機動戦士ガンダム 不死鳥戦記 作:だいたい大丈夫
そのあまりに豪華な編制へ抗議しようとした彼は、人目を避けるため、とある方法を思いつく。
――声に出さなければ、機密は漏れないはずだった。
宇宙世紀〇〇七九年、十二月四日。
サイド6、商業区モール中央広場。
「不死鳥連隊だって!? そんな話、俺は一言も聞いてないぞ!!」
怒鳴った――つもりだった。
実際に喉から出たのは、歯の隙間で押し殺した低い声である。周囲には買い物客がいる。
ここで「ジオンの新設連隊」などと大声を張り上げれば、辞令を知らされなかった間抜けな連隊長どころか、機密を自分で撒き散らす大馬鹿者にまで昇格してしまう。
声量だけを絞り、怒気だけは一切絞らない。
貴族の社交界で鍛えた技術が、まさかこんなところで役に立つとは思わなかった。
「む? そんなはずはないが……。ガルマも通信で太鼓判を押していたはずだがね」
シャアは本当に分からないらしく、仮面をわずかに傾けた。
太鼓判を押したのなら、まず俺に連絡しろ、ガルマ閣下。
「坊ちゃま。こちらが、本国および両軍の協議によって決定した『不死鳥連隊』の部隊構成になります」
ニキさんが、澄ました顔でデータパッドを差し出してきた。
どうしてニキさんまで知っている。
問い詰めたいのに、差し出された画面の文字が目へ入り、そちらから視線を外せなくなった。
指先が震えているのは怒りのせいだ。決して、これから目にするものへ怯えているわけではない。
画面には、すでに正式書類としか思えない体裁で部隊構成が表示されていた。
《独立・不死鳥連隊 構成案》
旗艦――グワジン級大型戦艦『アサルム』
僚艦――ザンジバル級機動巡洋艦 三隻
戦闘MS――
トルネードガンダム 八機
ゲルググ指揮官機 二機
ゲルググ量産先行型 十二機
リック・ドムⅡ 十二機
モビルアーマー――エルメス 三機
一度、画面の最上段へ戻った。
もう一度、下まで読んだ。
三度目は、途中でやめた。読み返したところでザンジバルが一隻に減るわけでも、エルメスが幻になるわけでもない。
「な……何だこれはっ!! この常軌を逸した馬鹿げた部隊編成は!? 俺に単独でジャブローを落としてこいとでも言うつもりか!!」
トルネードガンダムだけで八機。そこへゲルググ十四機とリック・ドムⅡ十二機。おまけにエルメス三機まで加わる。
過剰戦力などという可愛い言葉で済むか。
誰だ、こんな編成へ判を押した奴は。戦争を終わらせたいのか、俺の胃を終わらせたいのか、どちらかにしてくれ。
「いいえ、ご安心ください。モビルアーマー・エルメスは宇宙戦用の機体ですので、ジャブロー攻略を命じられることはありません」
「そ……そういう意味で言ったんじゃなくてな……!!」
駄目だ。誰か、この場に俺と同じ方向を向いている人間はいないのか。
助けを求めて顔を上げると、シャアが一歩進み出た。
「ちなみに、私はめでたくこの不死鳥連隊の『副司令』を拝命することになった。よろしく頼むよ、カリス連隊長」
まったく頼もしくない援軍が来た。
「シャアが副司令か……」
シャアはキシリア閣下直属の将校だ。不死鳥隊はガルマ閣下と行動を共にしてきたが、形式上はフロートニック家と総帥府にもつながっている。
これほどの戦力を一か所へ集めれば、誰の旗下に置くかだけで疑心暗鬼の種になる。
「ということは、この部隊は結局、キシリア閣下の派閥――突撃機動軍へ編入されるということか……?」
ギレン総帥の顔が脳裏に浮かんだ。
あの人は怒鳴らない。机も叩かない。ただ笑う。こちらが何を企んでいるのか、こちら自身より先に答えを出したような目で静かに笑うのだ。
背筋が冷えた。
「まずい!! こんな巨大な戦力がキシリア閣下の私兵になれば、ギレン総帥の猜疑心を煽って完全に目をつけられる!! 直ちに意見具申を――」
「問題ございませんよ、カリス大佐」
シャリア・ブル大尉が、目を細めた。
「不死鳥連隊は、突撃機動軍――キシリア派と、地球方面軍――ガルマ派の『両方から出向する独立連隊』として組織されますから。政治的な均衡は保たれております」
一瞬、なるほどと思ってしまった。
次の瞬間、その仕組みが誰を外して成立しているのかに気づいた。
「さらに悪いわ!! 完全にギレン総帥を仲間外れにした派閥連合じゃないか! 総帥が総帥府で静かに冷たい高笑いをする姿が、容易に想像できるぞ!!」
ガルマ閣下、俺の知らないところで、いったいどんな寝技を使った。キシリア閣下と手を組むだけでも胃が痛いのに、出来上がった部隊の看板へ俺の名前を掲げるな。
しかも、こんな兵器の山を用意したところで、勝手に動いてはくれない。
「それに、パイロットはどうする!? これだけの最新鋭機を動かせる余裕が、今のジオンにあるのか!?」
「ええ。各地から連隊への志願を募ったところ、ベテランパイロットを中心に応募が殺到しました。一騎当千のエースとは申せませんが、皆、生存能力に長けた極めて優秀なパイロットたちです」
募集まで終わっている。
俺は本当に連隊長なのか。それとも、完成した書類の最後に判を押すためだけに飼われている高級印章なのか。
「艦長は!? ザンジバル三隻とグワジンを任せられる有能な奴が、そう何人もいるはずがないだろう!!」
せめて、そこだけは準備不足であってくれ。
「アサルムの艦長はゼノン大佐に代わり、私が務めます。そして、シャア大佐の副官であるドレン大尉と、ゼノン大佐のお二人が、それぞれザンジバルの艦長を務めてくださいます」
最後の希望が、実に滑らかな口調で潰された。
「ゼノンに悪いだろ!! 大佐にザンジバルを任せて、経験の浅いお前が旗艦の艦長を張り切ってどうする!!」
「坊ちゃまのお側で、坊ちゃまの命を守るのは私の仕事ですので……」
ニキさんの手が、俺の頭へ伸びてきた。
柔らかな指が、髪をゆっくり撫でる。
まずい。
つい先ほどまで喉元にあった抗議が、一往復撫でられただけで半分ほど消えた。もう一度、今度は前髪を整えるように指を通される。
このまま全部任せてしまえばいいのではないか。
ニキさんが傍にいてくれるのなら、旗艦の艦長が誰でも――いや、よくない。よくないはずだ。ここで頷けば、俺は連隊長ではなく、頭を撫でられるだけで黙る坊ちゃんになってしまう。
なってしまっても構わない気が、少しだけする。
駄目だ。耐えろ、俺。
「……なら、もう一隻のザンジバルはどうするんだ!?」
辛うじて残った理性を、最後の一隻へ叩きつけた。
「はい。フロートニック家より、ユリウスを呼ぶことにいたしました」
撫でられて緩みかけた背筋が、一瞬で伸びた。
「ふざけるな!! あの天才気取りのガキに務まるものか!!!」
ユリウス・フォン・ギュンター。
十四歳のくせに、フロートニック家の私兵部隊で「天才」の名を欲しいままにしている生意気な少年だ。
認めたくはないが、実際に頭は切れる。艦隊運用の演習では年上の士官を何度も叩き潰し、本人はそれを当然だと思っている。間違いを許さず、遅い者を待たず、正しい自分へ周囲が合わせるべきだと本気で信じている。
だから呼ばなかったのだ。
あいつを不死鳥隊へ入れれば、敵を撃つ前に味方の胃へ穴を開ける。そんな確信があった。
「おいカリス、声がでかいぞ」
「ユリウスは確かに生意気だが、指揮官として極めて優秀だ。あいつの船には俺が乗り込んでフォローする。それなら問題ないだろう」
「……確かに、あいつはお前には妙に懐いているからな……」
ユリウスがマークにだけは素直な顔をすることを思い出し、余計に腹が立った。
「だが、マーク! お前は俺の副長で……俺の……!」
言葉が止まった。
俺の何だ。
副長で、親友で、兄のような男で――それを全部、この人混みの真ん中で口にするのか。
「マーク。カリス様は、あなたを生意気な少年に取られると思って、嫉妬しているのですよ」
エリスが楽しそうに笑った。
「なんだ。ただの子供の駄々か」
「ちがわい!!」
反射的に声が大きくなった。
周囲の買い物客が何人か振り返る。俺は咳払いをして襟元を直した。
◇◇
まずい。これ以上、こんな場所で連隊の内情を話すわけにはいかない。
だが、話そのものを打ち切るつもりもない。俺の知らないところで俺の部隊を作った奴らへ、言いたいことは山ほどある。
声に出すから聞かれるのだ。
なら、声に出さなければいい。
我ながら完璧な答えだった。
俺は普段閉ざしている感覚の壁を、開いた。目の前にいるニュータイプ能力を持つ連中へ狙いを定める。
自分からこんな力に頼るのは気に入らないが、今は緊急事態だ。
現実主義者とは、必要な時に使えるものを使う人間のことである。
『ニュータイプども!! こんな理不尽な政治の道具にされることを認めていいのか!? このままだと、俺たち全員、軍上層部に使い潰されるかもしれんぞ!!』
喉は動かなかった。
代わりに、頭の奥から放った声が、周囲へ一気に広がった。
『バカ、カリス様!! こんな人が多い場所で、そんな濃密な思念を乗せて喋るなんて……漏れますよ!!』
真っ先に飛び込んできたのは、エリスの悲鳴だった。
『……ん? こっちで喋るの?』
マリオンの眠そうな声が重なる。
『ちょっと大佐。あなた、ニュータイプ否定派の現実主義者でしょ? 自分から精神波を使ってどうするのよ』
クスコの呆れが左から刺さった。
『大佐……大切なことは、きちんと言葉にして伝えなければなりませんよ』
ララァの声は優しい。優しいが、今それを言葉で伝えたら機密漏洩になるから困っているのだ。
『確かに、巨大な精神の力のようなものをあなたがたには感じますが……少々、騒がしいですね』
シャリアまで加わった。
『あははっ! カリス様の声、ばっちり聞こえる!! 私、頑張った!! イエイ!!』
マリアの声が頭の中心で弾けた。
全員分の思念が一斉に重なった。
うるさい。
何だ、この密集回線は。
右から左から、前から後ろから、言葉になる前の感情まで押し寄せてくる。
聖徳太子でも、これほど勝手に喋る連中を一度に相手にしたことはないはずだ。
『ちょっと! うるさいわよ、カリス! せっかく寝ていたのに、寝ていられないじゃない!!』
エターナの怒声が、さらに頭を揺らした。
思わず港の方角を見た。
届いている。俺は、いったいどれほどの範囲へ一斉送信したのだ。
『エターナ……すまない。カリスがまた、子供みたいに癇癪を起こして……』
俺は子供ではない。今のは部隊の将来を憂えた、極めて理性的な抗議だ。
『カリス様……エリス少佐の言ったのはですね……ゴホン! 言ったのはだな!! ここには我々以外にも……』
エルフの声まで聞こえた。
なぜ最初だけ敬語だった。寝起きか。いや、それより、あいつも艦内にいるはずだ。
『そうだよ、カリス。僕たちのほかにも、このモールには「別のニュータイプ」がいるんだよ?』
その隣から、ジュナスの楽しそうな声が届く。
お前はオールドタイプの電波枠のくせに、なぜ当然のように念話へ混ざっている。
――いや、待て。
別のニュータイプ?
それまで勝手に飛び交っていた声の中へ、聞き覚えのない思念が触れた。
『なんだ……これは……誰かの声……?』
少年の声だった。
若い。戸惑っている。だが、こちらへ意識を向けた瞬間、雑音の中から俺の思念だけを正確につかんでくる。
『……すごく、にぎやかな声がする……何かしら?』
今度は、少し年上の女性の声。
『この感じ……まさか……兄さんが!?』
さらに少女の声が重なった。
兄さん?
誰のことだ。
少女の思念は俺を通り越し、すぐ近くにいる誰かを探すように揺れている。
つられて周囲を見回すと、シャアだけが何も聞こえていない顔で立っていた。
……まさかな。
まずい。
まさか木馬の乗組員まで、ニュータイプの素養を開花させているのか。
俺の抗議も、部下たちの漫才も、エターナの寝起きの怒声も、全部まとめて連邦軍へ流れたことになる。
シャアが仮面へ手を当て、不思議そうにこちらを見回した。
「済まないが、君たちが何か話していることは雰囲気で分かる。だが……私はまだ、この力をうまく使えなくてな」
聞こえていない。
シャアには聞こえていない。
よし。なぜだか分からないが、シャアにだけは聞かれていない。ならば、まだ致命傷ではない。セーフだ。
『あ……この声、港でジオンの戦艦に乗っていた人たちの……!』
先ほどの少年が、こちらを認識した。
全然セーフではなかった。
相手には、こちらの居場所まで伝わっている。
背筋が冷え、俺は少年の思念が流れてくる方角を振り返った。
中央広場の出口近く。小型の電気自動車へ乗り込もうとしていた、連邦軍の制服姿の少年少女たちが足を止めていた。
互いに顔までは知らない。
それでも、天然パーマの少年と目が合った瞬間に分かった。
こいつだ。
何度も戦場で触れた、あの白い化け物の感覚。その中心にいた少年。
逃げるべきか。
いや、ここは中立コロニーだ。銃を抜くわけにも、MSを呼ぶわけにもいかない。何より、もう目が合っている。今さら他人のふりをすれば、余計に怪しい。
「……ええと。君が、アムロ君かな?」
恐る恐る声をかけた。
少年は警戒したまま、俺の階級章と後ろにいるシャアたちへ目を走らせる。
「……はい。あなたが……」
「あ……貴方は!!」
アムロの隣にいた少女が息を呑んだ。
フラウ・ボウ。
以前、シェルドが服へ発信機を仕込んだ少女だ。こちらも無事だったらしい。
その仕込みを行った張本人が、何の後ろめたさもない笑顔で手を振った。
「あ! 久しぶりだね、フラウちゃん。無事でよかった」
笑顔で再会を喜んでいる相手は、以前、自分の服へ発信機を忍ばせたジオン軍人である。
俺たちジオンの不死鳥隊と、宿敵である連邦の木馬の乗組員は、ショッピングモールの中央で向かい合った。
武器は抜けない。逃げるにも遅い。そして、考えていることの一部はすでに筒抜けである。
ニュータイプ同士による、歴史的な対面だった。
なお、何度でも言うが、俺はニュータイプではない。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は、不死鳥連隊の編制を初めて知らされるカリスと、ニュータイプ同士の思わぬ“会話”を書きました。
連隊の編制やカリスの反応、そしてアムロたちとの対面など、印象に残った場面があれば感想をいただけると嬉しいです。