ダンジョンから帰ったら五十年経ってたんだが。~え?昔の仲間が今や大手ギルドの代表?なにそれ知らん……こわ……~ 作:蝉時雨
信じてください。
部屋の中には先ほどまでとは違った、あたたかな雰囲気が広がっている。
「……いやまぁ、なんだ。俺たちゃたしかに望んでたわけだけどよ」
「……ええ、そうね」
オレの左足にも穏やかなあたたかさと、そして決して重くない感触が広がっている。
こちらを見つめる三人の目線は、どこまでも温かく、そして呆れが混じっている。
「うふふ。ね、ジロー様」
「どうかしたか、アリア」
顔を少し傾ければ、すぐそこに藍色の瞳がある。
優しく細められ、少しの赤みが残る目元は可愛らしい皺を形作っている。
オレの腕にも、彼女の柔らかな心地良い重さが載っている。
「私、とっても幸せです」
「ふっ、それはなによりだ」
あれから少し経ってから誠一郎たちを呼び、椅子に座ってからもアリアがオレから離れる素振りを見せない。
「…………おいジェイ、ブラックコーヒーはあるか? めいいっぱい苦いやつ」
「…………秘書に届けさせるか」
「まさかこうなっちゃうとはね。やっぱり反動なのかしら」
「……さすがに甘すぎやしねぇか?」
外野がなにやら騒がしい。
なにかしら声をかけるべきだと冷静な自分が叫ぶが、今はなによりもこの手の中にある温もりを優先したい。
誠一郎たちを呼ぶまでにも多少なりとも時間はあった。
だが、それはそれ、これはこれである。
「そろそろ声かけるべきだと思うか?」
「…………このままでいいって思ってる自分とやめさせるべきだっていう自分がいやがるわ」
彼女の髪を梳けば、その手触りの良さでこちらも心地良い。
目を細め、オレの胸へと擦り寄るアリアは随分と気持ちが良さそうだ。
頬を撫でれば、これまた気持ち良さそうに喉を鳴らす彼女。
まるで子猫や子犬のようだと考えながら、オレの胸元に添えられた手を握る。
指と指を絡めれば、よりお互いの体温を感じる。
「あーあーあー、だーめだこりゃ」
「おーい、旦那ー、アリアー。そろそろ戻ってきてくれい」
「ふふふ、いつまでも見ていられるわね」
「……ローズの気持ちもわからんではないがな?」
視線をアリアから外し、正面を向く。
そこには苦虫を噛み潰したような顔をしつつも口元がニヤついている誠一郎に、呆れた顔をしながらこちらを見守るジェイ。
そして姿勢を正してはいるものの、どこまでも温かい表情で目を細めているローズの姿があった。
「……なんだ、居たのか」
「いや、お前がもういいぞって言ったから俺らも入ってきたんだろうが」
「……旦那、もう一回喧嘩するか?」
会議室に、小さな笑いが広がる。
「冗談だ」
「そうじゃなきゃ困るって話だぁな」
アリアに視線を戻せば、目を閉じてオレに頭を預けている。
「……誠一郎、すまないが話はまた明日でも――」
「――そうしたいのは山々だが、ちと面倒事が起こっててな。明日にゃ日本に飛ばなきゃならん」
「……なに?」
現状最も想定外であり、聞きたくなかった言葉が聞こえた気がする。
明日飛ぶ。
せっかくアリアと――。
「アリアなら連れていく。だから安心しな旦那」
「ならばなにも問題ないな」
「……面倒事の詳細聞く気ないな?」
誠一郎の呆れた声が聞こえる。
胸元から届く小さな寝息を見守りつつ、誠一郎へも意識を割く。
「なに、オレとアリア、それに誠一郎もいるんだ。ジェイとローズは無理だろうが、それでも――」
「――俺は前線に出れねえからな」
「…………なに?」
まずい、デジャブだろうか。
「まぁ、うちからは清吾と野薔薇ちゃんたち精鋭を出すつもりではあるが……」
視線をまた誠一郎に戻せば、頭を搔きながら難しく顔を顰めている。
「俺らも一緒に行けりゃよかったんだが、今回のこととアリアのことの後始末やらをせんといかん」
「……なにがあったんだ?」
「……『北海道・第十九扉』でスタンピードの兆候だ。旦那は知らねぇであろう扉だな」
「ふむ」
スタンピード――『扉』内部の異形が外へと湧き出て一帯へ被害をもたらすこと。
かつてはその兆候を掴むするのも難しく、対処療法のような方法でしか対応できなかったもの。
それが今では兆候を観測出来るようになったとは、改めて時代の変化を感じる。
しかし――。
「――異形暴走の兆候を掴むのには驚いたが、お前に連絡が入るほどなのか?」
「内部の魔力量を測定する道具が、今じゃ日本のそこら中に置かれてんだよ。んでまぁ、普段なら問題ねえんだがな」
難しい顔を浮かべ続ける誠一郎。
「あそこの『扉』は広いんだ。スタンピードが起きりゃその規模は――」
「――なるほどな。事前対処はしなかったのか?」
「主に認可がな。間引くためにもちょくちょく認可を求めてたらしいんだが……」
オレには深くまで原因はわからない。
だが、ヤーナの語ったこともあるからこそ――。
「――なにやらきな臭いぞ」
「ああ、同意見だ。俺にもダンジョン庁への出頭命令。姫野の嬢ちゃんの件があるとはいえ、こんなにタイミングがいいってことあるか?」
誠一郎の言うことには頷く他ない。
アリアを遂に救出し、ヤーナという幹部のひとりを打倒した。
その直後に、これだ。
「掃除はいままでしなかったのか」
「いいや、やったさ。日本じゃ俺を中心に、アメリカじゃジェイにゃ無理だから、ローズを中心にな」
「おいイチロー」
「そういうとこだぞ脳筋バカ!」
ジェイが小突けば、大袈裟に腕を抑える誠一郎。
こうした真面目な話の中でも空気を和ませられるジェイは、個人的には好感度が高い。
「たく、まあそんなとこでだ。旦那にアリアにゃ悪いが――」
「――行けと言うのだろう。構わないさ」
「……本当はしばらくゆっくりして欲しいんだがな」
寂しげに目を細める彼を正面から見据える。
「オレたちは探索者であり、それ以前に冒険者だ。オレもアリアも、それをわかっている」
「はーあ、降参だよまったく」
アリアへと視線を戻せば、小さく動いて繋いだ手を強く握ったかと思えば、また寝息を立て始めた。
居心地の良い場所を見つけられたようでなによりだ。
「だが、その状況下で本部を空けていいのか?」
「なに、問題ない。二日遅れくらいにゃなるが、ジェイとローズんとこのガキが旅行で立ち寄ってくれるってよ」
「なるほど」
ジェイとローズを見遣れば、事も無げに頷いていた。
「正式な協力なら手続きがいるのだけれど、あくまでもメインは旅行でいくのよ。そこでトラブルに巻き込まれたら、自己防衛しないといけないけれどね」
微笑みながら話すローズには、どこか凄みを感じる。
「俺も絵里と旅行にでも行きたかったんだがなぁ」
「イチローが素直に出頭命令に従うとはな。俺には意外で仕方ないぞ」
「お前は俺をなんだと思っていやがる。いやまぁ、心当たりがありすぎるけどよ」
「ふふ、こっちにまで噂は聞こえてきているのよ?」
誠一郎のヤツはどれ程横紙破りをしてきたのだろうか。
オレを迎え入れてくれたことや、姫野のこと、アリアのこと含めて感謝しかないが、想像を越えるほどの無茶をしてきたに違いない。
「てかオレを言うならローズもだろうが。自由にやってるって話は知ってるんだぞ」
「あら、なんのことかしらね。私は当然の権利を行使しているだけよ」
「よく言うぜ。アメリカの裏トップは怖いな」
「うふふ」
おかしい。
すごく和む話のはずであるのに、オレはオレの仲間たちが恐ろしい。
下手をすれば彼らの話で重大なこともすんなりと決まるのではないか。
「まあいいさな。で、旦那。件の『扉』は山奥だ。北海道だってのに山ですまんな」
「なに、山の幸も美味いだろう。それにしても、山の中にある『扉』か」
「おう。スタンピードが起きりゃ外に巣を作るやつもいるかもしれねぇ」
「……前にもあったな」
思い出すのはかつて日本の奈良で起きた異形暴走のこと。
山奥の、それもなかなか人が立ち入らないような場所に生まれた『扉』。
異形暴走が発生したと同時に鎮圧隊兼、踏破隊が組まれて犠牲を出しながらも閉ざされた場所。
オレもそのメンバーに選ばれ、やんちゃをしていた頃の誠一郎と共に最深部まで潜った記憶がある。
「あの頃の誠一郎は金髪だったか」
「やめろい、俺も若かったんだよ。てか、それを言うなら旦那だって目つきやばかっただろ」
「……記憶にないな」
踏破したはいいものの、後に山中で繁殖していた異形が山を下りて近くの街を襲った事件が起きた。
当時は異形についての研究も発展途上であり、まさかそんな行動をするとは誰も予想が出来なかった。
近くに冒険者がいたが、独自の進化も遂げていた異形は手ごわかったのだろう。
政府から緊急招集され、文字通り飛んで行ったが複数の街が占拠された後だった。
「スタンピードは事前に防ぐのが基本だが、認可が降りねぇことには入れねぇ。うちのSSを動かしゃよかったんだが、北海道の支部から情報が上がってきてなかった」
「……ふむ」
「結果的に俺の落ち度だ。もっと各支部から情報を吸い上げときゃよかった」
『Snow』も大所帯であるがゆえの難しさがあるのだろう。
日本の各大都市に支部を構え、そこに責任者を配置しているという話は高倉殿から聞いた覚えがある。
誠一郎は落ち度だと語ったが、彼が伝達経路を確立していないとは思えない。
なにかが裏で意図的に遅らせた作為的なものか、はたまた日々のルーティンの中で気づかないような小さな違和感を見逃したか。
原因は多々あるだろうが、一番はダンジョン庁だろう。
ヤーナが『NY・第八扉』についても言及していたが、間違いなく日本――ひいては各国の上層部に奴らの息がかかった者たちが潜んでいる。
誠一郎とローズの行った掃除を逃げおおせた輩も、いるに違いない。
「清吾は教導メイン、野薔薇ちゃんは学生で、俺と旦那はアメリカ。他にも自由に動かせるやつがいりゃよかったんだがな」
「うちにいるのは四人なのか」
「あれ、話してなかったか。うちは日本一のギルドを歌っちゃいるが、去るもの追わずの精神なのよ」
腕を組み、どこか得意げに話し出す誠一郎。
鼻が伸びているように見えるのは気のせいか。
「一昔前なら所属してくれてるSSランクはもうちょいいたんだが、やっぱSSにもなるとソロでなんでも出来るからな」
「昔のように認可がなくともどこへでも入れるとは聞いたな」
「おう。まあ他にも色々出来ちまうんだが、旦那はあまり興味ない部分だろうから、今度アリアに話しとくわ」
アリアに苦労をかけてしまうな。
ひとりでの時はまだよかったが、これからはそうではない。
権利だとかには欠片も興味はないが、オレも大人しく学んだ方が良いだろつか。
「旦那は無理して覚える必要はねぇぞ。こういうのは持ちつ持たれつ、てかアリアなら鼻息荒くやってくれるだろ」
「そうよジロー。ジェイを見てみなさい」
言われてジェイに目を向ければ、重苦しい顔でこちらを真っ直ぐ見ていた。
こいつは、まさか――。
「――ジロー、難しい話の時には頭が上がらなくなるからな」
――どこまでも期待を裏切らない男だ。
「こいつはこんなんだが、ローズを含めた家族がいる。旦那も、それでいいと俺ぁ思うぜ」
「……そうか」
だが、なにも知らないよりは幾分かマシだろう。
どこまで理解が及ぶかはわからないが、アリアへの説明の場にオレも同席した方が良いだろうな。
「まあ、んなとこでだ。今日はこのあたりでお開きとしようや」
「ええ、そうね。ジロー、アリアのことは任せたわよ」
誠一郎とローズの言葉に頷き、アリアと繋いでいた手を離す。
少し抵抗はあったが、代わりにオレの服を掴むことで落ち着いた。
彼女の腰を支えていた腕を少し動かし、膝裏にもう片方の腕を回してゆっくりと持ち上げる。
随分と軽いのが心配になるが、これから共に美味しいものも食べていきたいものだな。
「それにしても、これだけの話をいつしていたんだ?」
「あん? ここの外にある長椅子に座って待ってた時に報告やら受けたんだよ」
会議室を後にしながら、隣を歩く誠一郎に声をかける。
「ふむ、短かったというのに――」
「――一時間だ」
「…………は?」
聞こえた言葉が理解できず、聞き返してしまった。
おかしい、それほど長くは待たせていないはずなのだが。
「正確には一時間と十分くらいか? イチャコラすんのはいいが、今後は時と場所を弁えるんだな、旦那」
ニヤつく誠一郎の顔、そして背後からは生暖かい視線を感じる。
猛烈に、認めたくない気分だ。
■■■
暗く、湿気の影響か空気が濡れている空間。
やけに静かで、聞こえるのは中央の照らし出された道――通路を歩くローブ姿の人影。
顔は黒の布で覆われ、表情を窺い知ることは出来ない。
「よくぞ参った」
空間に響く、太く重い声。
「教団創立からの同志、ヤーナが導かれた。その意味がわかるな?」
「……はい」
跪くローブ姿のへ、暗がりから無数の手が伸びていく。
一本、また一本と集っていくと、跪いていた者は空中へと浮かび上がっていた。
「総主教様は心を痛めていらっしゃる。導かれることは良きことであるが、今生で会うことはないであろうからだ」
近づいていくのは、黒い玉状のなにか。
時折表面が蠢き、触手のようなものが暴れていることがわかる。
「貴様が、次に任ぜられた。光栄に思うことだな」
「…………」
黒い玉がローブ姿の胸へとねじ込まれ、一瞬の震えと共に断末魔のような叫びが木霊する。
「我ら最果てへ導かれ、最上の幸福に包まれるであろう」
地響きのような歓声と共に、拍手の音まで湧き上がる。
空間を見下ろす虹色の双眸が、にわかに輝いた。
感想、評価、お気に入りなど痛み入ります。
非常にモチベーションにつながっております。
次回更新は、9/27を予定しております。