ダンジョンから帰ったら五十年経ってたんだが。~え?昔の仲間が今や大手ギルドの代表?なにそれ知らん……こわ……~   作:蝉時雨

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第五話は夜闇と共に

 静かな空気が、料亭の個室を支配している。

 

 立ち上がろうとしたが、足にうまく力が入らなく断念した。

 

 手元の徳利からぴしっと音が聞こえ、ようやく指に力を入れすぎてしまったことに気付く。

 

「――旦那」

 

 声が、聞こえた。

 聞きなれた、しかし年季の感じる声だ。

 

「旦那、頼む」

 

 懇願するような。

 言葉を絞り出すような。

 そんな気持ちの宿っている声だ。

 

「――魔力と、殺気を、抑えてくれ」

 

 そう言われ、はっとする。

 オレは、なにをしていたんだ。

 ふぅと息を吐き、なんとか落ち着きを取り戻そうとする。

 大丈夫だ、オレは、努めて冷静だ。

 

「――ふぅ、すまない。取り乱した」

 

「いや、大丈夫だ旦那。はぁ、まだトップを張り続けてると思ってたが、俺も老いたもんだね」

 

「そんなことはないだろうに」

 

 誠一郎はくつくつと笑い、徳利を傾ける。

 オレもそれに倣い、手元の液体を飲み干す。

 苦みが、喉のつっかえごと押し流していくような感覚に陥る。

 

「で、誠一郎。アリアはなぜ魔法事故に?」

 

「……やっぱ、そこ気になりますわな」

 

「当然だ」

 

「さて、どこから話したもんか……」

 

 頭を搔く彼を見ながら、猛省する。

 

 オレは、盾だ。

 どんな時、どんな状況においても、盾なのだ。

 

 決して、取り乱すことなく。

 決して、隙を見せることなく。

 決して、焦ることなく。

 

 動揺したとしても、己の中で完結させること。

 

 それことが盾に求められることであるというのに。

 アリアのことを聞いた途端、頭が真っ白になってしまった。

 大切な仲間であり、たしかに妹のように思っていた節はあるが、ここまで動揺してしまうとは思ってもいなかった。

 オレも、まだまだということだろう。

 

「……旦那、もしかしてさっきのこと後悔してます?」

 

「むっ……い、いや、そんなことは、ないぞ?」

 

「あっはっはっはっ! 旦那も人ってことだ!」

 

 誠一郎は徳利を傾け――。

 

「――当時、俺らも同じ反応したんで。……一緒ですわ」

 

 ――遠くを見ながら、そうこぼした。

 

「旦那は、狂信的な新興宗教団体があったのは覚えてるかい?」

 

「ふむ……『扉』の先にこそ救いの神はいる、などと言っていたものたちか」

 

「ええ、そいつらです。あの頃はあっちこっちの『扉』の前でやかましかったはた迷惑な連中」

 

「たしかにな……いや待て。ここでその話が出てくるということは」

 

 誠一郎は頷き、瞳に鋭い光が宿る。

 まるで、いやいまだ現役ではあろうが、共にダンジョンに挑んでいた頃のようだった。

 

「――アリアの魔法事故には、奴らが一枚かんでました」

 

「――首魁は?」

 

「当時の末端から幹部まで、俺らも総力を上げて潰し回りやしたが、首魁はあの手この手でいまだに逃げ回ってますわ」

 

「ふむ、厄介だな」

 

「ええ、まったくもって」

 

 誠一郎は肩を竦める。

 それにしても、誠一郎を持ってして逃げ回ることが出来ているとは、怨敵ではあるがその能力自体は目を見張るものがある。

 

 だからと言って、許すわけにはいかないが。

 見つけ出し次第、血祭りに――。

 

 マズイな。

 思考が少し、物騒になってしまっている。

 

「当時、今からちょうど四十五年ほど前のことです」

 

 彼は皺と傷の入った口で語る。

 

「アメリカにある『BOS・第十一扉』でスタンピードが発生したんです」

 

「スタンピードか……」

 

 スタンピード――異形暴走、あるいは『扉』の決壊とも呼ばれる事象。

 本来『扉』の向こう側にしか居ないはず、存在できないはずの異形が、その『扉』を破壊して都市になだれ込むことを指す。

 

 『扉』内部の異形を定期的に掃討するか、『扉』自体を攻略して閉じればまず起こらないことではある。

 だが、『扉』が出現したばかりの頃であればいざ知らず、誠一郎の語る時期を考えても滅多に起こることではないように思う。

 

「ええ。それも、教団――イアヌス教団の連中が『扉』への突入を妨害していたっておまけ付き」

 

「攻略妨害に誘発か……救いようがないな」

 

「その通りで。話を聞いた時は呆れを通り越して最早哀れでしたわ――まあそれも、アリアの話を聞くまでだったけどな」

 

 誠一郎の声から、今まであった軽快さが抜ける。

 

「奴らは、スタンピードの救援として救助や治療、掃討の一翼を担っていた聖女を――アリアを――」

 

 声が震え、隠しきれない怒気が宿っているのがわかる。

 魔力も僅かに漏れ出ており、彼の無念がこれでもかと伝わってくる。

 

「――ふぅ……失礼。奴らはダンジョン産のアイテムを使って、異形――モンスターを使役しようとして失敗したんです」

 

「それで?」

 

「旦那も知っての通り、アリアは慈悲深くてあまりにも優しい。まあだから聖女なんて大層な呼ばれ方をされていたわけだが……彼女は、そんな彼らをも助けようとした」

 

 アリア……お前は本当に……。

 だが、それでこそアリア・アルデルテという女、か。

 

「そのモンスターの放った魔法と、アリアの魔法が衝突して魔力が逆流。その影響でモンスターは消滅し、逆にアリアは氷の向こうに閉じ込められたって寸法です」

 

「……話はわかった」

 

「いや、実はまだ続きを続きがあるんだよ旦那」

 

「――なに?」

 

「奴らはそんな自分らの命を助けてくれた彼女を、アリアの囚われた氷像を、なにを思ったか自分たちのアジトに持ち去った」

 

 ガタガタっと壁が鳴る音と。

 バキッとなにかが割れる音。

 視線を落とせば、座椅子の肘掛が割れてしまっていた。

 

「……すまない誠一郎。割れてしまった」

 

「気にせんでください。さっきの旦那のこともそうですが、こうなることはわかってたんで。諸々のお代に色をつけた上で人払いも済ませてあります」

 

「……恩に着る」

 

 やはり、ダメだな。

 努めて冷静であろうとするが、話を聞けば聞くだけ頭に血が上ってしまう。

 

「その後、救援活動に参加してたジェイとローズがブチ切れて俺に話を持ってきて、俺も一緒になってそのアジトを叩き潰してアリアを取り戻しました」

 

「そのアジト自体はもうなくなったのだな」

 

「ええ、跡形もなく吹き飛ばしてやりましたよ。それで、アリアを氷から解き放とうとあの手この手を使ったんですがね」

 

「うまくいかなかった、と」

 

「ええ……無力な自分に腹が立ちますわ……」

 

 誠一郎は徳利から手を離し、テーブルの上で握りしめている。

 

「ローズによれば、魔力との結びつきが強すぎて無理に解こうとすると命に関わると」

 

「……そう、か」

 

「すまない旦那。俺たちの力不足だ」

 

「――いや、謝る必要などない」

 

 話を聞いただけだが、まだ希望は残されているように思う。

 なにより――。

 

「アリアは、生きているのだろう?」

 

「――ええ、今はジェイとローズのギルドで管理してもらってます。本当は俺のとこで預かりたかったんですが、さすがに国同士の問題に発展しそうだったんでね……」

 

「あのふたりのところに居るのなら、大丈夫だろう。ひとまずは安心した」

 

 ほっと胸を撫で下ろす。

 力不足などと言っていたが、生きているのならいくらでもやりようはあるだろう。

 なんせ、まだ五ね――。

 

「――そうか、オレが帰ってきたのは……五十年後、か」

 

「正確には『NY・第八扉』に入ってから五十五年後だ。旦那、ようやく頭が追いついたかい?」

 

「いや……ああ……すまないな。色々話を聞いてる中でも、どこか浮ついていたらしい」

 

「気にしなさんな。俺たちも、結局はなにもできていないのと変わらんからな」

 

 徳利を呷る。

 変わらず苦い味と微かな甘みが広がり、体を焼く。

 

 五十五年、か。

 

「アリアについては、よくわかった。今のオレに出来ることは、なにかないか?」

 

「旦那にゃ悪いが、なにもないな。強いて言うなら顔を見せに行くことだが、渡航はまだ政府が許さんだろう」

 

 「ここも俺の力で……」と、誠一郎はぶつぶつ呟いているが、今これだけの情報と、今後の身の振り方まで整えてもらったのだ。

 これ以上を望むのは、それこそ酷だろう。

 

「相分かった。なにからなにまですまんな、誠一郎」

 

「へっ、よせやいっ! 俺たちの仲なんだから当たり前だってんだっ!」

 

 誠一郎はテーブルの上の刺身を箸で摘んで食べている。

 ふっ、とひとつ息を吐き、オレは天ぷらに狙いを定める。

 海老を摘み、塩をまぶして口へと運んだ。少しばかり冷めてしまっているが、油の豊かな香りと塩味が海老の甘さと弾力を引き出す。

 

「……うまいな」

 

「ははっ、そうだろう? 旦那が帰ってきたらここに連れてくるって決めてたのよ」

 

「ふっ、肘掛を壊してしまったがな」

 

「はっ! それこそ必要経費ってやつだ」

 

 誠一郎は先程までとうってかわり、快活に笑う。

 重い話は全て終わったということだろう。

 

「あー、旦那。食いながらでいいが、明日以降の話もついでにしちまいたい」

 

「ああ、願ってもいない」

 

 彼は刺身と日本酒を楽しみながらも、オレに語りかける。

 

「まず、旦那の家だが手配はしている。入居は明日以降だ」

 

「ふむ、今日はホテルにでも行けばいいのか?」

 

 誠一郎はにやっと笑い――。

 

「――いや、俺の家に泊まってもらう。旦那に俺の嫁を紹介したいのよ」

 

「ふっ、なるほどな。さすがのお前でも結婚していたのだな」

 

「あったりまえよっ! 気前よしの別嬪さんだ。旦那も間違いなく腰抜かすと思うぜ?」

 

 誠一郎の嫁殿か。

 推しなる者の話ばかりを聞いていたから、こいつが結婚するとは時間の流れというのは不思議なものだな。

 

「んで、明日はうちのギルド本部に行く」

 

「ふむ、登録か?」

 

「無論それもある。だがメインは政府の面倒な取り決めの消化だな」

 

「なにをすればいい?」

 

「なーに、旦那にとっちゃ簡単なことだ」

 

 誠一郎は口を三日月のように歪めて。

 

「――うちの模擬戦場を使って、政府の旦那のランク制定って呑気な依頼でやってくる若造にひとつ稽古をつけてやりゃいいのよ」

 

「……はっはっはっ! なるほど、たしかに簡単だ」

 

「今の連中はぬるま湯に浸かってやがるからな。旦那、明日は欠伸しないよう気をつけろよ?」

 

「ふっふっ……どこまでやっていいんだ?」

 

「どこまでもっ! ってぇ言いてぇとこだが、現実で殺さねえ範囲だ」

 

 つまりは、心を折るのは構わない、と。

 ふっ、誠一郎は相も変わらずだな。

 あまり好戦的なほうではないが、少しばかり楽しみだ。

 

 しかし、今日の『扉』の中での帰り道。

 誠一郎のギルドの数名の体捌きや剣捌きを見ていたが、なかなかに実力はあると思うが。

 

「あっ、旦那さてはうちの連中のこと思い出してるだろ」

 

「むっ……」

 

「かーっ! やっぱりなっ! 旦那はわかりやすいんだよ」

 

 そこまでオレはわかりやすいのだろうか。

 ふむ、自分ではよくわからんが……顔には出していないつもりなのだがな。

 

「うちの連中を悪く言うつもりはねぇが、それでも今の日本で上澄みってだけで、ほかはひどいもんだぞ」

 

「……お前がそこまで言うほどなのか?」

 

「ああ、なんせ七十越えた俺とか清吾の野郎がいまだトップ張ってんだ。若手の突き上げがまったく足りねえってもんだ」

 

 言われてみればたしかに、と納得する。

 誠一郎も清吾も――魔力の影響で多少なりとも若さを維持しているようだが――年齢的に隠居していてもいいだろうに。

 

「原因はあるのか?」

 

「安全マージンと、『扉』攻略の認可制だ」

 

 法整備の影響、か。

 

「たしかに若造どもは死ななくなった。安全に『扉』に入って資源を持って出てこれるようになって、まとまった金がドジ踏まない限り手に入るようになった」

 

「――だが、限界に挑むものがいなくなった、か?」

 

「旦那、まさにそれだ」

 

 誠一郎は徳利の日本酒を呷――ろうとして、すでに切れていたようで注いでいた。

 

「俺たちの頃みたいに猪よろしく『扉』に突撃して自分の知らない景色を見に行くって気概のやつがいない。ま、これにはもう一つ理由があるんだがな」

 

「もしや」

 

「ああ。旦那も経験したであろう、ダンジョン配信ってやつだ」

 

 思い出すのは、あの廃墟で花依殿と見ていたホログラムのコメント欄。たしかに、あそこには現役の探索者という者もいた。

 

「如何せん配信ってやつで『扉』の中が見えちまうもんで、わざわざ自分の目で見に行くってことをするやつが少ねえんだ」

 

「なるほどな。今の時代特有の問題、か」

 

「ああ。そういうのが積み重なって、俺たちの頃の冒険者ってやつから探索者ってやつに変わっちまった」

 

 誠一郎の言葉は強い。

 だが、その奥から寂しさにも似た想いが伝わる。

 

「無論、今後『扉』に入る旦那にはうちの名義で配信をしてもらうことになるが――」

 

「ああ、法は守らねばならないからな」

 

「うん、そうだ。配信についてはまあ、追々。とにかく明日は、やってくる若造に真の冒険者がなんたるかってのを教えてやって欲しい」

 

「ああ、承った」

 

 徳利を呷り、天ぷらと刺身を口に入れる。

 遠征として様々な国に行ったが、やはり日本食が一番だと感じる。

 

「俺たちの時代がよかったなんて口が裂けても言えねえが、今の若造らは見てて可哀想でな」

 

「ふむ……」

 

「まあ、これは爺の野暮なお節介かもしれねえが、なんとかしてやりてえとは思ってる。だからうちでは清吾を教官に立ててるわけだしな」

 

「……清吾のやつは、よくやっているようだな?」

 

 『扉』の中でオレの少し後ろを歩む清吾を思い出す。

 オレにとって死角になるであろう箇所を的確に潰し、なおかつ若者たちが危険に陥らないよう立ち回っていたあの姿。

 

 はじめは剣すらまともに振れなかったやつが、よくぞあそこまで成長したものだ。

 

「ほかの大手のギルドも、ダンジョン庁も清吾みたいなやつを捕まえて若手の育成に奔走はしてる。だが、成果はいまいちってところだな」

 

「……お前が直接手を貸すわけにはいかないのか?」

 

 誠一郎は一瞬言葉に詰まったあと、寂しい表情をを隠すようにして。

 

「旦那……俺ぁもう奴らにとっちゃ遠い『伝説』ってやつになっちまったんだよ」

 

「……なるほどな」

 

 自分たちでは敵わなくて当たり前。

 強くて当たり前。

 憧れるなんて烏滸がましい。

 

 そう、思われてしまっているのか。

 それは、なんて寂しいんだろうな、誠一郎。

 

「……随分と重い荷物を、抱え込んだな」

 

「……ふっ。なぁに、明日からは軽くなるってもんよ」

 

 いつの間にやら、テーブルに並べられていたものはなくなって。

 

 徳利に残った酒を、飲み干した。

 

 

 

 ■■■

 

 

 

「旦那、ようこそ我が家へっ! そして――っ!」

 

「田中次郎様、はじめまして。誠一郎の家内、枢木絵里と申します。主人からお話は常々伺っております」

 

「あ、ああ。はじ、めまして。田中次郎と……」

 

 誠一郎の自宅――高層マンションの最上階と聞いて腰を抜かしたが――に連れていかれれば。

 そこには、掃除の行き届いた部屋と、彼の妻が――。

 

「うふふ、もっと楽になさってください。ご自分の家だと思って過ごして頂ければ幸いですわ」

 

「あ、ああ。ありがとう」

 

「へへ、どうよ旦那。腰抜かしたろ?」

 

「お前……どんな魔法を使ったんだ……」

 

 ――二十代と言われても信じてしまいそうなプロポーションと、柔らかい笑みでもって、出迎えてくれたのだった。

 

 どうやら、現代にはオレの知らない魔法があるようだ。




もうなんか自分の想像してた100倍はとんでもないことになってて一周まわって冷静になってきました。
引き続き頑張りますので、応援のほどよろしくお願い致します。
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