機動戦士ガンダム 不死鳥戦記 作:だいたい大丈夫
そこで簡易的なニュータイプ適性検査を受けることになったカリスたち。
だが、機械が示した結果は、彼らが信じていた能力と仲間の価値を大きく揺さぶるものだった。
宇宙世紀〇〇七九年、十一月十四日。
ズム・シティへの帰還を果たした俺たちは、フロートニック家の屋敷へ戻るより先に、軍管轄のニュータイプ研究施設へと足を運ぶことになっていた。
フラナガン機関。ズム・シティ郊外の軍用区画に建造された巨大な研究施設だ。
送迎車の窓から見える建物は、白と灰色の壁に囲まれ、窓が極端に少ない。周囲には二重のフェンスが張り巡らされ、正門では完全武装の警備兵が車内まで執拗に確認してくる。
病院と軍事基地をミキサーにかけ、外から中身を見えないように蓋をしたような場所だ。
どうにも胸糞が悪い。
「随分と厳重なんだな」
「機密研究を行っている施設ですから」
「被験者の中には自分で能力を制御できない人もいます。外から誰かが侵入するのを防ぐだけじゃなくて、中で事故が起きた時に周囲へ被害を出さないためでもあるそうです」
「被験者という呼び方を本人が使うのか」
「研究員さんたちがいつもそう呼んでいるので」
悪気のない答えが、かえって俺の神経を逆撫でする。
マリアの隣では、シェルドが彼女の顔色を何度も盗み見ていた。
彼女が飲んだあの赤い錠剤が気にかかっているのだろう。
俺も同じだ。
この機関へ転属してまだ半月余り。それだけの期間でマリアの精神波は劇的に増大し、同時に不自然なざらつきを帯びている。
この施設で何が行われているのか。視察という名目が通用するうちに、裏側を暴いておかなければならない。
隣に座るハマーンの手を握る力に、無意識に力が入った。
宇宙港からずっと繋いだままだ。本人は何度も「もう離しなさい」と拒絶の言葉を口にするが、こちらが本当に放そうとすると、なぜか指先だけは微かに残してくる。
「やっぱり、ここは嫌いか?」
「好きになる理由があるの?」
「人の頭の中を勝手に調べて、使えるかどうか数字をつける場所よ。研究所という名前をつければ何をしても許されると思っているのかしら」
「同感だな」
「ならどうして来たのよ」
「俺の部下が、今もここにいるからだ」
前方の席にいるマリアへ視線を移す。ハマーンの目もそれを追った。
「……そう」
それ以上の追及はなかった。
◇◇
「フロートニック中佐! ようこそお越しくださいました!」
研究員たちが一斉に頭を下げる。ざっと見ただけでも二十人以上が待ち構えていた。
「オデッサでのご活躍、記録で拝見しております!」
「不死鳥隊の皆様をお迎えできるとは、研究員一同感激の極みです!」
「実戦で自然覚醒したニュータイプが、一度にこれほど!」
「ぜひ、当機関の研究へご協力を!」
実験動物の群れが自ら檻に入ってきたことに狂喜しているようにしか見えない。
目がイカれている。
「……帰っていいか?」
「お待ちください、中佐!」
三人の研究員が瞬時に俺の退路を塞いだ。
「見学だけでも!」
「お茶も用意しております!」
「検査は痛くありません!」
「最後の一言で全部台無しだよ! 誰が検査を受けると言った!」
「カリス様、落ち着いてください」
エリスが俺の肩を掴む。
「彼らは未知の力を解明したいという、純粋な知的探究心に突き動かされているだけです」
「どう見ても俺たちの頭蓋骨を開けて中身を見たがっている顔だぞ」
「開頭検査の予定はございません!」
将来的にはスケジュールに組み込まれているようにしか聞こえないだろうが。
「カリス」
ハマーンが俺の袖を引いた。
「ここで暴れたら、あなたのほうが隔離されるわよ」
「それは…」
「なら少し黙っていなさい」
渋々口を閉じた。
奥には研究員だけでなく、訓練着や簡素な軍服を身につけた若者たちの姿も見える。ニュータイプの素養を見込まれ、各地から集められた被験者や候補生なのだろう。年齢も出身もばらばらに見えるが、一つだけ異様な点があった。
女性の割合が異常に高い。
というか、ほとんどが女の子じゃないか。ニュータイプ能力は女性に発現しやすいのか。それとも、研究員の採用基準に何かよからぬ意図があるのか。
「変な目で見ないで」
ハマーンの棘が横腹を刺す。
「見てない」
「今、どうして女ばかりなのか考えたでしょう」
「純粋な疑問だ」
「前にも聞いた気がするわ」
また心を読まれた。
この子にはまるで意味を成さないらしい。
「皆さん、こちらです!」
マリアが奥から歩いてくる二人を招き入れた。
一人は、大人びた女性だ。艶のある髪を肩に流し、こちらを値踏みするような視線にも妙な余裕と色気が漂っている。
もう一人は、少し眠そうな目をした少女だ。ぼんやりとした虚ろな顔で歩いているのに、不思議と壁にも人にもぶつからない。
「みんな紹介するわ。クスコ・アル少尉と、マリオン・ウェルチ。ここでの私のお友達なの」
「クスコ・アル少尉よ。あなたが紫電の不死鳥ね」
その姿勢は軍人として洗練されているが、視線は俺だけでなく、マーク、エリス、エルフリーデ、エターナへと流れるように動いている。
こちらの力量を測っているのか。
彼女からは、研ぎ澄まされた精神の刃を感じる。ララァのような底知れない巨大さはないが、己の意思で相手の急所を的確に狙える鋭利さがある。
「カリス・フロートニック中佐だ。マリアが世話になっているようだな」
「こちらこそ。彼女が来てから施設が随分明るくなったわ」
「マリアは騒がしいだろう」
「退屈はしないわね」
「マリオン・ウェルチです」
隣の少女も、焦点の定まらない目のまま小さく頭を下げた。
「あ、どうも」
シェルドが一歩前に出て敬礼した。
「マリア姉さんがいつもお世話になっています。シェルド・フォーリー中尉です」
「へえ」
クスコ少尉が細めた目から、かすかな悪戯の光が漏れている…これは。
「これがマリアの言っていた彼氏さん?」
「クスコ!」
「いいじゃない。本当のことでしょう?」
「そうだけど、いきなり言わなくても……」
「思っていたより可愛らしい顔をしているのね。もっと怖い人かと思っていたわ」
「へ? あ……ありがとうございます?」
顔まで一気に朱に染まる。褒められているのか分からず、語尾が疑問形になっていた。
その傍らで、マリオンの視線がシェルドを捉えたまま動かなくなる。
顔を見ているのではない。胸から腹へと下がり、足元まで動いた後、もう一度腹の辺りで止まった。
「腹筋……いいね」
「えっ?」
マリオンはいつの間にかシェルドの眼前へ肉薄していた。軍服の上から彼の腹部を指先でツンツンと小突くと、小首を傾げる。
「体幹が強い。筋肉」
「あの、これは……?」
「個人的な確認」
「ちょっと、マリオン!!」
マリアは二人の間に割って入った。シェルドを背中へ隠し、マリオンの手を押し戻す。
「触るなら先に本人へ聞いて!」
「マリアは触っていいの?」
「私はいいの!」
「どうして?」
「彼女だから!」
シェルドは顔から火を噴きそうなほど真っ赤になり、マリアの背後で小さくなっていた。
「か……変わった友達だな」
「変わってなんかない。鍛えた人の体の使い方を見るのが好きなだけ。シェルドの筋肉は無駄が少ない」
「そ、そうか」
この施設、研究員だけじゃなく被験者側も大概イカれているな。
「彼女はいつもこうなのか?」
マークが呆れ果てた声で尋ねる。
「興味を持ったものへ一直線なんです。悪い子じゃないんですけど」
「施設の中ではむしろ分かりやすいほうよ」
「ここには他人の感情を受け取りすぎる子や、眠っている間に周囲の機械を誤作動させる子もいるもの。筋肉を観察したがるくらい可愛い癖でしょう?」
「比較対象がバグっているな」
ララァは三人のやり取りを眺め、静かに微笑んでいた。彼女たちがこの環境の中でそれなりに連帯感を築いているのは事実らしい。
◇◇
「それでは、まず施設内をご案内いたします」
研究員が揉み手のように擦り合わせながら近づいてくる。
「その後、もし皆様のお時間が許すようでしたら、ほんの簡単な適性検査を――」
「断る」
「まだ最後まで申し上げておりませんが!」
「何を言うか顔に書いてある」
「痛みは全くございません! 頭部へ電極を装着し、脳波と反応を測定するだけです!」
「嫌だ」
「所要時間は一人二十分ほど!」
「休暇初日に、どうして研究施設で頭を測られなきゃならん」
「カリス様」
エリスが俺の前へ進み出る。
「私は受けます」
「何?」
「客観的な数値によって、私が優れたニュータイプであることを証明する良い機会です」
「お前、前からそんなに自信満々だったか?」
「自分の力を正しく認識することは、指揮官へ仕える騎士として当然です」
単に褒められたいだけだろう。
「まあ、簡単な検査なら受けてもいいんじゃないか?」
「変な薬を打たれるわけでもない。結果が気に入らなければそこで帰ればいい」
「マークまで何を言い出すんだ」
「マリアのことを調べたいんだろう。内部へ入る理由があったほうが動きやすい」
なるほど。
正面から乗り込んでおいて、何も見せず何も答えず、資料だけ出せと要求しても撥ね付けられるだけだ。簡易検査へ協力すれば、研究区画へ侵入する口実になる。
「分かった。ただし簡易検査だけだ。投薬、催眠、意識へ干渉する装置は使わせない」
「もちろんです!」
「やったぞ!」
「すぐに検査室を空けろ!」
「記録班を呼べ!」
周囲の研究員たちが一斉に血相を変えて走り出す。
やはり帰ったほうが良かったのではないか。胸の奥のざらつきが警鐘を鳴らし続けている。
◇◇
白で統一された空間に、診察台のような椅子が八脚並んでいる。
傍らには脳波計と表示端末が鎮座し、頭へ被る半球型の測定器から無数の細いケーブルが伸びていた。
「どう見ても怪しい」
「ただの非侵襲式測定器です」
「電極で脳波を読み取るだけです。電流を流したり、脳へ刺激を与えたりはいたしません」
「本当だろうな?」
「軍人としての名誉にかけて!」
「あんたは研究員だろう」
研究員は目を逸らす。ますます不安になる。
「危険な機構は見当たりません。少なくとも、説明されていない薬物を注入する装置などは接続されておりません」
「それなら受けるか」
「私は辞退いたします」
「ニキさんは受けないの?」
「自分がオールドタイプであることは承知しております。今さら機械へ確認していただく必要はございません」
「それより、検査を受ける皆様に不適切な処置が行われないか、外から監視する者が必要です」
「頼む」
ルナも操縦要員ではないことを理由に辞退し、ニキさんと一緒に記録の監視へ回る。
ハマーンは、異様な測定器を一瞥しただけで首を横へ振った。
「私は受けないわ」
「もちろんだ。嫌なら受ける必要はない」
「ですが、カーン嬢のデータは非常に――」
「本人が嫌だと言っている」
声の温度を絶対零度まで下げる。
研究員は口を閉ざした。
俺、マーク、エリス、エターナさん、エルフリーデ、ジュナス、シェルドの七人が椅子へ座る。
「一人足りないじゃないか」と研究員は未練がましくニキさんを見るが、完璧な無視を貫かれている。
「気分が悪くなった場合は、すぐにお知らせください」
「悪くなるような検査なのか?」
「念のためです!」
「中佐、会話を続けると基礎脳波が取れません」
別の研究員に無機質に注意される。仕方なく目を閉じる。
最初は安静時の脳波測定だ。
次に、壁面モニターへ不規則に表示される光を追い、手元のボタンを押す反応検査。遮蔽板の向こうで研究員が選んだ図柄を当てる透視検査。別室から向けられる感情の変化へ反応する感応検査と続く。
最後に、隣室へ置かれた簡易サイコミュ端末へ意識を集中させ、無線を介さず表示灯を反応させる検査が行われた。
透視なんてものができるわけがないと思うが、遮蔽板の向こうにいる研究員が「三角を選ぶぞ」と念じているのは伝わってくる。
「三角」
「正解です!」
「今のはお前の考えが顔に出てたんだよ」
「遮蔽板で見えないはずですが」
「気のせいだ」
知らん。俺はニュータイプではない。
エリスは隣の席で次々と正解を出し、そのたびに優越感に浸った笑みを深くしていく。
エルフは図柄を当てる検査なのに、「これは敵の構えを読むのと同じだ!」と剣術理論を展開しながらボタンを乱打している。
ジュナスは目を閉じたまま、研究員が問題を出すより先に答えを口にしている。
シェルドは反応速度の検査では誰より速いが、透視課題になると正解と不正解が普通の確率で並んでいた。
検査は結局予定を大幅に超過した。
研究員たちが何度も首を傾げながら測り直し、とくにジュナスの装置だけは機械の故障を疑って三度も別のものへ交換したからだ。
「もう終わりでいいだろう」
「あと一度だけ! お願いします!」
「さっきも聞いたぞ、それ」
結局、解放されるまで一時間近くかかった。
◇
「素晴らしい!」
「クロード大尉は実に素晴らしい! ここの被験者を含めてもトップクラス、いえ、当機関がこれまで記録した中でも最高峰に位置するサイコミュ同調数値ですぞ!」
「ふふん」
「それほどでも……ありますがね」
否定する気は毛頭ないらしい。
「やはり、私こそが次のステージへ進むべく選ばれた真のニュータイプなのです」
最近のエリスは、ニュータイプという言葉を口にする時、以前より明らかに陶酔を帯びている。
自分たちはほかの人間と違うか…選民意識へ変わりつつある。
これは少し危なくないか。
「次点はシュルツ中尉です」
「何?」
「クロード大尉とはほんの僅差です。この攻撃的で急激な波形変化は実に興味深い! 闘争状態を想定した途端、平常時の数倍まで同調値が跳ね上がっています!」
「まじか。エルフが、ニュータイプとしてそこまで高い素質を…」
「ふん!」
エルフは嬉しがるどころか、測定結果へ忌々しそうに鼻を鳴らした。
「何がニュータイプか。何が脳波か。すべては気高き騎士の心意気と日々の素振りの賜物である!」
「脳波は素振りで鍛えられるものなのか?」
研究員が真剣に考え込み始めた。
「機械に私の剣気が測れるものか! その数値は、私の魂からあふれた力のほんの一部にすぎん!」
「だそうだ」
「剣気……新たな研究項目として記録を」
「記録しなくていい!」
この施設、エルフとの相性が悪い。適当な騎士道用語まで全部未知の現象として研究対象にされそうだ。
「続いて、フロートニック中佐とギルダー少佐です。お二人の数値は、ほとんど同水準ですな」
細かい形は違うが、総合値はほぼ同じらしい。
「とくに実戦を想定した感応検査では、敵意への反応が極めて速い。戦闘によって能力を磨き上げた、実戦型ニュータイプと評価できます」
「俺は認めんぞ」
「まだ否定するのか、お前は」
「数字で人間の種類を勝手に変えるもんじゃないさ。俺は普通の人間だ」
「普通の人間は、透視なんてできないだろう?」
「あいつの考え方が単純だっただけだ」
「それを読んだ時点で普通じゃないだろう」
ニュータイプニュータイプ…ホント嫌になるぜ。
「お二人の次がフレイル大尉です」
「総合値では先の四名へ一歩譲りますが、遠距離に意識を集中させた際の精度はクロード大尉にも匹敵します。狙撃や索敵に向いた特性でしょう」
「当然ね」
「標的がどこにいるか分かれば、あとは照準へ入れて撃つだけよ。そこに大層な名前をつける必要があるのかしら」
「いやはや、皆様にはぜひ当機関へ滞在していただき、徹底的な研究を――」
「それは全力で断る」
俺、マーク、エターナの声が一糸乱れず重なる。
「誰がモルモットになるか」
「俺たちは休暇中だ」
「毎日こんな格好の悪い物を被るなんて嫌よ」
「そ、そうですか……」
「カリス様が残るのであれば、私は協力しても構いませんが」
「残らんぞ」
エリスの狂信的な申し出については即座に叩き斬る。
こんなところへ置いていけば、数週間後にはニュータイプこそ人類の支配者だと言い出しかねない。
「それで、残る二人なのですが……」
急に歯切れ悪くなる。
モニターへ、ジュナスとシェルドの名前が表示された。
「リアム中尉とフォーリー中尉につきましては、残念ながらニュータイプ特有の脳波は観測されませんでした」
ジュナスは何も変わらない。
「そう」
自分の結果に興味すらないような顔で、不気味に微笑んでいる。
「僕は宇宙(そら)の声が聞こえるから、機械の数値なんて気にしないよ」
「いや、ちょっと待て」
「シェルドについては後で聞く。まずジュナスだ。本当に何も出なかったのか?」
「はい。何度も装置を交換しましたが、リアム中尉の脳波は完全に通常範囲です。サイコミュへ反応する特殊波形も感応時の変化も、一切確認できません」
「そんな馬鹿な」
ジュナスは戦場で敵の殺気を的確に察知する。
相手の心を読んだようなことを平然と言い、まだ起きていないことを予測し、誰も知らない過去を言い当てることさえある。
ジュナスが相手をじっと見ただけで、敵が動きを止める場面も何度か見た。
それがニュータイプでないなら、一体何なんだ。
「しかし、透視検査は全問正解していただろう」
「それが我々にも分からないのです」
「リアム中尉は、こちらが図柄を選ぶ前に答えております。密閉容器の中身を当てる試験でも全問正解。私が声に出していない質問へ答え、検査助手が端末を落とすことまで事前に指摘なさいました」
「なら、ニュータイプだろう」
「ところが、何も観測できておりません!」
「正解した瞬間にも、脳波は通常の安静状態のままです。感情の高まりも集中を示す変化もない。ただの無風なのです!」
「無風?」
「我々はニュータイプ能力の発現時に生じる特殊脳波を検知し、その強度とサイコミュへの同調性を測定しております。ですが、彼には既存のニュータイプという現象が起きていないと申し上げるしかありません」
「能力らしきものは使えるのに?」
「はい」
「機械には何も映らない?」
「はい」
「それは、研究方法のほうが間違っているんじゃないのか?」
「その可能性を突きつけられているので我々も困惑しております」
ジュナス一人の存在によって、フラナガン機関の研究前提そのものが根底から崩れかけているらしい。
「ジュナス」
「何?」
「お前、検査中に何をした」
「質問へ答えただけだよ」
「どうやって答えが分かった?」
「聞こえたから」
「何が?」
「宇宙の声」
相変わらずの電波発言だ。
だが、実際に全問正解している以上、笑い飛ばすこともできない。
ジュナスの心を探ろうと意識を向ける。まあいつものことだが…。
何もない。
普通の人間なら、感情の揺れや表面に浮かぶ思考の欠片くらいは伝わってくる。
強く警戒している相手でも、防壁の存在そのものは感じ取れる。
ジュナスには、その壁すらない。
何もない虚空へ向かって手を伸ばしているような、薄気味悪い感覚だけが残る。
「そんなに気にしなくても大丈夫だよ、カリス」
「君が今僕の心を読もうとして何も見つけられなかったことも分かっている。それが大前提だからね」
「やっぱり読んでるじゃないか!」
「読んでないよ。分かるだけ」
「何が違うんだ!」
「カリスは次に右へ半歩下がる」
反射的に右へ下がろうとした足を止める。
「ほらね」
「動いてない!」
「動こうとはしただろう?」
こいつ、ニュータイプとかオールドタイプとかいう枠組みから完全に逸脱した、別の種類のバグなんじゃないか。しかも本人に説明する気が一切ない。
機械でも測れないなら、俺たちに理解できる日は永遠に来ない気がする。
だが、ジュナスとは対照的に、機械が出した結論を真正面から受け止めて打ちのめされている者がいる。
「本当に……間違いないんですか?」
シェルドの声がかすかに震えている。
「僕には、ニュータイプの才能がないって……」
「はい。申し訳ございません」
「測り直せば、変わるかもしれないでしょう?」
「すでに三度測定しております。装置も交換しました」
「でも、僕は戦場で敵の殺気を感じたことがあります。攻撃が来る前に分かったことだって……」
「それは経験に基づく危機察知や、周辺情報を無意識に処理した結果だと考えられます」
研究員は慎重に言葉を選ぶ。
「フォーリー中尉の反応速度、空間認識能力、動体視力は、軍人全体の中でも隔絶した水準です。パイロットとして極めて優秀であることは疑いありません」
「でも、ニュータイプではない」
「脳波に関しては完全に通常の一般人と同じです。いわゆるオールドタイプの波形です」
「……ッ」
俺は、木馬へ夜襲を仕掛けた時のことを思い出す。ミデアを撃墜した直後、ガンダムのパイロットから放たれた悲しみと怒りに満ちた凄まじい精神の圧力。
俺も、マークも、エリスも、エルフも、エターナも、プレッシャーをまともに受けて動きを鈍らせた。
だが、シェルドだけは動いた。金縛りに遭うことなくドムを滑らせ、ガンダムの斬撃を避け続けた。
あの時の俺は、極限状態でも冷静さを失わないシェルドの強い精神力によるものだと思った。
だが、違った。
シェルドには、アムロの精神波そのものが届いていなかったのだ。受信できなかったから縛られなかった。
もっとも、動けた理由がそうだったからといって、ガンダムの攻撃を避け切った技量まで偽物になるわけではない。
精神的な圧力を受けていなくても、あの時目の前にはビーム・サーベルが迫っていた。それを最小限の動きで躱したのは、間違いなくシェルド自身の技量だ。
それでも、本人にとっては何の慰めにもならないのだろう。
「シェルド」
マリアが歩み寄る。シェルドの背中へ両腕を回し、震えている体を静かに抱き寄せる。
「マリア姉さん……」
「私は、あなたがニュータイプだから好きになったわけじゃないわ」
「あなたがシェルドだから好きなの。怖くても私の前へ出て守ると言ったことを絶対に曲げない。そんなあなただから一緒にいたいの」
「でも、姉さんはこれからもっと強くなる。僕だけ、同じところへ行けないかもしれない」
「同じ能力を持っていなければ一緒にいられないなんて誰が決めたの?」
シェルドの顔を覗き込む。
「私が迷ったらあなたが引っ張って。あなたが立ち止まったら今度は私が手を引く。それでいいじゃない」
「マリア姉さん……」
「気になさることはありませんよ」
「ニキ大尉……」
「先ほども申し上げたとおり、私もオールドタイプです」
「敵の心を読むことも未来を見ることもできません。ですが、それが何か?」
「……え?」
「私は今日まで坊ちゃまをお守りし、不死鳥隊の補給と作戦を管理し、必要であれば前線へ出ております。オデッサでは体がGに耐えられずご迷惑をおかけしましたが、それでも自分が誰かに劣っているとは考えておりません」
「私たちは、貴方がニュータイプだろうがオールドタイプだろうが、置いていったりはいたしません。オデッサでの貴方の働きは、紛れもなく我々全員を救いました」
「でも……」
「ビッグ・トレーの艦橋を撃ち抜いたのはニュータイプ能力ですか?」
「違います」
「ガンダムの斬撃を避けたのは?」
「僕が、機体を動かしました」
「それで十分ではありませんか」
ニキさんが小さく微笑む。
「ねえ、エリス大尉?」
急に話を振られたエリスが目を見開く。
「え? あ、はい!」
「人類を次のステージへ導くのは我々ニュータイプです」
「エリス」
「ですが!」
「シェルド、あなたは特別です。これほどの死線を共にくぐり抜けた戦友を見捨てたりはしません。あなたには我々と同じ側に立つ資格があると特別に認めましょう」
「エリス。訂正しろ」
マークがこめかみを押さえる。
「何がですか?」
「今のお前は励ましているんじゃなく、上から入場許可を出しただけだ」
「……はい」
「訂正します」
姿勢を正す。
「シェルド。あなたは私たちの大切な仲間です。数値や呼び方など関係ありません」
「エリス大尉……」
不器用だが、今度はその真意がきちんと伝わった。
「うむ!」
エルフリーデが大きくうなずき、右の拳を自分の胸へ強く当てる。
「騎士は朋友を裏切らない! お前が凡人であるならば、天才であるこの私が剣となって守ってやろう!」
「ありがとうございます。でも、近距離では僕のほうが守られるかもしれませんけど、遠距離なら負けませんよ」
ニュータイプか、オールドタイプか。
戦場で生き残るために能力を使うことはある。敵の殺意を感じられるなら利用するし、攻撃を先読みできるなら避ける。
だが、その名前を理由に仲間の価値まで決めるつもりはない。
「ところで研究員」
「はい?」
「検査結果の原本と複製記録は、すべてこちらへ提出していただきます。本人の許可なく兵器開発部門やほかの研究機関へ転用することは認めません」
「し、しかし、これは軍の研究資料で――」
「不死鳥隊は見学中に簡易検査へ協力しただけです。軍令による正式な被験者登録には同意しておりません」
冷ややかな笑みを浮かべたまま、研究員へ一歩近づく。
「フロートニック家の法務部門から、改めて正式な確認を差し上げましょうか?」
「い、いえ! 必要ございません! 記録の扱いは皆様のご意向に従います!」
流石はニキさんだ。俺たちが感動的にまとまっている間も、現実的な後始末を忘れない。
その隣では、マリアが胸元のポケットをそっと押さえている。
あの赤い錠剤が入ったケースだ。
内側から感じる力の歪みは消えていない。
今日の検査で分かったのは、人間の心が簡単な数値で測れないということだけだ。
ジュナスの正体も、シェルドの強さの理由も、マリアへ何が行われているのかも、まだ何一つ終わっていない。
次に確認するべきものは、決まった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は、フラナガン機関での適性検査と、不死鳥隊それぞれのニュータイプ能力について書きました。
ジュナスとシェルドの結果や、エリス、ニキ、ハマーンたちの反応など、印象に残った場面があれば感想をいただけると嬉しいです。