機動戦士ガンダム 不死鳥戦記 作:だいたい大丈夫
昨日まで撃ち合っていた敵が、今日は目と鼻の先。
戦えない場所だからこそ見えるものもあった。
宇宙世紀〇〇七九年、十二月四日。
昨日、俺たちはサイド6の手前で木馬を取り逃がした。
そして今日、その木馬を追って、サイド6へ堂々と入港しようとしている。
我ながら、かなり面の皮が厚い。
アサルムの正面モニターには、入港経路を示す光の帯が伸びていた。その先を進む白い艦影は、昨日どれほど追っても届かなかった木馬だ。
今なら主砲どころか、石を投げても当たりそうな距離である。
『政治的には、どうなのかね?』
隣の航路を進むザンジバルから、シャアの呆れた声が届いた。
『中立地帯へ逃げ込んだ木馬を追い、軍艦二隻で押しかける。しかも、君はグワジン級まで持ち出してきた。サイド6政府には、脅迫と受け取られても仕方がないと思うが』
「人聞きの悪いことを言うな。入港許可は正式に得ているし、武装も封印している。観光と補給に来た、善良な軍人だよ」
『善良な軍人は、逃げた敵艦の真後ろへ戦艦をつけたりはしないものだ』
頼むから、そこは言わないでくれ。
自分でも、少し嫌がらせじみているとは思っている。
「ランク内閣には、フロートニック家もザビ家も日頃から便宜を図っている。こういう時くらい、補給を融通してもらっても罰は当たらんさ。木馬には満足な補給をさせないが、アサルムとお前のザンジバルには、推進剤から食料まで一通り用意させた。今夜遅くには、ゲルググも届く予定だぞ」
『なるほど。さすがはフロートニック家の御曹司だ。最新鋭のグワジン級を用意したうえ、中立政府まで動かすとはね。私のザンジバルが、急に慎ましい船に見えてきたよ』
「使えるものを使って何が悪い。親父の七光りで一人でも多く生きて帰れるなら、百色にでも光ってもらうさ」
『フフ……違いないな』
シャアの笑い声に、昨日まで腹の底へ溜めていたものが少し軽くなった。
木馬を止められなかった。
あの時、シャアが止めてくれなければ――。
いや。今さら考えても仕方がない。
誰も死なず、こうしてまた軽口を叩けている。それで十分だ。
「ということで、せっかくだ。アサルムは木馬の隣へ着けてもらおう」
『……何が、ということで、なのかね?』
「敵の顔を見ておきたい。昨日は遠すぎて、白いヤツの目だけがこちらを見ているような気分だったからな。今日は、向こうがどんな顔で俺たちを見るのか確かめてやる」
背後で、マークが深く息を吐いた。
「カリス。お前は時々、妙なところで子供っぽい嫌がらせを思いつくよな」
「嫌がらせではない。敵情視察だ」
「敬礼でもして、相手の神経を逆撫でするつもりだろう」
なぜ分かった。
まだ何もしていないではないか。
「こちらが軍人である以上、敵へ敬意を示すのは当然だろう。お前は俺を何だと思っているんだ?」
「その顔をしている時のお前は、ろくなことを考えていない」
十年以上の付き合いは、こういう時に困る。
笑ってなどいないつもりだったが、口元を引き締めておいた。
「カリス様は、広域感応だけならマークと同じくらい鋭いのに。わざわざ目で確かめなくても、向こうにアムロ君がいることは十分に感じられるでしょう?」
エリスまで、不思議そうに俺の顔を覗き込んでくる。
「お前やエルフのように、何でもオカルトや騎士道へ結びつけられないんだよ。俺は現実主義者だからな。人間の顔は、自分の目で見る」
「昨日、見えるはずのない距離からアムロ君に見られたと仰っていませんでしたか?」
「そこは今、忘れてくれ」
まったく、敗戦の翌日だというのに、気楽な連中だ。
……俺も同じか。
アサルムが減速し、正面の窓いっぱいに木馬の白い艦体が広がった。
大きい。
あの中に、アムロ・レイがいる。
どんな顔をしている。
窓へ近づき、木馬の艦橋へ目を凝らした。
連邦の軍服らしい男たちに混じり、若い顔がいくつも並んでいる。どれも、白い悪魔などという呼び名から想像した顔ではなかった。疲れ切った少年や少女が、こちらを見上げている。
誰だ。
あの茶色い髪の少年か。いや、隣の細い少年か。
見ただけでは分からない。
当然だ。俺だって、黙って立っていれば紫電の不死鳥には見えないだろう。
精々、親の金で立派な軍服を着せてもらった子供である。
向こうも、俺を探しているのだろうか。
誰かと目が合った気がした。
その瞬間、昨日の狙撃を撃ち落とした白い光が脳裏を走り、白手袋の指が勝手に強張った。
次に会えば、また撃ち合う。
だが今は、どちらも撃てない。
「……一応、挨拶くらいしておくか」
額へ手を上げた。
木馬の艦橋で、何人かが目を見開く。一人がこちらを指さし、隣にいた者まで慌てて窓へ寄ってきた。
あの顔は、なかなかいい。
「やっぱり嫌がらせじゃないか」
「敵への敬意だと言っているだろう、マーク」
『その割には、随分と楽しそうだな』
「羨ましいなら、お前もやればいいさ。赤い彗星からの敬礼なら、向こうもきっと喜ぶぞ」
『遠慮しておこう。私は君ほど、敵へ愛想を振りまくのが得意ではないのでね』
逃げたな。
次に直接会った時は、シャアも窓際へ引っ張ってきてやろう。
◇◇
入港手続きを終えたカリスは、格納庫でゼノンへデータパッドを差し出した。
「ゼノン大佐。あとの補給と艦の管理は任せるよ」
「はっ。承知いたしました。ところで坊ちゃまは、どちらへ?」
「せっかくの中立コロニーだ。街を見てくる。戦闘行動は禁止されても、観光まで禁じられてはいないからな。みんなも行くだろう?」
「私はパスするわ」
エターナは壁から背を離し、長い髪をかき上げた。
「今さら故郷へ戻ったからといって、見たいものもないもの。部屋で休ませてもらうわね」
「生まれ故郷なんでしょう? 少しくらい街を見ても――」
「だから、行かないのよ」
「……分かりました。何か欲しいものはありますか?」
「そうね。飲みやすい酒を一本お願い。あとは何も要らないわ」
「今夜、部屋へ届けます。ゆっくり休んでください」
エターナは片手だけ上げ、振り返らずに通路へ消えた。
カリスはその背中を追わなかった。
「はいはいはーい! 私は行きます! シェルドと一緒に行きまーす!」
マリアが勢いよく手を上げ、シェルドの腕へ抱きついた。そのまま引きずるようにして、カリスの前までやってくる。
「カリス様、お買い物したいです! 可愛い服、たくさん買ってください!」
「あ、あの……すみません、大佐。姉さんが図々しくて」
「構わないぞ。二人で好きなものを選んでこい。寝室でしか着られないような、際どいネグリジェでなければ何でも買ってやる」
「やったぁ! カリス様、大好き!」
「本当に買ってもらうの、姉さん……?」
「大佐がいいって言ってくれたんだから、いいの!」
シェルドが深々と頭を下げる横で、マリアは飛び跳ねた。着地した靴が床を鳴らす。
「昨日はトクワンを助けてくれたんだ。遠慮するな。ただし、医者に叱られるような無茶はするなよ」
「はい! 何でも言うことを聞きます!」
その返事へ満足そうに頷いたカリスの横から、ジュナスが顔を差し入れた。
「……カリス。僕のネグリジェは?」
「…………お前には、丈夫な作業着を買ってやる。本国へ戻ったら、それを着てしっかり働け」
「なるほど。カリスは、仕事中にいきなり襲うのが好みなんだね。覚えたよ」
「何をどう解釈すれば、そうなるんだ!」
「いい加減にしなさい、ジュナス!」
乾いた音が響き、ジュナスの頭が横へ弾かれた。
割り込んだエリスは、そのままカリスを背中へ隠す。
「カリス様の貞操は、私が命に代えてもお守りします。貴方の好きにはさせませんよ!」
「頼むぞ、エリス。戦場より艦内の方が危険というのは、さすがに困る」
「任せてください。次に近づいたら、もう手加減しません」
「ひどいなあ。僕はカリスと、少し仲良くしたいだけなのに」
ジュナスが頭をさすりながら身を引くと、エリスもようやく腕を下ろした。
「私は艦に残る」
「無重力と有重力を行き来するたびに遊び歩いていては、剣筋が鈍る。訓練室で鍛錬していた方が有意義だ」
「今日くらい休んだらどうだ、エルフ」
「だから実戦ではなく、訓練にしているのだ」
カリスは何か言いかけ、諦めて口を閉じた。
ジュナスがエルフリーデへ視線を移し、唇の端を上げる。
「カリス、ごめん。やっぱり僕も残るよ。ここにいないと、カリスのお尻――僕の本命が、エルフに取られちゃうかもしれないって宇宙が教えてくれた」
「宇宙へ濡れ衣を着せるな。お前が残っても、誰にもやるつもりはないぞ」
「誰にも、か。嬉しいことを言ってくれるね」
訂正する代わりに、ジュナスへ背を向ける。
「ニキさん。散策の予算は大丈夫ですか?」
「ええ。当主様からお預かりしているカリス様のお小遣いは、十分すぎるほど残っております。名家なのですから、たまには贅沢をなさってもよろしいのではありませんか」
「俺は庶民派貴族で通っているんですよ」
「庶民は、部下の衣服をまとめて買い与えたりしませんよ」
「では、今日だけは名家の大佐ということにしておきます。行きましょう、ニキさん」
「はい、カリス様」
カリスはニキの手を取った。
そのまま歩き出すかと思われたが、指を一本ずつ差し入れ、互いの掌を重ねる。あまりに自然な手つきだった。
二人は指を絡めたまま、並んでタラップへ向かった。
「……あれで、付き合っていないと言い張るのだな」
背後から届いたエルフリーデの声に、カリスの足が止まった。
「聞こえているぞ、エルフ! これは昔からの習慣だ!」
「そうか。私には、長年連れ添った恋人にしか見えんが」
「そうなんだよね。無自覚だから、余計にたちが悪いんだ」
ジュナスも頷く。
カリスは何か言い返そうと振り向き、ニキと目を合わせた。
ニキは穏やかに微笑んでいる。
「……行きましょう、ニキさん」
「はい、お坊ちゃま」
絡めた指は、そのままだった。
二人の姿がタラップの下へ消えるまで、誰も口を開かなかった。
「ニキ少佐に男っ気がまったくないのは、間違いなくあの坊っちゃんのせいだろう」
「幼い頃からあの距離に慣らされていれば、ほかの男が近づけるはずもない。カリスには、どう見えているのだ?」
「何も見えていないから、ああなるんだよ」
ジュナスは楽しそうに肩を揺らした。
「ニキも離す気はなさそうだけどね」
「本国で待つハマーン嬢は、大丈夫なのだろうか?」
「ハマーン様なら大丈夫ですよ」
エリスが口元へ手を当てた。
「以前、お便りの中で『ニキ少佐はメイド兼、将来の側室としてなら許してあげる』と、そのようなことを仰っていましたから」
「それは随分と寛大なことだが……当のカリスには言わないんだな」
マークがタラップの先を見ながら尋ねる。
「カリス様を調子に乗らせないための、乙女の矜持ですよ」
「十二歳の少女が、そこまで考えているのか」
「ハマーン様ですから」
「やれやれ……」
マークは笑いかけたが、すぐに口元を戻した。
「俺としては、あまりカリスにハマーン嬢へ深入りしてほしくないんだけどな」
「どうしてですか、副長? 大佐は、あんなにハマーンさんを大切にしているのに」
シェルドが首を傾げる。
「シャア大佐と、あのララァという少女の話ではないが……好きだという気持ちだけでは済まなくなる。カリスも、ハマーン嬢もな。誰も幸せになれない形へ進まなければいいが」
先ほどまで声の飛び交っていた格納庫が静かになった。
「大丈夫ですよ!」
マリアが大きな声を上げた。
「カリス様は、とってもお優しい方ですから……っ!」
最後の言葉が引きつった。
シェルドへ絡めていた腕が外れ、マリアの指がこめかみへ食い込む。
「姉さん?」
「だい、じょうぶ……ちょっと、頭が……」
マリアは震える手をポケットへ入れ、ピルケースを取り出した。
蓋を開く。錠剤が数粒、掌へ転がった。
「姉さん、水を持ってくるから待って」
「平気……待てないから……」
錠剤をまとめて口へ入れ、奥歯で噛み砕く。
硬い音が二度、三度と続いた。
喉が大きく動く。
強く閉じられていた瞼が上がり、瞳の奥で瞳孔が開いた。上下していた肩から力が抜け、歪んでいた口元が持ち上がっていく。
「ね? もう平気!」
マリアはケースを握ったまま、シェルドの手を取った。
「行こ、シェルド! 服、いっぱい買ってもらおうね!」
「あ……うん。でも、本当に大丈夫?」
「大丈夫だよ! 今なら何だってできそう!」
シェルドの手を引き、タラップへ走り出す。
途中で一度よろめいたが、声をかけられるより早く体勢を戻した。
「姉さん、走らないで。待ってよ!」
二人の足音が遠ざかっていく。
マークは何も言わず、閉じたピルケースを目で追っていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は、サイド6でホワイトベースと鉢合わせするカリスたちと、休暇へ向かう不死鳥隊の日常を書きました。
カリスの敬礼やニキとの関係、エターナやマリアの様子など、印象に残った場面があれば感想をいただけると嬉しいです。