機動戦士ガンダム 不死鳥戦記 作:だいたい大丈夫
マリアの負傷、機体の損耗、そして連邦の新型兵器の脅威。
カリスは敗戦報告のためガルマのもとへ向かうが、そこにはシャア・アズナブルの姿があった。
赤い彗星の言葉の裏に、カリスは不穏な意図を感じ取る。
装甲が剥がれ落ちたザクとグフをどうにか収容し、命からがらガウへと帰投した。
着艦するや否や、息をつく暇すら与えられないのが指揮官の辛いところだ。俺とシェルドは医療区画へと全速力で駆け込んでいた。
視線の先。慌ただしく立ち回る医療スタッフの中心に、ストレッチャーに横たわるマリアの姿があった。パイロットスーツはミサイルの爆炎で無残に焼け焦げ、覗く肌にはあちこちに包帯が痛々しく巻かれている。
「……マリア……!」
足音に気づいた彼女は、痛みに顔を激しく歪めながらも、力なく、しかし生気を持った微笑みを向けてくれた。
「……あちゃー。見事にしくじっちゃいました……あはは。ごめんなさい、少佐。でも大丈夫です。少しだけ休んだら、すぐに復帰しますから……」
「……馬鹿野郎。今は無理して喋るな。お前が生きていてくれただけで、十分だ」
後で軍医に確認したところ、全身の打撲と火傷による全治二週間。だが、あれだけの爆発に巻き込まれたというのに、奇跡的に命に別状はなく、手足の欠損も免れていたという。
ミサイルがコックピットを直撃したというのに、一体どうやって助かったのか。
「……なあ、マリア。よくあの直撃で生きていたな。……ん? ちょっと待て。……ミサイルが着弾する瞬間に、自分のザクの腕を盾にして、コックピットへの直撃を防いだのか?」
「はい……。あの瞬間、上空から、殺気が降ってくるのが感じられましたから……。頭で考えるよりも先に、反射的に機体の腕でコックピットを覆って……」
……直感か。俺の命令で心の防壁を開いていたおかげで、彼女は死を瞬時に感知できたんだ。もし、あの時俺が『心の防壁を作ったままにしておけ』と命じていたら、間違いなく敵の殺気に気づくのが遅れ、即死していただろう。
自分の下した判断が、結果的に部下の命を繋ぎ止めた。
「……よくやった、マリア。お前の直感が命を繋いだんだ。今は何も考えず、ゆっくり休め」
彼女に優しく微笑みかけ、そして振り返る。
「総員に告ぐ。今後、モビルスーツでの戦闘中において、『心の壁』を築いて敵の気配や殺意を遮断する行為を、一切禁止する。精神がどれほどすり減ろうが、頭痛で吐き気がしようが、死ぬよりはマシだ。俺たちは、この泥沼を生き残るためにあらゆる力を使う」
『はっ!!』
◇◇
マリアの命に別状がないことを確認した後、俺は休むことなくガウを降り、カリフォルニア・ベースへと戻っていた。ガルマ大佐へ戦闘の直接報告を行うためだ。
扉を開けて中に入ると、そこにはすでに、あの気に食わない男――シャア・アズナブルの姿があった。どこにでも湧いてくる厄介な男だ。
「……してやられたか。常勝を誇る不死鳥隊が、半壊で撤退を余儀なくされるとは。連邦のモビルスーツは、それほどの化け物だったというのか……?」
「モビルスーツ自体の装甲と、携行火力も脅威ですが……大佐、はっきり言いましょう。あの戦車もどきと大砲かつぎの二機に乗っているパイロットも、動きは素人同然ですが、極めて優秀な素質を持っています。が……何よりあの『白いヤツ』のパイロットです。あいつは常軌を逸しています」
「常軌を……逸していると?」
「ええ。交戦から撤退までの戦闘の間にも……成長と言えば良いのでしょうか、とにかくこちらの戦術に対応していくのです。射撃のタイミングや、格闘のフェイントの意図を読み取り、パターンがどんどん洗練されていく。……連邦軍の中でも、間違いなくトップオブトップのエースが乗っているに違いありません。シャア少佐が宇宙で手も足も出なかったのも、頷けます」
「ふむ……。不死鳥が、羽根をむしり取られて敗走するとはな。部下が被弾した程度で彼らの命を過剰に慮って、尻尾を巻いて逃げ帰ったのかな? 部隊長としては、少し甘すぎるのではないか?」
「お前のように、自分の部下をあっさりと死なせて平然としているようなやり方は、俺の流儀にもとるんでね。聞いたぜ? サイド7からの追撃で、三人、四人と、将来ある部下を無駄死にさせたらしいじゃないか、天下の赤い彗星殿は」
「……耳が痛いところだ。私が赤い彗星の異名は返上しなければならんと言ったのは、まさにそこさ」
「大人ぶって余裕のあるフリをするのも、また気に入らんな。三つしか違わないくせに、自分が一番、大人であるかのような顔をしておきながら、相手を見下した態度……心底、反吐が出るぜ」
カリスの怒りのままに、言葉のトゲはさらに鋭さを増していく。
「ま、待て二人とも! いくら気が立っているとはいえ、味方同士で争っている場合ではないだろう!」
大佐が慌ててデスクから身を乗り出し、俺たちの間に割って入った。
「……大佐の言う通りだな。言い過ぎた、すまない。ともかく、次は私もモビルスーツを率いて前線へ出よう。あの白いヤツは確かに厄介だが、私が木馬ごと罠に誘い込み、包囲の陣を敷く。ガルマ、地球方面軍の戦力を使わせてもらうが、構わないな?」
シャアはすぐに平静を取り戻し、新たな作戦の提案を持ちかける。口調については気負つけている所が見て取れる。
「ああ。もちろんだとも、シャア。君が直接指揮を執ってくれるなら、これほど心強いことはない。フロートニック少佐の部隊は、今回の戦闘で受けた損害の修復と補給に……」
「無論、俺たちも出るさ」
「……大佐がもし、前線に出て指揮を執るつもりなら、俺は、遊撃隊ではなく、貴方の『直衛』に専念させてもらう」
「いや、待て。フロートニック少佐、貴官の部隊は、重要な対モビルスーツ戦力のはずだ。そんな強力な部隊が後方に回っては宝の持ち腐れだ。前衛に出て白いヤツの足止めに回ってもらわねば、包囲網が完成せずに困る」
「断る。俺はジオン十字勲章のような名誉を飾る鉄くずよりも、地球方面軍の総司令官であるガルマ大佐の生存を何よりも最優先する。前衛で敵の注意を引く危険な囮役は、アンタがやればいいだろう?」
痛快極まりない。
「…………なっ」
「俺の判断が間違っているか? 軍人として、戦略的かつ大局的に考えろ。最悪、我々のが突破されて作戦が失敗に終わったとしても、ガルマ大佐さえ生存していれば、軍の指揮系統は保たれ、北米全体の優勢は維持できる。だが、大佐が討ち取られれば、ジオンの地球制圧の要は崩壊する。だからこそ、俺は大佐の側を離れない」
これは勘だがな。次の戦場で離れたらこの人は死ぬ。その予感がある。
『……………………』
シャアはそれ以上反論の言葉を見つけられず、微かに忌々しそうに舌打ちをし、目を伏せた。
「フロートニック少佐……いや、カリス。ありがとう。君が、一介の司令官に過ぎない僕のことを、そこまで深く、命懸けで考えてくれているとは……!」
彼の目は、潤んでいるように見えた。本当に感動してるんだな。
「…………『僕』?」
「……っ! い、いや! 今の言葉は忘れてくれ! 私の……私としたことが、地球方面軍の司令官たる者が、感情が高ぶってつい……すまない、聞かなかったことにしてくれたまえ!」
『僕』、か。……そうか、これが、この人の素なんだな。……中身はただの、育ちが良くて、友人を信じる坊やに過ぎないんだ。
だけど……不思議と、この人は、絶対に死なせてはいけないような気がする。
政治的な理由だけじゃない。部下のために本気で尽くそうとする、なかなか支えがいのある純粋な人だからな。俺が守ってやるしかないだろう。
「……では、フロートニック少佐には予定通りガルマの護衛を頼むとしよう。私は私の部隊で前衛に立ち、白いヤツと木馬を我々の包囲網へと誘い込む。……それで良いのかな?」
「ああ。背中の木馬の相手は任せておけよ、大根。アンタはせいぜい、白い悪魔に撃ち落とされないように逃げ回ることだな」
◇◇
廊下を歩きながら、カリスは先ほどのシャアの言動について考えていた。
あの男……シャア・アズナブル。何を考えている?
前線にガルマ大佐を引っ張り出し、自身は前衛で囮となって敵を誘い込むと提案した。
親友であるガルマに手柄を立てさせたいだけか?
……いや、おかしい。不自然だ。司令官自らが、わざわざ前線に出ていき、直接敵を討ち取る必要など、どこにもない。むしろ指揮系統が最前線に出るリスクが高すぎる。
それに、あの部屋で感じ取った、シャアから発せられた殺気……そして、「大佐の護衛に回る」と宣言した時の、あの一瞬の焦りと苛立ち。
……………謀殺か?
真の意図は、木馬の撃墜やジオンの勝利ではなく、この戦闘の混乱を利用した、『ガルマ・ザビの抹殺』にあるのではないか?
だが、理由はなんだ? 何の目的で?
いちいち嫌味でプライドの高い男だが、ヤツはただの一介の少佐に過ぎない。ザビ家に怨みを持つ、ダイクン派の生き残りか?
しかし、シャアはまだ十九歳のはずだ。ダイクン暗殺の真の首謀者がザビ家だとしても、当時の彼はまだ子供だ。
復讐に人生を捧げるには、年齢的に少し若すぎる気がする。
それに、百歩譲って仮に彼がザビ家への復讐を目論んでいるのだとしても、末っ子で政治的実権も少ないガルマを狙う理由としては、どうにも動機が弱い。
本命の首を狙うなら、宇宙にいるギレン総帥や、突撃機動軍を率いるキシリア少将を狙う方が、復讐の手段としてははるかに理にかなっている。
……ダメだ、ピースが足りない。
「ニキさん」
「はい、坊ちゃま。何用でございましょうか。ご機嫌が斜めのようですが」
「……シャア・アズナブル。あの男の過去を、徹底的に洗ってくれ。軍の経歴、士官学校時代の成績や交友関係、家族構成、出身地……どんな些細なことでも、不自然な点でもいい。フロートニック家が持つ情報網を使って、徹底的に調べ上げてくれ」
「……畏まりました。坊ちゃまがそこまで仰るということは……何か、きな臭い匂いが?」
「ああ。うちも、ザビ家とは近い。もし、あの男が本気でガルマ大佐の首を狙い、ザビ家全体に牙を剥こうとしているのだとしたら……次は俺たちが背中から撃たれるかもしれないからな。奴の正体を暴いておく必要がある」
とにかく、あの男に対しては最大限の警戒をしておこう。
もし、今後の作戦行動中に、シャアがガルマ大佐や俺たちに対して裏切る素振りを見せたら――。
連邦の白い悪魔と戦う前に、俺が自らの手で、あの赤い大根の首を叩き斬る。
俺の生存戦略を脅かす者は、誰であろうと容赦はしない。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は、白い悪魔戦後の不死鳥隊と、カリス・ガルマ・シャアのやり取りを書きました。
マリアの生存、カリスの護衛宣言、シャアへの疑念など、印象に残った場面があれば感想をいただけると嬉しいです。