機動戦士ガンダム 不死鳥戦記 作:だいたい大丈夫
彼が問いかけるのは、ジオン・ズム・ダイクンが提唱した「ニュータイプ」という概念。
だが、不死鳥隊の面々が語る答えは、シャアの理想とはあまりにもかけ離れたものだった。
ニュータイプ。
ジオン・ズム・ダイクン、我がジオン公国の名前の由来にもなっている思想家が提唱した、宇宙という新天地に適応した『人類の革新』。
それに素直な本音を言わせてもらうとだな。俺としては、そんなオカルトじみた選民思想は、反吐が出るほどくだらないと思っている。
ダイクンが言うには、地球の重力から脱却した人類は認識能力が拡大し、最終的にはテレパシーのように言葉を交わさずとも誤解なく分かり合えるようになる……それがニュータイプがもたらすユートピア的な未来なんだそうだ。
なるほど、活字にして教科書に載せたり、アニメのキャッチコピーにしたりする分には、これ以上なく綺麗で感動的なポエムだろうよ。ジオン国民の戦意を高揚させるためのプロパガンダとしては百点満点だ。
だがな。
そんなお花畑みたいな綺麗事で済む話なら、俺たちが重力戦線に降り立って以来、俺の頭蓋骨にガンガン響いてくる、戦死した連邦兵たちの怨念や殺意のノイズは一体なんだと言うんだ。
「ジオンの悪魔め、呪ってやる」
「俺の家族を返せ」
「痛い、熱い、苦しい」
相手の殺意や気配を先読みできるから戦闘で有利になる? ふざけるな。その代償として支払っている精神的な料金は、若者が背負うにはあまりにも高額すぎるんだよ。
俺は先日、ガウの艦内で、あの赤い彗星ことシャアから、突然このニュータイプについてのな談義を吹っかけられた。
生憎だがあいつのロマンチックな夢想をすげなくあしらってやった。
すると、あのプライドの塊のような赤い彗星は、俺が取り付く島もないと見るや、今度は俺の部下たちへターゲットを変え、『ニュータイプ意識調査』とでも呼ぶべき奇妙なヒアリングを独自に始めやがったらしい。
◇◇
「……ギルダー少佐。これからの東南アジア戦線、君たち不死鳥隊の力には大いに期待しているよ。よろしく頼む」
シャアがコーヒーの湯気を立たせながら、嫌味のないトーンで声をかける。木馬を取り逃がして居候している身分だという負い目は微塵も感じられない。
「ああ、こちらこそよろしく頼むよ。俺の階級も気がつけば少佐と並んでしまったわけだが……。そちらの方が先任だからな。色々と学ばせてもらおうと思っているよ」
マークの対応は完璧だ。分不相応な階級に驕ることなく、相手を立てつつもへりくだりすぎない。
「ハハ……君は謙遜が過ぎるな。ルウムで名を馳せ、地球でも数々の戦果を叩き出している君の実力は、私も高く評価しているつもりだ」
「……実はね、先日、フロートニック中佐に、個人的な興味から『ニュータイプ』という概念についての話を振ってみたのだよ。だが、冷ややかな態度ですげなくあしらわれてしまってね。彼は、呪いか何かだと否定的に捉えているようでね。聞く耳を持たなかったのだよ」
「……つまり、俺の口から、俺たち自身がどう感じているのかを聞きたいということか?」
「私とて、ダイクンが提唱した概念のすべてを完全に理解しているわけではないのだ。だが……宇宙という新たな環境に適応し、人類の革新。もし本当に、人が言葉や理屈を使わずに、互いの本質を分かりあえるようになるというのなら……それは、この戦争を終わらせるための、希望の光だとは思わないかね? 私は、君たちの立ち回りを見て、そこに革新の萌芽を見出しているのだよ」
言葉に熱が帯びていた。彼がダイクンの思想をどこまで本気で信奉しているのかはわからない。だが少なくともこの瞬間、彼が語る『人が分かり合える未来』という言葉には、彼なりの願望と切実さが混ざり合っているように聞こえた。
だが、マークはそのロマンチシズムに流される男ではない。腕を組み直し、これまでの体験を反芻するように深く考えてから口を開いた。
「そうだな。高尚な哲学の話は、俺にはスケールが大きすぎてよくわからないが。……少なくとも、戦場における兵器としての『ニュータイプ』の可能性については、俺は『あり』だと思うぞ」
「ほう……。それは、具体的にどういうことかな?」
シャアが興味深そうに身を乗り出す。
「簡単な話さ。それでないと、俺たち自身が戦場で経験している数々の現象に説明がつかないからな。死角からの不意打ちを行動を読んで見切ったり。岩陰に潜む伏兵を、ただの殺気だけで察知したり。……俺たちの部隊では、そういう立ち回りが日常茶飯事になっている。訓練や経験だけで到達できる領域じゃない。第六感という言葉では片付けられない、明確な『何か』が覚醒しつつあるのを感じるよ」
「なるほど。やはり私の見立ては間違っていなかったというわけだ。君たちは無意識のうちに、新たな能力を開花させつつあるのだな」
「まあ、隊長が言うように、それが幸せなことかどうかはまた別の話だがな。……なあ、エリス。お前はどう思う?」
「そうですね……。マークの言う通り、私たちが戦場で経験していることは、通常の科学や論理では説明がつきません。特に……」
瞳を少しだけ伏せ、どこか遠い世界を見つめるような声で続ける。
「戦場で散っていく、死者の声、恐怖の叫び、絶望の波……。あんなものが直接流れ込んでくる感覚なんて……普通の人間には聞こえるはずがありません。私たちは、間違いなく普通ではなくなってしまっているのです」
「それに……アズナブル少佐が仰る『人類の革新』という言葉。それは私たちにとって、都合がいい、救いのある『大義名分』になると思いませんか? 政治的な意味合いも含めて」
「……大義名分、だと? それは、ダイクンの思想を政治利用しているという意味かな? しかし、士気を保つための拠り所としては、そう悪いことでもないと思うがね」
エリスは手元の書類から完全に手を離し、姿勢を正した。
「ええ。そう悪いことではありません。むしろ必要不可欠な救済です。……いいですか、少佐。私がもし、『ニュータイプ』なのだと高らかに言えるのなら……。きっと、私たちが手を血に染めているすべては、決して無意味などではなく、古い人類を駆逐し、人類を次のステージへと進めるための『正しい行い』、すなわち神が与え賜うた『試練』なのだと、そう正当化することができます」
「私たちは、ただ生き残るために人を殺しているわけではない。ザビ家への忠誠のためでもない。ましてや、サイド3の独立権や資源の確保といった、政治家が掲げる世俗的なことのためでもないんです。……もっと高次元の、人類の進化という目的のために、私たちはこの十字架を背負い、死者の声を聴きながら剣を振るっている。そう信じなければ……とてもじゃありませんが、戦うことなんて不可能です」
一気に語り終えると、ふっと憑き物が落ちたようにいつもの無表情に戻り、再び書類の整理へと視線を落とした。
マークは何も言えず、痛ましそうにエリスの横顔を見つめている。彼もまた、エリスの精神の危うさに気づいていたのだろう。
「……君は、本当に賢い女性だな、クロード大尉。そして、純粋だ。あまりにも純粋すぎるがゆえに、その魂は容易に傷つき、壊れやすい」
「あるいは……君のその『試練』という言葉は。自らの行動を『高次元の理想』という美しい箱の中に閉じ込めて、現実逃避しているようにも見えるがね」
◇◇
ガウの最上層に位置する、広大な防風ガラスに覆われた展望飛行甲板。
そこは艦内の人工照明が落とされ、外に広がる満天の星々を眺めることができる、一種の息抜き用リラクゼーションスペースになっていた。
防風ガラスの向こう側には、宇宙空間と見紛うほどの美しい星空が広がっていた。
その星空を見上げるようにして、ガラスにぴたりと張り付いている一人の少年の姿がある。
不死鳥隊のモビルスーツパイロットであり、先日めでたく中尉へと昇進を果たした、ジュナス・リアムだ。
ジュナスは、どこか焦点の合わない、深海魚のように濁った虚ろな瞳で夜空を見上げながら、細く白い指先で瞬く星々を一つ一つ指差していた。
まるで、見えない誰かと会話でもしているかのようだった。
「……リアム中尉。君も、フロートニック中佐と同じく、この地球の戦場で特異な感覚を覚えることがあると聞いている。ダイクンの言うニュータイプという概念について、君はどう考えているのかな?」
不意に背後から声をかけられたというのに、ジュナスは微塵も驚いた様子を見せなかった。
「ニュータイプ……? なるほど。シャア少佐は、あの『宇宙の声』のことを言っているのかな?」
「宇宙の声……だと? それは、具体的にどういう感覚のことだ?」
ジュナスは再び視線を夜空の星々へと戻した。
「そうそう、宇宙の声さ。少佐の耳には聞こえないのかい? ほら、耳を澄ませてごらんよ。あの遠くで瞬いている青白い星のあたりから、とても澄んだ、悲しそうな声が聞こえてくるんだ。今日は、すごく綺麗な大人の女の人の声だね。……あ、あっちの赤く光っている星からは、お母さんを探して泣いている、小さな男の子の声がするね。みんな、僕に話しかけてくるんだよ。寂しいよ、苦しいよって」
あまりにもスピリチュアルで電波な発言に眉をひそめていた。
完全に引いている。心底怪訝そうな顔を隠そうともしていない。
「………ああ、生憎と、私の耳にはそのような声は聞こえんな。その声は、やはり戦場で散っていった者たちの、残留思念の類が形を変えて聞こえているということか?」
ニュータイプ理論を当てはめて解釈しようと試みている。
その生真面目さは、軍人としては正しいのだろう。
ただし、相手が悪すぎた。
「カリスたちも、僕の聞いている声は聞こえないって言うし……シャア少佐も、やっぱりそうなのかい? 特別な人だと思っていたのに、少しがっかりだな。……ん? あれ?」
ジュナスは突然、何か興味深いものを見つけたかのように、夜空の星からシャアの顔面へと視線を移した。
「……シャア少佐。あなたには、どこか遠くに離れて暮らしている、大切な『妹』がいるのかな?」
「………!! な、なぜ……今日初めて言葉を交わした君が、そう思うのかね?」
『なぜだ? なぜアルテイシアの存在を知っているのだ!? まさか、これが本当にニュータイプという能力の真髄だというのか? 言葉を交わすことなく読み取ってしまうというのか!? だとしたら、この少年はあまりにも危険すぎる……!』
「なんでって? だって、宇宙の声が僕にそう教えてくれているからね。すごく綺麗な金髪をした、可愛らしい女の子の姿が見えるよ。その子が、少佐の無事を遠い空の下から毎日一生懸命に祈っているよ。少佐は、その子のために戦っているんだね。優しいお兄ちゃんだ」
「……あとね、星の声はもう一つ、とても面白いことを言っているよ。少佐はカリスと同じで、幼い女の子に執着を見せる、筋金入りの『ロリコン』だとも言っているね。そっか、少佐も同じ、そっち側の人間だったんだね。なんだか急に親近感が湧いてきたよ」
「…………っ!!?」
額に、これ以上ないほど太く、くっきりとした青筋が浮かび上がった。
「…………後半のその下劣な指摘については、私個人の名誉にかけて、断固として否定させてもらおう」
◇◇
シャアが次に向かったのは、モビルスーツ格納庫だった。
彼は、次なる調査対象として、戦場で異彩を放っているあの剣バカの少女を選んだらしい。
不死鳥隊が誇る、重度の騎士道精神をこじらせた狂犬、エルフリーデ・シュルツ中尉である。
彼女は、袖を捲り上げ、両手で軍用実体剣を固く握りしめていた。
「シュッ! シュッ!」という鋭い呼気とともに、目にも留まらぬ速さで、狂ったように素振りを繰り返している。
目は血走り、額からは滝のような汗が流れ落ちていた。
剣を握る手のひらからは摩擦で皮が剥け、赤い血が滲み出ている。
それでも、彼女はその痛みに気づいてすらいないかのように、ひたすら虚空の敵を斬り裂き続けていた。
その光景は、もはや訓練という枠を超え、何かの儀式にしか見えない。
「……シュルツ中尉。少し、話を聞かせてもらえないか。君は、『ニュータイプ』という言葉について、どう考えている?」
「ニュータイプ!!!!????」
素振りの手を止め、騒音を掻き消すほどの凄まじい大声を上げた。
そのあまりの声量に、シャアは思わず顔をしかめた。
「ああ、そうだ。少し声のボリュームを落としてくれたまえ。シュルツ中尉は、戦場において、不思議な声を聞いたり、敵の気配や殺意を感じ取ったことはないかな? 私は、君の反応速度は、ニュータイプとして覚醒している証拠ではないかと推測しているのだが」
「おお!! そういうことか! それならば、確かにあるぞ! 私はハッキリと感じ取っている!これぞまさに、剣に生きる騎士と騎士が、互いの魂をぶつけ合い、刃を交えれば、言葉など交わさずとも全てが理解できるという……あの武芸者が到達する究極の境地! これこそが、貴官の言うニュータイプという名のもとに呼ばれる、真の騎士の証ということだな!!」
「……いや。おそらく、というより間違いなく、私の言っている概念とは、根本的に違うものだと思うがね。私が聞いているのは、そういう精神論のことではないのだ」
シャアが訂正しようとする。
だが、完全に自分の世界に入り込んでいるエルフリーデの耳には、もう他人の声など届いていなかった。
「私も、幼き頃より剣の道に邁進し、いつかは亡き兄様が語っていたその境地に達したいと強く願っていたが……まさかこんなにも早くその夢が叶うとはな! やはり実戦こそが最高の修行場だ!
ただ……少々困ったことに、その境地に達してからというもの、弱者どもの雑念めいた声が、しつこく響いてきて、非常に気持ち悪いものだ。そんな雑音に我が騎士の魂が惑わされぬよう、こうして振り払うために、日夜、剣の鍛錬が欠かせんのだ!!!」
エルフリーデは再び血走った目で虚空を睨みつけ、巨大な実体剣を猛烈な勢いで振り回し始めた。
彼女は、ニュータイプ特有の精神的負荷――他人の思念の流入を、ただの『修行を阻害する雑念』として処理している。
しかも、それを物理的な筋肉の疲労と反復練習で無理やりねじ伏せようとしていた。
ある意味で、一番強靭なメンタルの持ち主と言えるかもしれない。
「いや……あのね、中尉。相手の心が事前に読めるとか、死者の声が聞こえるとか、そういうのはまさしく、立派な『ニュータイプ』としての兆候と言うべきものではないのかね……? それをただの騎士の直感として片付けるのは、あまりにも強引すぎないか?」
だが、エルフリーデは手を止めることなく、シャアを真っ向から笑い飛ばした。
「馬鹿を言え、アズナブル少佐! 貴官は武の道を何も分かっておらんようだな!
本物の騎士というものは、古来より、剣を合わせた者の心をその太刀筋から見抜くことができる生き物なのだ! それは超能力などという得体の知れないものではない!
ただ単に、この私が極めて優れた天性の騎士であるという事実を証明しているに過ぎない! そういう事だ!! 分かったら、私の鍛錬の邪魔をするな! 次の戦場では、必ずやあの白い悪魔の首をこの剣で刎ね飛ばしてくれる!!」
「…………」
シャア・アズナブルは完全に沈黙した。
『こいつは……ダメだ。一から十まで話が通じない。理念を語るどころか、言語によるコミュニケーションすら成立しない』
シャアは深い敗北感と疲労感に肩を落とし、剣を振り回し続けるエルフリーデに背を向けた。
そのまま、重い足取りで格納庫の出口へと歩き去っていく。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は、シャアによる不死鳥隊のニュータイプ観察回でした。
マーク、エリス、ジュナス、エルフリーデそれぞれの受け止め方や、シャアの反応など、印象に残った場面があれば感想をいただけると嬉しいです。