機動戦士ガンダム 不死鳥戦記 作:だいたい大丈夫
だが、英雄として祭り上げられたカリスを待っていたのは、栄誉だけではなかった。
ザビ家の派閥争いと、さらに重くなった首輪が、静かに彼らの未来へ絡み始める。
宇宙世紀〇〇七九年、十一月二十八日。
「我々は、一人の英雄を得ることができた。これは、我らの戦争の正しさを内外に示すものである!」
オデッサ防衛戦の功労者として勲章を受け取るだけのはずが、いつの間にか英雄にされている。
中央大ホールを埋めた将兵も、各家庭のテレビへ食いついている国民も、俺の都合など知ったことではないだろう。ギレン
総帥が「英雄」と断言した以上、俺は今日から英雄である。公国における事実とは、そうやって作られる。
「連邦に比べ、我がジオンの国力は三十分の一である! それにもかかわらず、今日まで戦い続けてこられたのはなぜか! それは、彼ら不死鳥隊のような英雄が、我らジオンには綺羅星のごとく存在しているからである!」
盛大な拍手を当然の褒美として受け入れているエルフには、あとで「綺羅星は複数形だ」と教えてやらねばならない。今ここで訂正すれば、その声まで公国全土へ放送される。
俺に許されているのは、勇敢で、忠実で、総帥の演説に感動しているように見える顔だけだ。
「一握りのエリートが、宇宙にまで膨れ上がった人類を、地球連邦の名の下に支配して五十余年! 我らが何度自治を叫び、そのたびに踏みにじられてきたか、思い出してみるがよい! この正当なる戦いを、神もまた後押ししているのだ!」
総帥の声は少しも衰えない。戦場であれだけ声が通るなら、通信機が壊れても一個師団くらいは指揮できそうだ。
「我が弟、諸君らの愛するガルマ・ザビは地球にあり、オデッサを死守した! そして不死鳥隊は、圧倒的な兵力差を覆し、連邦軍の中枢へ恐怖を刻み込んだのである!」
ガルマ様の名に、ホールがいっそう沸き立つ。
戦果ならともかく、顔と人気であの方へ挑むほど俺も身の程知らずではない。勝てそうなのは死ににくさと女性関係の平穏さくらいだが、後者はハマーンと出会ってから怪しくなってきた。
「戦いは一時の落ち着きを見せている。だが諸君は、この戦争を対岸の火と見過ごしてはいないか! 地球は今なお、連邦の手によって汚され続けている! ジオン公国の掲げる真の自由のため、我々はこの怒りも、誇りも、持てる力のすべてを叩きつけねばならない。その時にこそ、初めて真の勝利を得ることができるのである!」
せめて今日くらいは、戦争を対岸の火として眺めながら飲んで寝ていてほしい。
国民に追い立てられては、休暇という言葉が公国の辞書から消えてしまう。
「その立役者たるカリス・ジークフリード・フロートニック中佐へ、ジオン十字勲章を授与する! 併せて、本日付をもって同人を大佐へ任命するものである!」
「はっ!」
「国民たちよ、この英雄に続き連邦を倒せ! 立てよ国民! ジオンは諸君らの力を欲しているのだ! ジーク・ジオン!」
俺の返事は歓声に消え、「ジーク・ジオン」の唱和がホールを揺らす。こうして公国軍期待の英雄、戦場へ行く軍人アイドル、人気が落ちても引退を許されないどころか仕事を断れば軍法会議へ送られる、実に夢のある職業が誕生した。
しかも、売り出されるのは俺一人ではなかった。
「続いて、オデッサ防衛戦における功績に基づき、不死鳥隊各員の昇進を発令する! マーク・ギルダー少佐を中佐に、エリス・クロード大尉、エターナ・フレイル大尉、ニキ・テイラー大尉を少佐に任ずる!」
ニキさんの溜息は、周囲の拍手でも隠し切れない。新しい階級章より先に、増やされる仕事の山が見えているのだろう。ニュータイプでなくても、あの人の考えていることだけは分かる。
「シェルド・フォーリー中尉、エルフリーデ・シュルツ中尉、ジュナス・リアム中尉を大尉に、ラ・ミラ・ルナ曹長を少尉に任ずる! 諸君ら不死鳥隊のさらなる忠勇に期待する!」
オデッサへ出ていないマリアを除き、全員の首輪が公平に一段ずつきつくなった。苦労を正しく評価してくれた人事部には感謝するが、さらなる忠勇については次の休暇をもらってから検討したい。
◇◇
「久しいな、カリス君。君が軍へ志願した時は、まさかと思ったものだが、どうやら正解だったようだ。アルト殿にも何か褒賞を出さねばならんな」
式典から解放された俺を待っていたのは祝賀会ではなく、総帥府の執務室だった。
親父への褒賞もありがたいが、息子には椅子と休息を与えてほしい。
「ご無沙汰しております、総帥。過分なる栄誉を賜り、父もさぞ喜ぶことと存じます」
「過分かどうかは、これからの働きで決まる。それより、地球ではキシリアに会ったそうだな。ガルマにつくか、キシリアにつくか、あるいはドズルにつくか。君もそろそろ深く考えておきたまえ」
選択肢に目の前のギレン総帥自身が入っていないあたり、実に性格が悪い。
誰の名を答えても後から好きな意味をつけられ、俺の返事は親父に対するフロートニック家の意思確認として使われる。
「私はガルマ・ザビ閣下の部下であります。しかし、その前に一人のジオン軍人でありますゆえ、ザビ家のどなたにつくかなど、前線の一将校が軽々しく口にすべきことではないと考えております」
「お父上ならば、もう少し賢明に答えるであろうな。派閥を考える立場にないと言いながら、自分の返答がどのように使われるかは理解している。愚直な軍人を装うには、少々目が利きすぎるぞ」
「前線でいる間くらいは、愚直で扱いやすい若造と思っていただいた方が、上層部の皆様にも好都合でしょう。もっとも、愚直さを証明するために死ねと命じられましても、従うつもりはございません」
「ククク……。そこまで言っておきながら、自分を扱いやすいと称するか。やはりアルトの息子だな」
総帥は笑っているが、安全になったわけではない。この人は上機嫌のまま政敵を処刑できる。機嫌を損ねなかったことと、命が保証されたことを混同すれば、次に飾られる勲章は二階級特進のものになるだろう。
「ところで、君をあえて士官学校へ通わせなかった理由は分かるかね? フロートニック家の跡取りである君を、最初から前線へ送り込んだ理由だ」
「戦功を上げれば、公国は有能な軍人を得る。戦死すれば、フロートニック家は跡取りを失い、将来の政敵となり得る家の力を削げる。どちらへ転んでも総帥に損はないからでしょう」
「正直は素晴らしいが、時として命を縮める。そこまで分かっていて、なお長生きできる自信があるのかね?」
「宇宙世紀一五三年産のヴィンテージワインを飲み干すまでは、死なない予定でおります。現時点ではまだ一本も存在しておりませんので、少なくともあと七十四年は生き延びねばなりません」
「アーハッハッハッ! それは困ったな。ならば、その酒ができるまで、せいぜい死なずに働いてもらおう。行ってよいぞ、カリス大佐」
総帥に長寿を認めてもらった、と解釈しておく。実際には七十四年分の勤務命令を受けただけかもしれないが、その違いを深く考えると今夜の酒がまずくなる。
◇◇
「ずいぶん遅かったな、隊長殿。総帥室で特別な祝杯でも挙げていたのかと思ったが、その顔を見る限り、もっと愉快な話を聞かされたらしい」
ようやくたどり着いた祝賀会で、真っ先に迎えてくれたのはマークだった。
「俺が生きて戻ったという事実だけで察してくれ。首輪をつけられた直後に、今度はザビ家の誰を選ぶかと聞かれたんだ。お前も中佐になったのだから、次からは副長らしく半分くらい肩代わりしてもらうぞ」
「断る。短期間で地位ばかり上がっては、現場で好きに動けなくなるうえ、政治問題まで仕事に加えられる。俺は少佐のままで十分だったし、お前も中佐のままで十分だった。昇進を喜んでいるのはエルフくらいだろう」
「何を言うの、マーク。これは私たちが正しく選ばれた優良種、ニュータイプである証です。不死鳥隊の実力と血の尊さを認めたのですから、人事部もたまには正しい仕事をするのね」
割り込んできたエリスへ、ルナが困ったように笑う。
「本気で言えるエリス少佐は、ジオン軍人として満点です。私は少尉と呼ばれるだけでも落ち着かないのに、その日のうちから自分の階級を誇れるところまで含めて、到底かないませんよ」
「すぐに慣れます。もっとも、階級だけ上がっても能力が伴わなければ意味はありません。我がジオンの中にも、どうしても選ばれざるオールドタイプは存在するのですから」
わざわざ棘を飛ばされた先では、当のシェルドがマリアに捕まっていた。
「シェルド、昇進おめでとう! 私だけ少尉のままだから、これで随分と差をつけられちゃったな。でも、運が良かっただけなんて言ったら怒るぞ。あの戦場から帰ってきて大尉になったんだから、もっと胸を張りなさい」
「ごめん、マリア姉さん。自分だけ昇進したと思うと、素直に喜んでいいのか分からなくて。でも僕が大尉になったことを姉さんも喜んでくれるなら、もう運が良かっただけなんて言わないよ」
「うん、それでよし! だけど、最初から謝らなければもっとよかった。今度また余計な謙遜をしたら、頬を引っ張るだけでは済まさないからね」
今は、それだけを見ていればいい。
「カリス。大佐になったお祝いなら、僕にもさせてほしいな。今夜は二人きりで、僕の『宇宙の声』と君の未来について、いつもより密接に語り合おうじゃないか」
耳元へ流れ込んだジュナスの誘いに、せっかくの酒が一気にまずくなる。
「断る。最近のお前はエルフと二人でこそこそ会っていただろう。俺からあいつへ乗り換えたのなら、責任をもって最後までエルフにつきまとえ。わざわざ俺のところへ戻ってくるな」
「人を勝手に押しつけるな、カリス! そもそもジュナスは硬さが足りん。話し合う価値すらないわ!」
エルフの発言で、最近の密会と、男としての硬さという二つの情報が、俺の頭の中でつながった。
「待て。お前たちはすでに試したのか? 硬さを確かめたうえで、話にならないと結論を出したのか?」
「私が言っているのは――」
「エルフ、説明しなくていいよ。僕の意志が足りないという意味かもしれないし、カリスの想像どおり硬さを試したのかもしれない。どちらだと思うかは、本人の豊かな想像力に任せよう」
「俺の想像力を試す前に否定しろ! お前が曖昧に笑うから、光景が頭から消えなくなるんだ!」
「カリス様、シュルツ大尉、リアム大尉。公国の重鎮が集まる席で、ご自分たちの名誉をまとめて投げ捨てるのはおやめくださいませ。三名とも同罪ですので、誰が被害者かという申し開きも必要ございません」
昇進しても、ニキさんの苦労は変わらない。俺たちの階級が上がった分、叱られる側の肩書だけが無駄に立派になっている。
「カリス様、総帥はどなたにつくのかとお尋ねになったのでしょう? 楽しく世間話をしただけでしたら、そのように疲れた顔でお酒を飲みませんもの」
今度はエターナさんが、親父と母上を連れてやって来る。マークへ話したばかりの内容が、なぜかもう筒抜けになっていた。
「エターナさんは、俺の顔から機密情報を読み取るのをやめてください。父上、総帥にはガルマ様の部下である前に、一人のジオン軍人だと答えておきました。どなたの派閥にも入るとは言っていません」
「それでよい。ギレンめ、自分の足元を固めたいからと、我が家にまで余計な圧力をかけおって。キシリア閣下に見せつけるために少尉を連れ戻したわけではないというのに、あやつは何もかも派閥争いの材料にしたがる」
「昔から変わりませんわね、あの坊やは。相手が何を隠しているのか考える方を楽しむのですから、まともに付き合うだけ損です」
お袋がギレン総帥を坊やと呼ぶたび、我が家の政治的な恐ろしさを思い知らされる。本人の前では総帥閣下と呼んでいるそうだが、それで安全になる気はまったくしない。
「結局、ギレンは現場の火消しがどれほど大変か分かったうえで、自分に都合のよい場所へ火を放っているのだ。少尉を不死鳥隊へ戻した件も、キシリア閣下は簡単には諦めまい。だが一度取り戻した者を、再びフラナガンへ差し出す気はない」
「父上、俺も同じです。マリアは不死鳥隊の仲間であって、ザビ家へ差し出す札ではありません。総帥がどんな意味をつけようと、そこに交渉の余地はない」
「聞かれた時には、そう答えればよい。今から大声で触れ回り、相手へ準備する時間まで与えるな。お前は軍人らしい顔を作ることは覚えたが、政治家らしく黙ることはまだ覚えておらん」
反論できない。俺は総帥の罠を見抜いても、仲間のことになれば自分から答えを叫んでしまう。親父にとっては、そこまで含めて扱いやすい息子なのだろう。
「総帥府へ火を放つことになりましたら、私にもお申しつけくださいませ。遠距離から狙い撃つ役目でしたら、喜んでお引き受けいたします」
「エターナさん。まだ一杯目なのに、冗談へ聞こえないことを言うのはやめてください。ニキさんが聞いたら、始末書を用意し始めますよ」
「あら、酔っていないからこそ、正確に狙えますよ」
やはり不死鳥隊の階級を上げたのは間違いだったのではないだろうか。
「それで、大佐。今度は何を考え込んでいるんだ? せっかくの酒を、薬でも飲むような顔で口にしているぞ」
政治談義が終わるのを待っていたマークが、わざわざ新しい階級で呼んでくる。
「今夜くらい大佐と呼ぶな。オデッサより、今日一日で背負わされたものの方が多い気がする。お前も中佐になったのだから、一人で飲むには苦すぎる酒へ付き合え」
「最初からそのつもりだ。今夜の乾杯は、昇進にも勲章にも必要ない。オデッサから全員で帰ったことと、次の戦場がジャブローでも宇宙でも、また全員で帰ってくることにしよう」
「欲張りな副長だな。だが、隊長としては反対できん」
口に含んだ酒の苦さは変わらない。それでも今度は、次の戦場まで持っていける味がした。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は、オデッサ防衛戦の授勲式と昇進、ギレンとの会談、そして不死鳥隊の祝賀会を書きました。
英雄として扱われるカリスや、ギレンとのやり取り、最後のマークとの乾杯など、印象に残った場面があれば感想をいただけると嬉しいです。