機動戦士ガンダム 不死鳥戦記   作:だいたい大丈夫

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オデッサ作戦二日目。

圧倒的な物量を前に、不死鳥隊の肉体と精神は限界へ近づいていた。

正面から敵を倒し続けることはできない。

そこで彼らは中央防衛線を意図的に後退させ、地球連邦軍総司令部を直接狙う作戦へ打って出る。



不死鳥、ビッグ・トレーを沈める

宇宙世紀〇〇七九年、十一月八日。

 

オデッサ作戦は二日目を迎える。

 

地球連邦軍は初日に受けた損害を補充し、早朝から再び大規模攻勢を開始した。ジオン軍へ戦車砲と長距離砲が撃ち込まれ、爆撃機が防衛線を飛び越え、ジムが戦車隊とともに前進する。

一つの部隊を押し返しても、その後ろから同じ規模の部隊が現れる。

 

ジオン防衛軍は各所で後退を強いられるが、中央戦線だけは初日の位置を維持している。

不死鳥隊が、押し寄せる連邦軍を正面から食い止めているからだ。

 

八機のドムは補給と前線を何度も往復し、敵が態勢を立て直すより先に戦場へ戻る。戦車隊を破壊し、ジムを斬り倒し、味方の防衛線に開きかけた穴を塞ぐ。

戦果だけを見れば、鬼神のような奮戦である。

だが戦う者たちは、人間の限界へ近づいていた。

 

 

 

 

 

 

負傷兵が次々に運び込まれ、弾薬箱と推進剤が前線へ送り出される。整備兵は損傷した機体へ群がり、修理できるものと放棄するものを短時間で選別している。

 

そこへ紫のドムが一機、土煙を上げながら滑り込んできた。

停止位置へ入るより先に、整備兵たちが走り出す。

ドムが片膝をつくと、推進剤の補給管が接続され、空になりかけた弾倉が交換される。

 

『はぁ……はぁ……っ、早く補給を!』

 

エターナの荒い息が外部スピーカーから漏れる。

コックピットの中で、彼女はヘルメットのバイザーを上げている。

汗に濡れた髪が頬へ張りつき、普段の余裕はどこにもない。

 

整備兵が機体の足元へ駆け寄る。

 

「はっ! すぐに行います! フレイル大尉、お食事と水です!」

 

別の兵士が携帯食と水筒を昇降機へ載せようとする。

 

『……食べている時間はないわ!』

 

「ですが、先ほども何も口にしておられません!」

 

『弾薬と冷却水だけ! 早く補給して!』

 

「せめて水だけでも!」

 

『走りながら飲む! 置いておいて!』

 

エターナは息を整える間もなく、画面へ目を戻す。前線から救援を求める通信が届いている。一個小隊が戦車隊に包囲され、数分も持たない。

整備兵たちはそれ以上止められない。

 

土嚢の陰には、次の交代を待つ一般兵がいる。

 

「マジで化け物だよな、あの部隊……。休むことなく前線と補給を往復し続けてるぞ」

 

隣の年上の兵士も、乾いた唇を舐めながら頷く。

 

「ああ。開戦からルウム以外では死者を出していないらしい」

 

「だから『不死鳥隊』か」

 

「味方なら頼もしいけどよ……はっきり言って怖いよな。戦場にいる怨霊の集まりみたいだ」

 

「ニュータイプ部隊って話だしな。俺たちには見えない何かと戦ってる顔だったぜ」

 

「見えない何か、ねえ……」

 

二人の視線の先で、エターナのドムが砲撃の続く地平線へ消える。

 

「あんなになるまで戦わなきゃ、勝てないのか」

 

誰も答えない。

次の砲撃音が響くと、二人は身を縮めて土嚢の陰へ隠れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

中央防衛線では、ジムのビームと六一式戦車の砲撃が途切れることなく降り注いでいる。

 

機体を右へ滑らせる。

左からビームが三本通過し、背後へ砲弾が着弾する。爆風で機体が押され、操縦席が激しく揺れた。

 

「ぐっ……!」

 

砲手が引き金を引く直前の緊張。味方を撃墜されたパイロットの怒り。こちらへ向けられる殺意。自分が死ぬかもしれない恐怖。

すべてがノイズになって頭へ入り込み、脳味噌をヤスリで削ってくる。どれが誰の感情なのか、もう区別する気にもならない。

 

精神だけではない。急加速と急旋回を繰り返すたび、体へGがのしかかる。砲撃の振動が背骨へ響き、ベルトが胸と肩へ食い込む。

昨日からまともに休めていない。体の感覚が少しずつ鈍くなっている。

 

ジャイアント・バズを撃ち、前進してくるジムの脚を吹き飛ばす。爆発の向こうから、さらに二機のジムが現れた。

 

「きりがない!」

 

一機目のビームを避け、二機目へヒート・サーベルを振る。盾を弾き、そのまま肩口を斬り裂く。倒した機体を確認する余裕もなく、次の砲撃を避ける。

視界の端で、推進剤と弾薬の残量警告が点灯した。

俺自身も限界だ。

 

「……俺も補給だ。ニキさん、指揮の代行をお願いします!」

 

返事がない。

 

「ニキさん?」

 

『……はぁ……はぁ……はぁ……』

 

通信の向こうから、不自然に荒い呼吸音が聞こえる。直後、何かを吐き出すような音が混ざった。

 

『ゴフッ……!』

 

「ニキさん!」

 

ニキさんのドムは、少し離れた場所でまだ動いている。ジムの射撃を避け、戦車を蹴り飛ばしている。

だが、動きにいつもの滑らかさがない。

 

『はぁ……はぁ……大丈夫です、坊ちゃま……』

 

「その声で大丈夫なわけがないでしょう!」

 

『ゴホッ、ゴホッ……ただの、Gの負荷による……内出血です』

 

「ただの内出血なんてあるか!」

 

ニキさんは優秀なパイロットだが、ニュータイプではない。

俺たちが直感に任せて行う急旋回や急加速へ、技術と経験だけで合わせ続けている。

避ける方向を事前に感じ取れないなら、攻撃を目で確認してから機体を振るしかない。

ニキさんの体が、その機動についてこられなくなっているのだ。

 

「後方へ下がってください! 俺も一緒に行きます!」

 

『指揮は……』

 

「今考えます!」

 

くそ。みんな限界に近い。俺を含めて、精神か肉体のどちらかが焼き切れる寸前だ。

 

エターナは死者の思念と殺意を浴び続け、エリスも呼吸を乱している。エルフリーデとシェルドはまだ動けているが機体の損耗が激しい。ジュナスは何を考えているか分からない。マークだって普段より通信が少ない。

 

『カリス!』

 

マークの声が飛んでくる。

 

『指揮は俺が引き継ぐ! ニキさんを連れて、いったん後方へ下がれ!』

 

マークは倒れかけたジムの胸を蹴り飛ばし、こちらを狙っていた戦車隊へ向けてバズーカを放つ。

 

「マーク!」

 

『早く行け! その状態のニキさんを戦わせ続ける気か!』

 

「……助かる!」

 

『二機欠けたくらいで押し込まれるほど、お前らは可愛くないよな!』

 

マークは前線へ残る六機へ通信を開く。

 

『行くぞ! 気張れ、狂犬ども!』

 

『自分の彼女を可愛くないとか最低ですね……!』

 

エリスが息も絶え絶えに返す。

 

『はぁ……はぁ……帰ったら覚えておいてください。行きますよ!』

 

『フォーメーションを変更します!』

 

シェルドの声が響く。二丁のバズーカを持ったドムが右側へ大きく回り込む。

 

『エルフさん、合わせて!』

 

『了解!』

 

エルフがヒート・サーベルを構え、シェルドとは逆方向へ走る。

 

『ちまちま撃ってくる戦車隊が厄介だ! 優先して踏み潰す!』

 

「本当に踏み潰すなよ! 地面へ足を取られるぞ!」

 

『では斬ります!』

 

『カリス』

 

ジュナスの粘り気のある声が、俺の耳へ入り込む。

 

『行っておいで。君の出番……おいしいところは取っておくから』

 

「俺が戻るまで変なことをするなよ!」

 

『変なこと? どこからが変なのかな』

 

「マークの命令に従って戦うだけにしろ!」

 

『善処するよ』

 

背筋が凍る。エルフの「善処します」と同じくらい信用できない返事だ。だが、今は任せるしかない。

 

「ニキさん、俺についてきてください!」

 

『申し訳……ありません』

 

「謝るのは禁止です!」

 

後ろからビームが飛んでくるが、マークが間へ入り、シールド代わりに拾ったジムの残骸で受ける。その隙に速度を上げ、後方の補給所へ向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

補給所へ滑り込むと、先に戻っていたエターナのドムがいた。補給を終えたばかりらしく、整備兵が機体から補給管を外している。

 

俺は停止位置へ入れ、コックピットを開いた。

冷たい外気が汗だくの顔へ当たる。シートベルトを外した瞬間、全身から力が抜けた。立ち上がろうとしても膝が動かず、シートの上へ泥みたいにへたり込む。

 

「中佐、ご無事ですか!」

 

整備兵が昇降機で上がってくる。

 

「機体は……推進剤と弾薬。右脚の反応が少し遅い……」

 

「中佐ご自身は?」

 

「俺は水だけでいい……」

 

「皆さん同じことを言う!」

 

整備兵に怒られた。

隣ではニキさんもコックピットを開く。彼女は立ち上がるが、すぐに機体の縁へ手をつく。口元には赤い血がついている。

 

「ニキさん!」

 

「……申し訳ありません、坊ちゃま」

 

昇降機へ乗り、ゆっくり地面まで下りる。

 

「ここまできついとは……地球環境での長時間のモビルスーツ戦とは、人間の肉体を前提にしていないのですね」

 

「いや……ここまでの物量は俺も初めてだ。謝らないでくれ」

 

「しかし、護衛役の私が坊ちゃまを後退させてしまいました」

 

「俺も補給が必要だった。ちょうどいいんだよ」

 

「ですが……」

 

「ニキさんが死ぬまで戦う方が困る。俺のメイド長なんでしょう?」

 

ニキさんは答えず、目を伏せる。

 

『早く……』

 

隣のドムから、エターナの声が聞こえる。

 

『早く戻らないと。マークたちが……』

 

「エターナさん、あと少し休んでくれ」

 

『休んでいる間に誰かが死んだら?』

 

「今戻って、エターナさんが死んだら同じだ!」

 

『でも……』

 

コックピットから降りようとする。足を踏み外しかけ、機体の手すりへしがみつく。

ニキさんが近づき、その手を掴んだ。

 

「フレイル大尉。今のあなたを前線へ戻すことはできません」

 

「離して。私の射撃がなければ……」

 

「あなたが照準を誤れば、味方を撃ちます」

 

顔が歪む。

 

「そんなこと、しない……」

 

「絶対にしないと言えますか?」

 

「……っ」

 

「五分だけ座ってください。その間に作戦を変えます」

 

ニキさんは手を離し、俺へ向き直る。

 

「作戦を具申します、坊ちゃま」

 

「……教えてくれ、ニキさん」

 

「このまま正面で受け続ければ、いかに不死鳥隊といえどもすり潰されます」

 

分かっている。敵を倒す速度より、追加される速度の方が速い。俺たちは死ななくても疲れるし、機体も壊れる。弾薬にも限りがある。このままでは精神か肉体か機体のどれかが先に折れる。

 

「中央防衛線を意図的に下げ、敵の先鋒を突出させます」

 

「?」

 

「連邦軍は我々が限界に達して後退したと判断するでしょう」

 

「実際限界だけどな」

 

「だからこそ信じます」

 

端末を受け取り、地図を表示する。

 

「中央部隊が前進すれば、左右の部隊との間に隙間が生じます。特に総司令官の陸上戦艦は、前線へ近づかざるを得ません」

 

地図の上で中央防衛線が後退する。追う連邦軍の先鋒と後方の司令部が前へ出る。数で勝る部隊ほど、進路では縦に伸びる。

 

「我々は本隊から切り離された遊撃部隊になります」

 

不死鳥隊の印を二つに分ける。

 

「四機ずつ左右へ回り込み、敵総司令部を挟撃します」

 

「正面の敵を全部倒すのはやめて、頭を直接狙うわけか」

 

「敵の総大将の首を、直接撥ね飛ばします」

 

エターナが息を止める。

 

「総司令官を?」

 

「それが最も早くこの戦いを止める方法です」

 

確かに、正面から物量を削り続けるより早い。成功すれば連邦軍は指揮系統を失い、失敗すれば敵の大軍の真ん中で孤立する。

 

「危険だな」

 

「はい」

 

「でも、このまま戦い続けるよりはましか」

 

「そう判断します」

 

戦術地図を見る。マークたちは今も前線で戦っている。急がなければ。

 

「やろう」

 

通信機を取る。

 

「不死鳥隊全機へ。作戦を変更する」

 

 

 

 

 

ビッグ・トレーでは、レビル大将が中央戦線を見ていた。

双眼鏡の向こうで、紫と黒のドムが先鋒を押し返している。ジムが数で囲もうとしても、ドムは包囲が閉じるより先に抜け出す。戦車隊が一斉射撃を行えば、砲口が向いた時点で射線から外れる。

 

レビルは双眼鏡を下ろした。

 

「中央が押し込めんと……あの部隊は一体何なのだ?」

 

副官が手元の資料を確認する。

 

「あれは『紫電の不死鳥』、カリス・フロートニック率いる不死鳥隊です。シアトル方面でも我が軍へ多大な損害を与えた、ジオン屈指の精鋭部隊かと」

 

「精鋭という言葉で片づけられる動きではない。こちらの射撃を撃つ前から知っているように避けておる」

 

「ニュータイプ部隊との情報もあります」

 

「まさか、ここまでとはな……」

 

レビルは戦況図へ目を移す。

 

「あの戦力は異常だ。だが、ホワイトベース隊は何をしている? 右翼の後方撹乱はどうなった」

 

通信士が複数の回線を確認する。

 

「不明です! 信号が完全に途絶しています!」

 

「作戦開始から一度もか?」

 

「はい。しかし敵右翼後方の部隊の動きは鈍く遊兵化しています。予定通り撹乱には成功しているものと思われます!」

 

「うむ……」

 

右翼のジオン軍が動かないこと自体は、ホワイトベース隊を警戒している証拠に見える。

結果だけを見れば、通信できない状況でも役割を果たしているように思える。

 

レビルが次の指示を考えていると、オペレーターが声を上げた。

 

「将軍! 中央戦線に変化!」

 

「何だ」

 

「敵の不死鳥隊が全機、後退を開始した模様です!」

 

戦況図の中央で、紫色に指定された反応が前線から離れる。ジオン軍の中央防衛線もそれに合わせて下がり始めた。

 

副官が身を乗り出す。

 

「中央に穴が開きます!」

 

初日から戦い続けた機体とパイロットが限界へ達しても不思議ではない。

 

「さすがに疲労の極致にあろう。どれほど優秀なパイロットとて人間だ」

 

「追撃しますか?」

 

「今が好機だ。全軍前進! 中央防衛線を突破し、オデッサの喉元へ食らいつけ!」

 

命令が各部隊へ送られる。

中央部隊は速度を上げ、後退するジオン軍を追う。ビッグ・トレーも主砲の射程を広げるため、前線へ向けて移動を始めた。

 

 

 

 

 

 

オデッサ基地のジオン軍総司令部では、戦況図を見ていたガルマ准将の表情が険しくなる。

 

「カリスたちが下がったか……」

 

不死鳥隊の反応は中央から離れ、左右へ散っている。通信状態も悪く、詳しい状況は分からない。

 

「限界だな」

 

ガルマは即座に命令を出す。

 

「黒い三連星を中央へ回せ! ここが支えどきだ! 奴らなら踏ん張れる!」

 

オペレーターが通信を繋ぐ。雑音の向こうからガイア大尉の声が聞こえる。

 

『チィッ! 坊ちゃん部隊の尻拭いかよ!』

 

「聞こえているぞ、ガイア大尉!」

 

『……喜んで引き受けます、准将閣下!』

 

言い直し方が苦しそうだが、ガルマは気に留めない。

 

「中央を支えてくれ! 不死鳥隊が戻るまででいい!」

 

『戻ってきた頃には、俺たちが連邦を追い返していますよ!』

 

「それならそれで構わん!」

 

マ・クベ大佐は戦況図を見ながら、静かに口を開いた。

 

「ガルマ准将」

 

「何だ」

 

「ここでオデッサの鉱山に仕掛けた核を撃てば、レビル本隊を消滅させるのは容易いですが」

 

「馬鹿なことを言うな!」

 

「南極条約違反はもとより、そんなことをすれば、今この瞬間まで戦い抜いてきた将兵たちの奮戦がすべて無駄になる!」

 

「しかし、勝利は確実です」

 

「味方が撤退し切れなければ、その将兵まで巻き込むことになる!」

 

「必要な犠牲として――」

 

「必要ではない!」

 

ガルマはマ・クベの言葉を遮る。

 

「まだ勝ちの目は大いにある! 中央が危ういなら、残る戦力を投入して支える! 将兵が戦っているうちから、すべてを諦めて核で焼くなど認めん!」

 

マ・クベはガルマの顔を見つめる。やがて、恭しく頭を下げた。

 

「……承知しました。准将閣下」

 

「核弾頭には手を触れるな。これは命令だ」

 

「はっ」

 

マ・クベは一礼すると、ガルマから見えない角度で副官へ目を向けた。

若き英雄は美しい戦いを好むらしい。

 

鉱物資源はすでに宇宙へ送り出している。勝利できれば基地を維持し、敗北するなら残る手段を使って脱出する。

 

副官はマ・クベの目配せを受け、密かに司令部の後方へ下がった。

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

連邦軍本隊が大きく前進を始めた頃、俺たち不死鳥隊は二つの部隊へ分かれていた。

俺、エルフ、エターナ、ニキさんの四機は、右側へ大きく回り込む。マーク、エリス、ジュナス、シェルドの四機は反対側へ向かう。

 

敵は俺たちが限界を迎えて後退したと思っている。

実際、補給は受けるし水も飲む。ニキさんとエターナには医療班から痛み止めと吐き気止めを受けてもらった。

 

だが、休んでいる時間はない。俺たちは本隊の前進を待ちながら、左右の迂回路を走る。

 

「全員、状態を報告」

 

『エルフリーデ・シュルツ、問題ありません!』

 

「お前は元気すぎるんだよ」

 

『日頃の鍛錬の成果です!』

 

『エターナ……照準は戻っているわ』

 

「体は?」

 

『正直に言うなら最悪。でも、さっきよりはましよ』

 

『ニキ、戦闘続行可能です』

 

「血を吐いた人の言葉は信用しません。無理だと思ったら即座に離脱してください」

 

『その命令は、坊ちゃまにも適用されます』

 

「俺は隊長だから別です」

 

『適用されます』

 

「……善処します」

 

『信用できない返事ですね』

 

自分で言ってみるとよく分かる。エルフやジュナスが「善処する」と言うたび不安になる理由はこれだ。

 

『カリス、こちらは配置についた』

 

『連邦本隊は予定通り中央へ突出している。ビッグ・トレーも前進中だ』

 

「よし。俺たちは先に姿を見せる。ビッグ・トレーの砲口が全部こちらを向いたら、左から頼む」

 

『了解』

 

『隊長、敵総大将との一騎討ちは私にお任せを!』

 

エルフが割り込む。

 

「相手は陸上戦艦の中だ。どうやって一騎討ちする気だ」

 

『艦橋まで斬り込みます!』

 

「やめろ。艦砲で消し飛ばされるぞ」

 

『ならば、艦砲をすべて斬れば!』

 

「物理的に無理だ!」

 

エターナが小さく笑う。少しだけ普段の調子を取り戻した。それだけでも、エルフの騒がしさには意味があるのかもしれない。

 

前方の土煙が薄くなる。その向こうに、巨大な陸上戦艦が見えた。

 

四基の巨大な履帯で荒野を進み、周囲には無数のジムと戦車が護衛陣形を作っている。

だが、あの艦を止めなければ俺たちが先にすり潰される。

 

「敵の頭を潰す。できるなら……これで、この戦いは終わりだ!」

 

 

 

 

 

 

ビッグ・トレーのレーダーが、急接近する四つの熱源を捉えた。

艦橋の警告音が鳴り、オペレーターが叫ぶ。

 

「右舷! 急速接近する熱源あり!」

 

レビルが戦況図へ目を向ける。

 

「航空機か?」

 

「違います!……モビルスーツです!」

 

「やはり奇襲か。フロートニック隊か!?」

 

「数は四! 先頭にいるのは、紫と金のカラーリング! フロートニック専用機です!」

 

右舷側で、ジムと戦車が一斉に向きを変えた。

無数の銃口と砲口が向けられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「来るぞ! 速度を落とすな!」

 

「数は多い! だが、連邦のモビルスーツは俺たちを落とせるほど練度が高くない!」

 

ジムのスプレーガンが俺の進路へ向く。撃たれる前に機体を滑らせ、射線から消える。

その横をエルフが突っ切る。

 

『邪魔だ!』

 

ヒート・サーベルが胴体を薙ぎ払う。上下が分かれるより先に次の機体へ向かい、盾を蹴り飛ばして空いた胸部へサーベルを突き立てる。

 

『道は私が開きます! 中佐は敵将のもとへ!』

 

「一人で全部引き受けるな!」

 

『騎士の本懐です!』

 

『左側、戦車隊!』

 

エターナのバズーカが火を噴く。砲弾は先頭ではなく中央へ落ちる。密集していた車両が爆発へ巻き込まれ、後続が進路を塞がれた。

 

『これで少しは静かになるわ』

 

「照準は大丈夫そうだな!」

 

『誰に言ってるの?』

 

声に余裕が戻っている。

ニキさんのドムがエターナの横へ並び、突破してきたジムへバズーカを放つ。

 

『坊ちゃま、正面の防衛線が開きます!』

 

「行くぞ!」

 

ビッグ・トレーが大きくなる。主砲が俺へ向けて旋回している。

 

 

 

 

 

 

艦橋ではレビルが拳を握った。

 

「ええい、対空・対モビルスーツ砲火を集中させろ! 奴の足を止めい!」

 

「右舷主砲、照準!」

 

「直衛部隊、フロートニック機を包囲しろ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

警告表示が赤く染まる。

 

 

だが、砲口がこちらへ向くのを待っていた。右舷側の護衛も主砲も、すべて俺たち四機へ集中している。

 

不敵に笑う。

 

「……マーク!」

 

四機のドムが現れる。先頭はマーク。後ろへエリス、ジュナス、シェルドが続いている。

 

 

 

 

 

 

 

艦橋で別の警告音が鳴る。

 

「左舷より熱源! さらにドム四機が迫ります!」

 

「何だと!」

 

レビルが左舷側の映像を見る。

 

 

 

 

 

『別働隊による挟撃。単純だがこういう極限状態では一番効果的ってね!』

 

マークが左舷直衛のジムへバズーカを撃つ。エリスが爆発の脇を抜け、ヒート・サーベルで二機目を斬る。ジュナスは砲火の隙間を気味が悪いほど滑らかに抜け、砲塔を一基ずつ破壊していく。

 

『右も左も僕たちでいっぱいだ。嬉しいだろう?』

 

「敵に同意を求めるな、ジュナス!」

 

『きっと喜んでいるよ』

 

『気持ち悪いことを言ってないで砲塔を潰せ!』

 

主砲は俺たちへ向いている。左舷側の副砲は急いでマークたちへ旋回を始めた。どちらにも火力を集中できない。

 

 

 

 

 

 

レビルは歯を食いしばる。

 

「むう……囲まれたか。一時後退を――」

 

命令を出そうとした瞬間、背筋へ強い悪寒が走る。

それが何なのか理解できない。ただ、今すぐ動けと警告している。

 

「直撃コース! 来ます!」

 

「何!?」

 

マーク隊の最後尾から、一機のドムが尋常ではない加速で飛び出した。

シェルドだ。両脇には二丁のジャイアント・バズを抱えている。

怒りと集中で顔を歪めながら、艦橋基部へ照準を合わせている。

 

 

 

 

 

 

 

「このおおおおおっ!」

 

ジムがシェルドへビームを撃つ。

シェルドは避けない。一発が肩装甲をかすめ、紫色の表面を溶かす。それでも照準を動かさない。

 

「落ちろおおおおおっ!」

 

二発の実体弾が並んで飛ぶ。空気を切り裂き、ブリッジ基部へ寸分の狂いもなく吸い込まれていく。

 

 

「ぐおおおおおっ!」

 

直撃の瞬間、レビルが床へ身を投げる。

砲弾が艦橋基部へ突き刺さり、連続して爆発する。巨大な艦体が激しく揺れる。

艦橋の前面装甲が吹き飛び、炎と破片が内部へ入り込む。オペレーター席が床から外れ、天井が崩れた。

 

「やったのか!?」

 

『直撃です!』

 

シェルドの声が震えている。

 

艦橋内では、負傷した通信士が予備回線へしがみつく。

 

「レビル将軍! レビル将軍が負傷! 衛生兵と脱出艇を!」

 

レビルは床へ倒れ、額と肩から血を流している。副官が瓦礫を押しのけ、上半身を起こした。

 

「将軍! 脱出します!」

 

「待て……部隊へ命令を……」

 

「艦橋が持ちません!」

 

「先に……全軍へ伝えよ」

 

切れかけた通信機を掴む。

 

「部隊……一時撤退を……」

 

通信が途切れる。副官と衛生兵はレビルを抱え、後部の緊急通路へ運んだ。

 

各所で誘爆が始まる。

 

「総員離艦!」

 

「脱出艇を出せ!」

 

「弾薬庫へ火が回るぞ!」

 

側面から脱出艇が射出される。レビルを乗せた艇が艦体を離れた直後、ブリッジ基部から炎が噴き上がった。主砲の弾薬へ火が回り、二度目の大爆発が起こる。

 

 

 

「全機、爆発に備えろ!」

 

エルフリーデ、エターナ、ニキさんも後退する。反対側ではマークたちが全速力で距離を取る。

 

巨大な艦体が内部から膨らむように爆発した。

炎と黒煙がオデッサの空へ上がり、四基の履帯が止まる。中央部分が崩れ、巨体がゆっくり地面へ沈む。

 

総司令官の陸上戦艦が沈む光景に、連邦軍の波が止まった。

前進していた戦車が減速し、ジムが互いに通信を交わす。指揮命令を求める声が一斉に飛び交い、頭へ混乱が流れ込んでくる。

 

「止まった……」

 

『中佐、本当に止まりました』

 

ニキさんの声にも驚きが混じる。

先頭部隊が後退を始める。最初は数両だけだ。それに続いて戦車隊が向きを変え、ジムが後退する。撤退の動きは前線全体へ広がり、あれほど押し寄せていた大軍が少しずつ遠ざかっていく。

 

『カリス』

 

マークから通信が入る。

 

『敵が退いていくぞ』

 

「ああ……」

 

成功した。俺たちは敵総司令部を撃破し、連邦軍の攻勢を止めた。

勝ったのか。本当に、俺たちがあの物量へ勝ったのか。

 

『中佐、まだです』

 

ニキさんが気を引き締める。

 

『撤退する敵から距離を取り、全部隊と合流してください。残存部隊が反撃する可能性があります』

 

「分かっています。全機、深追いするな! 合流するぞ!」

 

『了解!』

 

『敵将との一騎討ちは!?』

 

「もう終わったよ、エルフ!」

 

『まだ直接剣を交えていません!』

 

「陸上戦艦ごと沈んだ相手にどうやって剣を挑むんだ!」

 

『脱出艇を追えば!』

 

「追うな! 撤退命令だ!」

 

『ぐぬぬ……承知しました!』

 

本当に最後まで元気だな、こいつは。

 

 

オデッサ基地の総司令部では、戦況図に表示されたビッグ・トレーの反応が消える。連邦軍中央部隊は後退へ転じ、左右の部隊も動きを止めた。

 

「カリス! よくやってくれた!」

 

司令部の将兵が一斉に歓声を上げる。ガルマはすぐに戦況図へ向き直った。

 

「総員、予備兵力を直ちに投入! 黒い三連星は中央から押し返せ! 後退する連邦軍を追撃し、ただし深追いはするな!」

 

「各部隊へ通達します!」

 

「この戦い……我々の勝利だ!」

 

マ・クベはその様子を黙って見ている。使うはずだった核弾頭へ命令が届くことはない。

 

 

 

 

 

 

レビル将軍は脱出艇によって辛うじて逃れるが、重傷を負い意識を失う。

総司令官と前線指揮所を同時に失った地球連邦軍は、攻勢を維持できず全面撤退を余儀なくされた。

 

ホワイトベースは両エンジンを破壊されたまま戦場へ到着できず、ガンダムがオデッサへ介入する機会も訪れなかった。

 

そして荒野には、炎上する巨大陸上戦艦と撤退していく連邦軍の土煙だけが残ったのだった。




ここまで読んでいただきありがとうございます。

今回は、オデッサ作戦二日目と、不死鳥隊による連邦軍総司令部への攻撃を書きました。

ニキの作戦、ガルマとマ・クベの対立、ビッグ・トレーへの挟撃など、印象に残った場面があれば感想をいただけると嬉しいです。
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