機動戦士ガンダム 不死鳥戦記 作:だいたい大丈夫
新型機の訓練を続けるカリスたちのもとへ、翌日、地球にいるシャアから極秘通信が届く。
ジャブロー攻略は失敗し、次の戦場は宇宙へ移ろうとしていた。
宇宙世紀〇〇七九年、十一月三十日。
三つ並んだ模擬標的の中心が、ほとんど同時に赤く染まる。
命中判定はすべてエターナさん。最後尾にいるトルネードガンダムから放たれた三発が、前を横切る味方機の隙間を縫っている。
「これで二十四機目ね。もう少し遠くへ置いていただいても構わないわよ。この距離では、外す方が難しいくらい」
技術班が射程を延ばすたびに撃ち抜き、今では彼女だけ、ほとんど隣の演習区画を狙っている。
「射程試験はそこまでです。フレイル少佐、次は移動目標へ切り替えてください」
『かしこまりました、ニキ。では標的の速度も、もう少し上げてもらえる? 今のままですと、止まっているのと変わらないわ』
不死鳥隊へトルネードガンダムが引き渡されてから十日。それぞれの機体は、早くも同型機と呼んでよいのか疑わしい有様になっている。
エターナ機は長砲身のビーム・スナイパー・ライフルと大型Eパックを背負い、姿勢制御用のスラスターまで射撃時の反動を逃がす調整へ変わっている。射撃を外す可能性より、命中したビームが何機まで貫通するかを心配した方がよさそうだ。
その射線のはるか前では、緑色の機体が標的の群れへ突っ込んでいく。
『退屈な的だ! もっと抵抗してみせろ!』
抵抗しないから標的なのだが、エルフに理屈は通じない。二本のビーム・サーベルが左右の標的を斬り払い、背後から迫った一機を蹴り上げる。直後、その胸にまで赤い判定が灯る。
いま、足の甲から光刃が出なかったか。
「待て、エルフ。お前の機体には、いつから足にもビーム・サーベルがついたんだ。俺はそんな改修を許可した覚えがないぞ」
『正式には脚部近接防御用ビーム刃だ! 蹴りへ斬撃を加えられれば、両手が塞がっていても三機目を倒せる。格闘戦へ特化するなら当然の装備であろう!』
「当然ではないから、俺が今初めて見て驚いているんだ! お前は両手に光の剣を持ったうえで、まだ刃が足りないのか!」
『敵に囲まれた時、剣が多くて困ることなどない!』
やはり完全なインファイト狂だ。
技術者も、最初は彼女の要望へ難色を示していたはずだ。それが十日で実機に載っている。正面から断り続けるより、望む物を渡して早く帰ってもらう方が楽だと悟ったのだろう。気持ちはよく分かるが、隊長の許可くらい取ってほしい。
「カリス様、見てください! 今度は私たちの番ですよ!」
マリアの声と同時に、二機のトルネードガンダムが左右から標的群を挟んだ。
シェルドが前へ出て敵役の注意を引き、追いすがる三機をマリアの射線へ押し込む。マリア機の腹部拡散ビーム砲がまとめて視界を奪い、両腕のガトリングが一機ずつ仕留めた。残る一機が射界から逃れたところへ、旋回してきたシェルドのビーム・ライフルが突き刺さる。
二人の距離は近すぎず、遠すぎない。片方が動けば、もう片方の射線が自然に開く。ザクの頃から組ませているが、今日はシェルドがマリアを気遣って速度を落とすことも、マリアが自分の力だけで先行することもない。
「ああ、すごくいいぞ。二人とも動きに無駄がない。マリアもシェルドも、今の連携を忘れるなよ」
『えへ……えへへへへ……っ! 私、もっと強くなりますから! カリス様もシェルドも、みんな私が護ります。だから、ずっとそばに置いてくださいね!』
今日は瞳孔が妙に開き、声も一段高い。息継ぎも忘れたように言葉が続く。
「もちろんだ。お前は不死鳥隊の仲間なんだから、勝手にいなくなってもらっては困る。ただし、一人で全員を護ろうとするなよ。さっきみたいに、シェルドと一緒に戦えばいい」
『はい! 私、今は何でもできそうなんです。頭も痛くありませんし、遠くの標的まで全部見えます。カリス様がどこにいるのかだって、目を閉じても――』
『マリア姉さん、次の標的が来るよ。今度は俺が右を受け持つから、姉さんは左を頼む』
『うん! 任せて、シェルド!』
二機はすぐに隊形を組み直し、先ほどより速い敵役へ向かっていく。
結局調べたが、いま服用しているのは、痛みを抑えるための少し効き目が強い薬らしい。飲んだ直後は顔色もよく、検査でも任務へ支障を及ぼす異常は出ていないと、ニキさんは言っていた。
笑って飛べるようになったのなら、まずは喜んでやるべきだろう。急に力が伸びすぎているのは気になるが、訓練を終えたばかりのマリアへ不安ばかりぶつけても仕方がない。
少なくとも、シェルドと組んでいる間は無茶をしない。今はそれで十分だ。
「カリス。こちらも一度止めるぞ。エリスと俺の機体だけ、入力と挙動がまたずれた」
別の通信帯からマークに呼ばれ情報を表示する。操縦桿の入力、サイコミュが拾った感応波、機体の挙動。その三つが、途中までは重なっているのに、不規則な間隔でわずかに外れている。
『さっきより悪化しています。動かそうと思った瞬間に反応することもあれば、手で操作した後から同じ命令を重ねてくることもあります。これでは速くなるどころか、機体に邪魔をされていますね』
「受信してから動くまでのラグが一定していないんだ。そもそも、サイコミュは、ビットのような遠隔兵器を動かすために作られている。それを機体本体へつなぎ、操縦者が考えただけで手足を動かそうというのだから、十日やそこらで完成するはずがない。いまは通常の操作を優先して、サイコミュは補助にした方がいい」
『私の思考へ機械が追いつかないのなら、仕方ありませんね。帰還後、研究員には寝ずに調整してもらいます』
「研究員を殺すなよ。機体より先に技術班が壊れたら、そこで開発終了だからな」
『私の要求を満たしてくれれば、殺したりしません』
満たせなかった場合については聞かないでおこう。俺は仲間を全員生還させると誓ったが、その中へ研究員を入れていない。
『それでも、この機体はすごいね。これだけ推力と出力を上げているのに、さっきから残量の減り方が予測より少ない。ビーム・ライフルだけに頼らず、腕のガトリングと腹部砲を混ぜられるから、出力を機動へ回せる。宇宙なら、もっと長く飛べそうだ』
ジュナス機が、こちらの横を滑るように抜けていく。エルフリーデのように推力を一度に叩きつけるのではなく、最小限の噴射だけで速度と向きを変えている。
あいつは機体の声でも聞こえているのか、初めて乗った時から手足の癖を知っていたように動かす。本人に尋ねれば、宇宙が教えてくれたなどと言い出すに決まっているので、聞くつもりはない。
「継戦能力を落とさず、ガンダムと正面から戦える機体が欲しかったからな。これなら木馬が相手でも、ドムの時ほど機体性能に泣かされずに済む。次がジャブローになるか宇宙になるかは、上が決めることだが」
「その前に、お前自身の機体を決めろ。俺とエリスはサイコミュを操縦補助へ使う。マリアも機関で調整を受けているし、ジュナスも試す気だ。お前だけ、受信装置の取り付けまで拒んでいるそうじゃないか」
「必要ない。俺はニュータイプではなく、少し勘がよくて、悪運が人より強いだけの凡人だ。頭で考えただけで機体が動くなどというオカルトに命を預けるくらいなら、自分の手で操縦桿を動かす」
オデッサで敵の位置が分かったのも、死にかけた俺の頭が必死に情報を拾った結果だ。死者の声が聞こえたような気がするのも、極度の疲労と恐怖が見せた幻覚と考えれば説明できる。
世の中には、説明できないことなどいくらでもある。それをすべてニュータイプへ放り込めば、研究者は楽ができるだろうが、俺まで付き合う義理はない。
「頑固者め。反応が遅れて撃墜されても、自分は凡人だから仕方がない、では済まないんだぞ。お前一人の命ではないと、何度言えば分かる」
「お前こそ、試作品に任せて操縦桿から手を離すなよ。機械の気分で俺の背中を撃たれてはたまらん」
俺たちは互いに譲らないまま、次の標的へ向かう。
『演習中の全機へ。予定時刻になりましたので、本日の訓練を終了します。残っている模擬弾も撃ち尽くさず、直ちに帰投してください。特にシュルツ大尉、帰り道に標的を斬ってはいけませんよ』
ルナの声が全回線へ届くと、名残惜しそうに二本の光刃を収める。
『一機くらい残業してもよいではないか。まだ脚部の刃を十分に試していないぞ』
『駄目です。テイラー少佐から、従わない場合はシュルツ大尉の整備時間を明日の朝まで延長すると言われています』
『むう……それでは私が乗れぬ。帰るぞ、お前たち!』
次からは、俺もこの手を使おう。
「全機、ルナ少尉の指示に従え。明日にも出撃命令が下る。今夜中に問題点をまとめて、整備班へ渡しておけよ。実戦へ持ち込んでから、足から刃が出ないなどと騒ぐな」
『その時は、蹴って壊すから問題ない!』
最後まで不安しかない。
◇◇
十二月一日、夜。
極秘回線の受信灯が赤く点滅する。
この回線を知る者は少ない。表示された発信元は地球、発信者はシャア・アズナブル大佐。
「こちらカリス。お前が直接かけてくるとは珍しいな。ガルマ様へ言えない相談なら、内容を聞く前に切るぞ」
『それは困る。私も、友人へ失敗を報告する程度の誠実さは持ち合わせているつもりなのでね。昨日、我々はジャブローへ攻撃を仕掛けた。私は秘密の進入路から潜入部隊を率いて入り、連邦軍のモビルスーツ工場へ爆薬を設置したが、結果は見てのとおりだ。工場は健在、木馬も白いヤツも取り逃がした』
その三つが、昨夜まで俺のところへ一言も届いていない。
「待て。ジャブローへの攻撃など、俺は一言も聞いていないぞ。不死鳥隊へ声がかからなかったことは構わないが、地球方面軍はいつからそんな大作戦を組んでいたんだ。まさか、お前がマッドアングラー隊だけで勝手に始めたのではないだろうな」
『私一人の独断で、降下部隊やガウを用意できるほど軍は親切ではないよ。主力は突撃機動軍を軸に編成され、私は進入路の確保と潜入破壊を任された。命令どおりジャブロー内部までは入ったが、爆弾を処理され、部隊にも少なくない損害が出た。失敗は失敗だ。弁解する気はない』
それなら問題はシャアの独断より、さらに悪い。
「地球方面軍の司令部は、当然知っていたんだろうな。ガルマ様が北米で兵力を維持しているのに、その指揮系統を無視したなどと言うなよ」
『残念ながら、そのまさかだ。先ほどガルマ閣下へ事後報告を入れたが、昨日まで作戦の詳細を知らされていなかったらしい。私も、参加部隊の全容を知らされたのは決行直前だよ』
「何を考えているんだ、キシリア閣下は……。ジャブローは地球連邦軍の総司令部だぞ。隠密作戦だけならともかく、大部隊を動かして正面から攻めるのに、現地の全軍を預かるガルマ様へ話も通さないとは」
オデッサでレビルを退け、連邦軍の主力へ大損害を与えた直後だ。急いでジャブローへ手を出さずとも、地上の戦線を整え、ガルマ様のもとで兵力を集める時間はあった。それをせず、中途半端な数で最大の要塞へ飛び込み、貴重なモビルスーツと兵士を失った。
勝った側が、勝利を食いつぶしてどうする。
『耳が痛いな。もっとも、オデッサで敗れていれば、我々に身内で争う余裕もなかっただろう。君たちの勝利が、公国上層部へ余計な余裕を与えたのかもしれん。責任を感じるかね、英雄殿?』
「俺を巻き込むな。軍と国民に祭り上げられているだけでも迷惑しているんだ。オデッサで勝ったことまで後悔させるなよ。それに、俺たちが負けていれば、地上軍は今頃もっと酷いことになっていた。勝利の使い方を間違えた責任は、勝った兵士ではなく、その上にいる連中が取れ」
『まったく正論だ。十六歳に説教されては、キシリア閣下も立つ瀬がない』
「本人の前で言うほど命知らずではないから、お前に言っているんだ。うっかり伝えるなよ」
「それで、これからどうする。マッドアングラー隊を率いて、また海へ潜るのか?」
『いや、私の地上勤務は終わりだ。キシリア閣下の麾下へ正式に移り、宇宙へ上がる。木馬もジャブローを発ち、宇宙へ向かう準備を進めている。連邦はオデッサで地上の主導権を奪えなかった以上、宇宙で戦線を立て直すつもりだろう』
「連邦が自分の土俵を宇宙へ移すなら、こちらも無視はできないか。地上はガルマ様が押さえ、俺たちは木馬を追って宇宙へ戻される。上層部が考えそうな人事だな」
『君の新しいガンダムを、白いヤツへぶつけたい者も多いだろう。私も宇宙へ上がり次第、新型のゲルググを受領することになっている。次に会う時は、互いに新しい機体というわけだ』
「赤いガンダムへ乗るつもりはないのか? お前なら似合うぞ。連邦の白いヤツと並んで飛べば、宣伝映像としては満点だ」
『君の家ほど潤沢な開発費があれば考えよう。ゲルググでも、色を塗る程度の自由は認められているのでね』
赤く塗っただけで通常の三倍になる男だ。機体の性能が上がれば、今度は何倍で動くのか。技術者へ聞けば怒られそうなので、黙っておく。
「宇宙へ上がったら、ララァへ顔を見せてやれ。お前が来るのを待っているはずだ」
『…ララァへ深入りすれば私は破滅すると、あれほど強く警告してくれたではないか。今度は会えと言うのかね?』
「あれだけ入れ込んだ後で、いまさら距離を取ったところで手遅れだ。毒を食らわば皿までという言葉もある。それに、フラナガンはどうにも気に入らない。俺の考えすぎなら、それでいい。だが、あそこへ預けた女を心配する人間が、一人でも近くにいた方がいい」
『君自身が、マリア少尉を心配しすぎているだけではないのかね』
「それなら、俺の恥で済む。何も起こらないのが一番だ。ララァはお前を信じている。あの無垢な白鳥を守ってやれ、シャア」
『……なるほどな。忠告、感謝する。君も、自分の近くにいる者をよく見ておくことだ。ニュータイプの力は、人が便利に使ってよいものなのか、私にもまだ分からん』
「珍しく意見が合ったな。だから俺は、そんなものへ頼らないと言っている」
『君がニュータイプでないという主張に同意したわけではないよ。では、次は宇宙で会おう。今度こそ白いヤツを仕留めたいものだ』
「失敗したばかりなのに元気なことだ。だが、お前らしくて安心したよ。死ぬなよ、シャア」
『君もな、カリス』
「ルナ、こちらカリス。まだ起きているか。明日の訓練予定を変更する。不死鳥隊全員へ、宇宙戦装備の確認を優先するよう伝えてくれ。それとエルフには、脚のビーム刃を増やす話は後回しだと言っておけ」
『了解しました、カリス大佐。ですが、シュルツ大尉は先ほど、次は膝にも一本欲しいと技術班へ申請しています』
「却下だ! あいつは自分の機体をウニにでもするつもりか!」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は、各自の戦い方へ合わせて改修されていくトルネードガンダムと、シャアから伝えられたジャブロー攻略失敗について書きました。
それぞれの機体や、マリアの様子、カリスとシャアの会話など、印象に残った場面があれば感想をいただけると嬉しいです。