機動戦士ガンダム 不死鳥戦記 作:だいたい大丈夫
そんな中、誰からも遊びに誘われず、一人だけ余ってしまったカリスは、自分が仲間外れにされているのではないかと疑い始める。
戦場の英雄にも、寂しい休日はある。
宇宙世紀〇〇七九年、十一月二十一日、朝。
祝典までは、まだ少し間がある。
隊長としては、部下が思い思いに休暇を楽しんでいることを喜ぶべきだろう。
喜ぶべきなのだが、一つだけ問題があった。
誰も俺と遊んでくれない。
マークとエリスは、屋敷の中でも隙を見つけては二人きりになっている。
まあ、あの二人は長く離れていた。地球で溜め込んだ不安やら寂しさやらを、肉欲やら交際によって解消しているのだろう。そこは許そう。
シェルドとマリアも、このところ妙に距離が近い。数日前など、朝から二人で街へ出て、夜は庭園で食事までしていた。マリアの様子には引っかかるものがあるが、シェルドが傍にいる間は明るく笑っている。若い二人が互いを支え合っているのだと思えば、これも許せる。十五歳と十七歳か。若いというのは素晴らしいね。
さらに一万歩ほど譲れば、エターナさんが親父とお袋の寝室へ当然のように出入りしていることも、名門貴族にありがちな退廃文化だと思い込めなくはない。理解しようとすると胃が痛くなるので、深く考えないことにはしている。
だが、ジュナスとエルフまで、最近は二人でこそこそと密会している。
これは、いったいどういうことだ。
ジュナスの奴、俺の貞操(お尻)を執拗に狙っていたんじゃないのか!? それが本国へ戻った途端、エルフと夜中に中庭で会っている。
昨夜も二人が並んで歩いているところを見た。俺に気づくなり会話をやめ、何でもないような顔ですれ違っていった。
まさか、俺よりもあの緑髪の筋肉騎士の尻の方が魅力的だというのか!?
「いやいやいや、待て。勘違いするな、俺」
これは嫉妬ではない。断じて違う。俺はジュナスに特別な感情など持っていないし、できれば今後も半径三メートル以内へ入ってほしくない。単に、あれほど付きまとってきた人間が急に来なくなれば、理由が気になるだけだ。
エルフだって、日頃から剣こそ我が伴侶などと大真面目に言っている女だ。男に媚びるくらいなら、剣の手入れをしている方が有意義だと公言している。その二人が、俺にも言えない何かを共有している。
マークとエリス。シェルドとマリア。ジュナスとエルフリーデ。親父とお袋とエターナさん。
屋敷にいる人間を組み合わせていくと、最後に一人だけ余った。
俺である。
「……もしかして俺、不死鳥隊のみんなから外されているのでは?」
戦場では隊長として必要とされても、休暇に入れば面倒な上司でしかないのかもしれない。皆で俺に内緒の相談をして、少し距離を置こうと決めた可能性まである。
考え始めると、昨日まで何とも思わなかったことまで怪しく見えてきた。
朝食の席でマークが時計を見たのも、エリスが俺の質問へ生返事をしたのも、エルフが資料を抱えて逃げるように立ち去ったのも、すべて俺を避けていたからではないのか。
「ニキさん! ニキさぁぁん!」
◇◇
「どうなさいましたか、カリス様。屋敷中に響くような声を出して」
「俺は、不死鳥隊のみんなから外されてないか?」
「……はい?」
「だから、皆で俺を仲間外れにしているのではないかと聞いているんだ!」
ニキさんは手にしていたペンを置き、しばらく俺の顔を見つめた。その目は冷静だったが、口元には呆れを隠そうとする気配がある。
「そのような卑屈な発想はおやめください。皆様は地球で幾度も死線をくぐり、ようやく休暇を得たのです。それぞれに親しい方と過ごし、心身を休めているだけでしょう。カリス様が部下の私生活にまで口を挟んでは、休暇になりません」
「それは分かっている。分かっているんだが、この屋敷は無駄に広いんですよ。廊下を歩いても誰にも会わないし、食堂へ行けば皆すでに食べ終わっているし、談話室を覗いても誰もいない。俺だって、たまには皆と騒いで普通に遊びたいんだよう!」
ニキさんは深く息を吐いた。あれは溜息ではない。俺の心情を理解し、最善の解決策を考えるために呼吸を整えたのだ。そういうことにしておこう。
「では、エマ様のところへ行かれてはいかがですか。久しぶりにお兄様と過ごせるのですから、きっとお喜びになります」
「なるほど!」
なぜ、すぐに思いつかなかったのだろう。部下が恋人との時間を優先するなら、俺は家族との時間を過ごせばよい。可愛い妹とチェスでもして、街へ買い物に出れば、孤独など一瞬で吹き飛ぶ。
「行ってきます、ニキさん!」
「その前に、せめてお着替えを――」
忠告の続きは、閉じた扉の向こうへ消えた。
廊下を駆けていくカリスの足音が遠ざかると、ニキは一人になった執務室で額へ手を当てた。
「戦場以外では、本当に大きな子供ですね……」
◇◇
「エマ! エマエマエマエマエマ!」
「お兄様」
エントランスホールには、お出かけ用のドレスを着た妹が立っていた。柔らかな金髪は丁寧に結われ、まだ九歳だというのに、立ち姿から指先まで名門の令嬢そのものだ。
「いったい、どうなされたのですか。朝からそのように名前を連呼なさって」
「おお、我が愛しき妹よ。久しぶりに、お前と一緒に楽しいことをしようと思ってな」
「楽しいこと、ですか?」
わずかに首を傾げる仕草まで、完璧に愛らしい。天使を見つけたと感涙するだろう。やはり我が妹は天使である。
「まずはチェスでもどうだ。いや、せっかくの休暇に屋敷で盤を眺めるだけでは惜しいな。お前もいずれ本格的に社交界へ出る。俺の式典用の礼装も必要だし、最高の生地でドレスとオーダースーツを仕立てよう。宝飾店にも寄って、似合うものを好きに選べばいい。すぐに車と使用人を用意させるぞ」
自分でも非の打ち所がない案だと思った。
ところがエマは、温度を感じさせない微笑を浮かべた。
「お兄様のお心遣いには感謝いたします。ですが本日は、ハマーンお姉様とお出かけする約束がございますの。せっかくのお誘いですのに、申し訳ございません」
「ハマーンと? それなら俺も一緒に――」
「エマ、お待たせ」
ハマーンが、手すりへ軽く指を添えて階段を下りてくる。いつもの上質なドレスより動きやすそうな装いだったが、十二歳とは思えぬ気品は少しも失われていない。
「あら、カリス。いたの」
あまりにも淡泊な挨拶だった。が、私服のはにゃーん様も最高に可愛いので、俺は寛大な心で受け止めた。
「は、はにゃーん様。ちょうどよかった。俺も二人と一緒に――」
「どいて。邪魔よ」
「はい」
体が勝手に道を空けた。
エマは俺の横を通り過ぎる際、憐れな者を見るような目を向けてきた。
「お兄様。女同士の甘い秘密のお出かけへ、野暮な男性が割り込んではいけませんよ。ハマーンお姉様、参りましょう」
「ええ。行きましょう」
二人は並んで玄関を抜け、車寄せに待機していたリムジンへ乗り込んだ。俺が立ち直るより早く扉が閉じ、長い車体は静かに屋敷の門へ向かっていく。
「お、置いていかないでくれ……」
伸ばした手は、当然ながら届かなかった。
◇◇
リムジンが屋敷の門を抜けると、エマは窓の外へ目をやり、追ってくる者がいないことを確かめた。
丁寧に重ねていた両手を離し、座席へ深くもたれた。金髪を留めていた飾りを外して後ろで一つに結び直すと、窮屈なドレスのオーバースカートにも手をかける。留め具を外して一気に剥ぎ取れば、その下から動きやすいショートパンツが現れた。
エマ・アンナ・フロートニックは、そこでようやくいつものアンナへ戻った。
「ったく、あのクソ兄貴。休みの日に妹を誘う口実が、宝石と仕立屋巡りってどういう発想だよ。普通はもっと遊びに行く場所があるだろ。こっちはドレスを着てるだけで肩が凝るっつーの」
「仕方ないわ。カリスは庶民的に振る舞おうとしているけれど、根の部分まで特権階級だもの。誰かを喜ばせようとすると、最上級の品を買い与える発想になるのよ。本人に悪気がないだけ、余計に厄介ね」
「ハマーン姉さんも、あんな変態坊ちゃんの相手をしなきゃならないなんて大変だな」
「別に構わないわ」
ハマーンは窓の外を流れる街並みへ目を向けた。屋敷の中でカリスへ浴びせていた冷たい視線とは違い、その横顔には、薄い笑みが浮かんでいる。
「肝心なところでは何も言えない男だけれど、私を世界で一番愛すると言ったわ。その覚悟だけは、飼い慣らしてあげる価値があるもの」
「そこまで言えるの、やっぱりすげえよ」
「貴女も九歳でしょう。年齢を言い訳にするには、随分と立派な口を利くではないの」
言い返せず、アンナは肩をすくめた。兄を軽くあしらいながら、見えないところでは誰よりも信じている。ハマーンという少女は、恐らく自分よりずっと早く大人にならなければならなかったのだろう。
それを口にすれば機嫌を損ねると分かっているので、アンナはさっさと話を変えた。
「で、今日はどこへ行くんだ? 姉さんに任せるって言ったけど、堅苦しい店はなしだからな」
「繁華街の遊戯施設に、最新型のホログラム格闘ゲームが入ったそうよ。操縦者の動きを読み取り、立体映像の戦士を操作するのですって」
「何だよ、最高じゃん!」
「先に言っておくけれど、手加減はしないわ。私の反応速度についてこられるか、試してあげる」
「上等だ。ニュータイプだか何だか知らないけど、ゲームならアタシだって負けないからな!」
運転席との仕切りの向こうでは、二人の少女に一日付き合わされる使用人が、誰にも見えないよう小さく息を吐いていた。
◇◇
「ニキさぁぁぁぁん!」
本日二度目となる俺の乱入にも、ニキさんは驚かなかった。
俺がエマにもハマーンにも置いていかれたことなど、表情を見るだけで察したらしい。
「はい、お坊ちゃま。今度はいかがなさいましたか」
「エマにもハマーンにも捨てられた! 誰も俺と遊んでくれない!」
情けないとは思ったが、今さら取り繕う余力は残っていなかった。ソファの前まで行くと、そのままニキさんの膝へ頭を預けた。
「ニキさん、俺に構っておくれよ。このままでは、せっかくの休暇を一人で終えることになる」
「……仕方ありませんね。私でよろしければ、お供いたします」
「本当ですか!」
「ええ。午前中の仕事を終えたら、庭園を散歩するなり、チェスをするなり、お好きな方へお付き合いしますよ」
「ありがとう、ニキさん! やはり最後に頼れるのはニキさんだけだ。愛しているぞ!」
「はいはい。分かりましたから、少しお静かに」
ニキさんの手が髪を撫でる。子供扱いされていることは分かっていたが、幼い頃から熱を出した時も、両親に叱られた時も、こうして慰めてもらった。俺にとっては、最も慣れた安息の形だった。
「本当に、大きな赤ん坊ですね」
「戦場では、これでも紫電の不死鳥と呼ばれているんですよ」
「存じております。その紫電の不死鳥が、妹君に遊びへ連れていってもらえず、私の膝で拗ねているのですね」
「今は休暇中だからいいんです。それに、俺は本当は部隊のみんなと、何でもないことで笑って過ごしたいんだ。階級も作戦も気にせず、普通に騒いでみたい」
「皆様も同じですよ。今はそれぞれの休み方をなさっているだけです。休暇が終われば、嫌でもまた賑やかになります」
この戦争は終わっていない。オデッサで勝ったとしても、連邦軍が諦めたわけではない。本国で式典を終えれば、また戦うことになる。
だからこそ、何もない今を一緒に過ごしたかった。
「大丈夫です」
ニキさんは再び俺の髪を撫でた。
「皆様は、カリス様を置いていったわけではありません。貴方が帰る場所を失わないよう、それぞれができることをしているのですよ」
「そうですね。俺が卑屈になっていただけか」
「ようやくお気づきになりましたか。では、仕事が終わるまでここで待っています」
「ご自分のお部屋でお待ちください」
「嫌だ。戻ったら、また一人になる」
「……では、せめて隣へお座りください。書類へ手が届きません」
渋々と体を起こし、ニキさんの隣へ座った。それでも肩だけは離さず、読み上げられる招待客の名前を聞きながら、分からないなりに席順へ口を挟んだ。
◇
執務室の扉は、いつの間にか指一本分だけ開いていた。
「やっぱり、お坊ちゃまはニキ様のところへ戻っていらしたわね」
「あれでは、ほかの殿方が声をかけられないのも無理はないわ」
「この前、お取引先のご子息がニキ様へお花を贈ろうとしていたでしょう? お坊ちゃまとの関係を聞いた途端、顔を青くして持ち帰ったそうよ」
「当主様も奥様も、何もおっしゃらないものね。屋敷の外から見れば、もうお手付きだと思われても仕方がないわ」
「ニキ様ご本人は、まったく気づいていらっしゃらないけれど」
「お坊ちゃまもでしょう?」
二人は顔を見合わせ、小さく息を吐いた。
部屋の中では、そんな噂が交わされているとも知らず、カリスがニキの肩へ寄りかかったまま予定を並べている。
「ニキさん。仕事が終わったら、まずチェスにしましょう。それから遅い昼食を食べて、屋敷の皆も呼んで――」
「はいはい。順番にいたしましょう、お坊ちゃま」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は、休暇中に一人だけ取り残されたと思い込むカリスと、ハマーンやアンナ、ニキとの日常を書きました。
カリスの勘違いや、アンナとハマーンのお出かけ、最後のニキとのやり取りなど、印象に残った場面があれば感想をいただけると嬉しいです。