ダンジョンから帰ったら五十年経ってたんだが。~え?昔の仲間が今や大手ギルドの代表?なにそれ知らん……こわ……~   作:蝉時雨

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今回少し短めです。


第七話は誓いと共に

 はじめは、ただの興味だった。

 

「午後、『第三修練場』で田中次郎さんのランク制定をやりますが、牡丹さんも見に行きますか?」

 

 マネージャーさんから、そう聞かれて二つ返事で行くと答えてから時間があっという間に過ぎていった。

 途中で野薔薇ちゃんとか鹿野さんも誘われていたって聞いて、あたしだけ特別とか思ってた自分にがっかりしたりしたけど。

 野薔薇ちゃんと一緒におじさまの戦うところを見れるって思ったらそれもどこかにいっていた。

 

 みんなと一緒に『第三修練場』のギャラリーまで上がって、おじさまたちがいつ来るんだろうって話をしていた。

 

「勘違い……で一度戦ったけど……悔しいけれど信じられないくらい……手応えがしなかった」

 

 そう話してくれたのは野薔薇ちゃんで、ふたりが戦ってる近くにいたけど全く何をしているのかわからなかったのを覚えている。

 

 おじさまのランク制定の任務でやってくるのが、『暁の光』の東くんって聞いたときは元々同じ学校だから応援しようかなとも思った。

 でも、あの時助けてくれたおじさまが東くんに負けるところを想像できない。

 

 東くんはあたしよりも強くて、時々一緒に『扉』に行ったりもしてたけどいつも助けて貰ってばかりだけど。

 

 やっぱり、おじさまには勝てないと、そう思う。

 

 だって、あの時。

 『新宿・第三十七扉』の奥で助けてくれた、おじさまの背中は。

 すごく、誰よりも、なによりも。

 

 大きかったから。

 

 来ないなーって思いながら、みんなで雑談していると下の出入り口からギルド長が入ってくるのが見えた。

 今装備を整えてるんだろうとのんびりしてたら、おじさまがすぐに入ってきた。

 左手に剣を持っていたけど、それ以外はふつうのTシャツにズボン。

 防具はつけなくてもいいのか、なんて思いながらどきどきしてた。

 

 でも、なにより。

 

 雰囲気が、全然違っていて。

 なんというか、すごく。

 

 こわい。

 

 そんな、感じの雰囲気。

 

「……あれは……なに……?」

 

「おじさ――ジローさん……のはず、だよ……?」

 

 おじさまって言おうとしたら、野薔薇ちゃんの目が怖くなってた。

 でも、野薔薇ちゃんもおじさまの雰囲気に戸惑っているみたい。

 

 だって、だって。

 おじさまは、優しくて、温かくて。

 全部を包み込んでくれるような、雰囲気だったはずなのに。

 

 あそこに立ってるヒトは、今にも誰かを――。

 

 また少しして、東くんが入ってきた。

 装備自体は前に見たことのある彼のものじゃなくてうちの支給品だけど、フォルムは見たことのある形になっている。

 

「オレは今回右手を負傷したという理由で、左手でのみ剣を使おうと思う」

 

 そんな、おじさまの声が聞こえて。

 一瞬、聞き間違えかと思って野薔薇ちゃんのほうを見るけど、彼女もあたしのほうを見つめ返していて。

 あ、まつげ長いって思ったのもつかの間、ギルド長の掛け声が響き渡った。

 

 そこからは、一方的だった。

 

 東くんが頑張って攻めるんだけど、おじさまには全然通用しない。

 ランク制定ってあたしの時は、あたしから色々やって試験官の人が受け止めてくれてたから違和感がすごくて、隣の野薔薇ちゃんもすごい顔してたからたぶんおかしいことなんだと思う。

 本当に、ずっとずっと東くんだけが動いてて、おじさまは一歩も動いていないんだ。

 

 なんだか、東くんがランク制定を受ける側、おじさまが試験官側の人って言われても納得してしまう。

 

 何度も何度も近づいたり離れたりして――あたしは全部は見れなかったけど――おじさまから東くんに斬りかかってから、また雰囲気が変わった。

 いや、ずっと一緒だったのかもしれないけど、あたしにはそう見えた。

 

 ずっと真顔で、淡々と東くんに問いかけてるおじさま。

 もちろん、ギャラリーと下の修練場だと距離が離れてるから、全部は聞こえてくるわけじゃない。

 

 でも、聞こえてくるものは、東くんに向かってだけじゃなくて。

 

 あたしたちにも、向けられてるみたいな気がする。

 

「えっ!?」

 

 おじさまが自分の腕を自分で折って、すごく驚いて変な声が出てしまった。

 恥ずかしくて一瞬周りの子たちを見るけど、みんなそれどころじゃなかった。

 顔を青くさせながら、下の状況を見てる。あたしと、一緒。

 

 折ってからのおじさまは、魔力を出したりしてるわけじゃないのになによりも大きくなってるような、遠くにいるはずなのに目の前にいるような錯覚に襲われる。

 

「――すでに殺し合いの場にいるという考えを、持て」

 

 はっきりと、聞こえたその言葉。

 修練場じゃなくて、殺し合いの場。

 おじさまは――。

 

「お前はまだ、生きているぞ」

 

 どくんと、自分の胸の奥が弾んだ。

 思わず胸に手を当てると、自分の知らない鼓動の強さが宿ってる。

 

 それと一緒に、今まで見たこともないほど綺麗な魔力の奔流が吹き上がった。

 東くんが、こんなに綺麗な魔力を持ってるなんて、知らなかった。

 

「――ううううああああぁぁぁぁああああっ!」

 

 東くんが突っ込んでいって。

 

 たぶん、これでふたりの戦い――殺し合い、は――。

 

 あたしの耳に、硬質なガラスを叩き割ったような音が、響いてきた。

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 空気を切り裂く風切り音が頭上から迫る。

 

 一拍置いて、回転しながら落下してきた分厚い刀身が、すぐ横の地面に突き刺さった。

 

「――最後の一撃は、悪くなかったぞ」

 

「――ぁ……え……っ」

 

 東殿はオレの目の前で、根本から分断された支給の剣を呆然と見ていた。

 

「そこまでっ!!」

 

 誠一郎の声が響き、オレは剣を下ろす。

 東殿はそのまま動けていなかったが、無理やり限界をひとつ越えたのだ。簡単に動けているなら、相当な大物だろう。

 

 剣を突き刺し、東殿に近づいていく。

 瞳孔が開ききっており、目の焦点が合っていないのが見て取れる。

 おそらく、頭の中と体と現実とですべてが繋がっていないのだろう。

 彼の剣を握りしめている指に手を重ねれば、微かに震えながらも落とさないよう必死なのが伝わってくる。

 

「さあ、死合いは終わりだ。よく、頑張ったな」

 

 オレ自身の手の温かさを伝えながら、一本一本解いていく。

 

「……ぁっ、すみま……」

 

「ふっ、謝るな謝るな。オレも昔、東殿と同じ状態になったことがある。指が思い通り動かないのだろう?」

 

「……はい……なんでか、わかんないん、ですけど……」

 

「はっははははっ! わからんよなっ! だが――」

 

 東殿の目を正面から見て、ゆるく微笑む。

 

「――どこか清々しい気分になっていないか?」

 

「……っ!」

 

「ふっ、それがひとつの壁を越えた感覚だ。存外、悪くないだろう?」

 

 心ここにあらずといった状態だが、しっかり受け答えもできて視線も合わせられる。

 

 うむ、彼はこれから強くなる。

 殻を破った者は、等しく先へと進むのだ。

 その一助になれたのなら、オレは満足だ。

 

「――ふたりとも、お疲れ様」

 

「誠一郎か」

 

 近くに歩み寄ってきていた誠一郎の声が届く。

 視線を向ければ、どこか満足そうな表情をしていた。

 どうやら、今の死合いはお眼鏡にはかなったようだ。

 

「さて、とても良い死合いだったよ。東くん、キミのお眼鏡に次郎くんはどう映ったかな?」

 

「…………」

 

 剣から解いた後、東殿は自分の手を見つめ続けていた。

 

「……すごく、大きくて……」

 

「うん」

 

 その状態のまま、彼は熱に浮かされたようにつぶやく。

 

「……ずっと、意味がわからなかったんですけど……」

 

 オレも誠一郎も、黙って聞く。

 こういうときは、彼の言葉を待ってやるのが一番いい。

 

「……今はなんだか……心の奥が燃えてて……ちょっと、なんて言えばいいのかわからないんですけど……でも……」

 

「大丈夫、僕もわかるよ」

 

 誠一郎は、優しい目をしている。

 やはり若手が育つというのは、嬉しいものだからな。

 

「――今日という日を、俺は今後一生忘れることはないと……思います」

 

 顔を上げた東殿は。

 

 決意の色が宿った、男の目をしていた。

 

「よし、それなら瀬尾くんにも良い報告が出来そうだね」

 

「はい。俺なんか足元にも及ばないくらい強かったって報告します」

 

「よろしい。さて、次郎くん」

 

 誠一郎はオレに振り向き――。

 

「今日の予定はここまでだ。ここからは、キミの住まいに――」

 

「おじさまああああああああ!!!」

 

「牡丹待って!?」

 

 離れた場所から、聞き覚えのある声たちが近づいてくる。

 振り向こうとしたが、背中に衝撃を受ける。想像はつくのもあって、その場から動かないよう衝撃をうまいこと吸収してやる。

 

「ふふ。危ないぞ、花依殿」

 

「えっ、あっ、ごめんなさい!!!」

 

 背中の温もりが遠ざかる。

 振り向けば、赤くなった顔を隠そうとする花依殿と、その後ろに野薔薇殿をはじめとした若手衆。

 彼らも、なにかを感じてくれていれば良いのだが。

 きっと、誠一郎はそういう意図を持って先ほどの死合いを見せたのだろうからな。

 

「気にすることはない。先ほどの東殿との死合いはどうだったかな?」

 

「あっ、はい! すごかったというか、怖かったというか……。とにかく、おじさまの新しい一面を見れてよかったです!」

 

「はっはっはっ! 怖がらせてしまってすまないなっ!」

 

 怖かった、か。

 花依殿も、まだまだ――。

 

「――あと、なんだかずっと胸の奥が熱くて……居ても立ってもいられなくてっ!」

 

 ふっ、ふふっ、ふふふ。

 オレのほうこそ、まだまだ人を見る目がなっていないな。

 どうやら、なにかを伝えることはできたようだ。

 

「――そうか」

 

「ていうか、そんなことよりもっ!」

 

 彼女はオレの右手を指さして。

 ああ、そういえば腕を折ったのだったな。

 

「腕っ! どうするんですか!? おじさまが自分で腕を折った時、心臓が止まるかと思ったんですよ!?」

 

「はっはっはっ! 大丈夫だ、これくらいなんてことはない。なにより慣れている」

 

「そんなもの慣れないで!? とにかく、速く病院に――っ!」

 

「いや、その必要はない。アリアに――」

 

 そこまで言いかけて、はっとする。

 ああ、そうか。

 そうだった。

 

 今、オレの怪我を治してくれていた彼女は――。

 

「――ポーションがあるから、問題ないよ。すぐに手配しよう」

 

 誠一郎がオレと花依殿の間に入って、すぐに近くの若者に指示を出す。

 こいつは本当に、どこまでも仕事が出来るやつだ。

 

 正直、助かった。

 今のオレの顔はきっと、見せられないものだろう。

 

 目を瞑り、頭を振る。

 

 オレは、盾だ。

 

 そして、今は彼ら若者を導く先達だ。

 

 こういったものは、オレの中にしまっておくべきだろう。

 

 目を開けば、誠一郎の横顔が目に入る。

 心配そうにのぞき込むその目に、一つ頷きを返す。

 

 指示を受けた若手が、倉庫らしき場所からポーションを片手に戻ってきた。

 礼を言い、蓋を開けて一度に飲み干す。

 甘い味が口の中に広がり、前腕部分に熱が集中していくのを感じた。

 

 オレがポーションを飲んだことを確認したあと、誠一郎が息を吐いて若手衆と東殿を見渡して口を開く。

 

「さて、諸君。多々話したいこともあるだろうが、次郎くんも東くんも熾烈な戦闘のあとだ。話はまた今度として、今日はもう解散としよう」

 

 若手衆の気を落とした声が続く。

 誠一郎が皆を促し、それぞれが熱を持って話をしながらもあの大きなエレベーターのある場所へと歩んでいく。

 

 それを見送り、修練場に突き刺した剣を取りに向かった。

 

 剣を引き抜き、その刀身を眺める。

 傷はなく、最初に持ち出したときそのままの姿がそこにはあった。

 

「旦那」

 

「ああ、誠一郎。先ほどはすまなかったな」

 

「あれくらい、いいんですよ」

 

 誠一郎がオレの横に並ぶ。

 

「やっぱり、あの腕を折った時はアリアが頭にありましたか」

 

 その言葉に、頷きを返す。

 まだ、完全に飲み込めていない自分がどこかにいたのだろう。

 

「ああ、どうしてもな」

 

 誠一郎を見遣れば、思っていた通り寂しげな表情をしている。

 

「まぁ、ずっと一緒に戦ってましたからね。旦那とアリアはセットみたいなところもあった」

 

「……そうだな」

 

「またそんな日々を見たいものです」

 

「なに――」

 

 剣を一振りし、周囲の砂利を吹き飛ばす。

 

「――すぐに、また戻ってくるさ」

 

「ははっ。やっぱり旦那がいると心強いな」

 

 このあとの話をしましょう、と言った誠一郎に促されてエレベーターへと歩き出す。

 

 道中、支給品の剣を戻しながら。

 

 先にエレベーターから外に出たであろう花依殿。

 

 その最後に見えた不安そうな目が、頭をよぎった。

 

 

 

 

 

「そういえば、東殿の依頼の件はあれで問題なかったのか?」

 

「ん? ああ、勿論だ。『遅刻』の件も含めて、良い報告になりそうですぜ」

 

「……お前のそういうところ、さすがだと言っておこう」

 

 

 ■■■

 

 

 

「ううむ………………落ち着かん………………」

 

 窓際から、外を眺める。

 ここは、誠一郎のやつにこれからの住まいと言われた高層マンションの最上階に近い部屋だ。

 話を聞いたときは全力で拒否をしたが、すでに手配してしまっている云々と流されてしまった。

 

「オレは狭い部屋で静かに過ごせればそれでよかったのだが……」

 

 振り向き、部屋を見渡せば。

 荷物自体はなにもない、というよりもインベントリからわざわざ出すこともないのだが。

 一流のホテルなどでも卒倒しそうなほど広い部屋に、これまたとんでもない大きさのテレビ画面と座るのも烏滸がましいようなソファに踏むことを躊躇してしまう高級そうなラグ。

 それも、ここはあくまでもリビングであり、他の部屋に行けばまた別のものが事前に置いてある。

 誠一郎の手配の手腕には頭が下がるばかりだが、なにもここまでしなくてもよかったのではないだろうか。

 

 防犯が云々とも話をしていたが、オレを襲える者がいるのであればぜひ一手手合わせを願いたいというのに。

 

「……こんな部屋で、オレにいったいなにをしろというんだ……」

 

 落ち着かない。

 あまりにも、落ち着かない。

 

 ふぅっと一つ息を吐き出し、再び窓から外を見る。

 

 下には森、というよりも公園が広がっており、少し先を見れば大きな商業施設のようなものも見える。

 きっと生活自体はしやすいのだろうと思う。

 

 視線を空へ向ける。

 都会だからか、星は一つも見えないが。

 まん丸の月が、静かに世界を見下ろしていた。

 

「――アリア……」

 

 『NY・第八扉』に他の仲間たちと共に入った時から、ずっとオレを支えてくれていた少女。

 異形から受けたダメージも、仲間たちの大魔法やスキルで巻き添えを食らったダメージも、すべてを癒してくれていた。

 誠一郎から、彼女が氷に囚われたと話を聞いて納得したと思ってはいたが、頭では完全に割り切れていなかったらしい。

 

「なぜオレは、お前が――仲間たちと同じ時間を、生きられなかったのだろうな」

 

 誰に聞かせるでもなく、独り言ちる。

 オレはなぜ、五十年の時を越えた世界に来たのだろうか。

 

 いくら考えても、わからない。

 

 だが、たしかなことが、ひとつだけ。

 

 

 

「必ず、お前を氷から解き放つ。だから――」

 

 

 

 暗い空へ、海の向こうにいる彼女に――。

 

 

 

「――また共に、皆で一緒に、笑い合おう」

 

 

 

 オレは、盾だ。

 

 

 

 そして、罅を入れるための金槌だ。

 

 

 

 魔力で出来た氷であろうが。

 

 

 

 必ず、罅を入れてみせる。




へ、へへ……出し尽くしたぜ……。
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