機動戦士ガンダム 不死鳥戦記   作:だいたい大丈夫

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ルウム戦役で戦果を上げたカリスは、十六歳にして少佐へと異例の昇進を果たす。
軍は彼を「不死鳥」と呼び、都合のいい英雄として祭り上げようとしていた。
そんな中、戦勝記念晩餐会でカリスはドズル・ザビと出会い、さらに一人の少女――ハマーン・カーンと運命的な邂逅を果たす。



エリス

【挿絵表示】



不死鳥と氷の少女

叙勲式をやり過ごし、支給された真新しい軍服に袖を通している。襟元には、十六歳には似合わない少佐の階級章が鈍く光っている。

 

周囲には、俺と同じく異例の昇進を果たしたフロートニック隊……いや、軍部が勝手に名付けた不死鳥隊の面々が、グラスを傾けている。

 

「いやあ、本当に良かったじゃないですか。少佐なんて、軍の歴史から見ても異例中の異例ですよ?建国以来の超スピード出世だ。政治力と武勲が、最悪の形で噛み合いましたね」

 

「他人事みたいに言うなよ、マーク。お前だって、少尉からいきなり大尉に昇進しているじゃないか。それに、そっちにいるエリスやエターナだって中尉だぞ。……まあ、我がジオン公国は建国してまだ一ヶ月ちょっとしか経っていないから、軍のシステムも何もかもが異例のスピードで動いているんだがな」

 

「戦争っていうのはね、いつの時代も英雄を作りたがるものなのよ。特に、地球連邦に比べて圧倒的に国力が劣るジオンは、その傾向が顕著に出るわ。名もなき兵士たちの死体を隠すために、国民を熱狂させる都合のいい偶像、つまりアイドルが必要なの。坊ちゃんは、そのアイドルに選ばれたってわけ」

 

耳元で囁かれる大人の余裕は、心臓に悪い。胸が当たってるって。わざとか?

 

「フレイル中尉!いくら身内しかいないといって、その態度はあまりにも不敬です!また、少佐に気安く触れるなと普段から言っているはずです!もし憲兵や政治将校にそのふしだらな姿を見られたり聞かれたりしたら、即刻銃殺刑になってもおかしくありませんよ!」

 

英雄だろうが、金持ちの道楽息子だろうが、どう呼ばれようと俺の知ったことじゃない。とりあえず実力でこうして勲章も手に入れたし、結果には満足している。

 

この少佐っていう階級なら、実家の権力と合わせれば、軍上層部からの理不尽な特攻命令をある程度は拒絶できる権利が生まれる。部隊の命を守るための無茶な運用も通るようになる。それが一番の収穫だ。

 

「まあ良いさ、二人とも落ち着け」

 

「で?今夜はズム・シティに戻って、軍上層部が主催する戦勝記念晩餐会に出席するんでしょう?名家の御曹司で、しかもルウムの英雄様となれば、軍のプロパガンダ担当の連中から引っ張りだこですねぇ。せいぜい愛想笑いの練習でもしておくことですよ」

 

「マーク大尉、あまり少佐をからかわないでください。少佐は私たちのために、あえてその重荷を背負ってくださっているのですから」

 

「……私たちは、次の作戦へ向かう前に、ルウムの宙域で帰ってこなかったみんなの弔いもしなければなりません。彼らの犠牲の上に、今の私たちがいるのですから」

 

そうなのだ。俺たちが今やっているのは、士官学校のシミュレーションゲームでも、お遊びの演習でもない。本物の戦争だ。

 

我がフロートニック隊も、無傷だったわけではない。随伴していたムサイが一隻沈み、クルーたちは宇宙の塵になった。

実家の金でかき集めたパイロットたちも五機が未帰還だ。

 

それなのに、いや、だからこそか。

軍の上層部は、国民に死者の数を忘れさせるために、生き残った手駒を無理やりにでも英雄に仕立て上げようとしている。

 

赤い彗星、黒い三連星、青い巨星。宣伝部が考えた、キャッチーで派手な二つ名を持ったエースパイロットたちが次々と生み出されている。

じゃあ、この俺の二つ名はどうなったか。

 

「おい、あそこを見ろ!フロートニック少佐だ!ルウムの戦いで戦艦を六隻も沈めたっていう、不死鳥だぞ!!」

 

ラウンジの入り口付近を通りかかった別の部隊の士官が、俺の姿を見つけて興奮気味に声を上げている。

 

そういうことだ。

俺はシャアみたいに、わざわざ愛機を真っ赤に塗りたくるような悪趣味な趣味はない。俺のザクはみんなと同じ、目立たない緑色だ。

 

だが、フロートニック家の家紋が炎を纏う鳥を模したデザインだというだけの理由で、軍が勝手に名付けやがった。

戦場で敵から真っ先に狙われそうな呪いの名前をつけてくれたもんだ。周りからコソコソと不死鳥なんて呼ばれるたびに、寒気がするわ。やめてくれ。

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

今夜は軍上層部が開いた、大規模な戦勝記念晩餐会だ。

 

贅を尽くした軍服の将官たち、政治家、名家の貴族たちが群がり、グラスを片手に薄っぺらい称賛の言葉を交わしている。

 

こんな嘘くさい空間はたまらなく息苦しい。とりあえず会場の壁際へと逃れ、シャンパンを口に含んでいたんだが…。

 

「ここにいたか、フロートニック少佐!この前のルウムでは大儀であった、実に見事な戦いぶりであったぞ!」

 

「ドズル宇宙攻撃軍中将閣下……!もったいないお褒めの言葉、恐縮の極みに存じます」

 

「うむ、良い面構えだ!年齢は若いが、見事にあのルウムの地獄を潜り抜けた、本物の戦士の目をしている。これほどの腕を持つ男を、宇宙だけに留めておくのはあまりに惜しい!貴官にはぜひ、この先の地球においても、その圧倒的な腕を振るって、大いに公国のために活躍してもらいたいと考えている!」

 

「……は?閣下、今、地球、と仰いましたか?」

 

地球に降りるなんて話、今の今までどこからも聞いていない。

 

すると、ドズルの背後から美しいドレスに身を包んだ女性が顔を出し、困ったように彼の袖を引いた。

 

「あなた……。そのお話はまだ……」

 

「む……?おお、そうであったな、すまんなマレーネ!地球降下作戦の事は、まだ全軍への正式な内示前であったな!ガハハハ、今の話は忘れてくれ、少佐!俺の独り言だ!」

 

この人、本当に宇宙攻撃軍のトップなのか。機密レベルの作戦を、パーティー会場で初対面の士官に漏らすなんて、口が軽すぎるだろ。

 

「はは、滅相もございません。閣下の独り言など、私の耳には全く届いておりません。……ところで、失礼ですが、そちらの美しい方は?」

 

「あー、こいつは俺の側室のマレーネだ。あのマハラジャ・カーン公の愛娘でな。とても優しくて、よくできた女だぞ」

 

マレーネと呼ばれた女性が、静かに微笑んで軽く頭を下げる。マハラジャ・カーンの娘、ということは、つまり。

 

「それでな、少佐。さっきの話の続きだが、貴官には我が弟、ガルマの率いる新設の地球方面軍に転属することがすでに内定している。ガルマの奴は年齢も若く、前線での経験が浅い。お前のような実力と度胸を兼ね備えた男が傍にいれば、あいつも心強いはずだ。あいつをしっかりと支えてやってくれ。頼むぞ」

 

ザビ家の中でも、この男は妙に人間臭い。深く頭を下げる。

 

「……畏まりました。ガルマ・ザビ大佐の補佐、このカリス・ジークフリード・フロートニック、微力ながら全力で励ませていただきます」

 

一礼しようと頭を下げた、その時だ。

ドズルとマレーネの背中に隠れるようにして、立っていた一人の少女の姿が、視界に飛び込んでくる。

 

年齢は十二歳くらいだろうか。

特徴的なピンク色の髪。

 

俺の視線と、その少女の視線が、交差する。

まるで、時間がそこだけ止まったかのような不思議な感覚だ。

 

キィィィィン。

 

「……っ!?」

 

あまりの衝撃に瞬きをした次の瞬間、目の前に広がっていたはずの景色が、電源を切られた画面のように完全に消失してしまう。

 

代わりに俺を包み込んでいるのは、上下の感覚すら失われた、満天の星々が広がる底なしの空間だ。

 

ここはなんだっていうんだ。通信機の混線か。いや、俺は今ノーマルスーツを着ていないし、ここは宇宙じゃない。

 

『……貴方は……誰?怖い……お願いだから、私の頭の中に、これ以上勝手に入ってこないで……!』

 

大人たちへの根深い不信感と、身を切るような孤独に満ちた声だ。なぜこんな声が出せる?

 

俺は、カリス。カリス・ジークフリード・フロートニックだ。君は誰なんだ。

 

『私は…………ハマーン。ハマーン・カーン』

 

ハマーン・カーン。

なんて、冷たくて、寂しい場所に一人きりでいるんだ。そんな氷みたいに冷たい場所で、たった一人で震えている必要なんかないんだぞ。

 

 

 

 

 

 

 

「はっ!……す、すいません……あの、ドズル閣下。このお嬢さんは、一体……?」

 

「ん?私の妹で、ハマーン・カーンと言いますの。まだ幼くて、こういう華やかな夜会には全く慣れておらず、ずっとドズル様の大きな背中に隠れてばかりで……ほらハマーン、フロートニック少佐にちゃんとご挨拶なさい」

 

「おいおいフロートニック少佐!お前さん、完全に目が据わっているぞ!まだあの娘は十二歳だぞ?お前さん、十六歳にしては随分と早熟というか、趣味がずいぶんと尖っているな!ハハハ!!英雄色を好むとは言うが、少し気が早すぎるんじゃないか!」

 

無神経で豪快な笑い声につられて、周囲の貴族や将校たちが下品な笑い声を上げる。

 

「ええ…………ドズル閣下の仰る通り、そうかも知れません。俺は今、自分の運命というやつのすべてを完全に理解しました」

 

周囲の嘲笑なんて完全に無視して、迷うことなくハマーンの目の前へと一歩、歩みを進める。

俺はハマーン・カーンの目の前で、音を立てて片膝をつく。騎士の礼をとったのだ。

 

ドズルもマレーネも、あまりの異常事態に完全に固まっている。ハマーンは怯えたように一歩後ろに下がり、冷たい目で俺を睨みつけてくる。

 

「……カリス。この力は……私は、こんな力なんて大嫌いなの。貴方も、私のお父様や周りの大人たちと同じように、頭の中を勝手に覗いて、価値を測りに来たんでしょう!?私を、戦争の道具として利用するつもりなんでしょう!」

 

小さな口から飛び出したのは、さっきの精神交感の続きだ。

 

「俺は、今日この日に、この時代に生まれたことを、心から感謝します。貴女に恋をした、マイ・レディ。……あなたに生涯の忠誠を誓い、こうして跪かせていただきたい。この世界に咲く、気高き一輪の花よ」

 

「…………!私の、力が欲しいの!?お父様も、周りの大人はみんな私を道具にしようと企んでいるわ……!もう、あんな実験動物を見るような視線は嫌なの!大人はみんな、私の力を……!」

 

「俺は、貴女のその能力なんてものには微塵も興味がない。兵器としての価値なんざ、知ったことか。俺が欲しいのは、貴女の愛だ。貴女の魂を、その孤独を、俺の命に代えても守り抜いてみせる」

 

ハマーンは、顔を真っ赤に染め上げ、完全に困惑しきった様子で、小さな声を震わせている。

 

「……な、何を言っているの……貴方、頭がおかしいの!?まだ、貴方のことなんてよくわからないわ。だって、貴方とは、今ここで初めて会ったばかりなのだし……っ」

 

「今はそれでいい。これから何年かけてでも、ゆっくりと知っていきたいんだ。……貴女という一人の人を、その心のすべてを」

 

彼女の手を取って甲にキスを落とそうとするが、少女に対する最低限の礼儀として、直接触れるのをグッと踏みとどまる。

そして、ただ深く、一人の男として彼女の前に頭を垂れた。俺は、運命に会ったんだ。

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

翌日。

 

目の前の机には、ガルマ・ザビ大佐が指揮を執る地球方面軍への転属辞令と、今後の作戦に関する書類の束が置かれている。

 

部屋の空気は、俺に対するからかいの笑い声と、生温かい視線で満ち満ちている。

 

「いやー。やりましたねえ、我が不死鳥隊の誇る若き英雄殿。『この世界に咲く、気高き一輪の花よ!』……くぅーっ!痺れるセリフですねぇ少佐!俺もいつか女の子に言ってみたいもんですよ!」

 

「『俺は貴女の愛が欲しい!』……ふふっ、最高に傑作ね、お腹が痛いわ。少佐、まさかあんなに小さくて可愛いお姫様を狙っていたなんて、お姉さん驚いちゃったわ。その気があるならもっと早く言ってくだされば、色々と手練手管を教えてお手伝いしてあげたのに。ロリコンの才能が開花したのかしら?」

 

そして、エリスが一人だけ恐ろしい顔つきになり、どこから取り出したのかサバイバルナイフで机を突き刺しながら凄んでくる。

 

「……カリス様。あのハマーンという名の生意気な幼女、将来間違いなくフロートニック家に仇なす毒婦に育つ可能性があります。カリス様を誑かすなど、万死に値します。今すぐ私の手で、物理的に排除してくるべきではないでしょうか!?」

 

「お前ら……全員まとめて、次の作戦で、対空砲火が飛び交う中へ、一番危険な囮任務として突撃させるぞ……!!」

 

俺の告白は、ドズル中将の驚異的な口の軽さも手伝って、公国軍の高官や本国の貴族たちの間で瞬く間に面白おかしい噂となって広まってしまったらしい。

 

この先地球へ降下するまでの間、移動中の艦の中や、降下シャトルの中という逃げ場のない密室で、俺は部下たちから盛大にからかわれ続けることになるのは火を見るよりも明らかだった。




ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は、ルウム戦役後のカリスの英雄化と、ハマーンとの初対面を書きました。
カリスの「不死鳥」呼びや、ハマーンとのやり取り、ドズルとの会話など、印象に残った場面があれば感想をいただけると嬉しいです。
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