機動戦士ガンダム 不死鳥戦記 作:だいたい大丈夫
狙うのは、地球で何度も仕留め損ねたホワイトベース。
だが、彼らを待っていた白い悪魔は、すでに以前と同じ相手ではなかった。
宇宙世紀〇〇七九年、十二月三日。
地球方面軍司令部から木馬追撃の許可をもぎ取るまで、一日とかからなかった。
大佐の階級も、英雄などという身に余る看板も、初めて役に立った気がする。
ガルマ様は、地上軍の再編へ戻ることを条件に付けながらも、最後には俺の我が儘を認めてくれた。
これでまた、シャアと同じ敵を追える。
地球で何度も仕留め損ねた白い悪魔と木馬を、今度こそ宇宙で止める。
昨日交わした約束を、早くも果たせる機会が来たのだ。
『捉えたわ。予想した進路を、ずいぶん素直に進んでいる。少々、素直すぎるくらいね』
エターナさんの声を聞きながら、光学モニターの奥へ目を凝らす。
白く角張った艦影が、星の一つに紛れるように浮かんでいた。
ようやく見つけた。
あの艦が、こちらに見つかることを何も考えていないはずがない。
地球で幾度となく逃げ延びた連中だ。見えたからといって、捕まえたことにはならない。
『このまま追ってよいのかしら。本体を逃がすため、囮だけを見せている可能性もあるわ』
「その可能性はあるだろうがな。木馬を先に出し、俺たちを引きつけるつもりかもしれない。ですが、狙うべき相手は変わらん。白いヤツがどれほど強くても、木馬を沈めれば連邦は宇宙で使える戦力をまとめて失う。今度は敵の誘いに乗らず、艦を止めろ」
『そう言うと思ったわ。では、私は木馬だけを見ておくわね。白い坊やが間へ入ってきたら、その時はあなたたちに任せるわ』
エターナさんが頼もしい。
自分なら撃てるとも、必ず当てるとも言わない。
彼女が木馬を見ると言えば、俺はもう、その艦尾へ照準が重なっているものとして考えられる。
『……アムロ君もいます』
『以前より、ずっと鋭い。こちらを探しているのではありません。もう、私たちが来ていることに気づいていますね』
見えるはずのない距離から見返された気がして、首筋が冷たくなった。
ニュータイプなどという便利な言葉を認めるつもりはない。
だが、あの少年が普通ではないことまで否定すれば、今度こそ誰かを失う。
呼び方がどうであろうと、俺たちの殺気を感じ取り、撃つより先に避ける敵が木馬にいる。それだけ分かっていれば十分だ。
『それだけじゃないよ。向こうには、また知らない人が増えているみたいだ』
『妙に明るくて、軽くて、女の子に声をかけずにはいられないような大人の男だね。こんな時でも楽しそうだ。宇宙が、随分とファンキーな人だって教えてくれているよ』
『ふん、軽薄な男など好かん! 戦場で私の前へ出てくるなら、名を聞くより先に斬って捨ててくれる!』
エルフが釣れた。
敵の顔も名前も知らないうちから斬る宣言をするな。
ジュナスも、宇宙から人柄まで聞き出して喜んでいる場合ではない。
「二人とも、敵の品評会は帰ってからにしろ。エルフは勝手に一騎討ちを始めるな。ジュナスも星ではなく、俺とルナの声を聞け。全員、いつでも出られるようにしておけよ」
『各機、すでに発進準備を終えています。あとは大佐が席を立って、御自分の機体へ乗ってくだされば出られます』
ルナに正論で刺された。
俺が一番遅いらしい。
「……今行く。シャア、ブリッジは任せた。何かあればすぐ呼んでくれ」
『了解した。白いヤツが出てくる前に、木馬を丸裸にしておこう。君がコックピットへ着くまで待ってやるほど、私は親切ではないのでね』
友人の声を背中に受け、格納庫へ急いだ。
◇◇
シートへ身体を預けた途端、息がしやすくなった。
俺にはここが合っている。
自分の手足で動ける場所なら、判断を誤った責任も自分で負える。
「カリス・フロートニック、トルネードガンダム、出るぞ!」
カタパルトの衝撃が背中を押し、黒い宇宙へ放り出される。
地球で重力に縛られていた数か月より、幼い頃から訓練を重ねた宇宙の方が、俺には馴染んでいる。
トルネードガンダムも同じらしい。
これなら戦える。
その確信を味わう暇もなく、ルナの声が耳へ飛び込んできた。
『木馬、加速しました! 迎撃機を出す気配もありません。こちらとの戦闘を避け、全速で離脱するつもりです!』
「逃げるだと?」
白いヤツが出てくるものと身構えていた分、肩透かしを食らった。
敵が戦ってくれると決めつけていた自分に腹が立つ。
こちらが新型を八機揃えた事情など、向こうには関係ない。
勝てないと見れば逃げる。当たり前の判断だ。
『追うぞ、カリス。ここで逃がせば、次はどこへ潜り込むか分からん』
「ああ。ルナ、木馬が向かっている先を――」
問い終える前に、嫌な答えが返ってきた。
『サイド6です。このまま進めば、間もなく中立宙域へ入ります!』
よりにもよって、そこか。
中立を掲げるコロニーの領域内で戦闘を起こせば、木馬一隻を沈めるどころの話ではなくなる。ジオンが中立を踏みにじったと連邦へ宣伝材料を与え、サイド6そのものを敵へ回しかねない。
追いつかなければならない。
だが、焦って食いつけば、地球と同じことを繰り返す。
俺たちがガンダムを追い回している間に、木馬は安全な場所へ逃げ込むだろう。
『なら、その前に狙い撃つわ』
エターナさんの声が、逸りかけた思考を止めてくれた。
『ここからでも届く。ぎりぎりだけれどね。白い坊やが、向こうから自分の居場所を教えてくれているのも助かるわ』
遠すぎる、とは言いかけてやめた。
俺の常識を彼女へ押しつけても意味がない。一キロ先の敵兵がくわえた煙草を撃ち落とせる女に、近いか遠いかを教えるなど、それこそ余計な世話だ。
「エターナさん、木馬の推進部を狙えますか?」
『ええ。艦を少し前へ出してもらえれば、十分よ』
「シャア、聞こえたな。彼女へ足場を貸してくれ。艦を前へ出しながら撃たせる!」
『承知した。こちらの砲術士が自信をなくさない程度に頼むよ、フレイル少佐』
『その心配は、命中してからなさい』
機体が艦体へ降り、長砲身を前へ向ける。
それを見ただけで、木馬がすでに逃げ場を失ったように思えた。
『ええっ、エターナさんが撃つんですか!? 私、まだ一発も撃っていません! カリス様の背中は私が守るって約束したのに!』
マリアの声に、今にも切れそうだった集中を無理やり引き戻される。
不満を口にする間も惜しいのか、ほとんど息を継いでいない。
機関から戻って以来、喜びも怒りも以前より大きくなっている。
頭痛から解放され、力を得た自信がそうさせているのだろうが。
そう思うことにした。
「前へ出るのは待て、マリア。エターナさんより狙撃に自信があるなら交代してもらうが、どうなんだ?」
『それは……むぅ……お譲りしまぁす。私、近くから撃つ方がいっぱい当てられますから!』
『素直でよろしい。私の背中を見て、少しは我慢を覚えなさい』
『はぁーい……』
渋々でも命令を聞けるのなら大丈夫だ。
マリアが元気になったことを疑ってどうする。
俺より詳しい人間が診て、任務へ戻しているのだ。
俺にできるのは、前へ出すぎないよう見てやることだけでいい。
『フロートニック大佐! ビグロなら木馬へ追いつけます。このまま逃げ込まれるのを見ている必要はありません! トクワン、出ます!』
昨日、あれほど話しただろう。
「待て、トクワン大尉! 一人で行くな!」
返事はない。
機影が目の前を抜けた瞬間、胃の奥が縮んだ。
速度を生かして木馬を狙えとは言った。だが、不死鳥隊がガンダムを引き離してからだ。一番大事なところを忘れ、都合のよい部分だけ実行するとは思わなかった。
ここで追えば、エターナさんの射線へ入る。
追わなければ、トクワンが一人で白いヤツとぶつかる。
「マリア、予備の狙撃銃を使え! トクワンを援護しろ。ただし追い越すなよ。お前の役目は、あの馬鹿を連れ戻すことだ!」
『はぁぁい! カリス様が私を選んでくれた! 任せてください、全部撃ち落としてあげますから!』
選んだという言葉へ、なぜそこまで喜ぶ。
引っかかったものは、すぐにエターナさんの呼吸へ押し流された。
小さく息を吸い、ゆっくり吐く音だけが回線に残る。
俺まで呼吸を止めていた。
『……そこ』
光が走る。
命中した。
疑いもしなかった。エターナさんが撃ったのだから、次に届く報告は木馬の減速か、推進部の損傷だと思っていた。
ところが、遠い星明かりの中で、もう一つの光が生まれた。
二つが重なり、消えた。
『……撃ち落とされた?』
彼女は外していない。木馬の外板へ貼りついた白い機体が、遥か遠くから迫る狙撃へ撃ち返し、正面から潰したのだ。
そんなことができるはずがない。
否定しかけて、やめた。
できるはずのないことをするから、俺たちはあの少年を何度も仕留め損ねている。
「アムロ・レイ……どこまで強くなるつもりだ」
白い機体の銃口が、こちらへ向く。
正確には、俺ではない。
一人で突っ込んだトクワンだ。
『あはははっ! させないよ! この天然パーマ、私の弾に当たれぇっ!』
普段の彼女なら、一発ごとに相手の動きを見て狙いを変える。それが今は、撃てるだけ撃ち、光で逃げ道を塗り潰そうとしていた。
数だけなら十分すぎる。
それなのに、白いヤツは止まらない。
ほとんど機体を回しただけに見えた。マリアの光は、その周囲だけを避けるように通り過ぎていく。
違う。マリアが撃つ前から、空く場所を知っていたのだ。
『えっ……なんで? どうして回っただけで全部外れるの!? 私、ちゃんと見えていたのに!』
「マリア、止まれ! 撃ちながら近づくな!」
俺の声より早く、白い光が返ってきた。
ビグロの片腕が消し飛ぶ。
死んだのか。
そう思った次の瞬間、残った機体が大きく揺れながらも加速した。
生きている。まだ連れ戻せる。
『馬鹿な! たった一度ですぞ! たった一度見ただけで、ビグロの動きを読んだというのか!』
「考えるのは帰ってからにしろ! トクワン、今すぐ反転しろ。次はコックピットを撃たれるぞ!」
『しかし、木馬は目の前であります! まだビーム砲が――』
「これは命令だ! 撃墜されて試作機ごと敵へくれてやるつもりか! 戻れ!」
今度は聞いた。
ビグロがこちらへ向きを変える。
マリアの射撃も、ようやく敵を倒すためではなく、トクワンを逃がすための壁になった。
白いヤツが追ってこないことへ安堵し、すぐに腹が立った。
見逃されたのだ。
トクワンを仕留めるより、木馬を守る方を選んだ。
俺が昨日ビグロへさせようと考えたことを、アムロは一瞬でやっている。
『大佐、木馬がさらに加速しています! 速い……これまでの航行記録を超えています!』
「あれ以上で走れば、推進部が持たないはずだ!」
『推進系の反応が以前と違います。ジャブローで改修を受けたか、新しい機関へ換装した可能性があります。このままでは――』
ルナが言い切る前に、分かってしまった。
間に合わない。
それでも諦めきれず、操縦桿を前へ倒す。
『カリス、止まれ』
『追えば間もなくサイド6の管轄宙域へ入る。木馬は、我々が撃てない位置まで逃げ切るつもりだ。ここから先は追撃ではなく、国際問題になる』
分かっている。
だが、また届かなかった。その事実を認めたくなかった。
「あと一度だけ、エターナさんに撃ってもらえば――」
『撃てるわ』
『ただし、今度は白い坊やも、私がどこから撃つか知っている。次も落とされないとは言えないわ。それでも撃てと命じるなら、私は撃つ』
撃ってくれとは言えなかった。
一発目は、中立宙域へ入る前の木馬を止めるためだった。次は違う。失敗を認めたくない俺が、部下へ責任を押しつけるだけになる。
「……全機、攻撃を中止する。トクワン大尉を収容し、サイド6の境界から離れる。マリア、もう撃つな。エリスと一緒にビグロを護衛しろ」
『でも、カリス様! 今ならまだ――』
「戻れ、マリア。お前がトクワンを守ってくれたから、誰も死なずに済んだ。もう十分だ」
『……私が、守った?』
「ああ。よくやった」
それだけで、荒れていた呼吸が急に静かになった。
『はい……! 私、ちゃんと守れました。カリス様の役に立てました……!』
喜んでいるのだから、今はそれでいい。
そう思ったのに、通信窓に映る笑顔を見ていると、胸の奥に冷たいものが残った。
『カリス。こちらも停止する。君の判断で正しい』
シャアがそう言ってくれたことで、ようやく操縦桿を引くことができた。
友人が同じ戦場にいるというのは、背中を守ってもらうことだけではないらしい。
前しか見えなくなった時、止まれと言ってくれる。
その一言を信じて止まれる相手がいることも、同じくらいありがたかった。
『エターナ少佐……大丈夫ですか?』
ルナが恐る恐る尋ねる。
『私が? 何ともないわ。命中するはずの弾を、命中する前に撃ち落とされた。それだけよ』
平静を取り戻した声だった。
だが、それだけで済ませられるはずがない。自分の射撃へ絶対の自信を持つ彼女が、初めて敵の一射に止められたのだ。
「エターナさんは外していません。アムロが、あなたの射撃を狙って当てたんです。どちらがおかしいかと言えば、間違いなく向こうですよ」
『慰めになっていないわね。けれど、ありがとう。次は私が、あの子の撃つ方を先に当てるわ』
もう次を見ている。
それなら、俺も俯いてはいられない。
完敗だ。
「シャア。木馬は、しばらくサイド6から出てこないと思うか?」
『いや。あの艦に安全な港で戦争が終わるのを待つ余裕はないだろう。必ず出てくる。今度は、逃げ込める場所のないところで待てばよい』
「分かった。次は俺たちが先回りする。トクワンには、修理が終わるまで昨日の話を最初から聞かせるぞ。今度こそ、ガンダムを追わずに木馬へ行ってもらう」
『耳の痛い講義になりそうだな。私も同席しよう。部下の命令違反は、指揮官の責任でもあるのでね』
「なら二人で叱るか。俺だけでは、また都合のよい部分しか覚えないかもしれん」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は、宇宙へ上がった不死鳥隊とホワイトベースの最初の戦いを書きました。
アムロの成長やエターナの狙撃、マリアとトクワンの動き、最後のカリスとシャアのやり取りなど、印象に残った場面があれば感想をいただけると嬉しいです。