機動戦士ガンダム 不死鳥戦記 作:だいたい大丈夫
木馬を足止めした不死鳥隊は、その不在を利用した欺瞞作戦をマ・クベへ提案する。
そして彼ら自身も、地平線を埋め尽くす連邦軍の大部隊を迎え撃つため、正面防衛線へと立つ。
宇宙世紀〇〇七九年、十一月七日。
地球連邦軍は、ジオンが保有する中央アジアから東ヨーロッパ一帯の鉱山地帯を奪還するため、大規模反攻作戦を開始した。
作戦名は『オデッサ作戦』
連邦軍の実質的な最高指揮官であるレビル将軍は、各方面から集めた部隊を進路へ分け、防衛線を押し潰そうとしている。
その中で、右翼側の後方撹乱を任される予定なのがホワイトベース隊だ。
正面の主力部隊がマ・クベ大佐の防衛軍を引きつけている間に、ホワイトベース隊が右翼後方へ回り込み、補給線と指揮系統を攻撃する。
たった一隻へ任せるには重い役割だが、レビルはガンダムの戦力を高く評価しているのだろう。
しかし、連邦軍本隊はまだ知らない。
ホワイトベースは両方のエンジンを破壊され、作戦へ参加できない状態に陥っていることを。
マ・クベ大佐による通信妨害と欺瞞情報が、連邦軍の目と耳を塞いでいる。
作戦開始の時刻は迫り、すでに各方面で戦闘が始まろうとしている。
ジオン軍総司令部では、巨大な戦況図へ両軍の配置が表示されている。
連邦軍を示す光点は画面を埋め尽くすほど多い。正面、左右、後方予備。どこを見ても、ジオン側より一桁多い部隊が並んでいる。
戦況図を見上げながら、マ・クベ大佐は細い目をさらに細めた。
「一隻の戦艦のみに右翼の後方撹乱を任せようとは、レビルも思い切った手を打ちますな」
マ・クベの隣には、北米から救援に駆けつけたガルマ・ザビが立っていた。
大佐の階級章ではない。北米戦線を立て直し、さらにアジア方面の戦線を維持した功績によって、ガルマは准将へ昇進している。
「だが、あの木馬はそれだけの戦力を持った部隊だ。このオデッサでも、決して油断はできん」
「ガンダムだけではない。ガンキャノン、ガンタンク、航空戦力、それらを運用しながら各地を突破してきた戦艦だ。数だけで考えるべきではない」
「ガルマ様がおっしゃるのであれば、そうなのでしょうな」
「しかし、北米を立て直され、アジア戦線をも維持しておられるその手腕には脱帽するばかりです。遅ればせながら、准将への昇進、おめでとうございます」
「……大佐に褒められると、こそばゆいな」
「しかし、この准将の階級はザビ家の七光りではなく、自分で掴み取った結果だと思っている。誇らしいよ。素直にね」
その声には、以前のような危うい力みがない。
経験は、若い指揮官から余計な虚勢を削っていた。
「七光りだけで戦線を立て直せるのであれば、我が軍も苦労はいたしません」
「君の口から言われると、褒められているのか試されているのか分からないな」
「もちろん、心よりお祝い申し上げております」
「そういうことにしておこう」
ガルマは再び戦況図へ顔を向けた。
「もっとも、私一人の力で得た結果ではない。現場で戦う将兵がいてこそだ」
「子飼いの部隊が、随分と優秀だとか」
「ああ。フロートニック中佐の『不死鳥隊』と、シャア中佐の『マッドアングラー隊』は本当によくやっている」
「シャアは海洋方面へ配置を移してからも戦果を挙げ続けている。カリスたちは各地を転戦しながら、こちらが想定する以上の働きをしてくれる。彼らがいなければ、私は准将どころか北米で戦死していてもおかしくない」
「なるほど。部下の功績を自らのものとして独占されない。その姿勢も、将兵の忠誠を集める理由なのでしょうな」
「私は事実を言っているだけだよ」
「その事実を口にできない指揮官も多いのです」
二人の会話を遮るように、通信席のオペレーターが振り返った。
「准将閣下! フロートニック中佐より通信です!」
「カリスからか! すぐに繋いでくれ」
「はっ!」
通信回線を切り替える。
『ガルマ准将。カリスです』
「おお、カリス! 無事だったか」
いつの間にやら、ガルマ准将からファーストネームで呼ばれるようになっている。
階級差は前より開いているが、悪い気はしない。
それより、開口一番にこちらの無事を案じてくれるのが嬉しい。
普通なら先に作戦の結果を聞くだろうに。
本当にできた上官だ。
『ご安心ください。全員無事です』
「そうか。よかった」
肩から、わずかに力が抜ける。
『本日未明、我々は木馬への急襲に成功しました。残念ながら撃沈には至らず、白い奴を落とすことも叶いませんでしたが……』
一度言葉を切る。
『木馬の両エンジンを撃破し、座礁させることには成功しました。修理には相当な時間がかかります。この作戦中、奴らの参戦はもはや不可能です』
「何っ!」
「よくやってくれた!」
『ありがとうございます』
「木馬とガンダムを足止めしたのか。撃沈できずとも十分な戦果だ。いや、この作戦全体を考えればそれ以上かもしれん」
「……実に素晴らしいですな」
表情だけでは、本当に褒めているのか、次の策を考えているのか分からない。多分両方だろう。食えないおっさんだ。
『マ・クベ大佐には、一つ現場からの進言があります』
「ほう。伺おう」
『木馬の座礁は、連邦軍本隊には知られたくありません』
口元が少しだけ上がった。もう意図に気づいたようだ。
『連邦は木馬による撹乱を前提に、部隊を配置しているはずです。であれば、その部隊をあえて配置された場所から動かさず、木馬を待たせ続けることはできませんか?』
「来るはずの援軍を待たせるわけですな」
『はい。右翼側の部隊を遊兵化させます。こちらが正面で攻勢を受け止めている間も、相手は存在しない木馬の作戦行動へ合わせようとする。少なくとも、すぐに主戦場へ投入することはできなくなるでしょう』
「なるほど。敵の戦力を空転させると」
『可能でしょうか?』
「可能かどうかではありません。やるのですよ」
「木馬に関する通信は引き続き遮断。連邦が状況を確認しようとする通信には偽の応答を混ぜよ。正確な現在位置までは示さず、木馬が作戦行動を続けていると思わせるのだ」
「はっ!」
「フロートニック中佐。よかろう。そのように取り計らおう」
『ありがとうございます』
「よろしいですな、ガルマ准将」
「この防衛戦の総指揮官は君だ。私は救援に来たに過ぎない。もちろんだとも。良きように進めてくれ」
「はっ」
「フロートニック中佐は、予定通り正面防衛線に回り、敵の攻勢を受け止めてくれ」
『了解しました』
「可能であれば、押し返しても構わんぞ?」
ガルマ准将が冗談めかして笑う。
モニターの向こうには、連邦軍の大部隊が表示されている。こちらよりはるかに多い物量だ。それを押し返せと言われても、普通なら無茶振りである。
俺も小さく笑う。
『ふふ。ご期待に沿えるよう、努力します』
「頼んだぞ、カリス。だが、生きて戻れ」
『もちろんです』
もう敵は近い。俺たちはオデッサの正面防衛線にドムを並べ、配置についている。
地平線の向こうまで、連邦軍の車両や戦車が上げる土煙が続いている。暗い壁のような土煙が、少しずつこちらへ近づいてくる。
とんでもない物量だ。一両や二両ではない。数十でも済まない。地上車両、戦車、装甲車、航空機。それらが広い荒野を埋め、こちらの防衛線へ迫っている。
「……エターナさん、大丈夫か?」
彼女のドムは目立った損傷こそ修理されているが、操縦席の中にいる本人のメンタルまでは直せない。
昨夜の夜襲で死の思念を、エターナは真正面から浴びることになった。
俺も人の死が伝わってくるスパム通信には慣れてきている。それでも、自分が引き金を引いた相手の最期が直接頭へ入り込むのは、簡単に処理できるものではない。
『…………大丈夫よ、少佐。じゃない、中佐』
「階級なんて、どっちでもいいよ」
『よくないでしょう。隊長を降格させたら、メイド長に怒られるわ』
冗談を言う余裕は少し戻っている。だが、声に普段の蠱惑的な調子はない。
『なんだか、標的に撃ち返された気分……。銃弾じゃなく、死ぬ瞬間の全部を頭の中へ撃ち込まれたみたい』
「……そうか」
後悔していない、と自分へ言い聞かせているようにも聞こえた。
「無理はするな。後ろは俺とニキさんでカバーする」
『隊長が後ろを守ってくれるの?』
「不満か?」
『いいえ。少し贅沢だと思っただけ』
「俺たちの命は安売りしない主義なんだ。今日は贅沢にいこう」
『分かったわ。危なくなったら頼らせてもらう』
『全機、ホバー移動を絶対に止めないように』
ニキさんの声が、部隊の回線を引き締める。
『足を止めて狙い撃たれれば、いくらドムの装甲でも、この数には圧倒されます。機体同士の距離を保ち、互いの射線へ入らないよう注意してください』
「特にエルフ。聞いているか?」
『聞いております!』
「敵を見つけても単機で突っ込むなよ」
『承知しております!』
返事だけは、今日も立派だ。これであっさり突撃するのが脳筋というやつなのだが。
◇◇
『中佐、連邦軍先頭部隊が有効射程へ入ります』
通信車両から、ルナの報告が届く。
『敵戦車砲、一斉射撃の兆候!』
地響きが大きくなる。遠くで無数の発砲炎が見えた。
「来るぞ! 散開!」
ドムを左へ滑らせる。
みな、それぞれ別方向へホバーを吹かす。
次の瞬間、砲弾の雨が降り注いだ。
正面だけではない。左右からも飛んでくる。地面へ次々に着弾し、土と炎が高く噴き上がる。一発ずつ狙っているというより、こちらのいる範囲を丸ごと吹き飛ばすつもりだ。
「数が多すぎるだろ!」
『泣き言は後にしろ! 次が来るぞ!』
マークの警告通り、二度目の砲撃が飛んでくる。
速度を落とさず、進路を斜めへ変える。背後へ砲弾が落ち、爆風が機体を押した。
ホバーは速い。だが、敵の弾すべてを見てから避けるのは不可能だ。こちらへ向く砲口と、頭へ伝わってくる殺気を頼りに、撃たれる前から進路を変える。
エターナも動いている。普段より反応が少し遅いが、足は止めていない。
砲撃の間を抜けながら、連邦軍の戦車を一両ずつ撃ち抜いている。
「そのままでいい! 前へ出すぎるな!」
『分かっているわ』
土煙の中から、戦車とは明らかに違う影が現れた。
二本の脚で立ち、片手に盾を持つ。頭部には横長のカメラ。白と赤を基調にした、量産型モビルスーツだ。
一機ではない。土煙の向こうに、同じ機体が何機も並んでいる。
「あれは……ジムか!」
連邦軍の量産型モビルスーツ。
V作戦で得たデータを基に作られているという機体が、ついに前線へ出てきた。ザクやグフより単純に強いかどうかは、まだ分からない。
だが、手にしている武器は見れば分かる。ビーム兵器だ。
ジムが構えた銃口から、ピンク色の光が放たれた。
「ビームだ! まともに受けるな!」
機体を滑らせ、最初の光を避ける。ビームは背後の岩へ当たり、表面を赤く溶かした。あれを何発も受けるわけにはいかない。
『よし……!』
エルフリーデの声が低くなる。嫌な予感がする。
『いざ尋常に、剣と剣の一騎討ちを!』
「馬鹿! エルフ、突っ込むな!」
制止を聞く前に、エルフが隊列から飛び出した。
ヒート・サーベルを両手で構え、ジムの部隊へ真っすぐ突撃する。
当然、相手は律儀に剣など抜かない。
前列のジムが一斉にビーム・スプレーガンを構えた。
『いざ!』
光が何本も飛ぶ。
『のわああああっ!?』
一発がドムの肩をかすめ、装甲の表面が赤く溶ける。もう一発が脚の近くを通り、ホバーで巻き上げた砂を焼いた。
エルフは慌てて機体を左右へ振る。不格好だが、直撃だけはどうにか避けている。
『ひ、卑怯な! 飛び道具など、騎士の風上にも置けぬわ!』
「向こうは騎士じゃなくて連邦兵だ! ビーム兵器を持ってるなら使うに決まってるだろ!」
『一対一で剣を交えれば分かり合えるはずです!』
「今、全力で撃たれてるだろうが!」
『彼らはまだ騎士の心に目覚めていないのです!』
「一生目覚めないから避けろ!」
ツッコミを入れながら、エルフを狙うジムを撃つ。
砲弾が一機の足元へ当たり、爆発で転倒させた。
ちなみに今日、エルフのドムにはジャイアント・バズを装備させていない。昨日ガンタンクへ向けて「必要な犠牲だ」と投げつけ、砲撃で誘爆させたからだ。
どうせ持たせても「邪魔だ」と言って投げる。
ニキさんと相談した結果、最初から持たせないことに決めた。
その代わり、余った一丁は隊の末っ子へ回している。
『よーし! そこと……そこぉ!』
両脇に一丁ずつ、二丁のジャイアント・バズを抱えている。普通なら片方を構えるだけでも照準がぶれそうなものだが、左右の砲口を別々の方向へ向けている。
二丁がほぼ同時に火を噴いた。
右の砲弾は前進していたジムの進路へ落ち、爆発で脚部を吹き飛ばす。左の砲弾は回避しようとした別のジムの胴体へ直撃し、上半身を大きくえぐった。
「二機!」
シェルドはすぐに砲身を動かす。ジムが銃口を向けるより先に射線から滑り出る。その移動先で二発目を放つ。また二機のジムが爆発した。
『四機!』
「数えてる余裕まであるのかよ!」
『調子がいいです!』
「それは見れば分かる!」
あいつ、いつの間にあんなに強くなったんだ。
ほんの少し前までは、才能はあっても経験の浅い子という印象が強かった。
今は敵の射線と味方の位置を同時に把握している。
マリアを守るという執念が、シェルドを一流の戦闘機械へ押し上げている。
十五歳の少年へ使う表現ではないと思うが、実際の動きを見ればほかに言いようがない。
一方、ビームの集中射撃を受けていたエルフは、ようやく体勢を立て直していた。
『立て直したぞ!』
声だけはやたらと元気だ。
『この程度の光線、見切ってしまえば止まっているも同然!』
「さっき悲鳴を上げてただろ!」
『あれは敵を油断させるためです!』
エルフは怒り狂った猛牛のようにジムの懐へ潜り込む。
ジムが銃を向けるがもう近すぎる。銃口が正面へ来る前に、ヒート・サーベルが横へ走った。
一閃で胴体が両断される。爆発を待たずに次の機体へ向かい、振り下ろされたシールドをかわす。そのまま背後へ回り、肩から腰まで斜めに斬り裂く。
『まず二機!』
「まずって何だよ!」
『まだまだ斬れます!』
三機目のジムがビーム・サーベルを抜く。ようやく望む相手が現れた。
『おお! 貴様には騎士の心得があるようだな!』
連邦兵が答えるはずもない。ビーム・サーベルが振り下ろされる。
エルフリーデは刃で受けず、機体を半歩だけ横へ滑らせた。
光の刃が肩をかすめる直前、腕を下から斬り上げる。サーベルを持った腕が飛ぶ。
返す刃で胴体を横に両断する。さらに背後から迫る二機へ向き直り、一機の攻撃をもう一機の盾で邪魔させるように動く。
二機が重なる瞬間にヒート・サーベルを振り抜き、まとめて装甲を切り裂いた。
『五機! そして!』
最後の一機が距離を取ろうとする。
ホバーを全開にして追いつき、背中へヒート・サーベルを突き立てる。
『六機!』
六機のジムがほとんど同時に火を噴いた。
化け物め。射撃を受けて悲鳴を上げていたのが、ほんの少し前とは思えない。
『総司令部からフロートニック中佐へ!』
後方にいるルナの声が、戦場のノイズを切り裂く。
『不死鳥隊は前線を押し上げ、前進せよ! 繰り返す! 前線を押し上げ、前進せよ!』
「この数を相手に前進しろって!?」
『総司令部からの命令です!』
「分かってるよ!」
戦車とジムの第一陣を崩しても、その後ろから次の部隊が来る。さらにその後ろにも土煙がある。
パイロットたちが放つ恐怖と殺意が頭の中へ入り込んでくる。撃たれる恐怖。仲間を殺された怒り。こちらを殺そうとする意志。
頭の内側を削られているように痛む。
それでも、ここで止まれば物量に押し潰される。こちらから前へ出て隊列を崩し、後続を詰まらせなければならない。
「了解! 行くぞ、みんな!」
『おう!』
『了解!』
『まだ斬ってよいのですね!』
「エルフは勝手に遠くまで行くな!」
『善処します!』
前進させる。
マークが右側へ出て、戦車隊へ砲撃を加える。エリスは中央で俺と並び、接近するジムをヒート・サーベルで切り払う。エターナは無理に速度を上げず、後方から確実に敵の指揮車両と砲撃車両を撃ち抜いている。
ニキさんは全員の間を動き、突出した機体の穴を埋める。シェルドは二丁のバズーカを交互に撃ち、敵が隊列を整える前に爆発させる。
エルフリーデは……もうジムの集団へ突っ込んでいる。
「エルフ! 遠くへ行くなと言っただろ!」
『まだ声が届く距離です!』
「通信なんだから、もっと遠くても届くわ!」
『では問題ありません!』
「大ありだ!」
これから十二時間、この戦いが続く。
昼が過ぎ、夕方になり、空が暗くなっても連邦軍の攻勢は止まらない。
弾薬を補給し、推進剤を補い、応急修理を受けてはまた前線へ戻る。
俺たちは防衛線で通常部隊の十倍以上の戦果を出した。
◇◇
そして同日の夜。
地獄みたいな十二時間がようやく終わり、連邦軍は一時的に後退する。
部隊を再編し、弾薬を補給するための小休止だ。夜が明ければ、また同じ物量が押し寄せてくる。
俺たちも前線のすぐ後ろに設けられた野営地へ戻った。
ガルマ准将からは労いの通信が入っている。不死鳥隊が十倍以上の戦果を挙げ、正面防衛線の一部を押し返したと褒められる。
嬉しい。嬉しいはずだ。だが。
「…………疲れた…………」
コックピットから降りるなり、地面へへたり込む。
もう一歩も動きたくない。
連邦兵の断末魔や恐怖の思念ならどうにか処理できている。
戦い続けて麻痺した感覚のおかげだ。よくない慣れ方なのは分かっている。
それでも戦闘中に一人ずつの死を受け止めていたら精神が先に壊れる。
問題は、純粋に肉体が疲れていることだ。
十二時間ぶっ続けの高速ホバー戦闘。休憩と呼べるのは、弾薬と推進剤を補給している短い時間だけ。
ノーマルスーツを脱ぐ気力すらない。
「…………少し、寝る」
マークが隣へ来る。いつもなら部下の状態を確認し、機体の損傷をまとめ、次の配置を考える男だ。
だが今日は俺の横を通り過ぎると、そのまま泥の上へ大の字に倒れた。
「おい、マーク。そこで寝たら風邪を引くぞ……」
「明日まで持たん……」
「せめて毛布を……」
「お前が取ってくれ……」
「俺も動けない……」
「なら、このままでいい……」
会話が終わる。二人とも相手を助ける体力が残っていない。
少し離れた場所にはエリスが立っている。背筋を伸ばしたまま動かず、両手を体の横へ下ろしている。
「エリス?」
返事がない。
「おーい、エリスさん?」
やはり返事がない。地面に座ったまま顔をのぞき込む。
白目を剥いている。
「立ったまま気絶してる……」
倒れる体力すら残っていないらしい。
「誰か、エリスを横にしてやってくれ……」
周囲の整備兵やパイロットを見るが、みんな似たような状態だ。機体へ寄りかかったまま動かない者、座った瞬間に眠る者、食事を受け取ったまま口へ運べずにいる者。
ルウム戦役でも、ここまでの物量へ長時間さらされ続ける経験はない。
一度の戦闘が激しくても、宇宙なら敵艦隊との距離が開く時間がある。
今日は違う。倒しても倒しても、地平線の向こうから次が来る。
さすがに限界だ。
エターナも少し離れた資材箱へ腰を下ろしている。昨夜からほとんど休めていない。食事を受け取ることもなく、目を閉じて額へ手を当てている。
ニキさんだけは疲労を表へ出さず、整備班と機体の損傷状況を確認している。
ただし動きは普段より明らかに遅い。データパッドを持つ手もわずかに震えている。
そんな死屍累々とした野営地の中で、やけに元気な声が響いた。
「皆さん! 夕飯ですよ!」
誰だ。こんな時間にその声量を出せる奴は。
「今日は俺が作りましたよ! 回鍋肉にしました! 隠し味を入れておいたので、深みが出ています!」
エプロン姿のシェルドが、中華鍋を振りながらとびきりの笑顔でこちらへ来る。
湯気と一緒に肉と味噌の匂いが広がる。
……元気だな。
今日戦場で誰よりも動き回り、撃ちまくっていたのはこいつだぞ。
どうして戦闘を終えた後に料理を始められる?
「シェルド、お前、無理するな……」
「無理なんてしていませんよ!」
「飯は……少し休んでからでいい……。調理なんか補給部隊に任せれば……」
「いえいえ! 俺、料理が趣味なんですよ!」
「戦場で食べる温かいものって、最高じゃないですか!」
「それは、そうだけど……」
腹は減っている。疲れすぎて食欲を感じる余裕もなかったが、匂いを嗅ぐと胃が急に存在を主張してくる。
「隠し味って、何を入れたんだ……?」
「それは秘密です!」
「変なものじゃないだろうな……」
「食べれば分かりますよ!」
「食べる前に教えてくれ……」
俺が動けずにいると、別の元気な声が聞こえた。
「うむ、よい匂いだ!」
エルフが大股でやって来る。ノーマルスーツの上半身を脱ぎ、腰へ巻いている。長時間戦った直後とは思えないほど姿勢がよく、足取りにも疲れが見えない。
「よし! まずは腹ごしらえだ! 食わねば剣は振れんからな!」
ああ。こいつも元気だわ。
「エルフ、お前……疲れてないのか?」
「疲れております!」
「そうは見えないぞ」
「鍛錬の後に疲れるのは当然です! しかし、疲労を理由に食事を抜けば明日の剣が鈍ります!」
「今日のは鍛錬じゃなくて戦争だよ……」
「実戦こそ最大の鍛錬です!」
「お前の中では全部鍛錬で済むんだな……」
「中佐も早く並んでください! 私が運びましょうか?」
「頼む……」
「承知!」
エルフは自分の皿だけでなく、俺とマークの分まで受け取りに行く。
シェルドは楽しそうに鍋を振り、次々に回鍋肉を皿へ盛る。疲れ切った兵士たちも、温かい匂いにつられて少しずつ集まってきた。
「エリスさんの分はどうします?」
シェルドが聞く。俺は立ったまま気絶しているエリスを見る。
「とりあえず横にして、起きたら食べさせてやってくれ……」
「分かりました!」
「エターナさんにも持っていってくれ。食べられなくても、温かいスープくらいは」
「はい!」
元気に返事をするシェルド。
ニキさんがようやく確認作業を終え、こちらへ歩いてくる。
「中佐、明朝までに全機の応急修理を行います。エルフリーデ中尉の機体は、右肩装甲の交換が必要です」
「本人は元気だけど、機体の方が先に倒れそうだな……」
「ビーム射撃へ正面から突入した結果です」
「聞こえているぞ、ニキ大尉!」
配給の列からエルフが声を上げる。
「あれは正々堂々と一騎討ちを挑むために必要な突撃です!」
「一騎討ちは成立していません」
「最後には剣を抜く者もいた!」
「それまでにあなたは集中射撃を受けています」
「しかし勝った!」
「結果だけで損耗を正当化しないでください」
「ぐぬぬ……!」
昨日と同じようなやり取りをしている。ただ、ニキさんの声にもいつもの鋭さが少し足りない。
「ニキさんも食べて休んでくれ。明日のことは明日起きてから考えよう」
「ですが、機体の修理計画が」
「整備班に任せよう。俺たちが今ここで倒れたら、機体だけ直っても意味がない」
「承知しました。では、食事後に三時間だけ休みます」
「三時間だけ?」
「それ以上は明朝の準備に間に合いません」
「せめて四時間にしない?」
「三時間半で」
「刻むなあ……」
「中佐も必ず休んでください」
「地面から立てないからこのまま寝るよ」
「せめて簡易寝台まで移動してください」
「誰か運んでくれ……」
皿を受け取り、地面へ座ったまま回鍋肉を一口食べる。
温かい。味も普通にうまい。隠し味が何かは分からないが、少なくとも変なものではなさそうだ。
「うまい……」
「でしょう!」
嬉しそうに笑うシェルド。
「これなら、もう十二時間戦えますね!」
「無理だよ!」
思わず大きな声が出た。
マークが地面へ倒れたまま片手を上げる。
「俺も……無理だ……」
明日になれば、また連邦軍が来る。今日より多いかもしれない。どこまで防げるかも分からない。
それでも今は、飯を食べて休むしかない。
元気すぎる二人を見ていると、少なくとも明日も戦えそうな気がしてくる。
本当に、気がするだけだけどな。
今回は、オデッサ作戦の開幕と、不死鳥隊による十二時間の防衛戦を書きました。
ガルマとマ・クベのやり取りや、ジムとの戦闘、戦闘後の不死鳥隊の様子など、印象に残った場面があれば感想をいただけると嬉しいです。