機動戦士ガンダム 不死鳥戦記   作:だいたい大丈夫

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マリアが服用する薬の正体を知らされたエルフリーデ。

剣を振るうだけでは、キシリア直属のフラナガン機関から仲間を救い出すことはできない。

騎士はもう一つの顔を見せ、ジュナスとともに政治の盤上で戦う準備を始める。



剣で斬れない敵

宇宙世紀〇〇七九年、十一月十四日、深夜。

 

マークとエリスが退出し、ニキの執務室には静けさが戻っていた。

 

蹴り倒された椅子は元の位置に戻されている。壁には脚が当たった跡が残っていた。修繕費を少佐の給金から引くことに決め、ニキは机上のデータへ意識を戻した。

 

マリアの錠剤は、人間の神経活動を無理に引き上げる劇薬だった。常人なら耐えられない。それを飲み続けている以上、彼女の身体にはすでに何らかの処置が施されている。

 

薬を断てるのか。体を元に戻せるのか。このままでは、どれほど生きられるのか。

 

三度のノックが思考を止めた。

 

「お入りください」

 

「お呼びと聞き、参上した!」

 

「声を抑えてください。深夜です」

 

「む、すまん」

 

エルフリーデの声はすぐに低くなった。廊下ですれ違ったマークとエリスの顔を見れば、小言で呼ばれたのでないことくらい分かる。

 

「オーエンス少尉について、お伝えすることがあります」

 

ニキは錠剤の分析結果、フラナガンから提出されたカルテ、軍の医療班が出した見解を説明した。まだ推測を含むが、マリアの体に処置が施され、薬なしでは生きられなくなっている恐れがある。

 

「マリアは、それを承知で薬を飲んだのか?」

 

「いいえ。本人は鎮痛剤だと思っていました」

 

「ならば志願ではない。騙して飲ませたのだ」

 

「カリス様とシェルドには、もう話したのか?」

 

「フォーリー中尉には、オーエンス少尉を確保した後、本人の意思を確認してから話します。カリス様には、今後もお伝えしません」

 

「今夜だけではなく、ずっとか」

 

「そのつもりです。あの方が知れば、ご自分を責めます。フラナガン機関を潰し、キシリア少将と争ってでもマリア少尉を救おうとなさるでしょう」

 

「そして、必要なら自分の命まで差し出す。あの方ならやるな」

 

「ですから、知らせません」

 

「随分と勝手な忠義だ」

 

「承知しております」

 

「ならば、私も同罪になろう。いつか知られた時は、私が自分の判断で加担したと答える」

 

「簡単にお決めになるのですね」

 

「マリアの命と比べることでもない」

 

ニキは礼を述べ、治療への協力を求めた。エリスとエルフリーデの感応反応を比較できれば、薬がマリアの脳へ与えている影響を探る手掛かりになるかもしれない。

 

「ご自身をニュータイプだと認めるのですか?」

 

「認めよう。私の感覚が騎士の勘であろうと、ニュータイプとやらであろうと、今はどうでもよい。脳波でも反応速度でも好きなだけ調べてくれ。マリアを救うためなら、人体実験にも協力する」

 

「危険な実験を行うつもりはありません」

 

「必要になった時に遠慮するなと言っているのだ。仲間が死にかけている時まで、私一人のこだわりを守るほど狭量ではない。仲間のためなら、粉骨砕身の覚悟で――」

 

そこで、張りのある声が途切れた。

 

「――と、いつもの私なら申し上げるところですけれど」

 

声量が落ち、語尾から武人の硬さが消えた。一つひとつの言葉に間を置き、ニキの反応を楽しむように話す。先ほどまでの騎士と同じ女でありながら、十八歳には似つかわしくない艶があった。

 

「テイラー女史。ご自分が責任を負う覚悟で、すでにマーク少佐とエリス大尉を動かしたのでしょう。カリス様には伏せたまま治療法を探す。よい手回しです」

 

「シュルツ中尉。その話し方は、いったい何です?」

 

「あら。聞こえませんでしたか?」

 

「そういう意味ではありません。普段の貴女は」

 

「剣を振るう時に、声を潜めて相手の顔色を読む必要はありませんから」

 

「では、普段の騎士然とした姿は演技なのですか?」

 

「どちらも私ですよ。強者には正面から挑みたい。仲間を守るためなら先頭に立つ。同時に、剣を抜くだけでは守れないものがあることも知っています。今回は後者でしょう」

 

「マリアを原隊へ戻すだけでは足りません。フロートニック家が直接圧力をかければ、キシリア少将の面子も潰します」

 

「何かお考えが?」

 

「ええ。その前に一つだけ。秘密を抱える時は、もう少し顔を作った方がよろしいですよ。今の貴女は、処女だとからかわれた時より分かりやすい」

 

「……誰から聞いたのです?」

 

「先ほどすれ違ったエリス大尉が、実に楽しそうな顔をしていましたので」

 

「何も聞いていないではありませんか」

 

「今ので確信しました」

 

「続きは、もう一人の共犯者と詰めてまいります。テイラー女史は、その間に大人の女らしい顔を取り戻しておいてくださいな」

 

「その呼び方もおやめなさい!」

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

中庭に面したテラスには、軍服の上着を着崩したジュナスがいた。

 

「貴方が言った『マリアが死ぬのは七十四年後』という予言は、何もせずとも九十一歳まで生きるという意味ではありませんね?」

 

エルフリーデは先ほどの口調のまま問いかけた。

 

「もちろん。このままフラナガンへ置いておけば、五年も持たない。薬を飲んで力を引き出すたびに、体の内側から壊れていく」

 

「では、なぜ七十四年後と言ったのです?」

 

「僕たちが助けるからだよ。九十一歳になったマリアは、シェルドへ文句を言いながら、まだ世話を焼いている。僕が見たのは、そういう未来さ」

 

「必ず起きる未来ではなく、私たちが辿り着かせる未来ですか」

 

「そういうこと」

 

「では、道を作りましょう。フラナガン機関はキシリア少将の直属です。正規の手続きだけでマリアを返せと要求しても、研究記録までは出さない。こちらが気づいたと知れば、証拠を消す可能性もあります」

 

「正面から乗り込めば、カリスの部隊ごと反逆者にされる。あの人なら、それくらいはするだろうね」

 

「ですから、ガルマ准将に動いていただきます」

 

「ガルマ閣下に、キシリア閣下と喧嘩をさせるのかい?」

 

「まさか。キシリア少将は育てたニュータイプ兵を、実戦へ活用したい。そのため、マリアを原隊へ復帰させ、新型機への機種転換を行う。地上で戦ってきた不死鳥隊とフラナガン機関が成果を共有すれば、公国軍全体の利益になる。そう進言していただきます」

 

「毒をもって毒を制す、か。ガルマ閣下の立場を使い、キシリア閣下の顔も立てる。確かに、それなら喧嘩には見えないね」

 

「喧嘩を売るのは、マリアを取り戻した後でよいでしょう。私は責任者を正面から斬りたい。同時に、一滴の血も流さずマリアを奪い返す方がよいとも思っている。どちらも本気ですよ」

 

「君は、ただの突撃馬鹿じゃなかったんだね」

 

エルフリーデの声に、騎士の張りが戻った。

 

「私は突撃が好きなのだ。できることが一つしかないから選んでいるわけではない」

 

「騎士道は、周りを油断させるための演技じゃない?」

 

「違う。剣で勝てる相手には剣で挑みたい。強者へ名乗りを上げ、弱者を守る。それが私の好みであり、生き方だ。だが、仲間を救うために政治を使うことまで騎士道に反するとは思わん」

 

「怖い人だなぁ。ニキは驚いていたんじゃない?」

 

「処女を言い当てた時ほどではない」

 

「へえ。ニキって処女なんだ」

 

「その件は本人へ聞け。私は責任を取らん」

 

「君は今の方が、普段より魅力的に見えるよ」

 

「今ごろ気づいたか? この美貌に勇気と知性まで備えた女だぞ。惚れたのなら、今のうちに跪いても構わん」

 

「遠慮しておくよ。僕はもっと可愛くて、抱き締めた時にちょうどよくて、最高のお尻を持っている男が好きだから」

 

「カリス様か」

 

「もちろん」

 

「私があの童貞臭い坊ちゃんの尻に負けるとはな。お前の性癖だけは、未来永劫理解できそうにない」

 

「そのカリスに、本当にずっと隠すのかい?」

 

「隠す。薬の正体も、人体へ処置を受けた可能性も、余命の話も伝えない。知ればキシリア少将を敵に回してでも助けようとするだろう」

 

「いつか知ったら、怒るよ」

 

「その時は私が怒られる。マリアが生きているなら、いくらでも叱られてやる。恋人であろうと、我々が彼女の体のことを勝手に明かしてよい理由にはならん」

 

「ところで、君が男として認めるのは、どんな人なんだい? カリスが百万年早いなら、合格者がいるのか気になってね」

 

「まず天才であることだ。力だけではなく、私を完全に上回るものを持っていなければならない。常に大局を見て、自分の才能を疑わず、目的のためなら嫌われることも犠牲を選ぶことも恐れない。世界の方を自分へ合わせるほどの自信と野心を持つ、冷徹な策謀家がいい」

 

「そんな悪役みたいな男、この宇宙にいるのかな」

 

「知らん。今まで会ったことはない。いなければ独身でよい。だが、もし現れたなら、私の全てを賭けて口説く」

 

「では、その人が現れるまではポンコツ騎士?」

 

「ポンコツではない。騎士だ。二度と間違えるな」

 

「はいはい」

 

「さて、ガルマ准将へ提出する進言書を作るぞ。ニキ大尉に軍務上の形式を整えてもらい、マーク少佐から提出する。お前は、フラナガン機関が資料を隠した場合の供給経路を調べろ」

 

「人使いが荒いなぁ」

 

「マリアを九十一歳まで生かすのだろう。星を見上げているだけでは、その未来には届かんぞ」

 

打ち合わせが終わる前に、ニキが進言書の書式と原隊復帰に必要な資料を持ってきた。

 

「さすがだ、ニキ大尉。話が早い」

 

「お二人が遊んでいる間に用意しました」

 

「一つだけ確認してもいい? ニキが処女だって、本当?」

 

数秒の沈黙で、答えは十分だった。

 

「その件もカリス様と同様、永久に伏せなさい」




ここまで読んでいただきありがとうございます。

今回は、マリアを救うために動き始めるエルフリーデと、彼女が普段は見せない一面を書きました。

ニキとのやり取りや、ジュナスと考えた救出計画、エルフリーデの騎士道について、印象に残った場面があれば感想をいただけると嬉しいです。
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