機動戦士ガンダム 不死鳥戦記 作:だいたい大丈夫
不死鳥隊の答えは、シャアの理想を静かに揺さぶっていく。
シャアの次なる目的地は簡易休憩室だった。
「……フォーリー中尉。少し隣に座っても構わないかな?」
「ブフォッ!?」
突然の赤い彗星との遭遇に、シェルドはジュースを盛大に吹き出しそうになり、慌てて口元を押さえた。
気弱な少年にとって、格上のネームドエースが突然相席してくるなど、心臓が口から飛び出るイベントスチルが発生してもおかしくない状況である。
「え!? あ、はい! アズナブル少佐! ど、どうぞ! ぜ、全然構いません!!」
「そう緊張しないでくれたまえ。ただの世間話だ」
シャアは極力威圧感を与えない声色を作っている。
相手の年齢に合わせて態度を変える狡猾さは持ち合わせているらしい。
「君は若いながらもルウムを生き抜き、この地球での任務も見事にこなしていると聞いている。……ところで、ニュータイプという言葉について、君自身はどう思うかな?」
出た。
またその質問だ。
ダイクンの提唱した概念への執着がすごい。
アンケート業者かお前は。
「え!? あ……あ、あれですよね! 隊長たちが出撃するたびに言ってる、頭に響いてくる気味の悪い声とか……死んだ人の怨念を受信する、あの現象のことですよね……!」
「……ああ、そうだ。彼らはそれを呪いのように感じているようだがね。……君自身は、戦場において、そのような特別な気配や声を感じたことはあるのかな?」
「だ、大丈夫です! 聞こえてます! 俺もバッチリ、ガンガン聞こえてますから!!」
「敵が右から来るとか左から来るとか、もう手に取るようにピーンとくるんです! 死んだ人の声も、うわーって、ものすごくたくさん聞こえます! 毎晩眠れないくらいです! だから、俺もちゃんと戦えます! 足を引っ張ったりしません! 俺も立派なニュータイプですから!!」
その嘘はあまりにも稚拙で、見え透いていて、聞いている側がいたたまれなくなるレベルだった。
「……………………」
シャアは何も言わず、ただ静かにパイプ椅子から立ち上がった。
そして一言も交わすことなく、くるりと背を向けて出口へと歩き出した。
「あ、あの……アズナブル少佐……? 俺、本当に聞こえてますから……!」
◇◇
シャアの足取りは止まらない。
次に向かったのは、武器庫兼メンテナンスルームだった。
部屋の隅の作業台に寄りかかりながら長い脚を組んでいるのは、不死鳥隊が誇る大人の色気がカンストしている妖艶なスナイパー、エターナ・フレイル大尉だ。
彼女は狙撃用ライフルのスコープ部分を分解し、専用の布で、まるで恋人の肌でも撫でるかのように磨き上げている最中だった。
「あら、シャア少佐……。うちの子たちに、変なことを聞いて回っているみたいね。赤い彗星ともあろうお方が、他人の部隊の素行調査かしら?」
エターナは視線を一切向けず、手元のスコープを見たまま、声を投げかけた。
「興味本位だよ、フレイル大尉。彼らを知り、この部隊の強さの秘密を探るための、私なりのコミュニケーションと言う奴さ。フロートニック中佐が、あまりにもガードが固いものでね」
「そう……。人の中を探り回るなんて、あまりいい趣味とは言えないわね。特に戦場においては、他人の内側に触れすぎるのはお互いにとって毒になるだけよ」
「忠告痛み入るよ。だが、君にも聞いておきたい。……フレイル大尉は、ニュータイプという能力について、どう思うかね?」
単刀直入な問いだった。
エターナは初めて顔を上げ、美しい瞳でシャアのマスクを真っ直ぐに見据える。
「……どう思うか、って? そうね、極めて『便利』だと思うわよ?」
「便利……だと?」
「そうよ。敵が次にどこへ動くのか、どんな軌道で逃げようとしているのか。あるいは、どこに息を潜めて隠れているのか。……相手が殺意を持っていれば持っているほど、その声や気配が、明確に聞こえてくるんだもの」
「敵の居場所が分かるなら、あとはただそこを狙って引き金を引くだけ。たったそれだけで、相手を確実に殺せる。つまり、絶対に勝てるじゃない。照準システムとしては、これ以上なく優秀で、最高に便利な機能だと思うわ」
それは、いかに効率的かつ安全に抹殺するかという、スナイパーとしての評価だった。
「……分かり合うために、その力を使おうとは思わないのか? 相手の心を感じ取れるのなら、戦わずに済む道を探すこともできるのではないかと、私は考えているのだがね」
「……シャア少佐。あなたは赤い彗星と呼ばれるほどの戦士でありながら、ひどく夢見がちで、お坊ちゃんみたいなことを言うのね」
「もし本当に、人間同士が分かりあえて互いの痛みを理解し合えるような、そんな素晴らしい世界がこの宇宙に存在するというのなら……。私は最初から、こんな人殺しのための銃なんて持っていないわね。分かり合えないから殺し合うのよ。心が読めるからこそ、相手の欲望や悪意が見えてしまって、余計に引き金を引く指に力がこもるの。……ニュータイプなんて、戦いを加速させるだけの引き金に過ぎないわ」
それは、カリスがシャアにぶつけた拒絶よりもさらに深く、絶望的に、シャアの理想の根本をへし折るものだった。
「…………」
「……真理ではあるか。相手の心を知れば知るほど、争いは絶えない。……悲しいことだが、それが人間の業というものなのかもしれないな」
◇◇
「……シャア少佐。わざわざ、お見舞いに来てくださったんですか……?」
マリアは怪我の痛みで掠れた声で、不思議そうに問いかける。
「療養中に押しかけてしまってすまないね。だが……君も共に最前線についてきているのだ。同じ部隊の仲間として、容態を気にかけるのは当然のことだと思うのだがね」
相手が怪我人だと、急に乙女ゲームの攻略対象のような態度になるらしい。
「仲間……! いい響きですね! そう言っていただけるなんて光栄です」
「私にも、みんなに聞いて回っているという、そのニュータイプのお話……聞くんですか?」
寂しそうな声で、マリアは核心を突いた。
シャアは少し驚いたように眉を上げたが、静かに頷く。
「……君はどうなんだ? あの戦闘で、直感が君自身の命を救ったと、フロートニック中佐から聞いているが」
マリアは小さく首を横に振った。
「………そうですね……。私には、隊長たちみたいに、はっきりとは敵の声が聞こえないんです。気配や殺気を感じるのもいつもギリギリで……。今回みたいに、敵が引き金を引いた瞬間にやっと気づくのが精一杯なんです」
「………だから、避けきれずに大怪我しちゃったと思うんですよね。私、能力が中途半端だから。みんなみたいに完璧なニュータイプじゃないから、足を引っ張ってばかりで……。隊長にも、シェルド君にも迷惑をかけちゃって……本当に情けないです」
そこにあるのは特異な部隊の中での強烈な劣等感。そして、仲間外れになってしまうのではないかという恐怖である。
「…………オーエンス少尉。君のその悩み、解決できる道があるかもしれない。……先日、キシリア閣下より通信があってね。本国に、フラナガン機関という新たな施設が設立されたという報告を受けたのだよ」
「フラナガン……機関……?」
聞き慣れない名前に、マリアは不思議そうに首を傾げる。
「そうだ。そこで、精神波の増幅や、未知の力の運用についての専門的な研究と、才能ある人材の育成を行っているそうだ。君のように素養がありながら開花しきっていない者を、人為的に引き上げるための施設だ」
「フラナガン機関……。そうなんですか……? そこに行けば……私が訓練を受けたら、みんなと同じように敵の動きがちゃんとわかる、立派なニュータイプになれるのかなぁ?」
マリアの瞳に、すがりつくような純粋な希望の光が灯った。
みんなの足手まといになりたくないという健気な思いから、その言葉を受け取っている。
シャアは、マリアの期待の言葉を聞いて少しだけ表情を和らげる。
そして、マリアの包帯に巻かれた頭の上に、ぽんと優しく手を乗せた。
「……今は、そんな難しいことは考えず、まずはしっかりと体を休めて怪我を治すことだけを考えるんだ。オーエンス少尉。君の未来は、まだこれからなのだから」
そう言い残すと、シャアは静かに病室を後にした。
◇
『……不死鳥隊。彼らは皆、年齢に関係なく、間違いなく私以上の『ニュータイプ』としての素養をすでに持っていた』
だが、その力に対する彼らの向き合い方は多様で、そして極めて危ういものだった。
エリス・クロードのような、人類の革新という言葉を宗教のように解釈して殺戮を正当化する現実逃避。
エルフリーデ・シュルツのような、すべてを騎士道という名の妄信でねじ伏せようとする姿。
シェルド・フォーリーのような、仲間に見捨てられることを恐れる見栄。
エターナ・フレイルのような、他者の心をただのレーダーとして利用する、極限まで冷徹な殺意。
そして、カリス・フロートニックのような、すべてを呪いだと拒絶する強烈な防衛本能。
シャアは、歩きながら静かに目を閉じた。
『ダイクンの思い描いた理想のニュータイプは、この戦場には存在しないのか。それとも、彼らのような歪な形こそが、人類が革新に至るための過渡期の姿なのだろうか。……私にはまだ、その答えが出せない』
星の声は、誰にも真実を語ってはくれない。
ガウは、革新という名の祈りを抱え込んだまま、東南アジアへ向けて、ただひたすらに飛び続けているのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は、シャアによる不死鳥隊のニュータイプ観察回・後半でした。
シェルド、エターナ、マリアの反応や、フラナガン機関の話など、印象に残った場面があれば感想をいただけると嬉しいです。