機動戦士ガンダム 不死鳥戦記 作:だいたい大丈夫
一方、マリアを救うために動き始める不死鳥隊。
そんな中、休暇の夜へ出たエターナは、古いラジオを持つ両脚義足の軍人と出会う。
宇宙世紀〇〇七九年、十一月十四日、深夜。
マークやエリスたちが、マリアの薬の話に怒りを露わにしていた頃。
主寝室では、三人の情事が続いていた。
エターナは裸のまま、乱れたシーツへ身を沈めていた。アルトに体を重ねられ、首筋にはエカテリーナの唇が触れている。軍服も下着も、ベッドの周りへ追いやられていた。
「美しい。本当に美しいよ、エターナ」
アルトは腰を動かしながら、何度目になるか分からない言葉を口にした。
「あっ……もう、アルト様は、いつもそればかり。エカテリーナ様も、そんなところを触るなんて意地悪ですわ」
「久しぶりなんですから、地球での疲れを残さず癒やしてあげませんと。ほら、もっと力を抜いて」
エカテリーナの手がエターナの体を撫で、アルトの動きに合わせて甘い声が漏れた。エターナもアルトの背へ腕を回し、二人から与えられる快楽を受け入れた。
他人に見せれば、退廃と呼ばれる光景なのだろう。エターナにとっては、戻るべき場所だった。
二人は彼女を愛している。
少なくとも、エターナはそう判断していた。
彼女は後ろ盾も財産もなく、戦争の気配が濃くなった頃には、食べていくために自分の体まで売った。幸い、値をつける側が欲しがる容姿には恵まれていた。
やがてアルトに拾われた。
権力者の愛人として、豪華な鳥籠へ移されただけだと思っていた。
エカテリーナまで同じ寝室へ入ってきた夜には、この夫婦に飽きられるまで玩具として使われるのだろうと覚悟した。
だが、二人はエターナの別の価値にも目を留めた。
モビルスーツの操縦、とりわけ長距離射撃において、彼女は教官たちの想定を容易く超えた。
アルトは軍への道を開き、エカテリーナも反対しなかった。カリスを守る部隊へ入れたのも、階級を得る機会を与えたのも、この夫婦だった。
愛玩物としてだけなら、ここまでのものは与えない。
感謝している。
感謝しているからこそ、与えられた場所で満足する気もなかった。
いつか愛人という立場ではなく、自分の名前と力で、この夫婦と同じ高さから世界を眺める。そのために必要なら、戦果でも勲章でも階級でも手に入れる。
「何を考えているのです?」
エカテリーナが耳元で尋ねた。
「お二人に拾っていただいた頃のことを。私、幸せ者ですわ」
嘘ではなかった。
すべてを話す必要がないだけだ。
◇◇
十一月十五日、昼。
ニキの執務室へ呼ばれたエターナは、前夜までマークたちが座っていた椅子に腰を下ろしていた。
壁には新しい傷がある。蹴り倒された椅子は元の位置へ戻っていたが、誰が何をしたのかは聞くまでもなかった。
ニキは錠剤について説明した。
長くは生きられない…か。
馬鹿な娘。
ニュータイプなどという、権力者が作った新しい選民思想の道具になるからだ。
「以上の理由から、本日付でオーエンス少尉を不死鳥隊へ原隊復帰させます。当主様の許可もいただきました。少尉の身柄を確保した後、我が家の医療班で治療と研究を進めます」
「そう。それがいいわね」
鏡がなくても、部下を心配する上官の顔になっていることは分かる。
「私にできることがあれば、遠慮なく言ってちょうだい。検査でも何でも協力するわ」
「ありがとうございます。必要な際はお願いいたします、フレイル大尉」
ここで協力を断れば、不死鳥隊の連中はどう思うだろう。
カリスを筆頭に、あの部隊には仲間のためなら自分まで投げ出す人間が多い。
マリアを見捨てたと知れば、表向きは何も言わずとも、以前と同じ目では見なくなる。
せっかく大尉まで上がったのだ。つまらないところで評判を落とし、上へ続く道を狭める必要はない。
「それで、助かる?」
「まだ何とも申し上げられません。処置の内容も正確な投薬記録も、こちらにはありませんから」
自分の口から出た問いが、エターナには少し意外だった。
もちろん、死んでほしいわけではない。
マリアが死ねば部隊は沈む。シェルドは壊れ、カリスは自分を責め、ほかの連中まで戦場で余計な隙を見せる。
だけど、それだけのことだ。
「あの子には、薬のことを?」
「確保するまでは伏せます。フラナガン機関に気づかれれば、原隊復帰を妨害される恐れがあります」
「妥当ね。本人が余計なことを言い出す可能性もあるもの」
強くなって、みんなの背中を守りたい。
マリアはそんな理由で、フラナガンへ行った。自分を削ることに迷いがなく、犠牲になるのを美しいことのように受け入れている。
理解できなかった。
底を這ったことのない人間ほど、自分の命を軽く扱う。生きるために誇りも体も使ってきた者からすれば、自己犠牲など贅沢な酔いにしか見えない。
「いいえ。あの子が自分で選んだ道とはいえ、随分と高い授業料になったと思っただけよ」
「本人は、危険性を知らされていませんでした」
「そう」
エターナはそれ以上、マリアについて尋ねなかった。
◇◇
十一月十六日、夜。
不死鳥隊の面々は、マリアを取り戻すために動いていた。
マークとニキは原隊復帰の手続きを進め、エルフリーデはガルマ准将へ提出する進言書を整えている。シェルドは事情を知らされないまま、マリアの傍を離れようとしないらしい。
若い。
エターナは休暇まで誰かのために潰す気になれず、一人で屋敷を出た。
協力はすると言ったのだ。給料の範囲内でかまわないだろう。
歓楽街は、戦時下でも眠らない。ネオンの下を軍人と労働者が行き交い、店から漏れる音楽へ笑い声が重なる。
表通りを外れ、煙草の匂いが染みついた小さなバーの前で、古い音が耳に届いた。
演奏の合間に雑音が入り、歌声が少し揺れている。
「ラジオ?」
路地に積まれた木箱の上で、若い男がポータブルラジオのつまみを回していた。ジオン軍の制服を着ている。階級章は曹長。前髪の下の目には、年齢に似合わない疲れがあった。
流れているのは昔の恋歌だった。
悪くない趣味だ。
「いい音ね、曹長さん。よかったら、私と一杯付き合ってくださらない?」
男は音量を下げ、エターナを見上げた。
「あんた、誰だい? 飲むくらいなら構わないけど……俺を誘う理由が分からないな」
「自信がないのね。私ほどの美人から誘われて、最初に疑うなんて」
「美人だから疑ってるんだよ。それに、飲んだ後まで期待されても困る。そういうのは、もう少し相手を知ってからでいいだろ」
エターナは男の隣へ立った。
慣れていないのか、慎重なのか。どちらにせよ、珍しい男だった。
「待っている奥様でもいるのかしら?」
「いや、そんなものはいない。ただ、俺はこんなだし」
男の視線を追い、エターナは初めて気づいた。
軍服の裾から覗く足首には、人の肌がなかった。金属と強化樹脂で作られた義足が、両脚を支えている。
「戦傷?」
「開戦した頃は歩兵だった。運が悪くてね。今は後方の補給部隊で、できる仕事を回してもらってる。家族を食わせるには、軍にすがるしかないからさ」
戦場で両脚を失っても、軍からは離れられない。
生きるために使えるものを使い、価値があるうちは居場所へしがみつく。エターナが自分の美貌を使ったように、この男は残された体を軍へ差し出している。
似ていると思った途端、腹が立った。
「決めたわ。今夜は私が奢る」
「さすがに、男が女性に奢られるのは――」
エターナは身分証を取り出し、男の目の前へ示した。
「エターナ・フレイル大尉よ。曹長、今夜は私に付き合いなさい。上官命令」
男は身分証とエターナの顔を見比べた。やがて困ったように笑い、木箱から立ち上がる。義足の駆動音は小さかった。
「ダリル・ローレンツ曹長であります」
身分証を受け取ろうと、ダリルの指先が彼女の手へ触れた。
その瞬間、エターナの意識へ深く沈んだ波が触れた。
一瞬だった。
ダリルの背後に、暗い宇宙が広がったように見えた。無数の光と砲火。失われたものへの痛み。まだ形になっていない力が、その奥で息を潜めている。
強いニュータイプの素質。
「どうかしたのか、大尉殿」
「いいえ。いい名前だと思っただけ」
エターナは他人の魂へ踏み込む趣味を持たない。感応は敵の位置を知り、照準の先に捉え、撃つために使うものだ。
今夜の酒には関係ない。
「上官命令は冗談よ。嫌なら帰ってもいいわ。でも、せっかく好みの音楽が同じ人を見つけたの。飲みながら、もう少し聞かせてくださらない?」
「酒だけなら、喜んで」
二人はバーへ入った。
ダリルは自分の脚について、それ以上話さなかった。エターナも聞かなかった。古い歌手の話をし、手に入りにくくなった酒を飲み、時折ラジオから流れる雑音へ耳を澄ませた。
互いに、自分が何を失ったのかは語らない。
その方が楽な夜もある。
店を出る頃には日付が変わりかけていた。
エターナはホテルへ誘ったが、ダリルは笑って断った。女性に奢られたうえ、初めて会った夜に抱かれるのは、彼に残った男の面子が許さないらしい。
「次に会った時は俺が奢るよ。酒の先は、それから考えればいい」
「次があるなら、ね。戦争中ですもの」
ダリルは敬礼ではなく、ラジオを持った手を軽く上げて去っていった。
ダリル・ローレンツ。
次に会うのは、一年戦争の最終局面だった。
ソロモン攻略戦からア・バオア・クーへ続く戦場で、エターナは彼と再び会うことになる。
夜風は冷たかった。
エターナは煙草と酒の匂いをまとったまま、フロートニック家へ戻った。
倫理観はとうに崩壊しているが、暖かい屋敷だった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は、エターナとフロートニック夫妻の関係、マリアに対する彼女の考え、そしてダリル・ローレンツとの出会いを書きました。
エターナの内面や、ダリルとの会話など、印象に残った場面があれば感想をいただけると嬉しいです。