機動戦士ガンダム 不死鳥戦記 作:だいたい大丈夫
【北米大陸 山岳地帯】
精神の奥底に意識を沈め、他人の思念をシャットアウトするために張り巡らせていた扉――『心の防壁』を、開け放つ。
この真似がどれほど精神を削るかなど、嫌というほど思い知らされている。怨嗟や断末魔が、いつでも踏み荒らしにくる最悪のノーガード戦法だ。
開け放たれた脳のレセプターが、周囲の情報をスポンジのように吸い上げていく。
装甲越しに響く乾いた風の音。岩山に反響する駆動音。そして何より、遥か遠方の稜線の向こうから漂ってくる、同類の気配。
「……あれが、『木馬』か。データでは見ていたが、実物は悪趣味だな。戦場において、自ら的になりにきているとしか思えない色をしている。あんな純白の図体、迷彩効果なんてゼロどころかマイナスじゃないか」
ムサイ級やチベ級の暗灰色を見慣れた目には、あのフォルムは遊園地のアトラクションにしか見えない。とはいえ、その腹の中にモビルスーツを飼っていると思うと、背筋を這い上がる悪寒を無視することはできなかった。
『……どうする? かなり低空を飛行しているようだが』
マークか。警戒しているな。声が低いぞ。
「ヤツら、事前に予測していたルートとは違うポイントを通りそうだ。あえて山脈越えのルートを選んだらしい。艦長が誰かは知らないが、なかなかどうして、手堅い判断を下すじゃないか」
『なら、こちらとしては好都合よ。狙いやすくなるというものだわ。あんな山あいなら、動きが著しく制限される。上空への退避も岩山が邪魔になるし、左右への回避運動もままならない。まさに袋の鼠ね』
エターナはすでに射線と標的の未来位置を計算し終えているに違いない。頼もしい限りだが、味方でよかったと心底思う。
「お前の言う通りだ、エターナ。地形は完全にこちらに味方している。だが、その分こちらにも気づかれやすくなる。岩山の反響音で駆動音も筒抜けだ。敵はシャアの追撃を振り切ってきた連中だ、甘く見るな。総員、気を引き締めろ。ここからは一瞬の油断が命取りになるぞ」
『了解です! とにかく、進みましょう! 敵の懐に飛び込むまでが勝負です! マリア姉さん、僕のから絶対に遅れないでついてきてくださいよ!』
シェルドには張り詰めた緊張が滲んでいるが、マリアを気遣う余裕があるのなら、まだパニックには陥っていない証拠だ。
出力を絞り、土煙を抑えながら岩山の陰を縫うように進む。ジグザグの軌道を描き、地形の起伏を最大限に利用しつつ進むのだ。
だが、向こうの索敵能力、あるいは艦を守るパイロットの『直感』というやつも、決して侮れるものではないらしい。
キュピーン
‥‥気づかれたな。かなりのプレッシャーだ。岩陰に隠れていても、上空から透視されているかのようだ。
額に冷たいものが滲むのを感じながら、見えないプレッシャーと対峙していた、その直後だった。
遥か先、標的が潜む稜線の裏側から砲撃が山なりの放物線を描いて飛来し、グフの数メートル横を通過。背後の岩山に着弾する。
「姿が見えない場所からの曲射だと……!? しかも、俺の位置をピンポイントで狙ってきている! 全機、その場に留まるな! 散開しろ!」
操縦桿を横へ倒し、スラスターを吹かして機体を右へと強引にスライドさせる。
連邦の射撃管制システムがどれほど優秀であろうと、障害物越しにここまでの精度を叩き出すなど異常極まりない。
『少佐! 私たちも無事です!なんとか爆風を躱しました……!』
『それにしても……この距離で曲射を進行予測位置に当ててくるなんて。恐るべき射撃精度、かなりの腕前を持った砲手です……! でも少佐、なんだか変なんです』
「変だと? 何がだ、エリス」
『伝わってくる殺気です。さぞかし百戦錬磨のベテラン兵士かと思いきや……感じるプレッシャーが、なんというか……すごく弱い? いや、違う。強い恐怖や戸惑いに満ちていて、ひどく怯えているような感情を感じるんです』
エリスの報告を受け、思念を改めて分析してみる。
確かにその通りだ。この砲撃の主から伝わってくる精神波は、歴戦の勇士が放つ殺気ではない。
『怖い、撃ちたくない、でも撃たなきゃやられる』
極めて不安定で揺れ動く『素人』の感情そのものだ。
……まさか、あの艦に乗っているのは、軍人じゃないとでも言うのか。シャアの野郎が、民間人を巻き込んだドタバタ劇に出し抜かれたのだとしたら…。
だが、だとしたら異常すぎる。素人が、どうしてこんな神がかった精度の曲射を撃てる?
敵の正体への疑問が渦巻くが、今は悠長に謎解きをしている余裕はない。
『うおおおおおおっ!! ともかく行くぞ、お前たち!! 敵が素人だろうがベテランだろうが関係ない!!』
エルフリーデののグフが、制止を待たずに猛然とホバーの出力を上げ、前傾姿勢で土煙を突き破っていく。その右手には、すでに赤く発光するヒート・剣が握られていた。
『ここからはスピードが勝負だ! 一気に懐に飛び込んで切り刻む!! 騎士の突撃を止めることは誰にもできん!!』
「ちっ、あの剣バカ、また命令を無視しやがって! だが、あいつの言う通り、このまま的になるのは下策だ! 総員、エルフリーデに続け! インファイトの距離まで一気に突撃する!」
「いいか、お前ら! 今のはあくまで牽制だ! 映像にあった本命がどこかに潜んでいる! そいつのビーム・ライフルには気をつけろ! かすっただけで蒸発するぞ!」
岩山を越え、ついに標的が身を隠す谷間の全貌を視界に捉えた。
白い艦体のハッチが大きく開け放たれ、そこから迎え撃つように飛び出してくる三つの機影。
一つは、先ほどの曲射砲撃の張本人。下半身が戦車のキャタピラになっており、両肩に長大な大砲を備え、両腕がミサイルランチャーになっている。モビルスーツと戦車を無理やりくっつけたような歪なフォルムだ。
もう一つは、全身を赤い装甲で覆い、頭部にはゴーグル型のカメラ。両肩にキャノン砲を背負った重装甲型の機体。
そして、その二機の上空を目まぐるしいスピードで舞い、牽制の機銃を掃射してくる小型戦闘機。
上空のパイロット、動きはまともだ。機体の性能を理解し、無駄のない軌道で飛んでいる。
だが、地上のタンクもどきと大砲担ぎ。こいつらの動きは、明らかに素人のそれだ。歩行バランスも悪く、重心移動が全くなっていない。歩くたびに無駄に上下に揺れ、次の動作への移行に迷いが生じている。……それなのになぜ、あんなに正確にこちらの位置を予測して照準を合わせてくる。
疑問を裏付けるように、タンクもどきの大砲が火を噴き、大砲担ぎが武装を一斉に乱射してくる。
動き自体はぎこちないというのに、弾道は進行方向を塞いでいた。先読みして配置するかのような精度で着弾し、前進を阻んでくる。
『少佐! アイツら、動き自体は鈍いのに、なんかすごいです! 俺が射撃しようとするタイミングを読まれてるみたいに避けてくるんです!』
支援射撃を行うシェルドが撃ち込む弾幕を、不格好なステップを踏みながらも、ギリギリのところで全て回避していた。
「慌てるな、シェルド! 相手の予測がどれほど優れていようと、機動力が追いついていなければいずれ限界が来る! 不死鳥隊を相手にするには、その程度じゃ百年早い! まずは目障りな砲撃を繰り返している、お前からスクラップにしてやる!」
背部の連装カノン砲を展開させる。照準が、胸部装甲のど真ん中に重なった。ここから二発同時にお見舞いすれば、いくら未知の合金装甲とはいえ、内部のパイロットごとミンチにできる。
トリガーに指をかけ、引き金を。
――ピキィィィィン!!
な、なんだこの気配は!? そこか!
論理的な思考など一ミリも介在しない。
このままでは一秒後に死ぬ。
反射的にフットペダルを底が抜けるほど踏み込む。左側面の姿勢制御スラスターを最大出力で吹かした。
急激なベクトル変化で軋みとともに、機体が真横へ強引にスライドさせた。
その直後だった。
ほんのコンマ数秒前まで滞空していたまさにその空間を。
ピンク色の光条が一直線に貫き去っていった。
光条は機体をかすめ、はるか後方の岩山の中腹に突き刺さる。
「……はぁっ、はぁっ、はぁっ」
「……冗談だろ。かすっただけで装甲が溶け落ちる。…本当に?ザクのマシンガンなんて、まるでおもちゃじゃないか」
光が放たれた方向――谷底へと視線を向ける。
メインスラスターを静かに吹かしながら、地獄の底から這い上がってくる悪魔のように、ふわりと空間へ舞い上がってくる一つの機影があった。
純白の装甲。
胸部を彩るトリコロールカラー。
頭部に輝くV字型のアンテナと、双眸を光らせる緑色のデュアルカメラ。
その右手には、今まさに俺を消し飛ばそうとした死神の鎌――ビーム・ライフルが握られていた。
◇◇
『出たな、白いヤツ!! 我が剣の錆となれ!!』
まったく、あの剣バカはこういう時だけは頼もしい。
上空からの死角を突いた、不死鳥隊が誇る近接戦闘スペシャリストの必殺の一撃。通常のパイロットなら、上を見上げることすらできずにコックピットごと両断されているタイミング。いける。
だが。
『なっ!! 反応するのか!?』
ヤツは、頭上から迫る刃を見上げることもなく、空中でしゃがみ込んだ。こんな柔軟な挙動を見せるなど、ジオンではあり得ない設計思想だ。設計者は頭のネジが数本飛んでいるに違いない。
必殺のヒート・剣が、V字アンテナの上を通り過ぎた。
そして、その白い悪魔はしゃがみ込んだ姿勢のまま、背中のランドセルからグリップを引き抜き、無造作に振るった。
先端からピンク色のプラズマが噴出し、光の剣を形成する。
『くっ! やらせないわ!!』
後方からエターナが引き金を引いていた。
エルフリーデの攻撃を躱した直後。いくらバケモノでも、背後からの質量弾を避けることなど不可能だ。エターナの狙撃精度は何度も確認している。絶対に当たる。
だが――またしても。
『嘘でしょ……!? まるで、目が遠くの空間にあるように……!』
俺もメインカメラを疑った。
ヤツは機体の首をわずかに傾げ、背部のスラスターを微調整してスライドさせただけ。
『見ずに』躱したのだ。弾頭が肩口をかすめ、遥か前方の岩山に激突して無意味な爆発を起こす。背中に目でもついているとでも言うのか。
そのまま、ビーム・サーベルが無駄がない軌道を描き、空中で体勢を崩しているエルフリーデのグフへと振り下ろされる。
『ぐううううううう!!! がはっ……!!』
光の刃は、ヒート・剣ごと右腕を肩から綺麗に溶断していた。
さらに腹部へ、容赦ない蹴りが叩き込まれた。
「マーク!! エルフリーデを回収しろ!! 今すぐだ!!」
『了解!! 任せろ!! ジュナス! あの大砲を乗せた赤いヤツ(ガンキャノン)をなんとか抑えろ! 俺の背中をカバーしてくれ!』
声に焦りはあるが、行動に迷いはない。
『了解!! 付き合ってもらうよ……!』
ジュナスはヒート・ロッドを振りかざしながら、脚部を絡め取ろうと仕掛ける。
乱戦の最中、エリスの凛とした声が飛び込んでくる。
『あの戦車もどきは、私がやります!!』
見事なステップとスラスターワークでかいくぐり、瞬く間に懐へ潜り込んだ。
エリスはルウムを無傷で生き抜いた手練れだ。操縦に一片の迷いもない。
一閃が右肩の大砲を一門切り裂いた。切断された大砲が崩れ落ち、バランスを崩して後退していく。
よし、いける。長距離火力を一つ潰した。
だが、殺意のベクトルが、方向を変えたのが感じ取れた。
エリスの背後。
味方の救援に向かうべく、光の剣を煌めかせながら、凄まじいスピードで迫っている。
「お前の相手は俺だっての!!」
スラスターを限界まで吹かし、エリスとの間に己の機体を盾にするよう強引に割って入り、ブレードを交差させてギリギリで受け止めた。
凄まじい反発エネルギーが火花を散らし、コックピットを激しく揺さぶる。超高熱に当てられ、ブレードの刀身が溶け始めている。数秒でこちらが溶断される。
出力を全開にして力任せに押し返し、そのわずかな隙にカノン砲のトリガーを引く。至近距離からの連射ならば…!
だが、ガンダムは砲撃のタイミングを読み切っているかのように、引き金を引くコンマ数秒前にスラスターを吹かし、後方へ跳躍して射線を外した。
クソが! なんなんだこいつは! 異常だ、強すぎる!
フェイントも、死角からの奇襲も、射撃のタイミングも。すべて、俺が行動を起こす前に、的確に、最小限の動きで躱されている。
シャアの野郎が、地球まで逃したわけだ。このパイロット、一体何者なんだ。動きに全く迷いがない。一番嫌なタイミングでカウンターを合わせてくる。絶対に、連邦軍の中でもトップクラス、熟練の超エースパイロットだろ!
目の前のパイロットに対して、戦士としての強烈な畏敬の念すら抱き始めていた。
文字通り命と精神を削りながら、決死の覚悟で白い悪魔の意識を俺一人に釘付けにしている間。
乱戦の隙を突き、もう一つの作戦目標である艦へ、一機のザクが低空で接近していた。マリアだ。
『隙あり!! 敵のモビルスーツはみんな隊長たちが足止めしてる! 木馬は私が貰ったわ!!』
彼女のザクが艦のすぐ側まで到達し、大地を蹴って高く跳躍した。右手に握られたヒート・ホークが赤熱した光を放ちながら頭上高く振りかぶられる。
艦の心臓部であるブリッジ。あそこに叩き込み、指揮系統を潰せば戦況をひっくり返せる。
『マリア姉さん!! ダメだ、上だ! 上から来てる!! よけて!!』
雲を切り裂くように猛スピードで急降下してくる影。先ほどから飛び回っていた小型戦闘機か!いつのまに!
落下軌道にあるマリアの胸部――コックピットブロックを捉え、両翼からミサイルを一斉に発射した。
――ドゴォォォォン!!!
『きゃあああああっ!!!』
胸部装甲が爆ぜ、内部の機械がむき出しになる。装甲の隙間から猛烈な火柱と黒煙を吹き上げながら、完全に制御を失った機体は大地へと激突した。
「マリアッ!!?」
思わず声が漏れ、ガンダムとの戦闘から一瞬だけ意識が逸れた。
「ぐあああっ……!!」
彼女の痛みを自分の肉体の痛みとして…?この!痛い、熱い、怖い。マリア!!
だが、ここで意識を失えば部隊は全滅する。
「……なんて奴らだ。性能だけじゃない、あの艦に乗っている連中……パイロットもクルーも、全員がバケモノの集まりだ! 今の戦力じゃ、これ以上の戦闘は無意味だ、全滅するぞ!」
「全機、直ちに退くぞ!! 一旦撤退だ!! これ以上の攻撃は禁止する、生き延びることだけを考えろ!!」
『はいっ!! マリア姉さん! 今助けるから! お願いだから死なないで、マリア姉さん!!』
「シェルド!! 落ち着け、マリアの機体を速やかに回収しろ! 焦るな、バイタルサインはまだ生きてる! 絶対に死なせるなよ! 彼女の命はお前にかかってるんだ!」
地面へ向けて、連装カノン砲の残弾をすべて叩き込んだ。岩と泥が吹き飛び、土煙の幕が、俺たちと白い悪魔の間に形成される。この隙に…。
俺はしんがりを務め、少しずつ後退していった。
不死鳥隊は、連邦の白い悪魔の洗礼を浴び、これまで味わったことのない敗北感を噛み締めながら、這々の体で撤退していくのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は、不死鳥隊と白い悪魔の初戦闘を書きました。
ガンダムとの戦い、不死鳥隊の反応、マリアの負傷など、印象に残った場面がありましたら感想をいただけると嬉しいです。