機動戦士ガンダム 不死鳥戦記 作:だいたい大丈夫
そこで待っていたのは、彼ら全員を生きて帰すために開発された八機の新型機。
連邦の象徴を奪う、ジオンのガンダムだった。
宇宙世紀〇〇七九年、十一月二十日。
俺たちは郊外にある、フロートニック家管轄のモビルスーツドックへ足を運んでいた。
表向きは、我が家が所有する輸送設備の整備場にすぎない。しかし一般の搬入口から何重もの隔壁を抜けた先には、公国軍技術本部から出向してきた技術者と、フロートニック家の研究部門しか立ち入れない区画がある。
本国へ帰還してから、フラナガン機関の視察、マリアの原隊復帰、式典の打ち合わせと、休暇とは名ばかりの日々が続いていた。だが、今日ばかりは文句などない。屋敷を出た時から頬が緩みっぱなしで、隣を歩いていたハマーンには何度も怪訝な目を向けられた。
ここで口を滑らせるわけにはいかない。待ちに待ったお披露目なのだ。
何も知らされていない面々が、気密扉の前に並ぶ。ニキさんの靴音が、その中央で止まった。
「さて、皆様を本国へお連れしたのは、式典の待機やフラナガン機関の視察だけが理由ではございません。オーエンス少尉も、前へいらしてください」
「私もですか?」
ニキさんからも原隊復帰に支障はないと聞いている。ならば、俺が余計な心配をする必要はない。
「カリス様が地球にいらした頃から進めていた『アレ』が、ようやく完成いたしました。本日、不死鳥隊への配備を前提とする最初の八機が、正式にロールアウトいたします」
「おおっ! ついに完成したか!」
「待て、カリス。副長の俺にも何も聞かせず、いったい何を作っていたんだ。ドムが配備されたのは、つい先日のことだぞ」
「ふふふ。知りたいか、マーク」
「ここまで連れてこられれば、誰だって知りたいだろう」
「ならば、その目で見るがいい。俺は地球戦線で連邦軍と殴り合う一方、極秘裏に新型機の設計と開発へ関わっていたのだ!」
腕を振り上げるのを合図に、警告灯が一斉に明滅する。
低い駆動音が足元から伝わり、扉が左右へ開いていく。隙間から伸びた白い光が、暗闇に沈んでいた巨人の足を捉えた。膝、腰、胸部へと照明が昇り、最後に頭部のセンサーが鋭く輝く。
濃い紫と黒を基調とした装甲。重装甲でありながら、輪郭は鋭く、今にもハンガーを蹴って飛び出しそうだった。
二つの目を思わせるデュアルセンサーと、額から左右へ伸びたV字型のアンテナ。誰もが連邦軍の白い悪魔を思い浮かべたはずだ。
正面の一機を中心に、奥のハンガーには同じ巨人が七機。左肩には不死鳥隊の部隊章が描かれ、右肩と胸部にはそれぞれの識別番号が刻まれている。
「これが、俺たち不死鳥隊の新たな翼――MSX-79T、トルネードガンダムだ!」
「トルネード……ガンダム……」
「ガンダムって! 隊長、これ、完全に連邦軍のパクリじゃないですか! 色は違いますけど、どう見ても白い悪魔ですよ!」
「馬鹿野郎。パクリではない。インスパイアだ」
「言い方を変えただけでは?」
「まったく違う。連邦軍の反撃を象徴する機体は何かと聞かれれば、今や誰もがガンダムと答える。ならば、その名と恐怖をジオンが奪い取ってやればいい。連邦だけがガンダムを持っているのではない。奴らが築き上げた反撃の象徴を、ジオンのガンダムが打ち倒す。敵の宣伝効果をへし折り、精神的優位を得るための、極めて高度な政治戦略なのだよ」
完璧だ。これなら『顔は絶対に格好よく』『もっとガンダムらしく』と設計案の余白へ何度も書き込んだ事実も、高尚な政治判断の陰に隠せる。
「単に、自分も格好いい機体へ乗りたかっただけではないの?」
「……格好いい機体へ乗りたいと思うのは、男の悲しい性なのだよ」
「悲しいのは、そんな欲望へ公国軍と実家の予算を注ぎ込める貴方の立場でしょう」
「だが、格好いいだろう?」
「まあ‥‥。」
ハマーンは紫の巨人を見上げたまま、口元を緩める。
その一言だけで、開発費の半分くらいは報われた。
「ゴホン。カリス様の浪漫については、後ほどお二人で存分にお話しください」
ニキさんのデータパッドから半透明の機体図が浮かび、装甲の下に収められた内部構造と、全身の推進器が露出する。
「本機は、特定のニュータイプ一人だけに合わせた専用機ではありません。不死鳥隊に所属する八名のパイロットが、それぞれの能力を発揮できることを前提として設計されています。基本となるのは、高い機動力、射撃戦と格闘戦の両立、実弾兵器とビーム兵器の併用です。反応速度を高めながら、操縦系そのものは感応能力へ依存しない、素直なものとしました。各部は追加装備へ対応しており、任務と搭乗者に合わせて調整できます」
俺が欲しかったのは、一人の天才にしか扱えない怪物ではない。
マーク、エリス、エターナさん、エルフリーデ、ジュナス、シェルド、マリア。そして俺。得意な距離も、戦い方も、ニュータイプとしての力も違う八人が、誰一人として機体に選別されず、同じ場所から出撃できる。
生きて帰ろうとする者を、より強く、より速く、仲間のもとへ連れ帰る。それが、俺なりに出した「全員生還」への答えだ。
「主兵装は、試作Eパック方式を採用した専用ビーム・ライフルです。あらかじめ充填したEパックを交換することで、機体本体の残存エネルギーに左右されず、継続的な射撃が可能となります」
長銃身のライフルが宙に現れ、機関部からエネルギーパックが抜ける。代わりのパックが装着されると、残弾表示が回復した。
「予備弾倉と同じ感覚で扱えるわけか。補給手順を統一できれば、実弾兵器からの機種転換も早い。現場向きだな」
「はい。さらに、近距離戦とミサイル迎撃用として、両腕部の前腕内側へガトリング・ガンを格納しています。白兵戦へ移行する直前の牽制、小型目標の迎撃、主兵装を失った際の代替火器として使用します」
「頭部バルカンは搭載せず、頭部の構造と装甲強度を優先しました」
「頭を撃ち抜かれて、目と耳を失っては意味がないからな」
「腹部中央には、拡散ビーム砲を内蔵しています。敵機へ正面から組み付かれた際の奇襲、複数目標への面制圧、光学センサーへの妨害に使用できます。ドムの胸部拡散ビーム砲を、目眩ましだけではなく攻撃へ転用できる出力まで高めたものとお考えください」
迫る三機へ光の奔流を浴びせる。一機を撃ち抜き、視界を奪われた残り二機へ腕部ガトリングの弾幕が突き刺さった。
「……それで、剣はどこだ。これほどの機体を作っておいて、まさか剣がないなどとは言わないだろうな?」
「ご安心ください。両腰のサイドアーマーに、ビーム・サーベルを一本ずつ、合計二本収納しています」
腰部から飛び出した二本の柄が機体の手に収まり、紫がかった光刃を伸ばした。
「おおおおおっ! ついに、ついに私もビーム・サーベルを手にできるのか! あの白い悪魔が振るう光の剣を、どれほど羨ましく思ったことか!」
彼女の両手にも、たちまち見えない剣が握られた。踏み込みと同時に右を薙ぎ、返す刃で左を斬り上げる。最後の二刀を避けるように、近くの技術者が無言で半歩下がった。
「二本のサーベルには、もう一つの機能があります」
柄が柄尻で連結され、両端から光刃を伸ばす。
「双刀形態です。この状態で全身の推進器を連動させ、高速回転を行いながら敵陣へ突入します。回転斬撃に伴って推進剤とビーム粒子が渦を巻き、竜巻のような軌跡を描く。『トルネード』という機体名は、ここから採られました」
紫色の光が螺旋を描き、四機の標的をまとめて両断した。
「素晴らしい! 回転によって全周を攻撃し、敵の射線も切り払いながら前へ出るのだな。これこそ私のために生まれた技ではないか!」
「全員が使えるように作ったと、今説明されたばかりだろう。だが、これは凄まじいな。カタログどおりの運動性と出力があるなら、あの白い悪魔とも単機で正面から渡り合えるかもしれない」
「実戦データがありませんので、断言はできません。ただし、現在開発中の次期主力モビルスーツ、ゲルググと比較しても、本機が複数の面で優位に立つことは確かです。極めて高性能であり、その代償として、極めて高価でもあります」
ニキさんの口調が、最後だけ妙に重い。
「高価とは、どのくらいだ?」
「トルネードガンダム一機の製造に必要な費用と工数で、通常仕様のゲルググを五機はロールアウトできます」
つまり、ゲルググ四十機分である。
「フロートニック家の資金と公国軍の特別予算、さらに複数の試作兵器へ使われる予定だった希少部材を投入しています。エース部隊以外への配備は、費用対効果の面から不可能でしょう」
「壊した時の修理費も、さぞ愉快な額になるんだろうね。ねえ、エルフ。このお高い玩具を最初に壊すのは、たぶん君だと思うんだ。調子に乗って正面から突っ込み、綺麗に斬り落とされる。君らしい初陣になりそうじゃないか」
「失礼な! 私は気高き騎士だぞ。光の剣さえあれば、敵の斬撃など真正面から弾き返してみせる!」
「騎士だから壊さないという理屈にはなっていないよ」
「ならば見ていろ。貴様の機体より一つの傷も少ない状態で帰還してやる!」
ジュナスとエルフリーデは、まだ一度も乗っていない機体の修理費を賭けて睨み合っている。
その横で、シェルドの右手がマリアの左手を探し、しっかりと握った。
「マリア姉さん。この機体なら、オールドタイプの俺でも、もっと姉さんを守れる。今度は、絶対に一人で行かせない」
「ふふっ。私は大丈夫だよ。フラナガンで、私も強くなったもの。これからは私がシェルドを守ってあげる。もちろん、ほかのみんなの背中もね」
「姉さん一人が守るんじゃない。一緒に守るんだ」
「うん。一緒に」
二人の手は、もう離れなかった。
それでいい。どちらがニュータイプで、どちらがオールドタイプかなど、無事に並んで帰ってくれば何の意味もない。
この機体を作った甲斐はあった。
それはそれとして、俺を褒める者が一人くらいいてもよいはずだ。
「……それで?」
全員の顔を見回しても、誰もこちらを向かない。
「この最強の機体を発案し、地球にいながら設計へ口を出し、予算まで引っ張ってきた俺を、もっと手放しで褒めてもよいのではないか? 『さすがはカリス様』『一生ついていきます』など、言うべきことがあるだろう」
「ところで、カリス様。この機体には、ニュータイプ用のサイコミュ装備は搭載されていないのですか?」
「そこを聞くのか! 今は俺を褒める流れだっただろう!」
「機体制御そのものへサイコミュを組み込む研究は、フラナガンでも進められていたな。基本操縦系が素直なら、ニュータイプではない搭乗者の運用を妨げず、追加装備として分離できるんじゃないか。俺たちの機体だけ、後から補助制御を組み込めるか?」
「そうね。全員へ同じ機能を押しつける必要はないわ。マリア、機関の研究員へ相談できるかしら」
「大丈夫だと思います! 今、機関ではエルメスというニュータイプ専用モビルアーマーも作っています。ブラウ・ブロとは少し違う考え方で、もっと感覚へ直接つなげるような装置になるって聞きました。操縦補助だけなら、その技術を使えるかもしれません!」
先ほどまでシェルドへ向けられていた瞳が、今度は機体図へ釘づけになる。
「ただし、基本操縦系とは分ける。装置がなければ動かせない機体にはしない。故障した時も、感応できない搭乗者へ交代した時も、通常の操縦へ戻せるようにしてくれ」
「分かりました、カリス様。研究員にも、そう伝えます!」
「ベースの武装は、任務に応じて交換できるのよね? 私は前へ出るより、後方から長距離射撃に徹したいのだけれど。このライフルより射程と精度を優先した装備はあるのかしら」
「フレイル大尉には、専用のビーム・スナイパー・ライフルを用意しております。最大出力時には艦艇の外装を遠距離から貫通できますが、連射性能は落ちますので、護衛機との連携が前提です」
「素晴らしいわ。ありがとう、ニキ。これで安全な距離から、一方的にいたぶれるのね」
そこから先は、完全に不死鳥隊の時間だった。
エルフリーデは双刀形態で何回転まで機体が耐えられるのかと技術者へ詰め寄り、ジュナスは推進器の出力制限を外した場合の理論値を勝手に計算している。エターナさんは狙撃用Eパックの追加を要求し、エリスとマークはサイコミュの搭載位置を機体図へ次々に書き込んでいった。シェルドとマリアも、腕部ガトリングの射界を挟んで互いの援護位置を相談している。
誰も俺を見ていない。
「なあ……誰か俺を褒めてくれ……」
またしても孤独へ戻りかけたところで、軍服の袖が小さく引かれる。
「カリス」
「ハマーン! どうだ……? この機体、最高に格好いいだろう?」
「ええ、大丈夫よ」
まだ何も聞いていない。
「カリスは私の物なのだから、ほかの者からそれほど尊敬されなくてもよいのよ。私が、貴方の価値を分かっていれば」
私の物。
今、確かにそう言った。
「聞いたか、お前たち! これぞ究極の肯定! 俺の価値を、ハマーンだけは完全に理解している! よし、オデッサの次はジャブローでも宇宙でも、どこへでも連れていけ! 俺は絶対に死なんぞ!」
「カリス、うるさいわ」
「はい! だが、今だけは歓喜させてくれ!」
両腕を突き上げたまま、俺の足は勝手にステップを刻み始めた。マークたちが一度だけ振り返ったものの、すぐに機体の議論へ戻る。技術者たちは俺と目を合わせようともしない。
構うものか。
男のロマンとして、これ以上の一日があるものか。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は、不死鳥隊の新たな乗機となるトルネードガンダムのお披露目を書きました。
機体の武装や設計思想、隊員たちの反応、最後のカリスとハマーンのやり取りなど、印象に残った場面があれば感想をいただけると嬉しいです。