機動戦士ガンダム 不死鳥戦記   作:だいたい大丈夫

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サイド6で束の間の休息を過ごす不死鳥隊。

カリスたちが街で買い物を楽しむ一方、その知らないところでは、新たな部隊編成が進められていた。

その名は――不死鳥連隊。



囲い込めないなら、混ぜてしまえ

宇宙世紀〇〇七九年、十二月四日。

 

サイド6、商業区。

 

「あ! あれ可愛い!! ねぇ、シェルド! 私に似合うかな!?」

 

声が弾けるのと同時に、マリアが俺とカリスの間をすり抜けた。慌てて追いかけるシェルドの背中を、俺は急がずに追う。

 

どうせ、すぐに止まる。

案の定、三軒先のショーウインドウへ張りついた。

 

白と薄桃色のワンピースを手に取り、胸へ当てる。幾重にも重なったフリルに、小さな動物の刺繍。十七歳が着るには、いささか幼すぎる代物だった。

 

「い……いや、マリア姉さん。さすがにそれは、子供っぽすぎるんじゃ……?」

 

「むぅ~! じゃあ、こっちはどう?? ほら!」

 

マリアは頬を膨らませたかと思うと、ワンピースを戻して別の一着を引き抜いた。

 

今度は胸元も背中も大きく開いた黒のキャミソールブラウスだ。

極端から極端へ、迷いなく飛ぶ。シェルドの頬が、あっという間に耳まで赤くなった。

 

「そ、それは際どいし……大佐にお金を払ってもらわないと、僕の給料じゃ……!」

 

「じゃあ――シェルドが買って?」

 

衣装を抱えたまま、マリアがシェルドの首へ腕を絡める。爪先立ちになり、耳元へ唇を寄せた。

 

「……ねぇ……?」

 

「……うん!! 買う! 僕が買うよ、姉さん!!」

 

値札すら見ずに財布を取り出すシェルドを見て、俺は額へ手を当てた。

惚れた少女の吐息ひとつには勝てないらしい。戦場よりよほど鮮やかな陥落だった。

 

マリアは声を弾ませ、シェルドの腕を抱き締めている。

明るい。だが、明るすぎる。

 

明らかに薬を飲むペースが増えている。噛み砕いた時の音が脳裏を掠めた。

今の笑顔は、その直後に浮かんだ笑顔とよく似ている。

 

腕をつかんで問い詰めるべきか――一瞬迷って、やめた。

せめて今は、隣にいるシェルドから目を離さないことだ。

 

俺がそう考えている横で、カリスは露骨に頬を引きつらせていた。

 

「カリス様。ハマーン様も、貴方に対して似たようなものではありませんか?」

 

「はっ!! 今、俺の心を読んだな、エリス!?」

 

「読むまでもなく顔に出ています。この間、本国へ戻られた際も、ハマーン様のために高級洋菓子やドレスを随分と買っていらっしゃいましたよね」

 

ハマーン嬢の名が出た途端、カリスは襟元を直し始めた。図星を突かれた時の癖だ。

 

「あれくらい、散財のうちに入らん。俺の一か月の小遣いの、五分の一にも満たないぞ」

 

「カリス」

 

さすがに聞き流せず、俺は低い声で割り込んだ。

 

「その五分の一が、普通の家庭なら一年働いても届かない額だということは、口に出さない方がいい」

 

「……今のは忘れてくれ」

 

「残念ながら、周りにも聞こえていたと思いますよ」

 

エリスの言葉どおり、通りすがりの男がカリスの軍服と顔を交互に見ている。

 

「まあ、妙なオカルト宗教に投資されるよりは、可愛い女の子の買い物に散財する方が遥かに健全というものだ」

 

聞かれていないふりを押し通すことにしたらしい。

カリスは逃げるように隣の宝飾店へ入っていった。

 

俺たちも後を追う。

 

澄んだ照明の下に、金や銀の細い鎖が並んでいた。カリスは奥のショーケースまで進み、そこで不意に足を止めた。

 

金の鎖の中央に、淡い青色の石が一つだけ下がっている。ブルートパーズが、透き通った水のような光を返していた。

 

「……そうだ、ニキさん」

 

「これなんか、ニキさんにすごく似合うと思うんですけど……いかがですか?」

 

ニキさんは石を見たあと、カリスへ目を移した。その目元が、ほんの少しだけ和らぐ。

 

「まあ……。坊ちゃまのお気遣いには感謝に堪えません。ありがとうございます」

 

「少し、つけてみませんか?」

 

「はい。では、お言葉に甘えて」

 

店員がケースを開くより早く、カリスは財布を取り出していた。

ハマーン嬢への買い物をからかわれた直後だというのに、懲りた様子はまるでない。

 

いや、相手がニキさんだからこそ、迷わないのだろう。

 

「つけるから、少し髪を上げてください」

 

「はい……」

 

ニキさんが後ろを向き、まとめていた髪を片手で持ち上げる。露わになった白いうなじを前に、カリスの指が一瞬だけ止まった。

 

「じっとしていてくださいね。これ、思ったより金具が小さいな……」

 

「慌てなくても大丈夫ですよ、カリス様」

 

「分かっています。今、留まりますから」

 

細い鎖がうなじへ触れるたび、カリスの指先がわずかに遅くなる。

触れまいと気をつけているのか、触れることを意識しているのか。見ているこちらの方が余計なことを考えそうになり、俺は胸ポケットへ手を伸ばした。

 

指先が煙草の箱に触れたところで、壁の禁煙表示が目に入る。

 

まったく、どこまでも落ち着かない場所だ。

 

小さな音を立て、ようやく金具が留まった。

 

ニキさんが髪を下ろして振り返る。淡い青色の石が、彼女の胸元で静かに揺れた。

 

カリスは一歩退き、正面から確かめる。その顔から、先ほどまでの気取りも、戦場で見せる鋭さも消えていった。

 

「……うん。やっぱり……すごく綺麗ですよ、ニキさん」

 

「ふふっ……ありがとうございます、カリス様」

 

ニキさんの手が伸び、カリスの髪をゆっくり撫でる。

 

カリスは避けなかった。それどころか、撫でやすいように少しだけ頭を下げている。

 

恋人に贈り物をした男なら、もう少し格好をつけるものではないのか。

少なくとも、褒美を待つ子供のように目を細めたりはしないだろう。

 

 

 

当主様とエカテリーナ様が屋敷を空けるたび、カリスの傍にいたのはニキさんだ。

怪我をすれば叱り、熱を出せば夜通し看病し、眠れない夜には手を握っていた。

幼い時間まで含めれば、二人の間にあるものは、恋だの主従だのという言葉だけでは収まらない。

 

「……母親に甘える子供そのものですね。抱きしめるよりも、抱きしめてもらいたがっています」

 

「エカテリーナ様は、当主様のお供や社交界で昔から忙しかったからな。幼い頃のカリスを見ていたのは、ほとんどニキさんだ。あいつにとっては、母親と年の離れた姉を一人にしたような相手なんだろう」

 

口にしてから、少し違う気もした。

 

ニキさんの指は、とっくにカリスの髪から離れている。

それでも彼女は胸元の石へそっと触れ、カリスだけを見ていた。

 

「ニキ少佐の方は、どうなのでしょうね」

 

エリスも同じことを感じたらしく、小声で尋ねてくる。

 

「……俺に聞くな」

 

ハマーン嬢の顔まで浮かんでしまったのだから、これ以上考えるのはやめておいた方がいい。

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

買い物袋を抱えて中央広場へ出たところで、胸の奥にかすかな感触が触れた。

 

人混みのざわめきに紛れていても分かる。静かな水面のようなララァの気配。

その隣には、研ぎ澄まされた針に似たクスコと、どこへ跳ねるか分からないマリオンの感覚がある。

 

そして、その三人より先に目へ飛び込んできたのは、見慣れた赤い軍服だった。

 

「やあ、カリス。君たちも買い物かね?」

 

「おお、シャアか。こんなところで油を売っていていいのか? 受領予定のゲルググは、そろそろ着く頃だろう」

 

「いや、機体はもう港に着いたよ。ただ、最終調整は整備兵たちが手出しを嫌がってね。私の方が作業の邪魔だと追い出されてしまったのだよ」

 

シャアは肩をすくめた。

 

「赤く塗れだの、推力を三倍にしろだの、無茶を言ったんじゃないだろうな?」

 

「失礼な。色については、最初から話がついている」

 

「推力の方は否定しないのか」

 

「それに――」

 

シャアは答えず、身体を横へずらした。

その後ろから、感じ取ったとおりの三人が姿を現す。

 

「カリス大佐、皆さん……お久しぶり……でもないですね」

 

ララァが静かに頭を下げた。

 

「本国で会ってから、まだ十日も経っていないからな。シャアに連れ出してもらえたのか?」

 

「はい。今日は、外を見てもよいと」

 

「そうか。なら、ゆっくり――」

 

「…………シェルド」

 

カリスの言葉が終わる前に、マリオンがシェルドの横へ滑り込んだ。

 

「前は腹筋だったけど……今日は、太腿かな」

 

返事を待つこともなく、軍服のズボン越しに太腿を撫で始める。

 

「えっ!? ちょ、ちょっと、何をするんですかっ!?」

 

その隣でマリアの笑顔が固まったのを見て、俺は一歩だけ距離を詰めた。

だが、俺が動くよりクスコの方が早かった。

 

「ちょっと、マリオン……! 人前でいきなり他人の男の太腿を触るんじゃないの」

 

襟首をつかみ、そのままシェルドから引き離す。

 

「どうして? 減るものじゃないよ」

 

「そういう問題ではないでしょう」

 

「なんだ。フラナガンの三人娘じゃないか」

 

「何だ、その雑なまとめ方は、マーク」

 

「分かりやすくていいだろう」

 

そう答えながら、俺はシャアの背後へ目を向けた。

 

そこに、もう一つの気配があった。

 

深い。こちらから手を伸ばしても、底まで届かない井戸のような感覚だった。

静かなのに、意識を向けた途端、重い圧力が返ってくる。

 

緑色の服を着た男が、ゆっくりと前へ出た。

 

頬は細く、落ち窪んだ目には長い航海の影が刻まれている。三人の少女に囲まれても、その薄い笑みは崩れない。

 

「ふふふ。残念ながら、私というおじさんもおりますのでね。若い娘たちの付き添いですよ」

 

「おじさんまで含めて三人娘と呼ぶつもりはないぞ。……あんたは?」

 

男は帽子を取り、胸元へ添えた。姿勢を正し、カリスへ礼儀正しく敬礼する。

 

「失礼いたしました。私、シャリア・ブルと申します。階級は大尉。この度、木星船団より公国軍へ復帰し――新設されます『不死鳥連隊』のニュータイプ隊をまとめることになりました」

 

「…………は?」

 

カリスの手から、宝飾店の紙袋が滑り落ちた。

ニキさんが床へ落ちる寸前で受け止める。

 

不死鳥連隊。

 

副長である俺が知らない。

何より、連隊長にされるはずのカリス本人が、今初めて聞いた顔をしている。

 

軍の書類が勝手に歩くはずはない。誰かが上を動かし、カリスの名を使ったのだ。

 

「今、何と言った?」

 

「不死鳥連隊のニュータイプ隊です」

 

シャリアは穏やかに繰り返す。

 

「ガルマ・ザビ准将閣下より、正式な辞令を頂いております。連隊長は、カリス・ジークフリード・フロートニック大佐であると」

 

「は……はい!!? 不死鳥『連隊』!!?」

 

カリスの声が、吹き抜けの天井まで響いた。

シャアだけが、仮面の下で楽しそうに口元を曲げている。

 

禁煙表示のない壁を探した。

今度こそ、煙草なしでは済みそうになかった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

同時刻、グワジン級大型戦艦アサルム、通信室。

投影機の上へ、オデッサ前線基地にいるガルマ・ザビ准将の立体映像が浮かんでいた。

 

『こんなところでいいかな? リアム大尉、シュルツ大尉』

 

カリスたちが街へ出ている今を選んだのは偶然ではない。あの子がここにいれば、計画の最初の一行を読み終えるより先に止められていたはずだ。

 

「ええ、十分ですよ、ガルマ閣下。……『囲い込めないなら、混ぜてしまえ』……とね」

 

自分でも、実に僕らしい台詞だと思う。正面から扉を壊せないなら、壁ごと別の建物へ組み込んでしまえばいい。

 

『姉さんのフラナガンと、不死鳥隊を一つの連隊へ入れてしまう。姉さんには研究の継続を認め、こちらは実戦運用と健康管理を引き受ける。確かに、研究を奪うとは言っていないな』

 

「ニュータイプ能力など、実戦に投入しなければ意味がありません。キシリア閣下も当然、そう考えておられるはずです」

 

隣のエルフは淡々と続ける。

 

「ならば一足先に、実戦データを持つ我々のノウハウを提供し、ジオンのニュータイプ部隊をこちら主導で『再編』しようというわけですよ。研究部門はフラナガン機関、部隊運用は不死鳥連隊。実に分かりやすい役割分担でしょう」

 

彼女の声には、迷いがない。

 

『その代わり、被験者の身柄は連隊へ移す。投薬、調整、医療記録も、実戦部隊とフロートニック家の医療班へ共有させる』

 

「ええ。部隊の健康管理を預かる以上、フラナガン機関だけの判断で追加処置を行うこともできません」

 

『姉さんの顔を潰さず、オーエンス少尉たちを施設の外へ出すわけか』

 

僕は唇の前へ人差し指を立てた。

 

「マリアだけではありませんよ。ララァ、クスコ、マリオン。そのほか、あそこに集められている子たちもです。研究を続けるなら、まず生きていてもらわないと困りますからね」

 

施設へ返せば、次はもっと強い薬を使われる。壊れれば記録を取り、次の被験者へ移る。それを研究と呼ぶ連中に、彼女たちを預けたままにはできない。

 

だからといって、キシリア閣下を正面から敵に回せば、救い出す前に扉を閉ざされる。

 

なら、笑顔で手を差し出し、その手ごとこちらの陣地へ引き込むしかなかった。

 

『フフ……。しかも、派閥争いにうるさい姉さんを上手に抱き込むために、上官であるカリスの名前を勝手に使うとは……なかなかあくどい作戦じゃないか、君たちは』

 

「名を借りただけです」

 

「不死鳥隊には、地球でニュータイプの実戦運用を重ねた実績があります。フロートニック大佐には、ギレン総帥が認めた英雄という看板もある。その二つを使わず、書類の上で眠らせておく方が軍への背信でしょう」

 

『本人の承諾が、書類のどこにも見当たらなかったが?』

 

「事後承諾で十分です」

 

一片の迷いもない答えだった。

 

『君は正面から斬り込む時より、政治の話をしている時の方が怖いな』

 

「お褒めにあずかり、光栄です」

 

『褒めてはいないよ』

 

「結局は、これでマリアを機関の実験台から救えます。シャア大佐の部隊とも公式に合流できますからね。カリスなら、後で真相を知って怒っても、最後は折れてくれると思いますよ」

 

きっと、最初は僕の胸倉をつかむだろう。

 

下手をすれば殴られるかもしれない。

けれど、マリアたちの移管書類を目の前へ置けば、あの子は怒りながらも署名する。

 

優しいから――などという綺麗な理由だけではない。

 

見捨てた者の顔を忘れられない人間だからだ。僕たちは、その弱点を知ったうえで利用した。

 

『やれやれ。カリスも、いい部下を持ったものだ。私などでは、胃に穴が空きそうなほどの策謀だよ』

 

「では閣下、その胃の穴が塞がった頃に、また次の頼み事をさせてください」

 

『もう次があるのかい?』

 

「戦争が終わっておりませんから」

 

エルフが当然のように答える。

 

ガルマ閣下はしばらく黙り、やがて諦めたように小さく笑った。

 

『ふふふ……よし、貸しにしておこう。では、吉報を待つ』

 

「ご助力、感謝いたします。ガルマ閣下」

 

「それでは、また。良い星の巡りを」

 

通信が切れ、立体映像が消えた。

 

そろそろシャリア大尉が、カリスへ辞令を伝えた頃だろう。

怒っているだろうな。

 

「……ごめんね、カリス」

 

君に嫌われるだけで彼女たちが生き残れるのなら、その程度の代償は安い――そう思って始めたはずなのに、胸の痛みは思ったよりも深かった。




ここまで読んでいただきありがとうございます。

今回は、サイド6での買い物とカリスとニキの関係、そして新設される不死鳥連隊について書きました。

ニキへの贈り物やシャリア・ブルの登場、ジュナスとエルフリーデの計画など、印象に残った場面があれば感想をいただけると嬉しいです。
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