機動戦士ガンダム 不死鳥戦記 作:だいたい大丈夫
昨日まで殺し合っていた敵同士。
武器を抜くことのできない場所で、二人は初めて言葉を交わす。
そして、その出会いは思わぬ寄り道へと繋がっていく。
宇宙世紀〇〇七九年、十二月四日。
サイド6、商業区モール前広場。
あと三歩。
俺が命じれば、マークとエリスが左右から押さえ、シャアが退路を塞ぐ。相手があのガンダムのパイロットだろうと、生身の少年一人を拘束するだけなら十秒もかからない。
アムロ・レイ。
ジオン地上軍を苦しめ、宇宙へ上がった俺たちの待ち伏せまで突破した「白い悪魔」の操縦者が、今は連邦軍の制服を着て俺の目の前に立っている。
こうして肉眼で見ると、恐ろしい兵器を手足のように操る怪物にはとても見えなかった。俺と大して変わらない背丈の、痩せた天然パーマの少年だ。
だが、少年に見えるからといって油断はできない。アムロは俺たちの人数と立ち位置を確かめ、逃げ道まで測っている。こちらが三歩を詰めれば、向こうも何かをする。その確信だけは、目を合わせた瞬間に伝わってきた。
それでも捕らえるか。
ガンダムのパイロットを奪えば、連邦軍には大打撃を与えられる。ここで首を取ってしまえば、もっと手っ取り早い。
――などと考える俺の視界へ、壁面の監視カメラが嫌でも入り込んできた。
ここはサイド6であり、厳格な交戦規定の敷かれた中立地帯だ。広場には買い物客が行き交い、俺たちを遠巻きに見ている者もいる。この状況で先に手を出せば、ガンダム一機を潰す代わりに、ジオンは中立国を公然と踏みにじったという証拠を全宇宙へ配ることになる。
フロートニック家の名と、ランク政権との関係まで賭けるには、あまりにも人目が多すぎた。
俺が命令を出さないのと同じ理由で、アムロたちも動けない。
軍服だけを見れば敵同士。けれど、誰も銃を抜けず、誰もここから立ち去ろうとしない。先ほどまで脳内で散々騒いでいた連中が、今度は揃って押し黙っているのだから、まったく間が悪い。
「あ、あの……」
最初に耐えきれなくなったのはアムロだった。
何を言うつもりなのかと身構えた俺をよそに、エリスが懐かしい知人へ声をかけるような調子で応じた。
「アムロ君、強くなったわね。本当に。砂漠でお会いした時とは、纏っている精神の鋭さがまるで違うわ」
「エリスさんこそ……。ホワイトベースのエンジンを壊されて、結局、オデッサの防衛戦に間に合いませんでしたよ」
俺の知らないところで、二人は既に互いの顔も名前も知っている。
敵との再会にしては、随分と穏やかなものだ。アムロの声からも、最初の怯えがわずかに薄れている。
「それはお互い様さ、アムロ君。まさか、このサイド6にまで逃げ込まれるとは思っていなかった。地球から宇宙へ上がってきた直後に、一撃で宇宙の塵にするつもりだったんだがな」
マークが口にした内容は物騒そのものだったが、アムロは怒るより先に、こちらの認識を訂正したいらしい。
「……あなたがたが、すぐ外で待ち伏せていることが、嫌でも『分かりました』から……」
分かった、か。
偵察で見つけたのではない。俺たちの気配そのものを感じ取り、網の薄い場所を見抜いたのだろう。先ほど俺がばらまいた念話を拾ったことといい、ガンダムの強さを機体性能だけのせいにしておくのは、もう無理がある。
同じことを考えたのか、エリスの興味が一段深くなった。
「あら、察知されていたのね。……それで? 地球を離れた連邦軍の次の目的はどこかしら。グラナダ? それともソロモン?」
「それは……言えるわけないじゃないですか」
当然だ。敵のエースが、再会の挨拶代わりに次の作戦目標まで教えてくれるはずがない。
「ちぇ……。減るものじゃないのに」
減るぞ、エリス。艦も兵士も、お前が聞き出した情報の分だけ大量に減る。
「あなた……とても澄んでいて、強い力を持っているのね……」
ララァの声は俺たちの会話へ加わったものではなかった。
俺には、最初からアムロ一人にしか届かせるつもりがないように聞こえた。
「君は……?」
アムロの返事も、同じようにララァだけを求めている。
まずい。
何がどうまずいのか、理屈で説明しろと言われても困る。だが、二人の視線が結ばれた途端、頭の奥を細い光で貫かれたような感覚が走った。
俺はニュータイプなどという曖昧なものを有り難がるつもりはない。
それでも、ここで放っておけば取り返しがつかなくなるという予感だけは、無視できなかった。
出たよ。この世の終わりのような引力。
ララァの前へ割って入り、二人の視線を無理やり遮った。
「アムロ君、この娘はララァ・スン少尉だ。惹かれるのは分かるが、あまり深く関わるのはお勧めしないぞ。お前もシャアも、取り返しのつかない不幸になりかねん」
「カリス大佐、ひどいです。私をまるで、人を呪う亡霊みたいに仰って」
背中にララァの不満が刺さる。俺だって好きで悪者を演じているわけではないが、実体のある本物の亡霊の方が、まだ物理的に退治できるだけ対処しやすそうなのだ。
もちろん、それを口にすれば余計に怒らせるだけなので黙っておく。
「カリス。君はこの少年を知っているような口ぶりだが……」
シャアの声がすぐ後ろから聞こえた。
何度も戦場で刃を交えた相手が、まだ目の前の少年だとは結びついていないらしい。
「直接、生身で会うのは俺も初めてだ。エリスやマークは地球で会っている。……シャア、お前だって何度か戦場でやり合っているはずだぞ?」
「……まさか」
「アムロ・レイ君。連邦のガンダムのパイロットだ」
「……アムロ・レイ少尉です」
そこは訂正するのか。
少年兵扱いされたくないのか、それとも軍人として敵に向き合おうとしているのか。
どちらにせよ、階級を名乗る姿は、背伸びをしているようにも、もう背伸びでは済まない場所まで追い立てられたようにも見えた。
「あら、アムロ君。正式に軍人へ任官されたのね。おめでとうと言っていいのかしら」
アムロは答えなかった。エリスも本気で祝いを求めたわけではないだろう。
少年が軍人になったことを喜ぶには、この一年で互いに見た死体の数が多すぎる。
「アムロ君……私は、シャア・アズナブルだ。……君は、いくつなのかね?」
「十六歳です」
「カリスと同い年……か」
わずかな間のあとに落ちたシャアの声は、それまでより低かった。仮面の下で何を考えたかまでは分からない。だが、赤い彗星を何度も退けたガンダムの中身が、俺と同い年だという答えだけは予想外だったらしい。
俺自身、改めて突きつけられると笑えなかった。
階級章だけは立派でも、こうして向かい合えば、どちらも戦争に使われている子供ではないか。
そんな考えを振り払うように、俺の腕がぐいぐいと引かれた。
「ねえ、カリス様ー! 私、なんだか急にお腹が減っちゃいました~! 早くみんなで晩ご飯を食べに行きましょうよー! ねぇ~!」
マリアの声は、周囲の緊張を笑い飛ばすには少しばかり明るすぎた。抱きつかれた腕からまで、落ち着きのなさが伝わってくる。
「ちょ、マリア姉さん!! 敵の前ですよ!?」
シェルドは大慌てだが、その注意は半分も続かなかった。
「……シェルド。マリアは放っておいていいから、今度は私の身体も触ってみて?」
「なっ!? な、何を言ってるんですか、この子はっ!?」
マリオンに手首を捕まれ、自分の太腿へ導かれかけ、敵の存在まで忘れて真っ赤になる。
「……安心しなさい、少年。この子はただ好奇心で言っているだけで、そういう破廉恥な気を起こす娘じゃないから」
「そういう問題じゃありません!!」
クスコの説明は冷静だったが、何一つ安心できる内容ではない。
アムロの後ろにいる連邦の少女たちも、警戒するべきか、見なかったことにするべきか迷っているような顔をしている。つい先ほどまでの一触即発の空気など、もうどこにも残っていなかった。
馬鹿らしくなってきた。
ここで睨み合いを続けたところで、サイド6の規則がある限り、俺たちは互いに手を出せない。どうせ戦えないのなら、敵という肩書を守るためだけに腹を空かせて立っているより、マリアの言うとおり飯でも食った方がまだ有意義だ。
それに俺は、目の前の少年をいつまでも「白い悪魔」として見ていたくなくなっていた。人の顔を知れば、次に照準へ捉えた時、引き金が重くなるかもしれない。それでも何も知らないまま憎み続けるよりは、いくらかましに思えた。
「……アムロ君。このコロニーの領空を出れば、俺たちはまた殺し合うことになるだろう。だが……中立地帯にいる今くらいは、お互いに武器を収めて仲良くやろうじゃないか」
「……偽善じゃないですか? さっきまで殺し合おうとしていた敵同士で……今さら食事だなんて」
痛いところを突く。
ほんの少し前まで、俺は三歩の距離をどう詰めればこいつを拘束できるか考えていたのだ。善人ぶって否定したところで、アムロには見透かされるだろう。
「そう言われれば、確かにただの偽善かもしれないけどな……」
偽善でも、その場しのぎでも構わない。戦場の外でまで殺し合う理由を探すよりは、よほど健全だ。
「でも、せっかくの休日に血を見るよりは、美味い飯を腹いっぱい食いたいものだと俺は思うぞ。お前だって、そうだろ?」
アムロは反論しかけたらしい。だが、俺ではなく広場の向こうへ顔を向けると、その表情から敵意も戸惑いも一度に消えた。
車道を走る大型の巡回バスが、停留所を離れていく。その窓に誰がいたのか、俺には見えなかった。
「……父さん!!」
アムロは俺たちの間を抜け、迷わず走り出した。
「おい、どうした!?」
「父さんが……父さんが、あのバスに……!」
その答えだけを残し、遠ざかるバスを必死に追いかけていく。
馬鹿。生身の足で追いつける速度ではない。
敵のエースが自分から離れてくれたのだから、放っておけばいい。軍人として考えるなら、むしろ父親の存在と行き先を調べ、アムロを揺さぶる材料に使うべきなのかもしれない。
けれど、そんな計算を続ける気にはなれなかった。
あれは、ようやく父親を見つけた十六歳の少年の顔だ。
俺にも父親はいる。政治の化け物で、息子を戦場へ送り込み、必要とあれば俺の名まで存分に利用する男だ。それでも、あの人が人混みの向こうへ消えようとしていたら、俺だって走るかもしれない。
ならば、見捨てれば寝覚めが悪い。
それだけで十分だ。
「ニキさん。うちの専用バスを、至急ここへ回してくれ」
「はい、お坊ちゃま。手配いたします」
俺が何をしたいのか、ニキさんは聞かなかった。手元の端末へ二、三度触れただけで、もう車両の手配を終えている。こういう時のフロートニック家の権力は、我ながら呆れるほど仕事が早い。
数分もしないうちに、家紋を大きく掲げた豪華な大型観光バスが広場へ入ってきた。
……よりによって、これか。
敵軍のエースを追うのに、身元と所属を全力で宣伝してどうする。だが、別の車を待っている間にも巡回バスは遠ざかる。俺は体裁を諦め、開いた扉を指した。
「よし、みんな乗れ! せっかくだから、戦争終結の一足先に、連邦とジオンの合同交流会と洒落込もうじゃないか」
異論の一つも出ると思ったのに、不死鳥隊の連中は面白そうな顔で次々と乗り込んでいく。シャアまで当然のように後へ続いた。
お前は不死鳥連隊の副司令になったのだろう。一度くらい、俺の暴走を止める側へ回ってくれてもいいのだぞ。
誰も止めないのなら仕方がない。俺は広場に残った連邦の少女たちへ、乗降口を示した。
「君たちも乗るといい。走っていったアムロ君を拾いに行くだろう?」
「え……で、でも、ジオンの人たちの車に乗るなんて……」
フラウの反応は正しい。昨日まで自分たちを撃っていた部隊のバスへ、はいそうですかと乗る方がおかしい。
俺がどう説得するか考えるより先に、金髪の少女が決断した。
「……私は乗るわ」
セイラ・マス曹長は迷わず乗降口へ向かった。その足がステップへ掛かる寸前、視線だけが車内のシャアへ流れる。
――兄さんが?
先ほど混線した念話の中で聞いた、少女の声が蘇った。
あれはセイラの声だったのか。だとすれば、この二人は――。
いや、今はアムロを追う方が先だ。シャア本人が何も言わないものを、俺が人前で暴く必要もない。
「セ、セイラさん!? ……あ、待ってください!」
フラウも覚悟を決めて後を追い、警戒を解かないまま乗り込んできた。
これで車内には、ジオンの大佐が二人、ニュータイプの少女たち、木馬の重要クルー、そして事情を知らないフロートニック家の運転手が揃ったことになる。
下手な爆弾より危険な顔ぶれだ。
「よし。そちらのお嬢さんたち、アムロ君を回収したら、ホワイトベースへは後ほど安全に送り届ける。心配しなくていい」
口にしてから、自分でも敵兵へかける言葉ではないと思った。
これを軍務報告書へどう書けば、まともな作戦行動に見せられるのだろう。
親善活動――駄目だ。独断で敵兵を招いた時点で怒られる。
敵情視察――一緒に夕食を食うつもりなのだから、さすがに苦しい。
人道的救助――父親を追いかけるために軍艦一隻分の人材を動かす馬鹿がどこにいる。
書き方を間違えれば、スパイ容疑か利敵行為で軍法会議行きだろう。まあ、その時は親父の政治力とガルマのコネを総動員して揉み消すまでだ。
今は知らん。
扉が閉まり、バスが動き出す。窓の外では、アムロの小さな背中がまだ巡回バスを追っていた。
戦争というものは、どうにも筋書きどおりには進まない。
ただ、この奇妙な寄り道くらいは、あとで後悔せずに済みそうだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は、カリスとアムロの初めての生身での対面を書きました。
アムロやララァとの会話、シャアの反応、そして最後の合同バスツアー(?)など、印象に残った場面があれば感想をいただけると嬉しいです。