただ、それだけ。
私の――あたしの勝手な、我儘。
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