機動戦士ガンダム 不死鳥戦記 作:だいたい大丈夫
そこでカリスは、迫り来るオデッサ作戦と、フラナガン機関にいるマリアの近況を知らされる。
だがその最中、連邦軍のガンタンクが単機で基地へ接近していた。
宇宙世紀0079、十一月二日。
現在、俺たちはとある鉱山基地を訪れていた。
新型モビルスーツ『ドム』への機種転換は既に完了している。熱核ジェットエンジンがもたらす高速ホバー移動の恩恵は凄まじく、前回の実戦テストでも機動力と生存率は飛躍的に向上した。
ただ一つだけ、猛烈に腹の立つ問題がある。
ジオン軍本国の広報部門の頭の中がお花畑なバカ共が、「紫電の不死鳥が最新鋭機で大活躍!」というプロパガンダをアピールするため、俺の隊長機にはグフ以上にけばけばしい『紫』のベースカラーと、下品に光る『金色の雷紋』が嫌がらせのように施されてしまったのだ。
しかも俺の機体だけじゃない。マークやエリスたちの肩アーマーにまで、目立ちまくる派手な不死鳥のエンブレムがデカデカとペイントされる始末だ。
これじゃあ戦場で「ここを撃ってください」と言っているようなもので、目立って目立って仕方がない。
で、そんな不満を抱えた俺たちが、なぜこんな安全な後方の鉱山基地にわざわざ足を運んでいるのかって?
実は……ザビ家の恐ろしいお方が、直々に視察のために降りてきており、その護衛と「どうしても紫電の不死鳥の顔を見てみたい」という、断ることの許されない呼び出しを食らったからだ。
俺は今、その応接室の中心に置かれたソファの前に立ち、直立不動の姿勢をとっている。
俺を思いっきり威圧しているのは、顔の下半分を紫色のマスクで覆い隠した女傑。
ジオン公国軍突撃機動軍司令、キシリア・ザビ少将、その人である。
「……紫電の不死鳥、カリス・フロートニック中佐か。顔を直接見るのはこれが初めてだな」
「はっ! お初にお目にかかります、少将閣下!」
「先日、木馬によるガウ墜落の際、ガルマを救ってくれたこと、姉として心から礼を言う。よくやってくれた」
少しだけ声のトーンを落とし、身内への感謝の意を述べてきた。
「いえ! もったいないお言葉です! ガルマ大佐は地球方面軍の総司令官であり、我々の地球制圧において絶対になくてはならない最重要のお方です。私は大佐の直属の部下として、当然の護衛任務を遂行し、お守りしたまでに過ぎません!」
優等生の仮面を完璧に被り、声を張り上げて模範的な回答を返す。
「フッ……。そう固くなるな。君の忠誠心と実力は十分に理解している。……かけてくれ」
微かに口元を綻ばせ、向かいのソファを顎でしゃくって座るように促された。
「はっ。それでは、失礼いたします」
短く頭を下げ、背筋を伸ばしたまま浅く腰を下ろす。
表面上は冷静を装っているが、内心は全く穏やかではない。
「……ところで。貴官の部下が、つい先日、『フラナガン機関』へ転属してきたという報告を受けているが……。彼女の素養は非常に高くなかなか優秀な成績を収めていると聞いているぞ」
ふと話題を変え、俺の最も気にしているマリアの話を持ち出してきた。
「ええ……。オーエンス少尉ですね。彼女は元気にやっていますでしょうか? 彼女は私にとって単なる部下ではなく、大切な家族のような存在ですので。無事を案じております」
ただの実験動物として扱わせないための、俺なりの牽制だ。
「私とは入れ違いの降下であったため、訓練の様子を直接見たわけではないが、責任者からは非常にうまく適応していると報告を受けている。安心したまえ。あの赤い彗星が連れてきた、褐色肌の女と共に切磋琢磨しているそうだからな」
………ララァ・スンか。やっぱりあいつらが一緒にいるのは、嫌な予感しかしない。無茶な訓練や実験に参加しなければいいが……。
「ところで、フロートニック中佐。連邦軍が今、ヨーロッパ方面において『オデッサ作戦』という反抗作戦を企図し、軍備を整えつつあるという情報を、君は知っているか?」
「いえ……。そのような大規模な戦略情報は全くの初耳ですが……? 何か起きているのですか?」
「ガルマめ……相変わらずツメが甘い。貴官を腹心として側に置き頼みにしているのなら、情報は密にして共有しておくべきだろうに。あいつは司令官としての情報管理の重要性をまだ理解していないようだな」
「はい? それは、ガルマ大佐の采配を批判されているのでしょうか?」
不快感を察したのか、軽く右手を上げて制止してきた。
「すまんな、中佐。気分を害するつもりはなかった。……本題に戻ろう。オデッサという地名は知っているだろう?」
「もちろんです。マ・クベ大佐が指揮を執っている、欧州最大の資源採掘と補給の要所基地ですね。ジオンの生命線とも言える場所だと認識しております」
「その通りだ。連邦軍の奴ら、そのオデッサの地へ戦力を結集させ、ついに本腰を入れて地球規模の反撃に出るという情報が入ったのだ。オデッサが落ちれば、我々の地球での優位は崩れる。……最近になって連中の新型モビルスーツが姿を現し始めたであろう?」
「ええ、『ジム』と言うそうですね。何度か交戦しました。機体の装甲そのものはガンダムに比べれば脆いですが、ビーム兵器を標準装備しているのは無視できない脅威ではありますが」
「貴官らの乗るドムはどうだ? あれで機動力を活かしてなかなかの戦果を上げているようだが。私の直轄部隊の機体を横取りしただけの価値はあったか?」
少しだけ意地悪な響きを含ませて尋ねてくる。
「はい、お陰様で。地上での機動力とスピードにおいてザクはもちろんグフをも遥かに凌駕します。存分に使わせていただいていますよ。まあ、導入にあたっては我がフロートニック家の財力とコネも多分に投入させてもらいましたがね。投資に見合うだけの機体です」
「うむ……。……で、ここからが本題なのだが。貴官ら不死鳥隊には、北米の戦線を一時的に離れ、そのオデッサの防衛ラインに参加してもらいたい。……頼めるかな? 君たちの力が必要だ」
俺は、すぐにはイエスと言わなかった。
「……大変申し訳ありませんが、少将閣下。私の所属はあくまで『地球方面軍』の管轄下にあります。総司令官であるガルマ大佐に許可を取っていただければ、我々はいつでも飛び立ちますよ。ですが、頭ごなしの命令は、軍の指揮系統の規律上お受けいたしかねます」
「……フロートニック中佐。君はわかっていないようだな。ガルマの上官は私だが? 私の命令はガルマの命令よりも優先されるのが軍のルールだぞ」
「であれば、少将閣下。上官としての権力を振りかざすのではなく、ガルマ大佐の『姉』として、弟に一言説明してあげるのが身内としての筋というものでしょう」
「……ふ……」
「……ふはははははは!!」
「なるほど。大した肝っ玉を持った少年だ。わかったよ、降参だ。ガルマが貴官を気に入り、手放したがらない理由がよくわかった……。では君の提案通り、地球方面軍司令部へと正式な依頼を出して、ガルマの許可を取ってから改めて命令を下そう。……オデッサでの活躍、大いに期待しているぞ、中佐」
恐ろしい女傑との政治的な心理戦を無傷で乗り切り、胸を撫で下ろした。
◇◇
――ウゥウウウーーー!!!
突如として、戦闘配備のサイレンが鳴り響き始めた。
「何事か!!?」
「て、敵です!! 連邦軍のモビルスーツ……下半身がキャタピラになっているタンクもどきが一機、単独で防衛線の第一ラインへと接近しています!」
「単機で、だと? たった一機のモビルスーツで、この鉱山基地を落とせると思っているのか。我々も随分と連邦に舐められたものだな。ただちに防衛部隊を出撃させろ!!」
「少将閣下、俺が出ますよ」
「ちょうどいいタイミングです。新しいドムの足慣らしにもなりますし」
「………良いのか、中佐? 貴官自身が自ら出向かずとも、防衛隊が十分に配備されているが」
「流石に、閣下の御前で、勝手に暴れられては地球方面軍の面目が丸潰れですからね。こんな後方までしゃしゃり出てきたことをあの世で後悔させてやりますよ。それに……」
フラナガン機関にいるマリアのことや、部下たちの顔を思い浮かべながら、首の骨を鳴らす。
「連邦に対するただの『憂さ晴らし』も兼ねていますから。片付けて戻ってきますよ。……では、失礼します」
◇◇
「各部ジェネレーター出力正常、ホバー推進系のシステムオールグリーン! カリス・フロートニック、ドム、これより出るぞ! ハッチを開けろ!」
両足のペダルを強く踏み込み、スロットルレバーを限界まで押し込む。
風圧が乾いた土を巻き上げ、後ろには砂煙の壁が延々と形成されていった。
「他の奴らはどうなっている!? エリスたちはどこだ?」
『エリスやシェルドたちは別の区画のパトロール任務に出ていて、ここからは少し距離が遠いな。合流するまでに少々時間がかかる。だが、カリス。相手はタンクもどき一機だけだろう? わざわざ全員を呼び戻すまでもない。俺たち二機がいれば、十分すぎるほどにお釣りがくる』
後方をマークのドムが追従してきている。声には自信が満ち溢れていた。
「それもそうか……。一気に懐に飛び込んで、大砲ごとダルマ落としにしてやる。行くぞ、マーク!」
そして『ガンタンク』の姿をメインカメラがハッキリと捉えた。
よし、射程圏内だ。相手はまだこちらに気づいていない。このまま一気に距離を詰めて終わらせる。
――キュピーーン!!
『これは……! なんだ、この感覚は……!』
「この気配……! こいつ、ただのパイロットじゃないぞ!」
頭で考えるよりも先に勝手に反応していた。理屈ではない。ここで立ち止まれば、いや、このまま真っ直ぐに進み続ければ、コンマ一秒後には確実に撃ち抜かれる。
「マーク、散開しろ!! 真っ直ぐ進むな!!」
その直後。ガンタンクの両肩から放たれた実弾が肩アーマーを数ミリの隙間で掠めて通過していったのだ。
砲弾は遥か後方の岩山に着弾し、大爆発を引き起こして鉱山基地の一部を吹き飛ばした。
「マジかよ!? 冗談だろ!? あの距離から射線を置いてきやがっただと!? 乗っているのは間違いない、白いヤツに乗っていた、あの化け物パイロットか!」
『信じられん……! どういうつもりだ?機体性能に劣るタンクもどきに乗り込んで…?』
マークの額からも冷や汗が流れている。
『……外した? こんな鉱山基地を攻撃するくらい、ガンダムの力なんかいらないさ。ガンタンクの火力と射程で十分すぎる……! なのに、どうしてだ!? なぜアイツら……当たらない!? 僕の予測よりも速いのか!?』
少年の声…?
「ぐっ……!!」
「ふざけるなよ、連邦……!!」
「マーク、一気に距離を詰めるぞ! ジャイアント・バズで目眩しだ!」
『了解だ! カリス!』
俺とマークは、ガンタンクが次弾を装填して砲身を向けようとする隙を読み切り、高速で交差するような軌道を描きながら、ジャイアント・バズを構えた。
あえて本体に直撃させるのではなく、周囲の大地を吹き飛ばし、土煙と爆炎による壁を形成する。
これならいくら相手の直感が優れていようと、カメラとレーダー波を遮断することができる。
「今だ!! 煙を抜けろ!!」
相手の巨砲はここまで接近されれば無用の長物だ。
『……来るっ!! ここまで速いのか!! これ以上は無理だ、引くしかない!!』
その直後、ガンタンクが、およそキャタピラ式の重機とは思えないような滑らかな挙動を見せた。
機体を小刻みに揺らしながら、ヒート・サーベルの間合いに入るギリギリのラインで、後退を始めたのである。
ただ後退するだけではない。両腕のミサイルと、手首からのボップガンが弾幕となってこちらに向けて乱射してきたのだ。
「チィッ!! なんて野郎だ、どこまでも的確に嫌なところを狙ってきやがる!! 隙が全くない!!」
推進部に直撃を食らえば、ホバー機構が破壊されて、身動きが取れなくなってしまう。それだけは避けなければならない。
「マーク、防げ!! 足元をやられるぞ!!」
弾幕を防ぐために足を止め、防御に徹したそのわずか数秒の隙。
その隙を突いて、ガンタンクは巧みに地形の起伏と岩山を利用し、その姿を消してしまったのだ。
熱源反応がレーダーから消え去り、対空サイレンの音も鳴り止んで、静寂が取り戻される。
『……逃げられたか。あの足の遅いタンクで撤退するとはな。なんてバケモノだ』
『それにしてもカリス。あのパイロット……以前北米で戦った時よりも、明らかに殺気の密度と、先読みの精度が研ぎ澄まされてきやがったな。あの時はまだ戸惑いや怯えがあったが、今日は迷いがなかったぞ』
「………ああ、その通りだ。いよいよ、あのパイロットも慣れてきたということだろうよ。……お前も、聞こえたか?」
『………ああ。アムロと言っていたな。どう聞いても少年の声だった』
「まったく……連邦軍の奴らは血も涙もないのかよ。子供を平気で最前線に引っ張り出してきて人殺しをさせるなんて。ジオンを非人道的だと非難するくせに、どいつもこいつも狂ってるぜ」
『何を大人みたいに語っているんだよ。カリスだって人のことを言える立場じゃないだろう。お前だってまだ十六歳の、世間から見れば子どもだろうが。お前も子どもながらに、数え切れないほどの人間を殺してきている立派な死神の一人だぞ?』
‥‥見事なブーメランだ。
「…………違いないか。俺も…」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は、キシリアとの対面、オデッサ作戦への導線、そしてドムでのガンタンク迎撃を書きました。
カリスとキシリアのやり取りや、ガンタンクに乗ったアムロとの戦闘など、印象に残った場面があれば感想をいただけると嬉しいです。