機動戦士ガンダム 不死鳥戦記   作:だいたい大丈夫

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最新鋭機ドムを受領した不死鳥隊のもとへ、本来その機体を受け取るはずだった黒い三連星のガイアが現れる。

一方、シェルドが仕掛けた発信機は、木馬がオデッサ方面へ進んでいることを示していた。

迫る決戦を前に、不死鳥隊は木馬への追撃作戦を開始する。



ドム八機、怒れる黒い三連星

宇宙世紀〇〇七九年、十一月五日。

 

前にも言ったが、俺たち不死鳥隊は軍上層部から異常なほど優遇されている。

専用の足としてガウ攻撃空母を与えられ、補給の順番はいつも最優先。食料も弾薬も部品も、申請すれば驚くほど早く届く。機体に至っては、地上戦用の最新鋭重モビルスーツ『ドム』が八機だ。しかも実戦配備されたばかりの初期ロットを、まとめて八機である。

 

一機ずつ最新鋭機が行き渡る計算だ。

全員が同じ機種で動ける利点は大きい。生き残ることを何より優先する俺たちにとって、機体性能の底上げはそのまま命の余裕になる。俺だって新型を回してもらえるなら、遠慮なく受け取る。

 

だが、限りある軍の予算と生産ラインの中で俺たちが優遇されるということは、当然それによって割を食う部隊も存在するわけで……。

 

「俺たちのところに回ってくるはずのドムが来ないと思っていたら……貴様らの隊が横取りしたと言うじゃないか……ですか!」

 

目の前の大男がこちらを睨みつけている。

整備兵たちは作業を続けているふりをしながら、全員がこっちに聞き耳を立てていた。

 

そりゃ気になるよな。

突撃機動軍のトップエース、『黒い三連星』の隊長ガイア大尉が、俺たちの格納庫へ殴り込みに来ているのだから。

 

恰幅のいい体つきに、戦場慣れした鋭い目。年齢は知らないが、どう見ても俺よりずっと年上だ。胸ぐらを掴んでこないだけ、軍人として最大限の自制をしてくれているのだろう。

それにしても、途中で言葉遣いが完全にバグっている。

 

戦歴も年齢も威厳も、どう考えても向こうが上だ。

それでも階級章だけを見れば、俺が二階級も上になる。

歴戦の勇者が、十六歳に敬語を使わなければならない。軍隊という組織の理不尽さが、今まさに俺の目の前で人の形になっていた。

 

「すいません……。私としても、本国へ新型の要請を出しただけではありますので……」

 

精一杯の愛想笑いを浮かべる。

ガイア大尉の眉間のしわが深くなった。まずい。今の笑顔は完全に逆効果だ。自分でも分かる。

 

「要請しただけだと? では、なぜ八機もある!」

 

「私も八機すべてが来るとは思っていませんでした」

 

「黒い三連星は三人だ! 八機もあるなら、三機くらいこちらへ回せるだろう……回していただけるでしょう、中佐殿!」

 

「そこを私の独断で決めるわけには……」

 

「貴様が隊長だろう!」

 

「はい。そうなのですが、部隊に配備された軍の資産を、現場の気分で別部隊へ渡す権限まではありません」

 

「正論を言えばいいと思っているのか!」

 

「思っていません! 私も困っているんです!」

 

思わず本音が出た。

 

俺だって、自分たちに回るはずの新型がどこかの坊ちゃん部隊に持っていかれたら腹が立つ。殴らずに話し合いを選んでくれているだけで、ガイア大尉はかなり理性的だ。

 

「納得できん! フロートニック家のコネと財力を使ってるんじゃねえだろ……ないでしょうね!」

 

「それは……」

 

視線が勝手に格納庫の端へ逃げる。

そこにはニキさんがいる。俺とガイア大尉の会話は確実に聞こえているはずだが、顔を上げる気配はない。

 

あの反応は怪しい。

多分、いやほぼ間違いなく、ニキさんがフロートニック家のコネと財力を全開で使っている。工場から出たばかりの機体を輸送隊ごとこちらへ向かわせたのだろう。

 

頼もしい。とても頼もしいが、今はその有能さが胃に刺さる。

 

「使っていない、とは言い切れませんね……」

 

「やはり使っているんじゃないか!」

 

「私が直接使ったわけではありません!」

 

「同じことだ!」

 

「違いますよ! 少なくとも私の良心にとっては大きな違いです!」

 

「軍の補給に当主の良心など知るか!」

 

もっともである。

 

反論できない俺の背後で、油圧装置の作動音が響く。整備兵の一人が、こちらを見ながら操作を間違えたらしい。隣の兵士に小声で怒鳴られている。

見世物じゃないぞ。いや、こんなものを見せられたら見るか。

 

「中佐!」

 

「はい!」

 

「俺たちは、このドムを受領するために来たのだ! 訓練を重ね、運用方法も研究してきた! それが受領直前になって、機体だけ別の部隊へ回された! その部隊がドムを八機も並べている! これで納得しろと言う方が無理だろう……無理ではないでしょうか!」

 

最後だけ敬語に戻るのが、ものすごくつらそうだ。

 

「仰る通りです」

 

「ならば!」

 

「ただし、この八機はすでに不死鳥隊へ配備済みです。書類上も受領が完了しています。ここから三機を抜けば、今度は私と補給担当者が軍規違反に問われます」

 

「貴様ほどの人間が、今さら軍規を気にするのか?」

 

「ガイア大尉の中で、俺はどんな人間になっているんですか」

 

「家の力で最新鋭機を奪い、ザビ家の威光で黙らせる人間だ!」

 

「本人を前にそこまで正直に言います?」

 

「言葉を飾る余裕があるように見えるか!」

 

「見えませんね!」

 

エリスは少し離れた場所で腕を組み、困ったように笑っている。マークは壁にもたれたまま、助け舟を出す気がまったくない。シェルドはどうしていいか分からず、俺とガイア大尉を交互に見ている。

 

エターナはドムの脚部へ寄りかかり、余裕のある笑みを浮かべている。エルフは俺を守ろうとするように一歩前へ出かけているが、その肩をエターナに押さえられている。

ジュナスに至っては、面白そうに微笑んでいる。

 

お前ら、少しは隊長を助けろ。

 

「ニキさん」

 

「はい、中佐」

 

「このドム、黒い三連星に配備される予定だった初期ロットですか?」

 

「生産工場から欧州方面へ送られる予定だった機体です」

 

「答えを少しずらしましたね」

 

「正式な配備先が確定する前に、不死鳥隊への配備命令が発行されています。したがって、黒い三連星から横取りしたという表現は正確ではありません」

 

「聞いたか!」

 

「配備先は確定していなかったそうです!」

 

「屁理屈ではないか!」

 

「俺もそう思います!」

 

思わず同意すると、ニキさんの目が少しだけ細くなった。

怖い。

 

「いえ、軍の正式な手続きを踏んでいるなら問題ありませんね。うん。問題はありません」

 

「中佐、今の訂正は必要ありません。事実は事実ですので」

 

「分かりました。後で二人で話しましょう」

 

「かしこまりました」

 

絶対に怒っている。

仕方がない。

ここは隊長らしく、相手の肩を叩いて落ち着かせよう。

 

一歩近づき、ガイア大尉の肩に手を置く。ガイア大尉の視線が俺の手へ落ち、次に俺の顔へ戻った。

 

まずい。偉そうに見える。

もう置いてしまったので、今さら引っ込める方が不自然だ。

 

「ガイア大尉、あまり末端の私を困らせないでください。我々の要望を通してくれたのはガルマ大佐とキシリア閣下なのですから、不満があるなら直接お二人に言っていただければ……」

 

ガイア大尉は何も言わない。

 

肩越しに、マークが片手で顔を覆っている。エリスも笑顔のまま固まっている。シェルドは「ああ……」と小さく声を漏らす。ジュナスだけは、ますます楽しそうだ。

 

あれ?

俺は何かまずいことを言ったか?

 

いや、言ったな。

今の言い方では、「俺に文句を言っても無駄だ。文句があるならガルマ大佐とキシリア閣下に直接言え」となる。しかも俺は肩まで叩いている。

完全にザビ家との繋がりを盾にした脅しだ。

 

「……………………それが言えれば苦労せん」

 

「いや、他意はないんです。本当に」

 

「分かっている。中佐殿は、俺のような一介の大尉とは立っている場所が違うということだろう」

 

「違います! そういう意味ではありません!」

 

「キシリア閣下へ直接申し上げればいい、か。なるほど。確かに筋は通っている」

 

「待ってください。今、完全に誤解していますよね?」

 

「誤解などしていない」

 

客観的に見れば、俺は虎の威を借る狐そのものだ。

しかも困ったことに、まったくの誤解でもない。俺がガルマ大佐やキシリア閣下との繋がりによって恩恵を受けているのは事実だし、フロートニック家の力が補給へ影響しているのも事実だろう。

 

「次のロットがすぐに出るはずですから、頼みますよ。本当」

 

「その次のロットまで、どこかの御曹司部隊に持っていかれない保証はあるのか?」

 

「今度は大丈夫です。多分」

 

「多分か!」

 

「そこは俺が決められないので!」

 

「では、せめて模擬戦をしろ!」

 

「模擬戦?」

 

「そのドムを本当に使いこなせる部隊なのか俺たちが確かめる。宝の持ち腐れなら、上に再配備を具申する」

 

「ちなみに、黒い三連星の皆さんは何に乗るんです?」

 

「ザクだ」

 

「ザク三機で、ドム八機の不死鳥隊と?」

 

「機体の数と性能を言い訳にするつもりはない」

 

「俺たちが勝っても新型のおかげ、負けたら宝の持ち腐れ。こちらに何の得もありませんよね?」

 

「俺の気が晴れる」

 

「それは大尉の得でしょう!」

 

「受けないのか?」

 

「今から木馬を追う作戦があります!」

 

こちらが断ると、ガイア大尉は露骨に舌打ちする。

 

「木馬か」

 

「はい。オデッサへ向かっている可能性が高いので、その前に叩きます」

 

「ならば、そこでドムの性能を見せてもらおう」

 

「見に来るんですか?」

 

「俺たちも別命を受けている。貴様らに付き合う暇はない。だが、木馬を討ったという報告が届かなければ、この話は終わっていないと思え」

 

「本当にすいません」

 

俺が頭を下げるのを見て、ガイア大尉は歯を食いしばった。そのまま勢いよく踵を返し、格納庫の出口へ向かう。

 

「寿命が縮んだ……」

 

「木馬を討てなければ、黒い三連星が模擬戦を申し込んでくるぞ」

 

「木馬を討てばいい」

 

「簡単に言うね、中佐」

 

エリスが苦笑する。

 

「お前たち、見ていたなら助けてくれてもよかっただろ」

 

「階級でいえば、お前が一番上だからな」

 

「都合のいいときだけ階級を持ち出すなよ、マーク!」

 

「私が口を挟むと、もっとこじれると思いまして」

 

ニキさんが平然と答える。

 

「そもそもの原因は、かなりの割合でニキさんですよね?」

 

「中佐が最新鋭機を希望したため、手配したまでです」

 

「俺は配備予定を潰してまで八機寄越せと言ってないよ!」

 

「不死鳥隊のモビルスーツパイロットは八名です。全員へ同一機種を配備するには、八機必要です」

 

「正しい。人数だけ考えれば正しいけど、もう少し他部隊への配慮をだな……」

 

「不死鳥隊の生還率を下げてまで、他部隊へ配慮する理由はありません」

 

ガイア大尉が聞いたら、今度こそ胸ぐらを掴まれるぞ。

だが、ニキさんの優先順位はいつも変わらない。軍全体でもジオンの勝利でもなく、まず俺が生き残ること。その次に不死鳥隊のみんなが生き残ることだ。

ありがたい話ではある。やり方が強引すぎるだけで。

 

「それに、中佐」

 

エルフが我慢できなくなったように口を開く。

 

「ガイア大尉がいかなる勇士であろうと、中佐を一方的に責めるのは筋違いだ。中佐は正式な配備命令に従っただけではありませんか。私が割って入るべきだった」

 

「入らなくて正解だよ。お前が入ったら、騎士の決闘みたいな話になっていただろ」

 

「必要とあらば、このエルフリーデ・シュルツが正々堂々と!」

 

「ほら、もうなってる」

 

「だから止めておいたのよ」

 

エターナがエルフリーデの肩へ腕を回し、こちらへ笑いかける。

 

「ガイア大尉の怒りはもっともだもの。私たちが横から何を言っても、隊長への苦情が八人分に増えるだけよ」

 

「助けない理由を色っぽく言っても駄目だからな」

 

「あら、慰めてほしいなら後でいくらでも」

 

「結構です」

 

「それより、ブリーフィングのお時間です」

 

「分かってる。ルナは?」

 

「先にブリーフィングルームへ入り、木馬の位置情報を整理しています」

 

「なら行こう。大口を叩いたんだ。せめて追いつくだけは追いつかないとな」

 

「大口を叩いた自覚はあったのか」

 

「伝わっているなら、もっと優しくしてくれ」

 

「僕は優しくしていますよ!」

 

「シェルドはな」

 

ジュナスは口元に笑みを浮かべたまま、何も言わない。

こいつが黙っているときは、だいたい何かよくないことを考えている。だが、心を読もうとしても何も伝わってこない。本当に不気味なほど静かだ。

 

「ジュナス、お前は?」

 

「僕もカリスには優しくしているつもりだよ」

 

「お前の優しさは距離感がおかしいんだよ」

 

「そうかな?」

 

「そうだよ」

 

話しながら格納庫を出る。俺の胃痛の原因は、連邦軍だけではないらしい。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

通路を歩いていても、さっきのガイア大尉の顔が頭から離れない。

 

軍の階級は功績だけで決まるものではないと分かっているが、本人を目の前にするとさすがに後ろめたい。

 

「気にするな」

 

隣を歩くマークが言う。

 

「何も言ってないぞ」

 

「顔に出ている」

 

「能力じゃなく?」

 

「使うまでもない」

 

「そんなに分かりやすいか?」

 

「ガイア大尉へ階級を返したそうな顔をしている」

 

図星だ。

 

「返せるなら少し分けたいね」

 

「階級章を半分に割っても、少佐二人にはならないぞ」

 

「知ってるよ!」

 

エリスとシェルドが後ろで笑い、エターナまで口元を緩める。エルフリーデだけは、階級章を本当に分けられないものかと考えるような真剣な顔をしている。お前は少し融通というものを覚えろ。

 

こういうどうでもいい会話をしていると、少しだけ肩の力が抜ける。

ブリーフィングルームへ入ると、室内の照明が落とされている。メインモニターには欧州一帯の地形図が表示され、その上で一つの赤い光点がゆっくり明滅していた。

 

「中佐、木馬に取り付けた発信機からの信号を継続して受信しています。位置の誤差は、この範囲です」

 

赤い光点を中心に、半透明の円が表示される。

 

「ご苦労。信号は安定しているか?」

 

「はい。今のところ、発見された様子はありません。ただ、地形と木馬の移動速度によって、一時的に受信が弱くなる可能性はあります」

 

「十分だ」

 

全員が席につく。

 

「ここが、木馬の現在いるポイントだな」

 

「移動速度と方角からすると、このまま南東へ進むつもりか」

 

俺が聞くと、別の線を表示された。木馬がこれまで通ってきた経路と、今後進む可能性の高いルートだ。

 

「はい。進路が変わらなければ、オデッサ方面へ近づきます」

 

「やはりな」

 

俺たちと何度もぶつかり、そのたびに生き延びている戦艦。あちらにとっても、俺たちは同じようにしつこい敵なのだろう。

 

「それにしても、よく発信機をつけられたな。お手柄だぞ、シェルド」

 

褒めると、シェルドは少し照れくさそうに頭を掻く。

 

「いやあ、それほどでも……ありますかね!」

 

「最後に胸を張るなら、途中で遠慮する必要はないだろ」

 

「では、かなりのお手柄です!」

 

「自分で言い切ったな」

 

「中佐が言っていいと!」

 

「まあ、実際その通りだ。発信機がなければ、ここまで正確には追えない」

 

シェルドは嬉しそうに笑う。

こうして見ると素直で可愛いのだが、やっていることは恐ろしい。

 

自然に会話し、本人に気づかれないまま発信機を仕込む。相手が木馬の関係者だと見抜いたことも含めて、スパイ映画の主人公かお前は。

 

 

「発信機を取り付けたとき、相手に怪しまれなかったのか?」

 

「大丈夫ですよ。普通に話して、別れるときに少し触れただけですから」

 

「でも、発信機がなくたって、今は大体の気配で分かるというか……。この距離でも、肌を刺すように感じられるしな……」

 

距離があるから、はっきりと声が聞こえるわけではない。何を考えているかも分からない。ただ、落ち着かない感情が大きく膨らみ、外へ漏れ出している。

殺気だけではない。不安、焦り、苛立ち、孤独。その全部が混ざって、乱れた波のようにこちらへ届く。

 

「そうですね。今はアムロ君、ひどくナーバスになっていますから。読みやすいです」

 

エリスが当たり前のように言う。

怪訝な顔でエリスを見た。

 

「ああ……敵のパイロット、アムロって言うんだっけ?」

 

「はい。アムロ・レイ君です」

 

「なんでお前ら、そんなところまで分かるんだ?」

 

「中佐も分かりません?」

 

エリスがキョトンとする。

その反応はちょっと傷つく。俺だけ授業についていけていない生徒みたいではないか。

 

「うむ、分からん」

 

「私にも、感情が乱れていることくらいは分かるわ」

 

エターナが光点を眺めながら言う。

 

「でも、相手を直接知らなければ、誰の感情かまでは絞れない。狙撃と同じね。気配だけでは照準にならない。顔と声を知って、ようやく一人へ狙いを合わせられる」

 

「今、かなり不安定ですよ」

 

「それは分かる。嫌な感じがずっと届いているからな。ただ、それがアムロという個人のものだと断定できない。ましてや名前なんて、どうやって拾うんだ?」

 

俺の能力は広く浅い。

エリスたちの能力は、相手と繋がったときに深く届く。同じニュータイプらしき力でも、使い方も得意分野も違うのだろう。

 

「俺とエリスとシェルドは、町で一度会って言葉を交わしているからな」

 

「波長を合わせた相手のことは、遠く離れていても繋がりを感じやすいんだろう。顔と声と名前を知っているから。なあ、シェルド?」

 

「あ……はい! とても神経質そうな人でしたものね!」

 

俺の意識に冷たいものが触れた。

疑問。それから、恐怖。

どちらも一瞬だけだが、かなり強い。発信源は近い。間違いなくシェルドだ。

 

「シェルド?」

 

「はい?」

 

「今、何か怖がったか?」

 

「え? 怖がってなんかいませんよ」

 

どうした? アムロのことか。それとも町で一緒にいたという民間人の少女か。発信機を仕込んだことに罪悪感でもあるのか。

 

いや、マークに話を振られた瞬間に反応した。何か言いたくないことがあるのかもしれない。

 

「本当に?」

 

「本当です。アムロ君の感情が流れてきて、それに引っ張られただけじゃないですか?」

 

「そうかな……」

 

もう少し意識を向けてみる。無理やり心を暴くつもりはない。ただ、シェルドが助けを求めているなら見逃したくない。

 

そのとき、背中に柔らかい重みがかかった。

 

「のわっ!」

 

腕が胸元へ回り、背後から体をぴったり押しつけられる。首筋に顔を埋められ、温かい息が触れた。

 

「なんだ、いきなり後ろから抱きついて……って、ジュナスか!」

 

確認するまでもない。こんなことをする奴は一人しかいない。

 

「……シェルドは、もう十六になったのかい?」

 

ジュナスが俺の首筋へ顔を寄せたまま、甘い声で聞く。

 

「なに! シェルドに話しかけるのに、いちいち俺に抱きつく必要があるのか!?」

 

「ないね」

 

「なら離れろ!」

 

「でも、ここが一番落ち着くんだ」

 

「俺はまったく落ち着かない!」

 

シェルドは慌てて姿勢を正す。

 

「僕は十二月三十一日生まれなので、まだ十五歳ですね」

 

「そうか。なら、もうすぐだね」

 

声が近い。近すぎる。

 

「カリス、君は十六歳で、シェルドもじきに同じ十六歳になる。心の揺れには、もっと丁寧に気を配ってあげないと……」

 

「だからって、俺に抱きつく理由にはならないだろ!」

 

「それにしても、中佐は今日もいい匂いがするね……」

 

耳たぶに息を吹きかけられ、全身の毛が逆立つ。

 

「ええい、離せ!」

 

ジュナスは抵抗せず、軽やかに一歩下がった。口元にはいつもの笑みがある。

 

「こいつまったく感情が読めないから一番タチが悪いんだよ!」

 

「読まれたくないことの一つや二つ、誰にでもあるだろう?」

 

「お前の場合、一つや二つじゃないだろ」

 

「どうかな」

 

エリスが口元を押さえて笑い、マークは呆れたようにため息をつく。ニキさんは表情を変えていないが、ジュナスを見る目がわずかに冷たい。

 

「ジュナス中尉。ブリーフィング中は、中佐へ不要な接触をしないように」

 

「必要ならいいのかい?」

 

「必要性はこちらが判断します」

 

「厳しいね、メイド長は」

 

「軍務ですので」

 

気になるが、今は木馬だ。俺はモニターの地形図を拡大する。

 

「とにかく、木馬の進行ルートを考えると、『オデッサ作戦』に参加するつもりなのは明らかだ」

 

「断定するには、まだ早くないか?」

 

「木馬がオデッサを避ける可能性もある。連邦にとって重要な艦なら、総攻撃へ投入せず後方へ下げる判断もあり得る」

 

「だが、今の進路はオデッサ方面だ。大規模な反攻作戦を準備している時期に、近づいている。偶然と考える方が無理がある」

 

「俺も合流する可能性は高いと思う。ただ、確定情報として扱うなと言っている」

 

「分かってるよ。相変わらず細かいな、副長は」

 

「隊長が大雑把だからな」

 

不満を飲み込み、赤い光点を指す。

 

「どちらにしても、あれをオデッサへ入れるのはまずい。木馬だけでも厄介だが白い奴が連邦の大部隊と連携したら、こちらの損害が増える」

 

「アムロ君の状態が不安定なら、今が好機でもありますね」

 

エリスの言葉に、シェルドが少し表情を曇らせる。

 

「不安定だから弱いとは限らないぞ」

 

「感情が乱れている奴は、動きが読みにくくなることもある。追い詰められて、いつも以上の力を出すかもしれない」

 

「中佐自身がそういう戦い方をしますからね」

 

「俺は追い詰められたくて追い詰められているわけじゃない」

 

「毎回結果として無茶をしています」

 

本当に油断ならない。

 

「ガウでこの地点まで先回りする。木馬が現在の進路を維持すれば接触は可能だ。だが、こちらの接近を察知して進路を変えれば、追撃に時間がかかる」

 

「発信機があるから見失いはしない」

 

ルナが補足する。

 

「信号を追うだけなら可能です。ただし、木馬が山岳地帯へ入り込むとガウの進路が制限されます。天候も悪化する予報が出ています」

 

「ドムなら地上で追える」

 

「我々の本来の任務を忘れてはいけません」

 

不死鳥隊に与えられているのは、オデッサ作戦に対する防衛任務だ。

木馬の追跡と撃破は重要だが、こちらが勝手に優先順位を変えていいわけではない。

 

「我々不死鳥隊も、キシリア閣下よりオデッサ作戦の防衛任務を直接請け負っています。木馬討伐に固執して、本命の防衛に穴を開けるわけにはいきません」

 

「分かっている。だから、オデッサに到着する前に仕留めるんだ」

 

「仕留められないと判断した場合は、速やかに下がります。木馬を撃沈できずとも、彼らに痛打を与えるだけで戦術的な意味はあります。機体を損傷させれば修理に時間がかかり、作戦へ参加できなくなる可能性もありますから」

 

「ガンダムだけでも壊せれば大きいな」

 

「木馬の推進系を狙う手もある。撃沈に固執する必要はない」

 

それでも、やることは変わらない。

木馬を叩き、全員で帰る。それが不死鳥隊の次の仕事だ。




ここまで読んでいただきありがとうございます。

今回は、黒い三連星とのドムを巡るやり取りと、木馬追撃に向けた作戦会議を書きました。

ガイアとカリスの会話や、シェルドとジュナスの様子など、印象に残った場面があれば感想をいただけると嬉しいです。
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