ダンジョンから帰ったら五十年経ってたんだが。~え?昔の仲間が今や大手ギルドの代表?なにそれ知らん……こわ……~ 作:蝉時雨
階段を下り――登る。
あと数段で下層、あるいは上層へと至る。
不思議で、それでもどこか馴染み深い感覚のひとつ。
冷気は変わらず漂ってくるが、先程までいた中層ほどではない。
後方からは声を掛け合いながら同行している支援隊のメンバーたちと、それを護衛しつつ同行する一時的とはいえるかもしれないが、仲間たち。
次からは深層というのもあり、念の為の低ランクのメンバーは支援隊の直営へと回し、オレやアリアを含めたSSランクが最前線を進んでいる。
次第に階段の先が見えて――。
「――これは」
「まぁっ!」
そこに広がる――広がっていたのは、一面の銀世界。
正確には雪山の景色もそうではあったのだが、それは山であるからこそ納得の行くもの。
目の前に広がるのは――。
「――ここは、結晶洞窟……のような場所なのでしょうか」
地面は雪、そして氷で覆われており、見える氷面には景色が反射している。
あるいはそれ自体も結晶なのかもしれない。
空間全体を支えるかのように、幾本もの結晶が壁や天井から突き出し、淡い光を湛えながらオレたちを威圧する。
「楢原ど――」
「――あん? どこだここ、昔来た時と全部違っていやがるぞ」
「ふむ、清吾や涼原殿はどうだ?」
ここにいる全員へと声を掛けた、まさにその時――。
「――ジロー様っ! 光遮れ、レイ・ラ・シルト!」
「っ! 目を閉じろ!」
眩い光がほんの一瞬――されど一瞬、世界を包みこんだ。
オレはといえば、魔法の展開ですぐには目を閉じられないアリアの視界を全身でかばう。
攻撃ではなく、推察するになんならかの弱体化か状態異常の付与か。
階層を繋ぐ階段にまで届く規模が規模だけに、深層だとは思えない。
「なんだってんだ! 被害状況! 後方は無事か辰巳!」
「至急確認! 少なくとも階段は安全だ!」
怒号が飛び交う中、振り向きながら目を開ければ――。
「――敵は……いない、か」
魔力を伸ばし、周囲を確認してもそこにはなにも――。
――いや、いる。
そこに、なにかが――これは――。
「アリア」
「はい、同じ結論かと思います」
「……ふむ」
敵は、あるいは敵ではないのかもしれない。
だが、たしかにそこに――見える範囲にいくつも反応がある。
「おふたりさん、なにかわかったのかぁ!?」
「聞こえている。なんと説明したものか……」
「楢原様も索敵できますよね? 魔力で探ってみてください」
「ああん? んな得意じゃねぇんだが……おいおい、まじか」
視界に映る、いくつもの結晶。
それは、自然発生的に起きたものではない。
かといって、『扉』特有の自浄作用の結果ということでもないはずだ。
なぜなら――。
「先生、いかがしますか」
「清吾と涼原殿は辰巳殿と共に後方の守りに入ってくれ。とりあえず、オレとアリア、そして楢原殿とで前に進む」
「承りました。野薔薇さん」
――反応は地上、この場合は地下や洞窟内になるのだろうか。そこではなく、結晶の中からするのだから。
この空間自体がすでに異形の腹の中だという可能性すらある。
「たしかに、清吾さんと野薔薇はそっちのがいいわな。特に野薔薇は俺らと同格とはいえ、まだケツの青い学生だ」
「いざとなれば清吾が守り、涼原殿が殲滅、そのまま退路の確保が出来るだろう」
隣から、鋭い先端が地面を小突く音が聞こえる。
「俺ひとりでもよかったんだぜ? マッピングなら得意分野だしよ。なにより敵が出てこようが焼き尽くせる」
「平時ならばそれでいいだろうが、あくまでも緊急事態だ。三人で行動としよう」
「わかってらぁ、ちょっとした雷帝ジョークよ。ほれ、俺のリスナーにゃウケてるぜ」
こういう時に冗談を飛ばすとは、さすが相当に肝が据わっている。
それもウケが――。
「お前らうるせぇぞ! 杞憂やら心配やらしてる暇あるんなら俺のジョークにコメントしとけ!」
――こちらからは見えないからな、うむ。
しかし、こういうのは助かる。
支援隊の皆も、聞こえているかどうかはわからないが、少しは安心するだろう。
「はぁ……お、お待ちを! いくらSSランクの皆様とはいえ――っ!」
「辰巳、お前は今回のリーダー役だろう? こっちは俺らに任せて後ろの心配してな」
清吾から話を聞いたのか、支援隊のほうで被害やらを確認していたのであろう辰巳殿が階段を駆け上がってくる。
「まずは作戦を――」
「その間にさっきのがまた来たらどうする? それも、物理的な被害があるってんなら、そんな暇ねえだろう」
「し、しかしっ!」
「いいからいいから。こっちは兵隊に任せて、大将は後ろで報告待ってな。少なくとも、ここの階段は安全だろうからよ」
傍目から見れば迷惑そうに、その声色は優しさを滲ませている。
こちらも平時であれば、辰巳殿をはじめとしたSランクやAランクたちで数人一組で問題ないはずだ。
「わ……かりました。配信機器とは別に、通信機は――」
「――持ってる持ってる。俺の雷でぶっ壊れてなけりゃ、使えるだろうよ」
「それは困るぞ楢原殿。こちらで持っておこうか?」
「ジョークだジョーク! インベントリに入ってらぁ!」
小さな笑いと、微かなため息が交錯する階段と階層の境目。
最後に頭を下げて戻っていく辰巳殿を見送り、前を向いた。
「こんな時に宮子のやつがいてくれりゃあ楽だったんだがな」
「宮子、想像するにSSランクか?」
「ん? ああ、そうだよな。本名は氷室宮子、お察しの通りSSランクで年がら年中気ままに日本中を巡ってる変わり者の女だ。得意なのは氷っつーか、雪っつーか、まあ俺みたいにそういうのを操るのが得意なやつだ」
氷――あるいは雪、水を操作するのに長けたものということだろうか。
ローズが万能とするならば、現代の若者たちはアリアが回復や支援に特化したように、一芸を伸ばしているのやもしれないか。
「雪山ってことで本人も来るはずだったんだが、まあいないのが答えだわな。性格上仕方ないんだが、やっぱり首根っこ捕まえて連れてくりゃよかったわな」
「……気紛れな女人と思っていれば良いか?」
「ああ、ギャルっつーか、ギャルじゃねぇっつーか。例えるなら雲のようでもあり、火山のようでもあり……まぁあれだ、掴みどころはあるようでねぇやつだな」
「……ふぅむ、難しい者だということはわかった」
一言で言えば、自由人なのだろう。
面白い人物なのかもしれないが、単純に扱いが難しい人物なのかもしれない。
槍を持たない手を頭の上に掲げて降参するかのようにしている楢原殿を見れば、大方は想像できてしまうようにも思う。
「まぁ今いない奴の話をしてもしょうがねぇ。アルデルテさんの下準備が終わったんなら、早速行こうじゃねえか?」
「……もう少し、お待ちくださいね」
右隣に目を向ければ、そこでは両手を突き出し、魔力を滾らせながら階段と階層の境目に対して魔法をかけている。
詠唱は聞こえてこないが、口元が微かに動いているあたり無詠唱というわけではない。
「にしてもすげぇな。さすが聖女様ってか?」
「見るに、対異形、対魔法に対状態異常、光学削減……ほかにもあるか?」
徐々に目の前へと編み上げられていくまほうの障壁。
微かに光を反射し、しかしはっきりと肉眼では非常に見えづらい。
「時に楢原殿。魔力探知が苦手と言っていたが、普段の探索中はどう凌いでいるんだ?」
「ん? その話か。別に出来ねぇってわけじゃねえんだけどな」
楢原殿は肩に槍を担ぎ、渋々と言った具合に口を開く。
「単純な話よ。俺ぁ雷で空飛べる――っつーと誤解が生まれるが、滑れるんだよ。こう、すげー速度でバビューンとな」
彼は片手で天井側を指さし、そのまま腕全体を波打たせるように滑らせる。
義理堅く、漢気に溢れるがしかし、今の動作はどこか幼い雰囲気を感じてしまう。
「んで、あとはそのまま移動しながら俺の雑に垂れ流してる魔力か、雷のどっちかにかかったヤツを片っ端から焼いてるのよ」
「随分と荒っぽいやり方だ。だが、たしかに単純で合理的だ」
「俺の場合に限るかもしれねぇが、魔力を伸ばそうとすると一緒に雷も乗っちまうんだよ。無理にやるくらいならってやつだ」
移動の車内で、清吾から聞いた話を思い出す。
幼い頃から魔力と共に雷も操っていた弊害なのだろう。
「合点がいった。苦労しただろう」
「なぁに、苦労と安楽は鏡合わせってな。なにより、順風満帆なだけじゃぁ、人生張り合いがないってもんだ」
今の屈託のない笑みを浮かべるまでに、どれ程のものを背負い込んだことか。
その笑顔の裏に隠された、あるいは本当にそういうものだと思っているのかもしれないが、その苦悩や苦労を思うと遣る瀬無い気持ちが湧いてきてしまう。
「……ふっ、良い言葉だな」
「はっは、そうだろう? うちの一家言ってぇやつだ」
オレがこのような感情を抱いてしまうのは、彼への侮辱にあたってしまうかもしれない。
しかし、この大きな男の過去は知らぬども、そこに想いを馳せることは許して欲しいところだ。
やはりオレはお人好しなのかもしれない。
「ジロー様、楢原様、お待たせいたしました」
「おう、お疲れさん!」
声をかけてきたアリアへ頷きを返し、改めて正面を見る。
魔力で目を強化すれば見えるだろうその幾重にも張られた魔法――簡単に言うならば結界だろうか。
僅かに光を反射していた箇所も魔力が行き渡り、注意深く観察をしなければ知覚すら難しい。
未だ目覚めたばかりだというのに、さすがとしか言えない腕前だ。
「対して効果はないかもしれませんが、幻影の壁で階段を隠しました。反対側から見れば、ただの壁になっているはずです」
「さすがの手際だ、アリア。苦労をかける」
「苦労だなんてそんなこと……ただ、後方にも張れればよかったのですが……」
「そこは仕方ないだろう。辰巳殿をはじめとした他の探索者もいる。最悪の場合でも、清吾と涼原殿が踏ん張ってくれるだろう」
背後はあくまでも中層、階段を下る前に皆が掃除を担ってくれていた。
異形暴走の最中――未遂ではあるが、どうとでもなるだろう。
「清吾さんも野薔薇も強いからな。滅多なことがない限り、問題ねえだろうよ」
「……ふふ、先に行く者は一度背中を預けると決めた相手を信用、信頼し、振り返ることなく前を見据える、でしたかね。昔、ジロー様に教えて頂いたことなんです」
「ほぉう。実際言葉にしてみるってえのは良いな。なんかめっちゃ良いこと言ってるように聞こえてくる」
なんだか気恥しい気もするが、たしかに似たようなことを話した覚えがある。
アリアと一体一、というわけではなく、『NY・第八扉』で盾部隊がまだ生き残っていた頃の、どこかの野営のタイミングだったはずだ。
そこで各々部隊ごとに散って作戦を練っていた時だったはずだが――癒し手のアリアがなぜそれを知っているのかはわからない。
よく思い出せないというのが本音だが、これは胸の内に秘めておくべきことだろう。
「うむ、では行こうか」
一歩踏み出せば、一瞬だけ膜のようなものを通り抜ける感覚。
アリアの張った結界を抜けたのだろうと、少しだけ振り向いて確認すれば見事な擬態が施されている。
『扉』内の壁と同居するかのようになっており、視覚だけでは捉えきれないだろう。
オレと同じく結界を抜けてきたふたりへ目配せし、そのまま無言で進む。
まずは一番近くの結晶に近づき、形状などを把握しておきたいところだ。
地面は磨かれた大理石のようで、氷面とも結晶とも言える状態。
雪のように見えていた所も、周囲に比べて光を多く反射していただけのようだ。
下は微かに透き通っており、内部全てとは言えないながらも僅かに泡のようなものが見える。
この景色を階段との境界から見た際は、周囲から突き出ている結晶だけが輝きを放っているのかとも思っていた。
しかし、どうやらこの空間全体が光を放っているようだ。
回廊のような広く長い一本道であり、これまで辿ってきた雪原とは似ても似つかない。
空間を支配しているかのような光は拒絶の意思ではなく、その逆で包み込むような――しかし陽の光ともまた違った安心感を植え付けようとしてくるかのようだ。
そこに対して強い警戒心が湧いて出てしまうが、これこそが正常な反応であると自分に言い聞かせる。
そうでもしなければ、その安心感という名の毒に侵されてしまいそうだ。
安心する、ということ自体は良いことだ。
それは例えば母の腕の中や、暖かな日差しが身を包んでくれる穏やかな日常、あるいは冬の寒い中で過ごす暖炉や暖房の中。
思うに、人間という生き物は行動している間は常に緊張と隣り合わせである。
それを忘れ、心落ち着く空間で揺蕩うのは仕方の無いことであり、生物として正しいことであるように思う。
しかし、今いるのは『扉』の中。
いつなんどき危険がやってくるとも知れない空間で安心感を得る、あるいは緊張感を緩和されてしまうというのはあってはならないことだ。
もちろん過度な緊張は咄嗟に動けなくなることと同義であるためご法度だが、その逆もまた然りなのだ。
適度な緊張と適度な緩和。
人によって変わる部分ではあるが、少なくともオレはそれが『扉』の中では重要だと考えている。
その上で断言できる。
極度の安心感を強要――植え付けようとしてくる、視界は良好であるはずなのに先の見えないこの空間。
ここを支配しているものは、毒意外の何物でもない。
「おふたりとも、あまり私から離れませんように。精神干渉の類だと思います」
「アリアはそちらを対応してくれ。周囲の探知はオレのほうでやる」
「…………こういう時に力貸せねえのは申し訳なくなるよな、ほんとな」
アリアが流してくれている精神干渉に抗うための波。
それは彼女を中心に広がるドームのようなもので、常にオレを含めた仲間の潜在能力を引き出す高揚感や全能感を与えてくれるものと同一だ。
これがあるからこそ抗えているのかもしれないが、それほど濃密な魔力――魔法の気配を垂れ流すナニかがいるのは間違いない。
特別禁忌の異形か、あるいはそれに準ずるなにかか。
硬質な地面を踏みしめる音が静かに鳴る中、目的の結晶――地面から斜めにつき上がるようにして生える半透明の物体に近づいていく。
次第に耳に入ってくる音の中に、不協和音のような、耳をつんざく程ではないにしろ明確に気になる音が重なる。
虫や鳥類などが嫌がる高周波音とでも言えばいいのか、それが嫌でも意識の隙間へと容赦なく滑り込んでくる。
「……内部が良く見えませんね」
「ああ、静かすぎるのも気になる。この音は別にしてな」
「配信のほうには載っていや――がらねぇか。あんがとよ、お前ら。不快すぎるから載ってねぇならなによりだ」
「魔力で探ってみますね」
結晶の表面は霞がかったようにぼんやりとして内部をはっきりとは見通すことができない。
唯一確認出来るものとするならば、結晶の中に朧げに浮かんでいる影のようなものだろうか。
それも、ひとつではなく大小複数。
アリアが内部を探っている間に周囲を目視で確認するが、異形の姿は見えない。
しかし――。
「――ジロー様、楢原様」
彼女の声は微かに震えている。
予想は出来るが、そういうことなのだろう。
――魔力は、そこにいると伝えてくる。
「結晶の中に――いえ、そもそもこの結晶が――」
――異形たちの成れの果て。
これまで共食いの場面を目撃したことはあれど、別の何かに変じてそこにいる異形を見た経験はない。
この先――そもそもここでは、何が起きているのだ。
感想、評価、お気に入りなど痛み入ります。
非常にモチベーションにつながっております。
次回更新は、11/8を予定しております。