ダンジョンから帰ったら五十年経ってたんだが。~え?昔の仲間が今や大手ギルドの代表?なにそれ知らん……こわ……~   作:蝉時雨

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第二十三話は現実と共に

 張り詰めた空気がその場を支配する。

 

「…………アリア」

 

「…………な、なな、なんです、か」

 

 『T.KoA』本部ビルの地下、つい先程まで教団と激闘を繰り広げていた場所。

 壁にも床にも跡が残り、ヤーナと戦っていたところなんかは陥没してしまっている。

 

 ここを再度活用するのかどうかはわからないが、修繕費はとんでもないことになりそうだ。

 

「…………」

 

「…………な、なにか、言ってください」

 

「…………いや」

 

 オレたちは引き続き五人で座って会話をしていたが、現実をしっかり認識したアリアが立ち上がっている。

 オレの背後、四人から距離を取るようにしてなぜか両手を前に突き出して格闘のポーズをしている。

 

 オレとアリアの間には謎の緊張感が漂っているが、他の4人から感じるものといえば――。

 

「ほれ旦那、今こそ手で手招きするだよ!」

 

「くっくっくっ……ジロー、男見せろよ?」

 

「またおもしろ……良い話のタネになりそうね?」

 

 ――心配するよりも、楽しんでいる。

 

 たしかにこの五人が揃ったのは久しぶりのことだが、もう少し援護射撃をしてくれても良いのではないだろうか。

 

「いや手招きじゃダメだな。抱きしめちまえ、旦那!」

 

「おいおい、イチロー。そりゃいくらなんでも進みすぎじゃねえか?」

 

「っるせぇ! なんなら今更だろうが! 行け、旦那!」

 

 うるさく騒ぐ外野に辟易しながらも、これこそがオレたちかとも思う。

 

 『NY・第八扉』で仲間が犠牲になっていっても、暗くならずに進もうと自然とそうなっていったのが懐かしい。

 誰かが言ったわけではなく、野営の時などは大騒ぎしていたものだ。

 その数が減り、時折震えたり、水っぽくなったことはあったが、変わらず騒いだものだ。

 

 決して、仲間の死を受け入れていないわけでも、忘れようとしていたわけではない。

 

「……アリア」

 

「あっ」

 

 己の膝を叩く。

 アリアがオレの治療をする時、野営の時などに座る場所。

 彼女の特等席と言ってもいいかもしれない。

 

 オレの顔と膝とを交互に見つめ、ふらふらと近づいてくるアリア。

 その足取りはどこかぎこちない。

 

「カーッ! こういう時だけ無駄にイケメンになりやがってこの!」

 

「それがジローだもの」

 

「天然タラシの本領発揮ってか!?」

 

 うるさいぞ外野。

 少しは黙っていられないのか、まったく。

 ほら、アリアがはっとしてまた謎のポーズを取っているじゃないか。

 

「……だ、騙されません……っ! こ、これは――」

 

「――現実だ」

 

「……うっ」

 

 真っ赤になるその顔。

 今更、なにを恥ずかしがる必要があるのか。

 もう一度膝を叩き、彼女を招き寄せる。

 

「ほら、いつも座っていただろう。今回も同じだ」

 

「…………う、うぅ」

 

 今度こそ観念したのか、オレの膝に座るアリア。

 多少なりとも大きくなっているが、それでもオレの体へと綺麗に収まる。

 

 右膝――というよりも右大腿へ背中を預け、足をオレの左足へと乗せている。

 オレも男なのだからと昔は言ったものだが、今はどこか心地良い。

 

「いやぁ、久しぶりに良いもん見れて満足してらぁな」

 

「あのアリアが羞恥を覚えるたぁ思わなかったぜ。昔は俺らの目も気にせず――」

 

「――もう、皆様!」

 

 叫んだかと思えば顔を両手で覆ってしまう彼女。

 

「ふふ、ジロー。貴方、すごく優しい目をしてるわよ」

 

「むっ、そうか?」

 

「ええ、お陰でお腹いっぱいよ」

 

 特別なにかを意識していたわけではないが、どうやらそうらしい。

 

 だが、仕方ないだろう。

 ようやくオレの傍に、アリアが帰ってきたのだ。

 

「……皆様のことなんて、もう知りません」

 

「ひゅーっ! ひゅーっ! おアツいねぇ!」

 

「あらあら、うふふ」

 

 アリアは手で顔を覆ったまま、鎧を脱いだオレの胸へとそれを埋める。

 その金糸のような髪を撫でる。

 ずっと氷に囚われていたというのに、どこまでも手触りの良い極上の感触だ。

 

「みな、あまりからかってやるな」

 

「くぅーっ! 旦那に言われちゃ仕方ねぇ! 挙式には呼べよ、祝辞は俺が――」

 

「――挙式? なにを言っているんだ、誠一郎」

 

「………………ん?」

 

 まったく、突然なにを言い出すんだ。

 アリアにはオレなどよりも相応しい男がどこかしらにいるだろうに。

 

 そうだ。

 オレよりも強く、アリアを必ず守護れるような男が相応しい。

 まずはオレを崩せるような男を探さなくてはならないか。

 

「……アリア」

 

「……ジロー様以上の方なんて、知りません」

 

「お前もか」

 

 アリアに至っては顔を覆っていた手でオレに抱きついてくる始末。

 せっかく氷から解放されたというのに、そんな話などしている時ではないだろう。

 

 先程までうるさかった外野が静かであるが、今はそれもどうでもいいか。

 

「顔を上げてはくれないのか?」

 

「…………恥ずかしすぎて――」

 

「――オレは、お前の笑顔を見たいのだが」

 

「……もうっ!」

 

 オレから体を少し離したアリアの顔は、怒っているようでいて笑みを隠そうと必死に見えた。

 

「アリアのそういった顔は、久しぶりに見るな」

 

「五年……いえ、私は氷の中に居たんですもんね。それ以上――」

 

「――五十年、だ」

 

「ごじゅう……」

 

 オレの顔を見て呆けるアリア。

 気持ちはわかるが、今は彼女へと伝えなければいけないことがある。

 時間が経ったことは、そのあとにでもゆっくり話をすればいい。

 

「キミに逢うために、ここへと来た」

 

「…………」

 

 返ってくるのは沈黙。

 無理もないかとアリアを見つめていれば、彼女の唇が震え始めた。

 

「…………遅い、ですよ」

 

「……ああ、すまないな」

 

「……私、ずっと……ずっと……っ」

 

「ああ、わかっている」

 

 彼女の瞳から流れる雫を拭う。

 次から次へと流れ出るそれは、止まることを知らない。

 

「……『NY・第八扉』から出てから、待っても……ジロー様が……来なくて……」

 

「……ああ」

 

「私、すぐ戻ろうって……でも扉もすぐ、なくなっ、て……」

 

 深淵に居座るボスを倒せば、その扉は閉じる。

 当たり前のことだ。

 探索者――冒険者にとっての、常識だ。

 

 仮に残って居たとしても、また一から探索のやり直しになるだろう。

 扉から出るとは、そういうことだ。

 

「……ずっと、ずっと……待ってたん、ですから」

 

「ああ、待たせてすまないな」

 

「ほんと、ですよぉっ!」

 

 振り下ろされた拳には力なく、オレの胸へと添えられたような印象を受ける。

 幾度も繰り返されるが、そのどれにも力は入っていない。

 頼りない小さな音が鳴るのみである。

 

 伏せられた顔から表情を伺い知ることは出来ないが、濡れていく感覚は消えることは無い。

 彼女にとっての五年間、そして氷に囚われた四十五年間がどれ程のものかなど想像すら出来ない。

 

「……もういなくなったりしたら、イヤですよ」

 

「当然だ」

 

「約束、ですからね」

 

 体勢も表情もコロコロと変えるアリアは、最後にはオレに縋り付くように落ち着いた。

 そんな彼女の髪を再び梳いてやれば、震えがどこか緩やかになる。

 これくらいしか出来ないが、落ち着いてくれるならばそれでいい。

 

 さて、そろそろ現実とも向き合わねばならないだろう。

 顔を上げれば、そこには――。

 

「――おう、クソ朴念仁野郎。ふたりのピンクな空間は堪能できたか?」

 

「おいおい、イチロー。あんまり責めてやるなよ。なぁ、ジロー?」

 

「ええ、まったくよ。優しく言って聞かせないと、ねぇ?」

 

 立ち上る魔力は澄んでいて、悪意は混じっていないように見える。

 しかし彼らの顔には青筋が浮かんでおり、アリアがいなければ今にでも殴りかけて来るような威圧感を放っている。

 

「なぁ、ジェイ。俺ぁもう疲れたんだがよ、もう少しなら運動してもいいなって思ってんだよ」

 

「おお、奇遇だな。ちょうど俺も動き足りねぇと思ってたとこだ」

 

 ゆらりと立ち上がったジェイと誠一郎はその手に武器を握っている。

 強く握り締めすぎて血管まで浮いているではないか。

 

「ぬっ」

 

「あっ」

 

「アリアちゃんはこっちね」

 

 ローズの人差し指が踊り、オレからアリアを引き剥がした。

 そのまま浮いた彼女は、どこか名残惜しそうな顔をしながらローズの元へ。

 

「おう、旦那。ちと喧嘩しようや」

 

「いや、鍛錬だ鍛錬。そうだろう、イチロー?」

 

「おっと、そうだな。旦那が的で、オレとジェイでぶちかます鍛錬だ」

 

 それは最早鍛錬ではないぞ誠一郎。

 ジェイもわざわざインベントリから二本取り出すな。

 オレは今日死ぬつもりはないぞ。

 

「おら、さっさと立て。武器と盾くらいは出す時間やるよ」

 

「…………なににそこまで怒っているのか――」

 

「そういうところだジロー。はやくしろ」

 

 まったく。

 

 だがまぁ、なんだ。

 

 あの頃に戻ったみたいじゃないか、なぁ。

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 ふわふわと空中を漂っていると、やっぱりまだ夢の中にいるのではないかという気持ちになる。

 

「あの人たちも元気よね、本当に」

 

「……はい。でも、それが嬉しい」

 

「ええ、そうね」

 

 ローズ様は、私の記憶の中に比べればいくらか変わっている。

 ジロー様の話した五十年という歳月を信じていないわけではないが、まだ受け止められていないというのが正直なところだ。

 

「おら朴念仁野郎! さっさと構えやがれコラァ!」

 

「今日という今日はその盾ぶち抜いてやるからな!」

 

 まるで品性の欠片もないようなそれに、ついつい笑みが漏れてしまう。

 ジロー様の声は聞こえないが、きっとため息でも吐いているのだろう。

 いや、間違いない。だって、傍目にはわからないだろうが、わずかに肩が下がったのだ。

 

 夢で見ていた、朧げだった景色が確かに広がっている。

 

 氷の中――死んでしまったあとの静かな時間かと思っていたが、助けてもらった時にローズから簡単に教えられた。

 反射した魔力が足元から凍っていったのを覚えているが、まさか死なずにそのまま包まれるとは思ってもいなかった。

 

 氷に囚われ、微睡みのようなどこかふわふわとした時間を過ごしていた。

 夢を見ては闇に変わり、また夢を見ては闇に変わるの繰り返し。

 

「ジローは五十年って言ってたけど、あれは彼が帰ってくるまでの時間。貴方は四十五年ね」

 

「よんじゅうご……」

 

「そう、私も歳をとっちゃったわ」

 

 そう言って微笑むローズ様。

 だが、年齢的にはおばあ様となったのであろうが、若々しく見えるその顔。

 全体的に見ても、歳をとったというよりはより艶やかになったと言った方が正しい印象を受ける。

 

「ローズ様は、より美しくなられましたよ」

 

「あら、ふふ。あとで秘訣を教えるわね」

 

 優しげに微笑む彼女は、夢の中で見ていた彼女よりも蠱惑的にも見える。

 

 思えば、様々なものを見た。

 『扉』が現れる前の、ふつうの学生として友人たちと過ごしていた頃の夢。

 将来なにになるかなど考えず、ただその日と明日をどう過ごすかということしか考えていなかった。

 けれど、それが楽しかったのをよく覚えているし、夢の中では朧気ながらも笑っていた。

 

 そうして世界に『扉』が現れ、私の近く――暮らしていた家の真横にも出現した。

 父と母、そして兄と私は避難をしようとしていたけれど、準備や手配をしていた頃に現れた異形にめちゃくちゃにされた。

 兄の手を掴んで必死に逃げていたのを、よく覚えている。

 夢の中で久しぶりに会えた父と母――そして、『扉』の先で散った兄も、みんな笑っていた。

 

 兄と共に『扉』の中へ赴くようになってから、私には癒しの力が――才能があることが知れ渡った。

 それが誇らしくもあり、父と母を失ったあの日にあればと、何度後悔に呑まれそうになったかはわからない。

 そうしてふたりで、時折パーティを組んで冒険を繰り返していたある日、唐突に現れた大量の異形に呑まれかけた所を兄が命をかけて救ってくれた。

 懐かしくも悲しい、自分の力の限界を思い知ったときの夢。

 その中で見た兄の顔は、やはり笑っていた。

 

 それでもこの力で誰かを救えればと歩み続け、『NY・第八扉』で皆様と出会った。

 

 面倒だとかなんとか言いながらも、誰よりも率先して泥を被っていた誠一郎様。

 盾役が敵を引きつければ真っ先に突撃して生傷をこれでもかと蓄えていたジェイ様。

 見たこともないような魔法を大量に、時々その場で思いついたものまで使っていたローズ様。

 

 そして――。

 

「あいっかわらずアホみてぇに硬ぇなこの野郎! おいジェイ、思いっきり吹きとばせ!」

 

「おおっしゃぁ! 大人しく吹き飛ばされろよジロー!」

 

「……やれやれ」

 

 言葉がうまいわけでもなければ、最初は英語もうまく喋れなかった貴方。

 時折狂気的に笑いながらも、下がることをしなかった貴方。

 誰よりも、どの盾役よりも体を張って、それでも背中に傷を負わない貴方。

 

「なんで踏みとどまれんだよほんとによォ! おいハゲ、手ェ抜いてんじゃねぇぞ!?」

 

「お前こそ疲れてんのか知らねぇが随分と優しくねぇか!?」

 

 ジロー様、決してひとりではなにも出来ないと嘯く、私の想い人。

 

 はじめは、誠一郎様も含めて日本から呼ばれたトップ冒険者のひとりという認識だった。

 輝かしい実績があったわけでなく、聞こえてくるのは不思議と一目置かれているということくらい。

 日本人は自分の過去を語らないという話もあったからそういうものかと思っていたが、一緒に戦った時にわかった。

 

 その頃の盾役は何人もいたが、ジロー様が守っている所はいつなんどきでも崩れなかった。

 

 ただ愚直に、ただ真っ直ぐに。

 自分の背中にいる人間を守ることにすべてを捧げているのだと、その背中から感じた。

 

 ひとり、またひとりと仲間たちが散って逝った中で、ジロー様は前線で孤軍奮闘するようになった。

 見ていられなくて、私も無理を言って傍で戦い続けた。

 

 そのことを彼は私のお陰なんだと言うが、それは違う。

 あの背中で守られれば、誰だって傷一つなくやるべきことをやれるのだ。

 

 私は、強くそう思う。

 

「ふふ、アリアちゃん」

 

「……? なにか、ありましたか?」

 

 ふと、ローズ様が私を優しく見ていることに気がつく。

 

「貴方、やっぱりジローが恋しかったのね」

 

「えっ!?」

 

 口元に手を当て、どこかいたずらが成功したかのように笑う彼女。

 そんなに、顔に出してしまっていただろうか。

 

「アリアァ! お前、なにジローのこと治してんだよぉ!?」

 

「いいや、続けろ! この世に永久機関なんてもんはねぇって証明するぞイチロー!」

 

「ほら」

 

 顔が一気に熱を持つのがわかる。

 意識も、なにもしていなかった。

 まさか己がそんなことをしているなんて、思ってもいなかった。

 

「やっぱり、貴方たちはお似合いよ。どっかの朴念仁とは、ちゃんとお話を――」

 

「――いえ」

 

 自分の両頬に手を当てながら、彼女の言葉を遮る。

 

「私の気持ちは、私のものです。ジロー様に強要するようなものでは、ありません」

 

「アリアちゃん……」

 

 たしかに、五年前――いや、正確には五十年前か――の頃は、気づいて欲しくてこれでもかとアピールをしていた。

 私は体が小さいし、なによりジロー様とは歳が離れている。

 それくらいしなければ女として見てもらえないと、どこか焦りのようなものを感じていた。

 

 けれど、今は――。

 

「――ジロー様が笑っているのなら、それで良いのです」

 

「…………わかったわ」

 

 ローズ様はひとつ頷き、そして――。

 

「――それも含めて、しっかりジローに話をしないとね」

 

「ありが――えっ?」

 

 私の気持ちは伝えたはずで、わかってもらえたと思ったのだが。

 何度ローズ様の顔を見ても、やっぱりそこに浮かんでいるのは優し気な笑顔。

 

「あの、ローズ様……?」

 

「大丈夫、わかっているわ。私たちに任せて頂戴」

 

「……あ、あのその右手のもの、は……?」

 

 彼女の右手には黒――と表現して良いものかと疑いたくなるような球体がひとつ。

 

「気にしないでいいのよ。ちょっとどこかの朴念仁に投げつけるだけだから」

 

 そう言って、とてつもない勢いで飛んでいく球体。 

 すぐ聞こえてきたのは、三人分の叫び声と怒号。

 

 この、騒がしくも平和な、夢のような現実。

 ひどく懐かしくて、ひどく心地良いように思う。

 

「……もう、皆様は本当に……」

 

「楽しそうね、アリアちゃん」

 

「違いますっ!」

 

 夢の中で聞こえた、必ず迎えに行くという約束の言葉。

 

 私の想い人は、不器用で頑固で自分の好きなことになると視界が狭まるような人。

 さらには相手の気持ちには敏感で、寄り添うように考えるのに好意に対しては人一倍鈍感などうしようもない人。

 

 けれど、一度決めたこと、約束したことは必ず守る人。

 

 もう一度会えたことを――奇跡のようなこの現実を、抱きしめたい。




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次回更新は、9/13を予定しております。
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