ダンジョンから帰ったら五十年経ってたんだが。~え?昔の仲間が今や大手ギルドの代表?なにそれ知らん……こわ……~   作:蝉時雨

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第二十七話は雪景色と共に <Ⅱ>

 車に揺られること数十分。

 『Snow』本部ビルから歩いていける距離ではあるが、こういった移動には車と昔から決まっている。

 個人的には面倒だと思ってはいるが、立場的にも格好をつけなければいけないのだ。

 

「代表、到着しました」

 

「うん、ありがとう」

 

 運転手が開けたドアから降り、正面を向けば――。

 

「――っ!? なんだお前たちは!」

 

「枢木誠一郎だな。貴様を拘束する」

 

 警備服に身を包んだふたりの男。

 目線は合わせずにそう言った者たちと俺との間に、声を上げた運転手が割り込もうとしていたが、それを手で制す。

 

「っ、代表……!」

 

「構わないさ。ほら、抵抗なんてしないよ」

 

 身内の人間がいる中だ、まだ外面は丁寧に心掛けよう。

 

 しかし、まさか到着と共に拘束されるとは。

 どこかの会議室に通されて詰められたりするのかとは思っていたが、まさかこういう手段を取ってくるとはな。

 あくまでも想定の範囲内ではあるが――。

 

 後ろ手に腕を組まされ、そのまま手錠を掛けられる。

 

「歩け」

 

「わかっているとも」

 

 ――一番、バカらしい手段だと切って捨てていたんだがな。

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 無機室な通路を歩く。

 三人分の硬い靴の音が響くのみで、面白みはなにもない。

 

「たくよぉ、随分と物騒だと思うんだがなぁ」

 

 退屈を紛らわすために、そう口にする。

 しかし、前後を固める警備員の服に身を包んだふたりは応えることをしない。

 当然のことではあるが、拘束をされた時もここまで歩いている時もわざとらしく目線を外すのが気になるところだ。

 

 俺の思考を妨げるためか、はたまた純粋に思うところがあるのか。

 どちらにしても構わないが、この退屈を少しでも埋める努力くらいには付き合って欲しい。

 

「こんな爺をふんじばってどうするってんだ。抵抗なんざしねえってのによ」

 

 俺の言葉が周囲に馴染み、そのまま歩く音にかき消されていく。

 

 ここは新宿にあるダンジョン庁の本部庁舎。

 その地下に設けられた、『扉』関連の犯罪を犯したものが連れていかれる特殊通路。

 壁や床は『扉』産の素材を使った特殊な建材で補強され、多少であれば暴れられても問題ないようになっている。

 

 そして、この先には――。

 

「――おいおい、まさかとは思ったが特級審判場か? 防衛省のお偉いさん――佐枝の坊主でも来てんのか?」

 

 ――『扉』内で常軌を逸した犯罪を行った者が通される場所。

 

 あくまでも『扉』内は自己責任ではあるが、それでも外に出てきた時に、あるいは衆人監視の中で違法行為に手を染めた者たちが最終審判を下される場所である。

 滅多に使われることはない場所であるが、法治国家の立場上用意されているものだ。

 

 歩く音が止まり、目の前で重苦しい扉が開かれる。

 

「入れ」

 

 促されるまま中に入れば、薄暗い円状の広場の中央に裁判所の証言台のようなものが置かれている。

 そこまで行けということであろう。

 

 一度肩を竦め、警備員のふたりを引き連れて行く。

 

「被告、SSランク探索者――」

 

「――やぁ、先生。こんな所まで申し訳ないね」

 

 証言台の前に立てば、どこまでも低く威厳を感じさせたいのであろう声と、それを遮るように聞こえた若々しく楽しそうな声。

 

「……佐枝大臣、ここは――」

 

「――本当なら先生と食事でもしたかったんだけど、なんだかバカバカしいことになっててさ。まあ、僕は仕事だから仕方ないんだけどね」

 

 声のした方――一番高い座席に腰掛け、肘をついた若造の姿を目に入れる。

 

「まっ、先生も楽にしていいと思うよ。こんな茶番なんてさ」

 

 若干二十八歳で、この国の防衛――ならびに探索者たちの実質的なトップについた男――佐枝龍彦。

 俺のことをなぜか先生と呼び慕う男でもある。

 

 彼の軽薄な言葉を聞いた俺は――。

 

 ――特に魔力を吸うこともなく居座るようにされた拘束の手錠を引きちぎった。

 

 本来であれば魔力を吸う特殊な拘束具――それこそ、姫野の嬢ちゃんに使ったようなものを用意するべきだろうに。

 たしかに俺は良い歳だが、ただの手錠だなんて舐められたものだ。

 

 そもそもが、もう普通の手錠なんてものは骨董品レベルだ。

 どこからこんな輪っかを引っ張ってきたのかはわからないが、探索者に使うような代物――一般人ですら、微弱ながらも魔力を知覚できるような現代で使うようなものじゃない。

 

 おかげで、この裏が見えてきた。

 

「そういうことなら早く言えよ。たく、面倒な遊びに付き合っちまったじゃねえか」

 

「僕だって今朝聞かされたんだよ。秘書を通さずそのまま来たから、追い返そうかとも思ったんだけどさ」

 

 手首に残った輪っかを無造作に投げ捨てながら、インベントリから椅子を取り出して座る。

 警備員の分はないが、俺をここまで連れてきたんだから大人しく立っていればいい。

 

「き、貴様っ! いくら大臣が良いと――」

 

「――ピーピー喚くな、喧しい」

 

 最初に声を発した男がなにかを喚こうとするが、手を振ってそれを遮る。

 よくよくその顔を見れば、記憶が確かなのであれば――探索者規制派だか排除派の重鎮じゃなかったか。

 

 はじめて会った時は、たしかダンジョン庁再編の時だったか。

 異形にも人権が云々嘯いていた議員の背後をちょろちょろしていたヤツだったか。

 

 この時代の中であまりにもバカバカしくて正確には覚えてないが、こういうところが俺の甘さなのかもしれない。

 やはり、ローズのようにもっと徹底的にやるべきだった。

 

 摘むなら芽吹く前に――そもそも種の段階――いや、そういう考えが起こるより以前の段階で徹底的に潰す。

 その先の人生がどうなろうが知ったことでは無いし、『扉』の中で死ぬよりはマシだろう。

 

 笑顔でそう語った若かりし頃のローズの顔が今になって浮かぶ。

 

 全くもってその通りだったってわけだ。

 

「さて、うまいこと佐枝防衛大臣閣下もいらっしゃるんだ」

 

「もう、先生。からかわれるとくすぐったいじゃないか」

 

「……はぁ、立場が変わっても変わんねぇやつはいいとしてだ」

 

 インベントリからついでとばかりに紙の束を取り出しつつ足を組み、壇上に座る老害共を見る。

 

 意識的に、人懐っこい笑顔を作りながら――。

 

「『話』、しようじゃねぇか?」

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 用意されたベンチに腰掛け、野営の準備が進む様子を見守る。

 ここ――『北海道・第十九扉』、浅層深部前――で、一日目の野営とのことだ。

 辰己殿に聴いた限りであるが、想定よりも遥かに順調らしいとのことだ。

 

「ジロー様、寒くはないですか?」

 

「ん、大丈夫だ。アリアこそ問題ないか?」

 

「ふふふ、私は毛布だけでなくジロー様に包まれていますから」

 

 いつものようにオレの膝へと腰掛けているアリア。

 前を向き、オレの腕を安全装置のように両肩から抱え込むように抱きしめている。

 

 はじめは野営の準備に参加しようとしていたのだが、清吾にいいように言いくるめられるうちにふたりで毛布に包まったまま眺めている。

 

 鎧を着込んでいるオレでも暖かいとは感じるあたり、アリアの体温のなせる技か、はたまたこの毛布の効果か。

 どちらにしろ、これでは本当に旅行に来ただけのように思えてきてしまう。

 

「それにしても、不思議ですよね」

 

「なにがだ?」

 

「この雪です」

 

 毛布の隙間から彼女の細腕が出て、ふわりと降る雪の結晶のひとつをその手で受け止める。

 そうすれば――。

 

「――溶けるではなく、消える」

 

 見上げれば、白とも灰色とも取れる空――雲から落ちる大きさが様々な結晶たち。

 そのままオレの顔に落ちたものから、アリアの手のひらに落ちたものと同様に消えていく。

 

「というのに、支援くださってる皆様のほうは――」

 

 彼女の声とともに視線を正面へと向ければ、手に道具を持ってあちらこちらで設営を行う支援隊の者たち。

 

「――掘って横に積もうとした雪は消えて、出来た穴には消えずに少しずつ積もる雪。どんな魔法なんでしょうね」

 

「……大方、『扉』の自動修復のひとつなのだろう」

 

 オレの呟きに、頭を揺らして頷く彼女。

 その髪が、オレの顎あたりを掠めて少しばかりこそばゆい。

 

「そうなのでしょうけど、この雪は『扉』の内部に存在する壁や床ってことになるんでしょうか」

 

「ふぅむ」

 

「仮にそうだとして、こんな簡単に壁や床が傷つくなんて――ましてやただ一般的な道具ですよ?」

 

 たしかに、支援隊の者たちが使っているのは特に特徴のないキャンプなどで使用するようなものに見える。

 なにかしら『扉』の素材で加工はされているのかもしれないが、一目見ただけではわからない。

 

「剣や魔法で傷つくならわかりますけどね」

 

「……この雪の下にこそ、本来の床があるのかもしれないな」

 

「ですね――って、それも不思議ですけど、一番は――」

 

 思い返せば、昔もアリアは自身が不思議と思ったことをこうしてオレと話していたな。

 

「私たち、ここまでずっと『扉』の中を下ってきたはずかのに、いつの間にか登っていたんですよ。面白いですよね、本当に」

 

「たしかにな」

 

 回数で言えば、二十回ほどか。

 楢原殿や、Sランクまでの者たちによって異形が殲滅されながら、下の階層へと繋がる階段を下ってきた。

 事実としては下っていたはずなのだが、いつの間にか感覚的に上へと登っていた、というのが今回の出来事だ。

 

「景色は雪山で変わりませんけど、なんだかあの正面の大きな山が近づいているように思うんですよね」

 

 そう言われ、視線をそちらへと向ける。

 そこには、天を衝く雪山――雲の先は見えなくなっているほどのものが見える。

 

「言われてみれば、アリアの言う通りだな。深層以降はあれを登るのかもしれん」

 

「雪山の登山ですか……大変そうですね」

 

「いや、もしかしたらあの中に行くのかもしれないな」

 

「まぁっ、うふふ。不謹慎かもしれませんが、想像が膨らみますね」

 

 楽しげにオレへと身体を預けるアリア。

 

「ああ、財宝を守護する竜がいるかもしれん」

 

「ふふ、エルド様が昔語っておりましたよね。大きな山の中には竜の護る財宝が眠っているんだ〜って」

 

「……ああ、懐かしいな。夢見がちなヤツだが、頼りになる男だった」

 

 かつての仲間であり、「竜に挑むは、騎士の誉れよ」と宣っていた全身鎧で騎士然とした男。

 野営で焚き火を囲む度に、己の読んだ物語を仲間たちに語っていたのを覚えている。

 

「……またひとつ、思い出が出来ましたね」

 

「……ああ、そうだな」

 

 彼女の語る思い出とは、もちろんオレとの思い出というのもあるだろう。

 だが、一番は――。

 

 歪な黒き竜の吐く炎に威勢よく突っ込み、最後の最後まで抗ったエルド。

 空中に浮かんだ大量の剣や槍に対し、己の限界を越える魔力で受け止め続けた者。

 迫り来る異形の軍勢に、勇猛果敢に最後まで戦い続けた者。

 

 思い返せば、誰も彼もが笑顔で旅立った。

 オレだけでは――当時の盾部隊だけでは守護り切れなかったものを、それぞれの力で持って守護ってくれた者たちだった。

 

 ――向こう側で、平和を謳歌しているであろう仲間たち。

 

 そんな彼らに――彼らが見ることの叶わなかったものを、ひとつひとつ束ねて、物語のように語って聞かせるためだろう。

 きっと、彼らもそれを待っているに違いない。

 

「ジロー様、私との約束は覚えていますか?」

 

「ああ、もちろんだとも。たくさん、綺麗な景色を見に行くのだろう?」

 

「あらっ、ジロー様がちゃんと覚えているだなんて。明日は吹雪ですかね?」

 

 おどけるように笑う彼女に、思わず苦笑が漏れる。

 全く反論が出来ないのもまた絶妙だ。

 

「……キミはオレのことをなんだと思っているんだ」

 

「ふふっ。さぁ、なんでしょう?」

 

 彼女はそう言って笑いながら、オレの背中ではなく腕を使って己の体勢を変える。

 文字通り、オレの腕を背もたれにするように。

 

「ねぇ、ジロー様」 

 

 オレのほうを向いたアリアの瞳は澄んでいて、細められてはいるものの吸い込まれそうな感覚に襲われる。

 近い、そう感じたが――。

 

「――よぉ、おふたりさん! 邪魔するぜ!」

 

 男――楢原殿の声が聞こえて、反射のように顔を離すオレとアリア。

 彼女が落ちてしまわないよう支えながら、己の心臓が早鐘のように脈打つのを感じる。

 

 これもまた、アリアを幸せにすると腹を決めた弊害なのだろう。

 いや、弊害などと言っては誤解があるか。

 

「んあ、本当に邪魔しちま――」

 

「――い、いいえ!? 全然です!?」

 

「あいや、俺ぁおふたりさんが見えたから雑談しにきただけ――」

 

「――ざ、ざざ雑談! 素敵ですね!? ね、ジロー様!?」

 

 慌てふためく彼女の言葉に頷きを返し、楢原殿に視線で隣へと座るよう促す。

 どこか気まずい雰囲気を醸し出しながら座る楢原殿。

 これまたなぜだか申し訳ない気持ちが湧いてくる。

 

「ん、んんっ。時に、楢原殿。配信用のダンホーは――」

 

「――野営地の入口あたりになんか放置場みたいなのがあったから、そこに置いてきた。今頃は固定の映像でも流してんじゃねえかな」

 

 ならば、会話を聞かれる心配もないだろう。

 いや、アリアとの会話を聞かれる心配をしたわけではない。

 誰にでも聞かせることのできる内容であったはず――そうに違いないのだから。

 

「おふたりのほうこそ、ダンホーはどうしたんだ? 俺と同じか?」

 

「今回は清吾が『Snow』公式としてやるそうでな。個人のものは映していないんだ」

 

「な、る、ほ、ど。まっ、大手さんは色々ありますわな」

 

 足を投げ出し、空を見上げる楢原殿。

 

「楢原殿のところは大手ではないのか?」

 

「うちが? はっはっ、うちなんかまだまだ新参よ。『Snow』なんかとじゃ、比べもんにもならんさ」

 

 眼帯に覆われた右目を窺い知ることは出来ないが、口元は僅かに微笑んでいる。

 

「んまぁ、あれだ。諸々な話は誠一郎さんから聞いちゃいるから、次郎さんとしてはいろいろと新鮮だって話だよな」

 

「……そうだな。わからないことだらけだ」

 

「はっはっはっ! そいつぁいいじゃないか! 人生、新鮮なことが多い方が潤うってもんだ!」

 

 快活に、なにがそこまで面白いのかわからないくらいに笑う彼の横顔が、かつての仲間に重なる。

 しっかり者であり、抜け目のなく、誰よりも酒をこよなく愛する男。

 インベントリの中は時間が進まないことを良いことに、大量の酒を常に持ち歩いているようなヤツだった。

 

「はは、違いないな」

 

「そうだろう? と、そうだ。次郎さんにゃ自己紹介したが、彼女さんには面と向かってしてないよな」

 

 こちらを向いた楢原殿は、オレの膝の上に座るアリアを見る。

 当のアリアと言えば、先程まで顔を真っ赤に染めていたにも関わらず「彼女なんて……」などと呟きながらも両頬を手で包んでいた。

 

「あの時聞いてたかもしれねえけど、『サテライト』代表の楢原恭二だ。よろしく頼むぜ、べっぴんさん」

 

「あらあら、ふふ。はい、よろしくお願いしますね。私はアリア・アルデルテです」

 

「おう、アルデルテさんだな…………ん? どっかで聞いたことあるな?」

 

 彼は悩むように顎に手を当てる。

 

「アメリカの一昔前の聖女の名前だったか? たしか第八にも潜ったっつぅ……はぁ、名付けた親御さんは――」

 

「――あ、それ私です」

 

「…………ん? 俺ぁ耳がおかしくなったか? その聖女、なんだかの事故だかで向こうの『T.KoA』が保護して――」

 

「――少し前にジロー様やイチロー様、ローズ様にジェイ様たちに助けていただきまして」

 

 オレたちと楢原殿の間に、再び流れる変に静かな空気。

 こちらに口を開いたまま固まっている彼を、アリアは不思議そうに見ている。

 

「うーん、やっぱり聖女って呼ばれ方よくないと思うんですよ。私的にも、なんだか皆様と壁を感じると言いますか」

 

「ふっ、そうかもしれないな。アリアは誰とでも気兼ねなく話がしたいとよくオレに言うものな」

 

「そうなんですよ! それを政府だかなんだか知りませんけど、聖女なんて……本当に困ってしまいますよね」

 

 オレに背中を預け、不満げに声をあげるアリア。

 楢原殿が固まっている理由は間違いなく違うだろうが、彼女としては肩書きなど気にせず接して欲しいのだろう。

 

「…………待て、待ってくれ。頭が追いつかん」

 

「アリアを助けるのは大変だったな。後悔なぞはしていないが」

 

「ふふ、私は夢の続きだと思っていたんですけどね」

 

 涼原殿の一件や、オレたちに話しかけた時の豪快さはどこへやら。

 

 狼狽え、頭を抱える楢原殿の姿。

 

 それが、スタンピードの予兆が出ている『扉』の中だというのに、平和な光景のひとつのように思えた。




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次回更新は、10/18を予定しております。
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