機動戦士ガンダム 不死鳥戦記 作:だいたい大丈夫
一方、シャアは木馬を利用した作戦を進め、ガルマはその言葉を疑うことなく信じる。
だがカリスは、消えない違和感を胸に、密かにガルマのそばへ残る。
【カリフォルニア・ベース 】
「……なぁ、マーク。実際のところ、どうなんだ? データでは確認しているが、現場の感覚として次の作戦に投入できるレベルなのか」
「厳しいな。エルフのグフは、右腕を根本から溶断されている。予備パーツを探させているが、届くまで右腕は死んだままだ。片腕で出撃させるわけにもいかん。グフは俺とジュナス、そしてカリスの三機だけだ。ザクⅡ部隊はマリアの機体以外は無事だから、エルフには申し訳ないがザクに乗り換えて、後方に回ってもらうしかない」
マークの判断は現実的だな。グフの近接能力は惜しいが、万全でなければただの棺桶だ。
だが、それを耳ざとく聞きつけた本人が黙って引き下がるはずもなかった。
「お……おのれ……! おのれおのれおのれ連邦の白い悪魔め……! 私の大切な右腕を……!」
拳を血が滲むほど握りしめ、顔を紅潮させて震えている。視線の先には、無惨な姿で固定されているグフがあった。
「ザクに乗れだと!? 冗談ではない! ヒート・ホークしか使えないではないか! 騎士の誇りであるヒート・剣が振るえないではないか……! バズーカやマシンガンなど、遠くからコソコソ撃ち抜く飛び道具など、騎士の戦い方として邪道だ……っ! 私はあの白いヤツを、この剣で叩き斬らねば気が済まんのだ!」
完全に自分の世界に入り込み、吠え猛っている。エルフ…。モビルスーツの戦術的汎用性などどうでもいいんだな。それじゃあ困るんだよ。
「まあエルフ、そう落ち込むな。ザクだって名機だ。取り回しが良くて良い仕事をしてくれる。ついこの間までザクに乗っていたじゃないか。今更邪道扱いするのは機体に失礼だぞ」
俺としてはフォローしたつもりだったのだが‥‥。こいつ完全に目が座ってやがるな。
「ザクとは違うのだよ!! ザクとは!!」
おいおい。なんだその耳馴染みが良くて威圧感のあるセリフは。誰かに著作権侵害で怒られそうなセリフを吐きやがって。
性能云々を語っているわけじゃなく、ただヒート・剣を振り回して考えなしに突っ込みたいだけだろうが。
「エルフ……。近接戦闘に命を懸けているのはわかるけれど。射撃が邪道だなんて、スナイパーである私を前に随分な言い草じゃないの? 遠くから命を刈り取るのも、立派な戦術なのよ?」
「あ……いや、エターナ殿、決して侮辱の意図があって言ったわけでは……! 己の騎士としての矜持を語っただけで……!」
しどろもどろに弁解するエルフへと、エターナはゆっくりと近づいていく。
「ふふっ。いいのよ、エルフ……。あなたがまだ、射撃の奥深さと快感を知らないだけなんだから。ねえ? ……今夜、私のベッドにいらっしゃい? 剣を振り回すだけじゃない『大人の戦い方』の極意を、たっぷりと手ほどきしてあげるわ。……新しい世界が開けるかもしれないわよ?」
深夜枠のアニメなら確実に画面の端に湯気が立ち込める展開だ。
顔を染め上げたエルフリーデは、大きく飛び退いて防御の姿勢をとった。
「む、むむ! ま、待て! 私が憧憬を抱くのは、あくまで主君と家臣の精神的な結びつきを重んじる崇高なる『衆道』のみである! 女同士の肉欲にまみれた百合など、断固としてご免被る!!」
相変わらずうちの女性陣は、戦場を一歩離れると欲望と個性が爆発して手がつけられない。このカオスをどう収拾すべきか頭を悩ませていると。
意識の死角となる背後から、足音も衣擦れの音も立てず、幽鬼のように『彼』が現れた。
「……別に、性別なんて愛の前では何の関係もないさ。本当に相手を想う心と、すべてを受け入れる愛さえあれば、男同士だろうがなんだろうが、絶対に大丈夫だよ、カリス」
ジュナス少尉の、鼓膜にねっとりと張り付くような囁き声が耳の真横で響く。
「ヒィッ……!?」
「……出たな、変態ストーカー野郎!」
悲鳴を上げるよりも早く、エリスが音速で割って入った。俺を庇うように両手を広げ、般若の形相でジュナスを睨みつける。
「ジュナス! あなたの目からは、カリス様への愛など一ミリも感じられません! あるのは下劣で倒錯した支配欲だけです! いいですか、このエリスの命に代えても、カリス様の神聖なるお尻……いえ、貞操は、私がお守りいたします! あなたのような輩がお体に触れるなど未来永劫許しません! 今すぐ離れなさい!」
エリス! お前は最高だ! お前がいなければ、俺の純潔はとっくに宇宙の塵になっていたかもしれない!
「…………少佐」
「僕も、次の作戦に出ます。出撃させてください」
「シェルド。お前はまだ子供だ。無理をして強がらなくてもいい。今回は後方支援に回って、マリアのそばについていてやれ。彼女もその方が安心するはずだ」
一応、大人の義務として形だけの制止を入れてみる。
「いえ……違います、少佐。今ここで逃げ出して引っ込んでいたら……マリア姉さんの怪我が治った時に『意気地なしの弱虫』って呆れられますよ。僕はもう、後ろに隠れて守られているだけの子供じゃない。あの白い悪魔への仇は、僕自身の力で討ちます。マリア姉さんを傷つけた連邦を、絶対に許さない」
決意に満ちた顔を見て、これ以上引き止めることはできないと悟った。愛する者のために戦う動機は強力な武器になるが、同時に視界を狭め、自らを死地に追いやる劇毒にもなる。
「……わかった。覚悟は受け取った。お前もパイロットだ、出撃を許可する。ただし、怒りに任せて無謀な突撃をするな。任務の達成よりも『自身の生存』を最優先しろという命令を忘れるなよ。マリアを悲しませるような結果だけは許さんからな」
「はいっ! ありがとうございます、少佐! 必ず生きて帰って、マリア姉さんに報告します!」
涙を浮かべながらも力強く敬礼し、ザクへと走り出す。
その背中を見送りながら、重苦しい不安を抱え込んだ。復讐心に囚われた戦士は脆い。地獄を生き延びてくれることを祈るしかなかった。
◇◇
数時間後。作戦は計画通りに開始された。
カリフォルニア・ベースを飛び立ち、俺はガウの艦橋で待機している。
ハッチからシャアの乗る真紅のザクⅡと直属の部隊が次々と降下していく。
『勝利を、君に』
彼は自ら前衛に立ち、白い悪魔と木馬を包囲網へと誘い出す囮の役割を担っていた。
隊の動きはすでに完了している。エルフリーデたちのザクⅡ四機は目標地点の岩陰に身を潜めて待ち構えている。俺とマーク、ジュナスのグフ部隊はガウに機体を待機させ、上空から降下して敵の頭上を強襲する遊撃とトドメの役割だ。
「……シャア。彼はうまく、罠のど真ん中へと誘い出してくれるだろうか」
大佐、めちゃくちゃ期待しているな。その純粋な顔に、見ているこっちの胃が痛くなってくる。やはり前衛を拒否して、ガウの直衛につくという判断は大正解だった。ここで俺が目を離せば、大佐は間違いなくあの赤い毒蛇に後ろから噛まれて死ぬ。
シャアへの疑念を募らせ、モニターを睨みつけていると。
『フロートニック少佐。聞こえるか。……敵のモビルスーツが出た。白いヤツと、大砲担ぎだ。厄介なことに、我々の戦力だけでは同時に相手にして誘導しきるのは困難だ。悪いが、貴官の前衛部隊もすぐに出て援護に回ってくれ』
事務的で、焦りを装ったような声が飛び込んでくる。
「…………わかった。直ちに向かう。持ち堪えろよ、シャア少佐」
「大佐、俺も出ます。防衛はゼノン中佐にお任せします。……大佐も、決して油断なさらぬよう」
深く一礼し、グフが待つ格納庫へと向かうため艦橋をあとにする。
――シャアのあの通信。本当に自部隊だけでは対処しきれないからの要請なのか? あのプライドの塊が、易々と年下の小僧に助けを求めるだろうか。
いや、違う。あいつは企んでいる。隊の戦力を、意図的にガウから引き剥がそうとしているのではないか? 直衛から離れた瞬間、丸裸になったガウに何を仕掛けるつもりだ?
◇◇
シャア・アズナブルは操縦桿を握り、リラックスした姿勢でシートに身を沈めていた。マスクの奥の瞳は、レーダーの光点を見つめている。
『……味方をも騙し討ちにするというのは、気が引けるというものだな』
『だが、これもすべてはザビ家への復讐を果たすためだ。個人的な感傷など大義の前では意味を持たない。ガルマ……君は良い友人だった。だが、君には忌まわしいザビ家の血が流れている。その血を根絶やしにすることこそが、私の生きる目的なのだ』
上空に、影が滑り込んでくる。ガウのハッチが開き、数機のモビルスーツが降下してくるのが見えた。
『……前衛のグフ部隊が予定通りに降りてきたか。フフッ、随分と勇ましい登場じゃないか』
その中に、一機だけ景色から浮きまくっている悪趣味な機体があることに気がつく。紫色の装甲の縁に金色の雷光があしらわれた専用グフだ。
『あれがフロートニック少佐の専用機か。……フフ、いくら腕が立つとはいえ、あんな目立つ機体で得意げに出てくるとは。ただの血気盛んな坊やだな。態度を見るに警戒はしていたようだが……結局、戦功には勝てず、ノコノコとしゃしゃり出てきたか。若さゆえの功名心は扱いやすくて助かる』
視線を前方に戻し、交戦中の連邦軍の動きを観察する。ガンタンクとガンキャノンが牽制するように後退していくのが見えた。
『……おかしいな。連邦の動きが不自然だ』
『あの性能ならもう少し強気な迎撃が可能なはず。わざと隙を見せて後退し、我々を特定の地点へ誘導しようとしている。……なるほど、そういうことか。ならば母艦である木馬は、後方に潜んでいるということになるな』
岩陰に隠れながら地形をスキャンしていく。後退する延長線上にドームがそびえ立っている。その内側、レーダーの死角となるポイントに、白い艦体の端が隠れているのを見逃さなかった。
『……見つけたぞ。モビルスーツで我々をおびき寄せ、追ってきたところを、主砲の一斉射撃で一網打尽にする腹積もりか。……良い作戦を思いつくじゃないか』
『ならば……連邦軍の伏兵作戦を、私の復讐のためにそっくり利用させてもらうとしよう』
通信コンソールを切り替え、ガウの艦橋にいるガルマ大佐宛てにオープン回線を繋ぐ。
『ガルマ……! 聞こえるか! モビルスーツが後退を始めたぞ! そちらのガウで追撃できるか!? 奴らの進行方向の先に木馬がいるはずだ! 上空から回り込んで息の根を止めてくれ!』
『おうさ! 任せておけ、シャア! 誘導に感謝するぞ!』
返ってきたのは、友人を一片の疑いもなく信じ切っている無邪気な声だった。
直後、ガウが偽りの座標――ホワイトベースの主砲の射線が通る最も危険なポイントへ向かって、高度を下げながら突進していく。
『……よし。ガルマの奴、見事にかかってくれたな』
『…すまんな名もなき将兵たち。巻き込まれて死んでいくことには多少の気の毒さを感じるが……。恨むなら自らの運命を恨んでくれ』
自分を正当化しながら、今度はガルマにしか繋がらない暗号化チャンネルへ回線を切り替える。甘美な愉悦を声に込めながら、静かに呟いた。
『……ガルマ。もし聞こえていたら、君の生まれの不幸を呪うがいい』
通信機からはノイズすら返ってこない。完全な沈黙だ。
『……ん? なんだ、応答がないな。被弾の衝撃で聞こえてもいない状態か。最期に恨み言くらい聞いてやろうと思ったのだがな。少々残念ではある。……まあいい。君自身は良い友人であったよ。だが、父上がいけないのだ。……ふふふふ……はーハッハッハッハッ!』
◇◇
時計の針を、シャアが一人で高笑いを上げるほんの少し前の時間へ巻き戻す。
「な!? レーダーに高エネルギー反応!」
「なに! どうした、落ち着いて報告しろ! シャアの言う通り敵が隠れていたか!?」
大佐が慌てて立ち上がる。
「違います、大佐! 敵艦の熱源反応を捕捉しました! ですが場所が全く違います! 、後方からです! 主砲と思われるエネルギーが、すでに下から腹部に向けてロックオンしています! 回避不能です!」
「なんだと!? 馬鹿な、報告と違うではないか! ええい、何をしている、総員ただちに機首を上げろ! 全速回避しろ!」
血相を変えて操舵手に命じる。だが、鈍重な機体が急な回避行動に対応できるはずがない。
その直後。足元の空間から、目を焼くような閃光が奔るのが見えた。
木馬から放たれたメガ粒子砲の光条だ。光の束は無防備なガウに向かって突き進み、直撃こそ免れたものの、左翼の付け根部分を掠め飛んでいった。
――ズガアァァァァァァァァンッ!!!
「くそっ、やっぱり罠だったか! 間に合え!」
傾く床を蹴り、火花が散る艦橋を大佐の元へ駆け抜ける。
「大佐……! ぼーっとしていないで、早くこちらへ! 落ちます!」
「フ、フロートニック少佐!? なぜ君がここにいるんだ!? さっき出撃したのではなかったのか!?」
「説明している暇はありません! 独断で残ったんです! 実際に出撃したのは部下たちです! いいから言う通りにしてください! 脱出用に一機スタンバイさせてあります! 早くお乗りください! あと数分で激突します!」
煙にむせる体を強引に引っ張り、モビルスーツデッキへ向かって駆け出す。
「くっ……。ここで無駄死にするわけにはいかない……。行くぞ、少佐!」
シャアの野郎、本当に口ほどにもない! なにが赤い彗星だ。誘引戦術に、まんまと引っかかるとは…。
……いや、待てよ。シャアがそんな罠に気づかないほど無能なはずがない。ということは、やはり勘ぐった通り、最初から仕組んだ謀殺だったということか!?
……いや。冷静に考えろ。あの赤い彗星ともあろうものが、自身も出撃している状況下で、敵の射線を利用して暗殺しようだなんて、そんな『他力本願で不確実な罠』を仕掛けるだろうか?
いくらなんでもリスクが高すぎて粗が目立つ。砲撃が逸れれば自身も巻き込まれるし、そもそも木馬がタイミング良くガウに向かって撃ってこなければ成立しない、お粗末な偶然頼みの策だ。絶対にあり得ない。
ということは、シャアの読みを上回り、裏をかかれた純粋な『作戦負け』だったということだろう。そう考えるのが一番自然だ。俯瞰して見ていなければ、伏兵には俺だって気づけなかった。勝手に謀殺だと疑心暗鬼になっていただけの話か。
◇
その頃。
墜落を続けるガウの無人となったコンソールからは、誰の耳にも届かないシャアの通信音声が滑稽なほどに響き渡っていたのだった。
◇
「大佐、こちらです! 急いでお乗りください!」
「……ん? 少佐、これはただの量産型ではないか。君の乗るはずだった機体はどうしたんだ?」
「ハハハッ!」
「俺の機体は命令通り、援護に向かわせましたよ。中身に乗っているのはマークですがね! 派手に暴れてこいと厳命してあるので、今頃目を引きつけてくれているはずです! 大佐は後ろのシートに同乗してください! ハッチを開けます、出ますよ!」
轟音と共に側面ハッチが吹き飛び、炎と黒煙が噴き出した。ザクが紅蓮の炎を切り裂き、墜落していく艦から間一髪で空中へ脱出する。
空中で姿勢制御を行い、荒野へと向かって重たい着地音とともに無事に両足で降り立った。
着地した直後、頭上を通り過ぎていったガウは、そのままの勢いで荒野へと激突した。
大地を揺るがす衝撃波と火柱が上がり、完全に粉々の残骸となって火の海へと姿を変えた。
「……はぁっ。なんとか降下できましたね。大佐、お怪我は? 今回の作戦は読み違いです。まさか木馬がモビルスーツを囮に使って、死角から直接狙ってくるなんて予想できませんでしたよ」
「ああ……無事だ、少佐。君の機転のおかげで命拾いをした。……だが、シャアを責めるつもりはない。彼は前線で必死に戦ってくれていた。総司令官である私自身が罠を見抜けず、前進の決断を下してしまったのだ。私の責任だ。彼に罪はない」
あんたって人は……本当に大物だな。友人のミスのせいで死ぬところだったというのに、恨み言も一切言わず、すべて自分の責任だと言い切れるなんて。並の人間じゃ言えないセリフだ。
……謀殺なんて、やっぱり俺の考えすぎだったんだな。こんなにも真っ直ぐで信頼できる男を、裏切って殺そうとするなんて、人間としてあり得ない。シャアだってそこまで血も涙もない悪魔じゃないはずだ。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は、シャアの謀略とガルマ救出を書きました。
カリスの判断、ガルマの反応、シャアの独白など、印象に残った場面があれば感想をいただけると嬉しいです。