機動戦士ガンダム 不死鳥戦記 作:だいたい大丈夫
死んだように眠り続けた不死鳥隊へ、叙勲と本国帰還の命令が下される。
久しぶりの休暇に浮かれるカリスたちだったが、木馬と白い悪魔は、すでに次の戦場へ向けて動き始めていた。
宇宙世紀〇〇七九年、十一月十一日。
オデッサで連邦軍の物量と殺し合ってから三日が経つ。
その三日間、俺たち不死鳥隊が何をしていたのかと聞かれれば、答えは簡単だ。
寝た。
とにかく寝た。
食事と治療と生理現象に必要な時間以外、ひたすら死んだように寝まくった。
ノーマルスーツを脱ぎ捨て、簡易宿舎のベッドへ倒れ込み、そのまま全員そろって活動を停止する。途中で何度か衛生兵に叩き起こされ、点滴を替えられたり、血圧を測られたり、無理やり栄養食を口へ押し込まれたりもした気がするが、ほとんど覚えていない。
戦い抜いた俺たちに、起きていろというほうが無茶なのだ。
例外はニキさんである。
彼女はGの負荷で内出血を起こし、俺たちより先に医務室へ運ばれたはずなのに、翌朝にはベッドの上で戦闘詳報をまとめ、損耗品の一覧を作り、整備班への指示を飛ばし、総司令部との連絡まで済ませている。
俺が一度だけ目を覚ました時、医療用の固定帯を胸へ巻いたまま、端末へ向かって猛烈な勢いで文字を打ち込むニキさんの姿が見えた。
「ニキさん……休んで……」
「坊ちゃまはお眠りください。起きていても役に立ちません」
「ひどい……でも反論できない……」
そこで俺の意識は再び切れる。
隊長として申し訳ないとは思う。心の底から思っている。だが、眠気には勝てない。
あとで必ず埋め合わせをしよう。高級菓子でも宝石でも、好きなものを何か贈ろう。
本人に言えば「問題を起こさず静かにしていてくださることが一番の贈り物です」と真顔で返されそうだけどな。
そんな限界状態からようやく人間らしい意識を取り戻し、軍服へ着替え、髪を整え、俺はオデッサ基地の総司令部へ出頭している。
執務室へ入る前には、鏡で自分の顔を三度も確認する。目の下にはまだ薄い隈が残り、頬も少し痩せているが、死人には見えない。多分、大丈夫だ。
扉の前に立つ衛兵へ敬礼すると、すぐに中へ通される。
「フロートニック中佐、出頭いたしました」
「入ってくれ、カリス」
部屋にはガルマ准将とマ・クベ大佐がいる。大きな窓の外には、いまだに煙を上げる荒野が広がっているが、室内の空気は作戦中とはまるで違う。通信兵の怒号も警報もない。それだけで、本当に戦いが終わったのだと実感できる。
ガルマ准将は机を回り込み、俺の目の前まで来る。以前よりもずっと自然に着こなしている准将の軍服が、少しまぶしく見える。
「カリス、よくやってくれた」
差し出された手を握ると、続けて肩を力強く叩かれる。
「君たち不死鳥隊の奮戦のおかげで、このオデッサ防衛作戦は我々の勝利として終わったと言っていい」
心から喜んでくれているのが分かる笑顔だ。
大げさだと謙遜するべきなんだろうが、今回ばかりは素直に受け取っていいと思う。
俺たちは本当に働いた。誰かに褒められる前に、自分たちで自分たちを褒めちぎって、威張り散らしたって許されるくらいには働いている。
「はっ! ざっと一か月分は死に物狂いで働いたかと思います!」
「一か月で済むのか? 私には半年分ほど働いてもらったように思えるが」
「では、残り五か月分の給料と特別手当をいただけますか?」
「ははは! 交渉が早いな。そこは経理部と相談してくれ」
「准将閣下のご命令という一筆があれば、経理部も首を縦に振るかと」
「君のところにはフロートニック家という巨大な財布があるだろう」
「家の金と自分で稼いだ金は別物ですよ。そこは大事です」
「なるほど。確かにそうだ」
この人は変わったなと思う。ガルマ大佐だった頃も優しい上官ではあるが、どこか張り詰めていた。ザビ家の男として功績を立てなければならない。姉や兄たちへ自分の価値を証明しなければならない。そんな焦りが、いつも背中に貼りついているように見えた。
今は違う。
北米を立て直し、アジア戦線を維持し、オデッサを守り切る。その結果として自分の力を信じられるようになったのだろう。階級章の重さに押し潰されるのではなく、自分のものとして受け止めている。
「それでだ。そんな君へ、上層部から良い知らせがある」
良い知らせ。
特別手当か。
美味い酒か。
まさか美女か。
いや、いかん。俺には心に決めた高貴な蕾、ハマーン・カーンがいる。
地上の美女に鼻の下を伸ばしたと知られれば、次の手紙には「変態」や「最低」だけでは済まない罵倒が書き連ねられるかもしれない。それはそれで少し読みたい気もするが、彼女を悲しませるのは本意ではない。
「休暇だ」
「……休暇?」
「ああ。これで少しはゆっくりできるだろう」
一瞬、言葉の意味が頭へ入ってこない。
休暇。
軍人が任務から解放され、寝ても食っても遊んでも怒られない、あの伝説の制度か。
地球へ降りてから何度か短い休息はあるが、どれも次の命令を待つ間の待機に近い。丸一日休んだところで、翌朝には警報で叩き起こされる。海辺で遊んだ時でさえ、その後には宴会と木馬との戦闘が待っている。
今度こそ、本物の休暇なのか。
「もっとも、私の口から説明するより、大佐から正式に伝えてもらったほうがいいだろう。大佐、彼に伝えてやってくれ」
「承知いたしました」
傍らに控えているマ・クベ大佐が、胡散臭い細目をさらに細くする。
この人の笑顔は、味方へ向けられていても安心できない。何かを褒める時でさえ、その裏で三つくらい別の計算をしていそうだ。
「フロートニック中佐におかれては、ギレン総帥の格別のお計らいにより、オデッサ防衛および連邦軍ビッグ・トレー撃沈の功績として、ジオン十字勲章が授与されることとなった」
「……ジオン十字勲章、ですか」
「左様」
ジオン公国軍人にとって、最高峰の名誉だ。戦場で特別な武勲を立てた者だけに授与される。金で買えるものではなく、家柄だけでも手に入らない。フロートニック家の名を抜きにして、俺自身が一人の軍人として認められた証明になる。
名誉より生き残るほうが大切だという考えは今も変わらない。勲章を抱いた死体になるくらいなら、何も持たない臆病者として逃げ延びたほうがいい。
だが、生き残った上でもらえるなら、話は別だ。
嬉しくないわけがない。
ビッグ・トレーを撃ち抜いたのはシェルドで、作戦を考えたのはニキさんで、挟撃を率いたのはマークだ。エリスもエターナさんもエルフもジュナスも、それぞれ命を張って道を開く。俺一人の力ではない。
その気持ちが顔に出ているのか、ガルマ准将がすぐに続ける。
「君が隊を代表して受章することになるが、不死鳥隊全員の功績であることは、私からも総帥府へ強く伝えてある。隊員たちにも相応の叙勲と昇進が審議されるだろう」
「ありがとうございます」
「ゆえに、不死鳥隊全員と共にジオン本国へ帰還し、授与式に出席せよ。通信オペレーターを含む隊の要員も同行を許可する」
「本国へ……」
「授与式は、ギレン総帥の予定に合わせて十一月二十八日とする。君たちの出発は、本日夜のHLVだ」
「……本日夜?」
「それは、いくらなんでも早すぎませんか?」
「何がだね」
マ・クベ大佐が何も知らないような顔で聞き返してくる。絶対に分かっている顔だ。
「今日は十一日です。今夜地球を出て、軌道上で本国行きの艦へ乗り継げば、ズム・シティには式典より二週間近く早く到着します。その間は何をすれば?」
「式典へ備えて待機したまえ」
「二週間もですか?」
「軍人にとって、待機も立派な任務だ」
「しかし、さすがに本国へ着くのが早すぎるのでは……」
「早く到着する分には仕方ないだろう?」
ガルマ准将が口を挟み、悪戯っぽく片目をつぶる。
「式典までは、本国のズム・シティで待機するしかないだろうね」
「自由行動についての制限は?」
「軍の招集へ応じられる範囲にいること。機密を漏らさないこと。軍人として重大な不祥事を起こさないこと。その三点だ」
「毎日、基地へ出頭する必要は?」
「ない」
「訓練予定は?」
「総帥府からは聞いていない」
「ほかの部隊との合同演習は?」
「ないとも」
つまりこれは休暇だ。
実質的に半月近い、ズム・シティでの完全な自由時間だ。
本物だ。
今度こそ、誰にも邪魔されない休暇が来る。
「……ッ! ありがとうございます、准将!」
自分でも驚くほど大きな声が出る。勢いよく敬礼しすぎて、まだ痛みの残る肩が悲鳴を上げるが、そんなものはどうでもいい。
久しぶりの本国だ。
柔らかいベッド。泥の入っていない風呂。砲撃で揺れない食卓。砂の混じっていない料理。天井から敵が降ってこない町。
そして何より、ハマーンに会える。
このためだ。
このために俺は地球の泥をすすり、狂犬どもの手綱を握り、頭へ流れ込んでくる連邦兵の怨念に耐えて頑張ってきたと言っても過言ではない。
いや、流石に過言かもしれない。オデッサを守ることも部下を生かすことも大事だ。
だが、今この瞬間くらいはハマーンだけを考えさせてくれ。
「顔が緩みきっているぞ、カリス」
「はっ! 申し訳ありません!」
「心当たりがあるようだな」
「本国には、俺の帰りを健気に待っている大切な女性がおりまして」
「ああ。ハマーン・カーン嬢か」
ガルマ准将が微妙な顔をする。
なぜ知っている。
いや、俺があちこちで言いふらしているからか。
「彼女はまだ十二歳だったな。くれぐれも節度を守るように」
「准将まで俺を何だと思っているんですか! 俺は節度と忍耐と純愛を重んじる紳士です!」
「そうか。それなら安心だ」
全然安心していない目だ。
マ・クベ大佐は興味を失ったように端末へ目を落とす。こんなところで恋愛事情を聞かされるとは思っていないのだろう。俺だって話すつもりはない。
「よろしい。では、出発まで休め」
もう一度敬礼し、踵を返す。
廊下へ出て扉が閉じた瞬間、俺は両拳を握りしめる。
「よしっ!」
すれ違う参謀たちが驚いて振り返るが知るものか。
待っていてくれ、はにゃーん様。
俺は帰るぞ。
◇◇
「はにゃーん様、俺、絶対に一番に会いに行きますからね……うふふ……」
待機室のソファへ横になり、俺は再会の瞬間を思い浮かべる。
俺がズム・シティの宇宙港へ降り立つ。そこには少し背が伸びて、さらに美しくなったハマーンが待っている。彼女は俺を見つけるなり、普段の冷たい顔を崩し、目に涙を浮かべて駆け寄ってくる。
『カリス! 遅い! 私をどれだけ待たせるつもりだったの!』
『すまない、ハマーン。もう二度と君を一人にはしないよ』
そして俺たちは、人目も気にせず熱い抱擁を――。
「で。だからお前は、さっきから鼻の下をだらしなく伸ばしながらクネクネしているのか」
冷たい声が妄想を叩き割る。
顔を上げると、向かいに座るマークが、心底呆れた目で俺を見ている。
「うるせえ! 人が人生最高の瞬間を事前に練習してるんだから邪魔するな!」
「その練習に何の意味がある」
「想像力は人生を豊かにするんだよ!」
「戦場では便利な想像力を使っていると思ったんだがな。休暇が決まった瞬間に、ここまで駄目になるとは思わなかった」
「お前はいいよな! 恋人のエリスが常に目の前のコックピットにいるから! こちとら地球と宇宙に引き裂かれた遠距離の純愛なんだよ!」
「目の前のコックピットって何だ。俺とエリスは同じ機体に乗っていないぞ」
「細かいことはいいんだよ! 戦場へ出ればいつでも顔と声が届く距離にいるだろうが!」
「それを言うなら、お前も俺たちと同じ距離にいるだろう」
「愛する女と、むさ苦しい副長が同じなわけあるか!」
「誰がむさ苦しいんだ」
テーブルの向こうで、エリスがお茶を淹れている。
まだ疲れは残っているはずなのに、姿勢はいつも通りきれいだ。人数分のカップを並べ、最後に俺の前へ置くと、真面目な顔で口を開く。
「カリス様」
「なんだ、エリス。マークへ遠距離恋愛の苦しさを教えてやってくれ」
「相手はまだ子供です」
「……うん?」
「久々の再会で興奮なさるお気持ちは理解いたします。ですが、勢い余って押し倒し、妊娠させたなどという醜聞が出ませんように、くれぐれもご自愛ください」
「俺を何だと思ってる!」
「節度を持った紳士的な交際に決まってるだろうが! そもそも再会したその日に何をどうしたらそんな展開になるんだ!」
「カリス様でしたら、感極まって暴走なさる可能性も否定できません」
「否定しろ! 日頃から仕えている主君の理性を少しは信じろ!」
「忠義と客観的評価は別です」
「嫌に冷静だな!」
俺の悲痛な叫びを聞きながら、窓際の椅子で足を組んでいるエターナさんが妖艶に笑う。
三日間休んだおかげで、顔色はかなり戻っている。死の思念をまともに浴びた直後のような危うさも、今は消えている。それでも時々、何かを振り払うように眉を寄せる。完全に忘れられるものではないのだろう。
「そうかしら? フロートニック家ほどの大貴族なら、それくらいの年齢で婚約して、子供を作ることも珍しくないと思うけれど」
「それはそれで時代錯誤だなあ。エターナさん、流石にそれはないわ」
「あら、残念」
「何が残念なんだよ」
「カリスがもう少し早く大人になるかと思っただけよ」
やめてくれ。あなたが言うと別の意味にしか聞こえない。
「まあ、いいわ。私も本国へ帰れるのは嬉しいもの。久しぶりに当主様へ会えるのが楽しみだわ」
エターナさんはわざとらしく唇へ指を当てる。
「うっ……!」
分かっている。
もう知っている。
ニキさんの口からはっきり聞かされている。エターナ・フレイル大尉は、俺の親父であるフロートニック家当主の愛人だ。しかも母さん公認で、家庭内の関係も極めて良好らしい。
知識としては理解している。
だが、本人から楽しそうに匂わせられると、別種の破壊力がある。
「やめろ! その話は俺の前でするな! 知っていても胃に悪いんだよ!」
「何の話かしら」
「とぼけるな! あんた、本国に着いたら本当に親父のところへ行く気だな!?」
「休暇中に誰と会おうと、私の自由でしょう?」
「そうだけど! そうだけど、部下と親父の愛人という二つの関係を同時に俺へ!」
「私は公私をきちんと分けているわ。任務中はカリスの部下。休暇中は当主様の可愛いエターナ。それだけよ」
「最後の情報はいらなかった!」
「ご安心ください、坊ちゃま」
端末を操作しているニキさんが、顔も上げずに会話へ入る。
「奥様も公認でいらっしゃいます。今回の帰還についても、すでに当主様と奥様の双方へ連絡済みです。家庭内に問題が起きることはございません」
「何も安心できないよ! 母さんはどうして平気なんだ!」
「旦那様と奥様の信頼関係が強固だからではないでしょうか」
「それより隊長」
「なんだ、シェルド」
「隊長は、ハマーン様と本当にお付き合いしているんですか?」
「……何?」
「カリス中佐が一方的に告白したとは聞いています。でも、お返事はもらったんですか?」
曇りのない目だ。
悪意がない。
だからこそ痛い。
「しっ。シェルド中尉」
「カリス様はそう思っておいでなのです。かわいそうですから、そのまま思わせておいて差し上げてください」
「ニキさん!?」
「あっ……すみません、中佐。僕、余計なことを聞きました」
「謝るな! しかもそんな気の毒な人を見る目で俺を見るな!」
「ですが、お返事は?」
「言葉だけが返事じゃないんだよ!」
胸ポケットを叩く。そこには、ハマーンから届いた新しい匂い袋が入っている。どんな激戦の中でも、絶対に傷つけないよう守り続ける大切なお守りだ。
「この匂い袋が目に入らんか! ハマーンはな、『変な虫が寄り付かないように、自分のオスにはしっかりマーキングしておきたい』と言って、これを俺に託したんだぞ! これはもう、誰がどう考えても明確な所有宣言だ!」
「それ、ハマーン様が中佐へ直接言ったんですか?」
「ニキさん経由だけど」
「本人からのお返事ではないのでは?」
「ぐっ……!」
正論で殴るな。
俺だって、ニキさんが面白がって話を盛っている可能性を全く考えていないわけではない。だが、匂い袋と手紙は本物だ。早く帰ってきてと書いてある。あれを愛と呼ばずに何と呼ぶ。
「女心、と言うには彼女はまだ幼くて早いと思うけどね」
いつの間に移動したのか、ジュナスが俺の背後から顔を出す。
肩越しに頬を近づけ、胸ポケットの匂い袋を覗き込んでくる。
「多分、自分へ言い寄ってくる都合の良い年上の男を、念のため自分の手駒として確保しておきたいだけだと思うよ」
「お前、もっと夢のある見方はできないのか」
「できるよ。カリスが喜ぶ解釈を聞きたい?」
「……参考までに聞こう」
「十二歳の少女は、自分のためなら命も財産も平気で差し出す大貴族の跡取りを見つけた。今後どんな立場になっても利用できる、とても便利で忠実な駒だ。だから他の誰かに取られないよう、匂いをつけてキープしておく。いつか必要になった時には、指を一本動かすだけで呼び戻せるようにね」
「どこが俺の喜ぶ解釈なんだよ!」
「ハマーンは、カリスを誰にも渡したくないと思っている」
「そこだけ抜き出せば最高だな!」
「キープ、キープ」
「繰り返すな!」
クリティカルヒットだ。
ニュータイプの洞察なのか、ジュナス個人の性格の悪さなのかは分からないが、俺の純情を容赦なく抉ってくる。
匂い袋を守るように胸を抱え、ソファの端へ逃げる。それでもジュナスは当然のようについてくる。
「ええい、そんなことはどうでもいい!」
金属の手入れをしていたエルフが、突然机を叩いて立ち上がる。
軍用サーベルを、両手で高々と掲げている。武器を持っていないと会話もできないのか、こいつは。
「そもそもカリス様は、女性ではなく、ジュナスのように美しく強い戦友と結ばれるべきなのだ!」
「何の話だ!?」
「背中を預け合う男同士の友情! 死線を越えるたびに深まる信頼! そして、いつしか友情を越えて燃え上がる愛情! これぞ究極の騎士道! 尊い!」
「お前、騎士道とか言いながら、ただ男同士をくっつけて楽しんでるだけじゃないのか!?」
「違う! 私はただ、二人の美しき絆が行き着く先を見届けたいだけだ!」
「それを世間では同じと言うんだよ!」
「安心して、カリス」
ジュナスの両腕が背後から俺の首へ回る。
「僕はいつでも受け入れる準備ができているよ」
「お前はこの状況を楽しむな! 離れろ!」
「遠距離の少女より、いつでも隣にいる僕のほうが寂しい思いをさせないと思うけどな」
「耳元で囁くな! そういうところだぞ!」
腕を振りほどこうとするが、ジュナスは気味が悪いほど力の流れを読む。こちらが右へ動けば先に右へ寄り、左へ抜けようとすれば腰を抱え込んでくる。
戦場では頼もしすぎる能力が、日常では心底鬱陶しい。
「あ……でも、ちょっと見てみたいかも……」
小さな声が聞こえる。
通信席に座るルナが、頬を赤くしながら俺とジュナスを見ている。視線に妙な熱がある。
「ルナまで何を言ってるんだ!」
「す、すみません、中佐。でも、その……お二人とも顔がきれいなので、並ぶと絵になるなって……」
「俺たちは観賞用の絵じゃない!」
「分かるぞ、ルナ曹長!」
「分かり合うな、エルフ!」
「何を言っているんですか、エルフ、ルナ!」
エリスが鋭い声を上げる。
おお、流石は規律を重んじる俺の騎士だ。
不死鳥隊の中で、ただ一人くらいは俺の味方がいてもいい。言ってやれ。主君の恋愛を玩具にするなと、こいつらを厳しく叱ってやれ。
「そのような倒錯的な愛など、断じて認められません!」
「そうだ、エリス! もっと言え!」
「カリス様はいずれ、名家の長男として正妻をお迎えになり、そのほかに側室を持たれるのです。ジュナスでは世継ぎを作れません!」
「そういう問題じゃない!」
「ルナ」
「は、はい!」
「どうせなら貴女、カリス様の側室になりなさい。通信能力は優秀ですし、容姿もそれなりに及第点です。私が責任を持って、側室として恥ずかしくない礼儀作法と戦闘技術を叩き込んであげます」
「側室に戦闘技術はいらないだろ!?」
「カリス様の側に立つ女性ですよ。最低でも生身で敵兵十人は倒せなければ務まりません」
「要求水準が高い!俺より強いだろうそれ」
「わ、私なんかでよろしいのでしょうか……」
「ただし、ハマーン様との序列は間違えないように。正妻へ逆らう側室は家を乱します」
「まだ誰とも結婚してないんだよ!!」
「では、カリス様はルナがお嫌いなのですか?」
エリスが急に真顔になる。
ルナまで不安そうに俺を見る。
「嫌いなわけないだろ! 大事な仲間だし、美人だとも思ってるよ!」
「中佐……」
ルナの顔がさらに赤くなる。
待て。
なんだ、この罠は。
「言質を取りました」
「取るな! 今のは仲間としての話だ!」
「記録しておきましょう」
「ニキさんも端末へ入力するな!」
「将来必要になる可能性がございますので」
「何に!?」
室内のあちこちから笑い声が上がる。
マークは助けるどころか、俺から顔を背けて肩を震わせている。シェルドはよく分かっていない顔のまま、それでも周囲につられて笑っている。エターナさんは足を組み替え、完全に見世物を楽しむ客の顔だ。ジュナスはいまだに俺の背中へくっついたまま離れない。
この部隊には、俺の味方など誰一人として存在しない。
オデッサで連邦軍の大部隊を相手にするより、こいつら全員をまとめるほうが難しいんじゃないか。
「とにかく!」
腹の底から声を張り、無理やり話を切る。
「今夜のHLVで本国へ帰る! 式典は二十八日! それまで実質休暇だ! ただし、軍人として問題を起こすな! 喧嘩するな! 決闘するな! 勝手に訓練施設を破壊するな! 知らない男や女をフロートニック家へ連れ込むな!」
「最後の命令は誰へ向けたものかしら?」
エターナさんが涼しい顔で聞く。
「主にあなたとジュナスだよ!」
「僕は知らない人を連れ込んだりしないよ。カリス一人で十分だからね」
「よし、お前は休暇中は俺から半径百メートル以内へ近づくな!」
「それは無理だなあ。同じ屋敷へ帰るんだろう?」
「ニキさん、こいつだけ兵舎へ放り込めない?」
「フロートニック家は功労者を歓待する準備を整えております。ジュナス中尉だけを排除する正当な理由がございません」
「俺の貞操が危ない」
「ご自身でお守りください」
「冷たい!」
「私は美術館と剣術道場を巡るぞ!」
エルフが胸を張る。
「道場でいきなり真剣勝負を挑むなよ」
「相手が望むのであれば、騎士として応じねばならん!」
「望ませるな。まず木剣を使え」
「木では魂が乗らん!」
「だから問題を起こすなと言ってるんだ!」
休暇が始まる前から頭が痛い。
それでも、不思議と嫌ではない。
「なお、搭乗前に全員医務官の診察を受けていただきます」
ニキさんが予定表を読み上げる。
「特にエターナ大尉と私は再検査が必要です。ほかの皆様も、打撲、軽度の脱水、筋繊維の損傷が残っております。HLVでは指定された耐G座席を使用し、勝手に席を交換しないでください」
「ニキさん、本当に今夜の打ち上げに耐えられるのか?」
「医務官から許可は得ております。投薬と固定具を使用すれば問題ございません」
「無理してない?」
「しておりません」
即答だ。
こういう時のニキさんは怪しい。
「もし途中で苦しくなったら、必ず言ってくれよ」
「承知しております、坊ちゃま」
「俺は本気で心配してるんだぞ」
「はい。ですから、必ず申し上げます」
そこでようやく端末から顔を上げ、少しだけ柔らかく笑う。
本当だな、ともう一度念を押したいが、今は信じるしかない。
「ドムはどうなる?」
マークが聞く。
「損傷が大きいため、オデッサ基地で分解整備を受けます。地上軍で継続運用するか、宇宙仕様へ改修するかは本国の判断待ちです。私たちは個人装備のみ持って帰還します」
「そうか」
「よし。各自、出発準備を済ませろ。集合は打ち上げ二時間前だ。遅れた奴は地球へ置いていく」
「カリスがハマーンへの土産を選んで遅れる可能性が一番高いと思うけどね」
「もう用意してある!」
「いつの間に?」
「オデッサの補給部隊へ頼んで、本国では手に入りにくい地球産の菓子と香水を確保した!」
「戦闘の最中に何をしてるんだ、お前は」
「戦争中だからこそ、大事な人への気配りを忘れちゃいけないんだよ、マーク君」
「その気配りの十分の一でも、報告書を押しつけたニキさんへ向けてやれ」
「……はい。本当にすみません」
返す言葉がない。
◇◇
巨大なサイロの中央に、俺たちを乗せるHLVが立っている。白い機体の周囲を無数の作業員と車両が動き回り、燃料管や点検用の足場が少しずつ外されていく。
地上で使ったドム八機とは、格納庫で別れを済ませた。
俺の紫と金のドムは、装甲のあちこちが溶け、片脚のホバー部分には応急修理の板が何枚も貼られている。ほかの七機も似たようなものだ。よく最後まで動いてくれたと思う。
「世話になったな」
装甲へ手を当てる。
返事はない。当たり前だ。
だが、こいつがいなければ俺はオデッサの荒野へ沈んでいる。機械へ感謝するくらいは許されるだろう。
エルフは自分のドムへ向かって正式な騎士の礼をしている。エターナさんは機体を見上げたまま、しばらく何も言わない。ミデアを撃ち抜いた瞬間も、あの中にいる。
「エターナさん」
声をかけると、彼女はいつもの笑みを作る。
「大丈夫よ。もう、出撃しろと言われても動けるわ」
「今は出撃しなくていいんだ。むしろ休むのが任務だよ」
「そうだったわね。まだ慣れない言葉だわ」
「本国へ着いたら、好きなだけ休んでくれ」
「ええ。当主様の胸を借りて、ゆっくり慰めてもらうことにするわ」
「だから…俺へ…!」
少しだけ本物の笑いが戻る。
今はそれでいい。
搭乗口へ向かう前に、整備班と補給班が並んで敬礼してくれる。
「中佐! ご武運を!」
「今度は宇宙で暴れてきてください!」
「ドムは任せてください! 新品みたいに直しておきます!」
「ありがとう。みんなも無事でな」
一人ずつ顔を見る。
戦場で俺たちが動き続けられたのは、この人たちが機体を直し、弾を運び、燃料を入れてくれたからだ。不死鳥隊だけで勝ったわけじゃない。
整備兵たちへ敬礼を返し、搭乗用の通路へ入る。
指定された席へ座り、肩、腰、太腿のベルトを締める。
「ニキさん、固定は大丈夫?」
「問題ございません」
「胸は苦しくない?」
「少々締めつけられますが、想定内です」
「薬は?」
「搭乗前に服用しております」
「気分が悪くなったら――」
「坊ちゃま」
「はい」
「私より、ご自身のベルトをご確認ください。腰部が少し緩んでおります」
見ると、本当にわずかな隙間がある。
「……よく分かったな」
「メイドですので」
万能すぎるだろ、その肩書き。
ベルトを締め直していると、マークが少し低い声で話しかけてくる。
「なあ、カリス。打ち上げ前に少し真面目な話をしておきたい」
「どうした?」
「木馬の件だ」
浮かれていた気持ちが少しだけ引き締まる。
「どうなった? 俺たちの夜襲のあと、足を止めた木馬へ別の討伐部隊を向かわせたんだろう?」
「ああ。オデッサ作戦の最中にも追撃部隊が派遣されている」
「仕留めたのか?」
マークは首を横へ振る。
「全滅したらしい」
「全滅……」
「こちらが破壊した両エンジンも、補給部隊の部品を使って応急修理したようだ。完全な状態ではないはずだが、木馬は再び飛んでいる。オデッサへは向かわず、連邦軍の撤退経路から離れるように南西へ進んだ」
「行き先は?」
「おそらく南米のジャブローだ」
連邦軍総司令部の本拠地。
俺たちは木馬をオデッサへ参加させないという目的を果たした。だが、息の根を止めたわけではない。あの艦も、白い悪魔も生きている。
「しぶといな」
「ああ。こっちも人のことは言えないがな」
「それでこそ不死鳥隊だ。木馬に同じ名前を譲るつもりはない」
「連邦の本拠地か……」
ジュナスが楽しそうに口を開く。
「ここから南米へ行くなら、大西洋を渡るのかい?」
「その可能性が高い」
「海の上ではホバー移動も難しそうだね。僕たちが追いかけるのは無理かな」
「俺たちはこれから宇宙へ上がるんだぞ」
「残念だなあ。アムロ君とは、もう少し近くで触れ合ってみたかったのに」
「言い方が気持ち悪い」
「その海での追撃には、専門の部隊が当たる」
マークが続ける。
「誰だ?」
「マッドアングラー隊だ。指揮官はシャア中佐――いや、先日の昇進で、今はシャア大佐になっている」
「シャアが大佐?」
思わず笑みが浮かぶ。
「あいつ、もう大佐かよ。俺より上じゃないか」
「海洋方面へ移ってからの戦果と、ガルマ准将の救援に貢献した功績が評価されたらしい」
「そうか。それはめでたいな」
シャア・アズナブル。
親の因縁という悲しい過去を抱え、復讐心と友情の間で苦しみながら、それでもガルマを守ろうとした不器用な男。
……と、俺は理解している。
本人は相変わらず何を考えているのか分かりにくいが、ガルマ准将が無事で、シャアも順調に出世している。それなら、友人として喜ぼうじゃないか。
「今度会ったら、盛大に祝ってやらないとな」
「お前とシャア大佐の間には、本人の知らない友情がずいぶん育っているよな」
「何を言う。男同士は、いちいち口にしなくても分かり合えるものなんだよ」
「先ほど男同士の友情を越えた愛こそ究極と言ったな!」
「エルフは黙ってろ! 話がややこしくなる!」
「ですが、カリス様」
エリスの声は真剣だ。
「シャア大佐へ任せて、本当に大丈夫でしょうか」
「心配か?」
「シャア大佐の操縦技術を疑っているわけではありません。ただ、ガンダムのパイロット……アムロ君は、戦いの中で急速に変わっています」
「最初に感じた時は、怯えと戸惑いが強い、ごく普通の少年でした。ですが、先日の夜襲では違います。こちらの動きを読み、見えない位置からの攻撃にも反応し、自分の意思で私たちを止めようとしていました」
「マチルダという女性が死んだ後の圧力は、とても普通の人間が出せるものではなかったわ」
エターナさんも静かに言う。
「あの子は、これからもっと強くなる。多分、とても速く」
あの時の怒りが、胸の奥へもう一度触れる。
息ができなくなるほどの殺意。動けと命じても、体が言うことを聞かない。強いニュータイプ能力を持つ者ほど、アムロの感情へ押さえつけられる。
あれを相手に、海の上で戦う。
シャアなら大丈夫だと簡単に言い切っていいのか。
「シャア大佐のニュータイプ能力は、まだ分かりません」
「本人に素養があるとしても、アムロ君と同じように感じられるとは限りません。あの少年を、従来の優秀なパイロットとして考えれば危険です」
「そうだな」
「警告を送りますか?」
「送る。無理にガンダムを落とそうとするな。木馬の足を止めることを優先し、危険なら撤退しろとな」
「シャア大佐が素直に聞くか?」
「知らん。だが、言わないよりはましだ」
シャアは誇りが高い。自分より年下の俺から心配されれば、余計なお世話だと笑うかもしれない。それでも、友人が危険な相手へ向かうと分かっていて、黙っていることはできない。
「本国へ着いたら、俺から直接連絡を入れる。間に合うなら、ガルマ准将からも命令として伝えてもらおう」
「それがいいですね」
正面の列で、シェルドがうつむいている。
「シェルド?」
「はい」
「どうした?」
「いえ……木馬が無事だったなら、また戦うことになるんだなと思って」
「怖いか?」
「少しだけ。でも、次は負けません」
顔を上げた時には、いつもの素直な表情へ戻っている。
だが、その奥から流れてくるものは一つではない。
木馬が生きていたことへの安堵。再び戦うことへの恐怖。誰かの顔を思い出しているような迷い。そして、それらを押し込めようとする強い意志。
町で会った少女のことだろうか。
問いただすのはやめる。
今は戦場ではない。誰にだって、胸の内へしまっておきたいものはある。
「次のことは、次に考えればいい」
全員の顔を見る。
「俺たちは本国で休暇だ。木馬の追撃はシャア大佐の任務。今は友人の手腕を信じようじゃないか」
「そうだな」
「それに、休むのも命令だ。俺たちが今すぐ地球の裏側まで追いかけても、邪魔になるだけだ」
「では、本国で鍛錬を積み、次の一騎討ちへ備える!」
「エルフ、お前はまず休め」
「休息もまた鍛錬の一環! 心得ている!」
「本当だろうな?」
機内放送の音が鳴る。
『搭乗員各位へ。打ち上げシークエンスを開始します。全員、耐G姿勢を取り、会話を中止してください』
「ほら、話はここまでだ。全員、固定具を確認」
それぞれがベルトと保護具へ手を触れる。
ニキさんの状態をもう一度見る。顔色は悪くない。呼吸も落ち着いている。
『主機点火まで、十、九、八――』
『三、二、一、主機点火』
地面の奥から殴りつけられるような振動が来る。
直後、猛烈な力が全身を座席へ押しつける。
「ぐっ……!」
息が胸へ戻される。頬の肉まで下へ引かれ、腕一本動かすのも重い。
HLVが上昇を始める。
サイロの壁が窓の外を流れ、すぐに夜空が見える。オデッサ基地の光が小さくなり、その周囲へ広がる荒野が闇へ沈んでいく。
泥と血の臭いが染みついた重力から、俺たちは少しずつ離れる。
雲を抜けると、窓の外が暗くなる。
体へかかる圧力は続いている。それでも胸ポケットの中には、ハマーンの匂い袋がある。固定具の上から触れることはできないが、そこにあると分かるだけでいい。
待っていてくれ、ハマーン。
約束通り、俺は生きて帰る。
まあ、無傷という約束については、細かい打撲や内出血をどう判定するかで少し協議が必要かもしれない。だが、手足は全部ついているし、自分の足で会いに行ける。広い心で無傷判定を出してくれることを期待しよう。
次に地球へ降りる時、世界がどう変わっているのかは分からない。
木馬はまだ生きている。白い悪魔は戦うたびに強くなる。連邦軍はオデッサで負けても、あの物量を失ったわけではない。今回の勝利だけで戦争が終わるほど、現実は甘くない。
そんな不安は胸の奥へ押し込む。
今は休もう。
そしてズム・シティへ着いたら、一番にハマーンへ会いに行く。
彼女はどんな顔で俺を迎えるだろう。
笑うか。怒るか。変態と罵るか。近づくなと蹴るか。
どれでもいい。
生きた彼女の声を聞けるなら、それだけでいい。
加速が少しずつ弱まり、体を座席へ押しつけていた重さが消えていく。
ベルトの端がふわりと浮く。
俺たちは再び、無重力の宇宙へ還る。
地球の青い輪郭が、窓の向こうで静かに遠ざかっていく。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は、オデッサ戦後の不死鳥隊と、本国への帰還を書きました。
ガルマとのやり取りや、休暇を前にした隊員たちの会話、ドムとの別れ、宇宙へ戻る場面など、印象に残ったところがあれば感想をいただけると嬉しいです。