機動戦士ガンダム 不死鳥戦記 作:だいたい大丈夫
心の防壁を捨てた彼らは、敵の殺意を読み取り戦果を上げる一方で、精神を削られていく。
そんな中、現地有力者による接待の席で、カリスはシャアの隣に立つ一人の少女と出会う。
その名は、ララァ・スン。
東南アジア戦線へと移動してきてから、早くも八日が経過した。
宇宙世紀0079、十月十六日。
コックピット内のエアコンを最大出力で回しているにもかかわらず、俺の全身からは滝のような汗が噴き出し、じっとりと張り付いて極めて不快だ。泥と虫と、熱気にまみれるこの過酷な環境は、間違いなくこれまでのどの戦場よりも俺たちの体力を削ってくる。勘弁してくれよまったく。
機体の斜め前方には、一時的に不死鳥隊の指揮下に入っているシャアのザクⅡが、機敏な足取りで不整地を進んでいる。後方にはマークのグフ、エルフが乗り換えているザクⅡ、そして怪我から復帰したマリアを含めた部隊の機体が、円陣を組むように警戒しながら追従していた。
「よし………あそこだ。前方、距離八百。伏兵の気配がする」
『十時の方向ですね、中佐。岩陰とシダの葉の裏に、連邦の歩兵が二名、潜伏しています。その手には対戦車ミサイルが構えられているのが見えます』
マークの落ち着いた声が直感を即座に補足し、正確な座標を共有する。
『了解……。撃ちます』
報告が終わるや否や、後方にいたシェルドのザクⅡが岩肌へ向けて、マシンガンの引き金を引いた。
隠れていた連邦兵を岩盤ごと粉砕して吹き飛ばした。血と肉片が千切れた葉と一緒に飛び散るのが、メインカメラの映像に一瞬だけ映り込む。
『……今ので、位置と敵の装備までわかるのかね?? 私の機体のレーダーには敵の影も形も全く映っていなかったぞ。ましてや目視なんて不可能なほどの密林だというのに』
シャアが驚愕と戦慄の入り混じった声を漏らした。歴戦のエースでさえ、俺たちのこの察知能力は理解の範疇を超えているらしい。
『ええ……レーダーなんて関係ありませんよ、アズナブル少佐。ハッキリと聞こえますから。『そこ』から、私たちを仕留めようとする敵意と、殺意の気配が。この感覚があれば、こんなのは簡単な作業です。……あ』
『あれは……緑色のザク? いえ、あちこちに連邦のマーキングが施されていますね。連邦軍の鹵獲機かしら。小賢しい真似を』
エターナが直感を即座に視覚情報として捉えている。流石だな。
『よし!! 勝負!! 敵の気配は完全に読めている! 同じザクならば、我がヒート・ホークの錆にしてくれる!!』
エルフなどは命令を待つことなく、一気に奥深くへと突進していく。
そして、起動させて応戦しようとした鹵獲ザクの胴体を、赤熱したヒート・ホークの一刀両断で真っ二つに切り裂いた。
「……っ」
こめかみを強く押さえ、流れ込んでくる死者の怨念という名のスパム通信を必死に堪える。これにも慣れないといけないな。
この環境だが、俺達は相変わらず敵の伏兵を一切許さず、戦果を出し続けている。
シャアも、流石の機動力と射撃精度で中々やる。俺たちが見つけ出した敵に対し、絶妙なタイミングでカバーに入り連携してくるあたり、伊達に赤い彗星と呼ばれていないだけのことはある。優秀なパイロットだ。
だが……マリアの負傷を教訓とし、俺が『心の防壁』の構築を禁止した代償として、俺達の精神は常に限界ギリギリの綱渡りを強いられていた。
敵の殺意を先読みして回避できる代わりに、敵を殺すたびに、彼らの死の恐怖と怨念をに全身に浴び続けることになる。
そんな殺伐とした地獄の日々が続く中。
ついに、俺たちの前に砂漠のオアシスと呼ぶにふさわしい、最高に素晴らしい出来事が訪れたのだ!
◇◇
「……接待? 俺たちを接待するだと?」
尋ねると、隣に立つシャアが事も無げに頷いた。
「ああ、そのようだ。この屋敷の主は、この一帯に強い影響力を持つ地元の有力者でね。我々が地域の治安維持と地下資源の採掘を円滑に進めるためにも、現地との友好的な関係構築は不可欠だ。彼らからの申し出を無下に断るわけにはいかんのだよ」
「……そうだな。戦闘だけじゃなく、こういう政治的な立ち回りも、指揮官としては必要な任務か。で、接待っていうのは具体的にどういう催しなんだ?会食か?」
「ふふっ。喜び給え、フロートニック中佐。たまにはこういう息抜きが必要だろう? 存分に羽を伸ばすといい」
シャアは薄く、意味深な笑みを浮かべてそう答えたのだった。
――そして、それから数時間後。
「うはははははは!!! 絶好調であーーーる!!」
ここは、天国だ…。軍服の首元のボタンを外し、両手には高そうなグラスとなみなみと注がれた酒器。最高級のシルクを纏った、美しい現地の美女たちにぐるりと囲まれ、ふんぞり返っている。
「うまい酒! うまい飯! そして! この世のものとは思えないほど可愛い女の子たーーーち!! うははははは! まさにここは地上の天国か! 生きててよかった!」
両手に美女を侍らせて大声で笑っていると、少し離れたマークが呆れ果てているが気にしてはいけない。
「……カリス。いくらなんでもハメを外しすぎるなよ……? お前、さっきからペースが早すぎる。それに、お前は下戸だろうに」
「良いのだよ、マーク! 俺は愛しのハマーンに操を立てている! この身には見えない鉄の貞操帯を何重にも巻いているようなものだ! だが! これは軍の任務の一環の接待だから、仕方ないからな! 決して俺の個人的な欲望ではない! それに見てみろ、うちの隊の連中の有様を!」
ストレスから一時的に解放されたフロートニック隊の面々が、各々の内なる欲望を大爆発させて、とんでもないカオスな状況を作り出していた。
「えーと。このワインと、そっちのローストビーフの塊と、これとこれと……あと、あそこにある高そうなワイン樽も、全部私たちのテーブルにお願いします。お支払いの請求書はすべて、本国のフロートニック家の当主宛てに送っておいてください」
エリスは次々と高級な酒と料理をオーダーしまくっている。経費で落とす気満々だ。
「いい飲みっぷりですね!! クロード大尉!! さすがはジオンの将校様だ!」
現地の有力者のおじさんが、エリスの豪快さに拍手喝采を送っている。商売人だな。
「はい……ありがとうございます、おじ様」
すでにかなりのアルコールが入っているらしく、顔を真っ赤にしてトロンとした目をしている。隣で酒を注いでくれている現地の女性の顎を持ち上げ、まるで男の貴族のような妖しく危険な笑みを浮かべて囁きかけた。
「そこのあなた………とても可愛いお顔をしていますね。どうですか、カリス様の、ベッドの相手をする『妾』になりませんか? 今なら特別に、厚待遇でお迎えいたしますよ?」
「おお! すごく可愛い……! ではなくて! ちょっと待てエリス! 俺は心に決めた正妻であるハマーンとも結ばれてないっていうのに、いきなり妾なんて置けるかよ! お前酔っ払って頭がおかしくなってるだろ!」
「カリス様……申し訳ありません。私はもう、この身も心も、すべてマークのものですから、カリス様のお相手を務めることはできませんのよ……うふふ……だから、代わりの優秀な妾を探して差し上げようかと……」
「………お前ら、いつの間にそんな関係にまで発展してたんだよ。マーク、お前ちゃんと責任取れよな、泣かしたら承知しないぞ」
呆れ果ててマークの方を睨むと、彼は少しだけ照れくさそうに視線を逸らした。爆発しろ。
一方、別の席の方からは黄色い歓声が上がっている。
「キャーッ! シュルツ様素敵!!! もっとお話聞かせて!!」
ドレスを着た令嬢たちが、エルフの周りを取り囲み、目をハートにして見つめている。宝塚の男役か何かか。
「おお! なるほど、お嬢さん方は騎士の伝統と、我々ジオン軍が誇る宇宙の騎士道精神の違いについて学びたいと申されるか! うむ……誠に素晴らしい向上心を持った可憐な花たちよ……! ならば、このエルフリーデが、我が魂であるヒート・剣の美しき歴史と、その必殺の太刀筋について、夜が明けるまでじっくりと語って聞かせようではないか!」
「あっちは完全に男装の麗人扱いで、王子様みたいにモテまくってるな。本人は全くその気がないみたいだが」
◇
「あら……可愛い坊やたち……。こんな退屈なパーティーは抜け出して、お姉さんと二人きりで、もっと良いことしない? さあ……私の足……すごく綺麗でしょう? 触ってみる?」
エターナに至っては、胸元を大きく開けたドレス姿で足を組み替えながら現地の若い青年たちを誘惑している。大人のフェロモンダダ漏れだ。
「は、はいっ……! フレイル大尉……!! 美しすぎます! どうか僕を連れて行ってください!」
色気の前にノックアウトされ、鼻血を出しそうになりながら足元にひれ伏している青年たち。
「そのとおり!!! エターナのあのプロポーションと足のラインは、間違いなくジオン公国の国宝級だ!! ……って、おい! ちょっと待て! あいつ純情な若い男をお持ち帰りしようとしてやがる! 軍の規律が乱れる! 誰かあのメス豹を止めろ!」
「……フレイル様は、中佐のお父様であるフロートニック家当主の愛人でいらっしゃいますから……。あのような殿方を翻弄する手練手管はお手の物かと存じます。ご心配には及びません」
「な、なにィィィッ!?」
「初耳なんだけど!! マジかよニキさん!! あのエロ親父、なにやってんだよ!! 俺の部隊に愛人を送り込んでたのかよ!!」
「ご安心ください、坊ちゃま。奥様も公認の愛人関係ですので、フロートニック家の家庭内に波風は一切立っておりません。極めて良好な関係を築いております」
「母さん!!!!!!」
「な、なにはともあれ! みんな、ストレスを発散して、楽しんでリフレッシュできてるんだし! これはこれで良いことだ! 今日はマリアの退院と実戦復帰の快気祝いでもあるんだぞ! もっと飲んで食って騒ごうぜ!」
なんとか気を取り直して場の空気を盛り上げようとすると、マークが少し気まずそうな顔をして俺の肩を叩いた。
「いや……まあ、カリスの言う通りなんだが……。お前、あそこのバルコニーの方を見てみろ」
指差す先。
大広間の喧騒から少し離れた、バルコニーの隅には周囲の視線をシャットアウトし、砂糖を煮詰めたように甘く閉鎖的な空間を形成している若い男女の姿があった。
シェルドが、マリアの両手を自分の両手で大切そうに握りしめ、顔を愛おしそうに見つめている。
「マリア姉さん……。本当によかった、本当に……生きててくれて……。もう、絶対に姉さんを危険な目になんか遭わせないから……」
「シェルド………。ごめんなさい。私が弱くて未熟だったから、たくさん心配をかけて……。あの時、シェルドが私を必死に守ってくれたのね……。ありがとう……」
マリアもまた、目に涙を浮かべながら手を握り返し、彼の胸に顔を埋めようとしている。
ラブコメ空間が出来上がっているじゃないか。
「見ろよ、カリス。あの二人、すぐにでもベッドに直行しそうな雰囲気だぞ? 若いっていいよな」
「ぐむむむむ……!!」
「俺が!! 愛しのハマーンと清らかで神聖な愛で結ばれる日までは、部隊内のあいつらの不純異性交遊は上官として我慢してもらわなければならんというのに……!! 許せん!! 羨ましすぎる!!」
「……カリスがそんなに欲求不満で、温もりが欲しいなら。男相手なら、いくら行為に及んでもノーカウントになるんじゃないかな? 俺が中佐を、今夜誰も知らない天国へ連れて行ってあげるよ?」
ニキさんとは逆の死角から、音もなく毒蛇のように忍び寄ってきたジュナスが、耳元に直接、甘く不気味なほど熱い吐息を吹きかけながら悪魔の囁きを落としてきたのだ。
「ヒィィィィッ!!」
背筋を凍らせて悲鳴を上げ、全力で突き飛ばした。
「絶対に嫌だ!! お前が連れて行く天国は、俺の地獄の入り口だ!! ふざけるな、俺の純潔はハマーンだけのものだ!! ちょっと、外の風に当たってくる!! お前は絶対についてくるなよ!!」
◇◇
まったく、うちの連中はどいつもこいつも自らの欲望に忠実すぎる。
全員揃って俺のストレスと嫉妬の要因になっているって、どういう理不尽な寄せ集めなんだ。
ふと、池のほとりに、見慣れた赤い軍服を着た男が、立っているのが見えた。
シャア・アズナブル。
あいつ、途中でいつの間にか姿を消したかと思えば、こんな暗がりで一人黄昏れているのか。
いや、違う。隣には小柄な人影が立っているのが見える。どう見てもジオンの軍人ではない。現地の女だ。
……マジかよ。あの野郎、隙を見てちゃっかり現地の女の子をお持ち帰りか!?
部下も居候も、みんな揃ってモテやがって! なんて羨ましい……いや、腹立たしい!
俺なんか、ハマーンへの純愛を貫き血の涙を流しているというのに!
呪われろ、色男どもは全員まとめてメガ粒子砲の的になって宇宙の塵になってしまえ!
だが、次の瞬間。
俺の足が、見えない杭に縫い付けられたかのように、ピタリとその動きを止めた。
暗がりの中でもはっきりとわかる、健康的な褐色の肌。そして、こちらを向いているわけでもないのに、なぜか強烈に惹きつけられる緑色の瞳。
その姿を、いや、その彼女の『存在』そのものを、直感が捉えた。
脳内を異質で桁外れの警鐘がけたたましく鳴り響き始めた。
な、なんだ……?? あの女…………一体、何者なんだ??
この感覚は、怨念や殺意の気配じゃない。
……なんだこれは。宇宙の深淵を覗き込んでいるような感覚だ。
どこまでも透明で、一切の濁りがなくて、それなのにとてつもなく深い。
そして……自我など、一瞬で飲み込んで同化してしまいそうだ……!
その褐色の肌の少女が、何気ない動作で、俺いる方へと顔を向けた。
「……そこにいるのは、誰?」
なっ……!? 俺に気づいているのか!? 足音一つ立てていない!
やっぱりこいつ、普通の人間じゃない!
「……フロートニック中佐か。こんな暗がりで何をしている。宴会はどうしたのかな? 先ほどまでは、君らしくなく上機嫌で現地の女性たちと楽しそうに騒いでいたようだが」
「ああ、少しばかり酔いすぎたからな……。外の風に当たって頭を冷やそうと思っただけだ。……で、少佐。その隣にいる娘は、一体何者だ? 随分と可愛らしいが、現地の案内人か何かか?」
「彼女か。今、身請けすることにしたのだよ」
「え??」
その言葉を聞いた少女が目を見開いて、心の底から驚いた声を上げた。
「……おい。横にいる本人が一番驚いて困惑しているじゃないか。どういう状況だそれは。人身売買か?」
「なに、今決めたばかりだからな。彼女の意志はこれから確認する。……で、君の名はなんと言うのかな?」
「……はあ?」
お前……相手の名前も聞く前に、いきなり身請けするとか勝手に一人で決めたのかよ……。いくらなんでも手順がバグりすぎているだろう。
ただのロリコンの衝動買いじゃないか。少しは相手の都合を考えろ。
「ララァ・スンです。……本当に、変わった人。物好きさん」
ララァ・スン。
――キィィィィン!!
脳髄に強烈な激痛が走った。
俺の中にあるすべての感情が、一瞬にして吹き飛んでしまう。
「くっ………うあああっ…………何だ…………頭が、割れるように痛い……!!」
彼女の放つ『存在』そのものが、心へと直接干渉してくるのだ。
「こ……こいつ……俺の中に、直接……? 勝手に他人の中に上がり込んでくるなよ!! 」
ララァ・スンの、あの瞳に潜む底知れない引力。
それは、シャア・アズナブルという男の未来を破滅へと導き、彼の魂を永遠に縛り付ける、悲劇のブラックホールだ。
この少女はシャアの光であり、そして彼を永遠の闇へと引きずり込む呪いとなる存在だ。
「…………シャア………そいつは……その娘だけは、絶対にやめておけ……」
「?? 何を急に苦しんでいる?中佐? なぜ彼女をやめろと言うのだ。彼女には素晴らしい才能が眠っている。私の直感が、ハッキリとそう告げているのだ。彼女こそが、私の探し求めていた光かもしれないのだよ」
彼の目には、ララァの持つ輝かしい才能しか見えていない。おめでたいことだ。
「そんな、才能だの光だのを言ってるんじゃない……! 少佐……お前の言うニュータイプの理想が何なのかは知らないが……俺にはハッキリとわかるんだ……」
「……その娘は………お前にとって、絶対に良くないものだ……。その娘をそばに置けば、お前は…………いつか必ず、破滅を迎えるぞ……!! お前の魂は、永遠にその娘に囚われて救われなくなる……!! だから、今すぐその娘をそこに捨てていけ!! これ以上関わるな!!」
「…………君の忠告は痛み入るがね。フロートニック中佐。私は、私自身の直感を信じるよ。彼女は私が連れて行く。誰にも文句は言わせん」
だが、俺にはそれを止める術はない。俺はただ、自分の部下たちと自分の命を守り抜くことしかできないのだから。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は、東南アジア戦線と不死鳥隊の接待回、そしてララァ・スンの登場を書きました。
宴会での不死鳥隊の様子や、カリスがララァに感じた異質な気配など、印象に残った場面があれば感想をいただけると嬉しいです。