ダンジョンから帰ったら五十年経ってたんだが。~え?昔の仲間が今や大手ギルドの代表?なにそれ知らん……こわ……~ 作:蝉時雨
左の視界に映る景色は次から次へと変わり、森の中に入っていた。
加速に使っていた魔力を弱め、徐々にスピードを落としていく。
木々を掠めながら最短距離を移動しつつ、首を回して背後を確認する。
講堂を飛び出した時には数人いたはずだが、見える距離には誰ひとりとしていないことがわかる。
「……まっ、着いてこれるわけねぇわな」
伊達に日本一の捷さを誇っていないんだ。
着いてこれるヤツがいるってんなら、手放しで褒めてやるんだが。
誠一郎さんに言わせりゃまだまだらしいが、加速した俺に矢を当てられるほうもおかしいと思うんだよな。
葛城の野郎はまた別だが、やっぱし黎明期を生き抜いた人らはひと味もふた味も違う。
ひと月前くらいの会合で誠一郎さんから聞いた次郎さんも、似たようなもんなんだろうな。
いつか死合ってみたいもんだ。
情けないところを見せた分、本隊が来るまでにある程度掃除もせにゃならんな。
視界の先にドーム状の建屋が見え始める。
目的地である『北海道・第十九扉』、その背面。
最後に潜ったのはいつだったか。
寒くて敵わない場所で、二度と行きたくないとまで思ったのを覚えている。
スピードを落としながら正面へと回れば、入口に立っていた職員が目を見開いて固まっていた。
「よぉ、邪魔するぜ」
「は、はいっ! この度はありがとうございます!」
「おう、気にすんな」
一言声を掛け、その横を素通りしていく。
身体にまとわりついた雷が鳴るが、周りにゃ被害は出していないはずだから大丈夫だろう。
『扉』へと入る前に虚空――インベントリへと手を突っ込み、ダンホーと通信機、それと相棒の槍を取り出す。
通信機を起動しながら耳元に装着し、ダンホーを操作して配信をはじめる。
「よぉ、リスナー諸君。一週間ぶりくらいか?」
: アニキ! お疲れさんです!
: 今日もキマってやすね!
: スタンピード起こるんですか?
: どうしてこうなるまで放っておいたんですか?
: いつにも増してお客さん多いな
「起こんねぇように掃除しにいくんだよ。おう、お前ら。お客さんに茶でも出してやれ」
: へいアニキ!
: どうやって掃除するんだよ、もう起きてるんだろ
: おら! 茶飲め茶!
: まだ予兆だかなんだかなんだよな
: 文句はダンジョン庁に言ってもろてね
俺の配信には客が多い。
特に気にせず俺が触れるからだろうが、いちいち気にしてやることのほうが面倒で仕方ない。
何度か殺害予告だかが届いたこともあるってのはスミから聞いたが、やれるもんならやってみなって具合だ。
実際に俺の自宅やらスミの家、身内の家やら事務所やらに悪さをされたこともあるにはある。
だが、どれもこれも『偶然』通りかかって、話をしてみれば『偶然』探索者になりたいと皆言うもんだ。
今じゃうちのメンバーとして、全員が健気に頑張ってくれている。
『偶然』ってぇ言葉は、便利なもんだ。
不思議なことに『偶然』入ってきた奴らは、『善意』で無給でいいと宣う。
だが、さすがにそいつはダメだと諭している。
働いた分には立派な対価が必要だ。
なにより、うちは世間に誇れる『ホワイトギルド』ってのが売りのひとつだ。
そいつが過去になにをやらかしていようが、そこは譲らない所だ。
相手の『善意』を切り捨てるのは心苦しいが、全員涙を流しながら納得してくれたもんだ。
未だ昼間に野薔薇へと絡んでいたバカはいるが、その辺もスミや他のやつが心を痛めながらも再教育してくれることだろう。
俺がやってやりたいが、時たま親身になりすぎちまうことがあるから他のに任せてる。
ほんと、己の性根を晒す暇があるなら腕を磨けって話だ。
そんな中で馴染めずに辞めてったヤツもいる。
普通の世界に戻ることは止めないが、やはり元気にやっているか気になる。
時たま土産を持って、何食わぬ顔をしながら『善意』で様子を見に行くことがある。
最初は全員例外なく驚くが、すぐ笑顔になって突然来るような俺を歓迎までしてくれるヤツばかり。
ちょいと話したら帰るからいらんって言っても誰一人としてやめようともしやがらねぇ。
持ってった土産よりも多い量の土産を持たされた時なんか、大笑いしたもんだ。
だが全員が全員、他人様に迷惑をかけずに日々を生きることの楽しさを実感してる。
満足気に笑うヤツらの顔を想像すれば、どんな危険な『扉』だろうが恐ろしくないと思えるのが不思議なところだ。
今後もギルドのヤツらとは代表として、辞めたヤツらとはひとりの『友人』として関わりたいと切に思う。
まぁ、調子に乗ってまた他人様に迷惑をかけるようなことをしでかしていたら――その時はその時だな。
: でもアニキ、めっちゃ炎上させられようとしてるよ
: いつものこと
: アニキ炎上で暖とってるから
: スタンピードも防げない無能
: はいはい、アンチだけに安置から書き込むの楽しいね
「いつも通り構いやしねぇよ。そんな程度で俺やらうちの看板が揺らいでたら探索者なんてやってらんねぇんだからな」
多少は気にしようかと思っていた時期もあるが、あまりにも性にあわないのもあってすぐにやめてしまった。
ガキ共はバズるだの炎上だのと言うが、そんなことを気にしてる暇があるんならモンスター狩れって話だ。
「ほんじゃ、今日も行くか。着いてこれるヤツだけ着いてきな」
雷を纏いながら、警告音の鳴る中で『扉』へと手を掛ける。
――さて。
最高に愉しい、モンスターパーティの時間だ。
■■■
ゆったりとした座席に体を預け、窓の外から差し込む光に目を細める。
左に座るアリアはシートベルトこそしているものの、すでに夢の世界へと旅立っていた。
異形暴走目前の緊急事態のはずだというのに、ここだけは平和で静かな時間が流れている。
「ふっふっ、仲睦まじいですな」
「……前を向け前を」
助手席から顔を覗かせた清吾が愉快げに言葉を投げてくる。
緊急事態だというのに気の抜けたやつだ、まったく。
辰巳殿が用意したと語った専用車――てっきり装甲車あたりと思っていたが、SSランク以上の者には特別な防護を施された大人数が乗り込める運転手付きの車であった。
Sランク以下の者たちはそれに続くように装甲車で後をつけてきているあたり、待遇の差のようなものだろう。
オレもアリアも面食らったが、これが今の時代の普通ということなのだ。
諸々すべて飲み込む他あるまい。
助手席には清吾、そのひとつ背後の席には涼原殿。
そして、一番後ろの後部座席にオレとアリアが座っている。
「いやはや、まさか先生のそんな姿を見る日が来ようとは。長生きはしてみるものですな」
「お前は……まったく、口の減らないヤツめ」
「はっはっ、年寄りの楽しみはこの位しかありませんからな」
オレの周りの者たちは、どうしてそうもあたたかい目をするのだ。
悪い気はしないが、居心地があまりにも悪すぎるぞ。
「野薔薇さんに、鹿野さんを始めとした今回の遠征メンバーの若手。本部で待機している牡丹さんたちのような若手。年寄りはその成長が嬉しくて嬉しくて」
「…………その若手の中にオレも含まれている、と?」
「はっはっはっ……感覚は近いですな」
こちらを向いていた清吾は、ようやく前へと姿勢を正す。
「……若手のどんな成長も、長く生きた儂には嬉しいのですよ」
「……清吾」
「そして探索者ではなく、冒険者のいろはを教わった弟子としても、心から喜ばしい。なにせ、あの頃の先生は『扉』の外では目が死んでおりましたからなぁ」
「……本当に口の減らないヤツだ」
車内にオレの苦笑と、清吾の笑い声が静かに広がる。
「ご歓談中のところ――」
「――なにか、ありましたかな?」
運転手の声が割って入ったかと思えば、即座に笑っていた清吾が反応した。
「どうやら、先行されていた楢原様が突入されたようです」
「ほぉ、さすがは『雷帝』。また一段と速さが増したようですな」
「……凄まじいな」
ダンジョン庁の支部を出てから、体感ではそれほど時間が経っていないように思う。
座席上部にあるホログラムであろう時計を確認しても、二十分から三十分程度。
辰巳殿から、移動はだいたい一時間半から二時間程度を見込んでいると聞いていたが、その道中をこれだけ短時間で移動できるとは恐れ入る。
「先生でも驚かれますか」
「ああ、これ程の移動速度は見たことがない」
「はっはっはっ、今の若者たちは凄まじいですからな。楢原くんは世代を代表する探索者であり、冒険者のひとりです」
事実そうなのだろう。
過去にも速さを売りにした者たちはいたが、実際に見てみれば大して速くなかったり口先だけであったのが多かった。
「昔はヤンチャしていたそうですが、探索者になってからメキメキと頭角を表しましてね。今では東北を代表するギルドを率いる男です」
感慨深そうに語る清吾。
「儂もうかうかしていられんと、そう気合いを入れたのを覚えておりますよ」
「……ふっ、もう良い歳だろうに」
「なにを! まだまだ若いやつに負けてやるつもりはありませんぞ!」
助手席から顔を覗かせ、彼はこちらを見つめる。
口はたしかに引き結ばれているが、垂れ下がっている眉尻が喜びを雄弁に物語っている。
「まったく、こいつと来たら。涼原殿、清吾はいつもこうなのか?」
「えっ」
微かに揺れた前の座席と、涼原殿の驚きの声。
「野薔薇さん、先生に儂の勇姿を語ってくださいね」
「……えっ」
話しかけられるとは思っていなかったのだろう。
答えに窮しているのがわかる。
「そんなに難しく考えなくていい。涼原殿の感じたものを、そのまま教えてくれればいい」
「儂は優しいですから――」
「――すごく、厳しかったです。『Snow』に入ったことを後悔しました」
「だそうだぞ、清吾」
清吾に被せるように涼原殿が話した直後、車内に笑いが起こる。
笑っているのは清吾だけだが、入ったことを後悔したとまで言われるとは。
「はっはっ、そう思ってもらえているのならよかったですな」
「ああ、違いない」
「……??」
涼原殿はわかっていないようだが、それでいいのだ。
厳しくするのは、生きて欲しいという先達としてのワガママであり、あわよくば普通の生活に戻って欲しいという気持ちの現れでもある。
オレも、昔はそうやって清吾たちを鍛えたものだ。
「さて、運転手殿。楢原くんの映像なんかは出せますかな?」
「問題ございません。少々お待ちください」
少しだけ待っていれば、各座席目の前に現れるホログラム。
瞬間――。
「……ほう」
――音と光は抑えられているが、鳴り響く雷鳴と明滅する光。
横で寝ているアリアを見たが、変わらず穏やかに寝息を立てている。
『――ちっ、大物はいやがらねえな。まっ、スタンピードつっても浅層はこんなもんか』
雷鳴の中だというのに、はっきりと聞こえる楢原殿の声。
雷を迸らせている彼の姿もまた、はっきりと見えている。
「楢原くんのダンホーは専用にカスタマイズされているそうです。以前、語ってくれました」
「……お前も誠一郎も、オレの考えていることがわかるのか」
「ふふ、なに。儂の場合はたまたまですよ」
それにしても、映像の横で流れるコメントは喜ばしいものと批判的なものとで半々くらいの割合だ。
荒れる、という言葉を高倉殿から教わっているが、今のこれが正にそうではないのだろうか。
『Snow』では専門の部署まであり、そういったものがコメントとして現れないよう規制しているとまで語ったいたというのに、楢原殿のものではそういったことがまったく見られない。
「清吾、楢原殿の配信はいつもこうなのか?」
「ええ、昔から変わりませんな。来る者拒まず、去るもの追わず。よく言えば豪胆で懐が深い、悪く言えば見栄えが悪く、治安が悪い。そういったものです」
清吾と言葉を交わしている中でも、映像は次々と代わっていく。
雪原で槍を振り回していたかと思えば、次の瞬間には林――あるいは森の中を迸る雷で制圧している。
映像が切り貼りされていると言われても信じてしまいそうだ。
それにも関わらず――。
『好きな人に言い出せないだ? かーっ! ぐだぐだ言ってる暇あるなら押し倒しちまえ! 最後は度胸なんだよ!』
――兎型や鹿型の異形を轢き殺しながら、軽快に話す彼。
『動画を編集して流すな? あん? 『扉』の中で配信してるとよく湧いて出てきやがるが、てめぇらはなんの話をしてやがるんだ?』
「はっはっはっ! 楢原くんは本当に変わらなくて面白い男ですなぁ」
面白い男、というよりこの場合は漢という言葉が正しいのではないだろうか。
涼原殿の一件も然り、なかなかここまでの胆力を備えている者も珍しいように思う。
『たまにしかダンジョンで配信しないの悲しい? そいつぁ仕方ねぇだろ。てめぇらに見えねえようにやってんだからよ』
「……ふむ?」
見えないようにやっている、とはどういうこと――。
「――儂もそうなのですが、楢原くんは基本的にダンジョン庁の監視課にのみ見える形で配信しているのですよ。最近では彼の『扉』内での配信は珍しい」
「……やはり、オレの考えていることが……」
「今のは先生の反応を聞いてからですな」
それにしても、限定での配信などもあるのか。
機会があれば高倉殿に確認をしたいものだ。
『なんでって、この話何回目だ? 俺ぁもう駆け出しのペーペーじゃねえからだよ。『扉』に潜る時なんざ、今回は別だが誰かさんの依頼が多いから映せねえんだよ。普通の雑談配信とかやってんだから、それで満足しとけ』
誰かさん――恐らく政府あたりだろう。
随分と大きな話だ。
映像はいつの間にか雪原と思われる場所で、全身から大質量の雷を放出して異形を殲滅している。
移動速度はもちろんだが、なによりもその雷系列の魔法かスキルかを操る手腕に感嘆する。
「凄まじいな、彼の雷は」
「ええ、楢原くんがSSランクになった所以です」
「習得が難しいというのに、なんという精密性と威力だ」
「それについては理由があるのですよ」
意味ありげな清吾の言葉に耳を傾ける。
「今の探索者は、幼い頃から魔力を知覚できる。昔、どこかの大学だかの偉い学者先生が出した論文が事実となっている。そこまではいいですな?」
「ああ」
「楢原くんはそこから一歩も二歩も踏み込み、幼い頃から魔力に載せて雷を自由自在に操れた。魔力的特異点のような存在なのですよ」
その言葉に、驚きを隠せない。
「当時はニュースとなって、SSランクの集会で彼に会った時は儂も驚いたもんです。先生も会った昌也くんが後天的な天才とすれば、楢原くんは先天的な天才でしょうな」
ホログラムに映し出される映像は、さらに激しさを増していく。
迸る雷は雪原を、雪山を、白く曇る空を蹂躙する。
「生まれ持った才能をどのような形であれ磨き上げ、ここまでのものとした。楢原くんを、儂は一探索者として尊敬してます」
周囲と違う己に苦悩した夜があっただろう。
周囲に馴染めない現実に折れかけた日もあっただろう。
周囲は普通に過ごすのに、なぜか満たされない心を自覚した時があっただろう。
彼も――楢原殿もまた、『扉』に惹かれてしまった者たちのひとりなのかもしれない。
ネームド『雷帝』、雷に愛されている彼にぴったりな二つ名ではないか。
「世界にも彼のような者たちが居ると耳にします。人間というものは、不思議な生き物ですな」
いつの間にやら握り締められていた手には、じんわりと汗が滲んでいるのがわかる。
映像に映り込んだ楢原殿の嗤う顔に、言いようのない心地良さと共感の波が――。
――静かに、胸に広がった。
「それにしても清吾。こんな話を聞かされている運転手殿は――」
「その点はご心配なく。運転手殿、そうですな?」
「――ええ、ご安心ください。私のような運転手にも守秘義務がございます。それを遵守する、のは……当然のことです」
どこか震えた運転手殿の声。
少し、背筋が凍るような気配がした。
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次回更新は、10/11を予定しております。