機動戦士ガンダム 不死鳥戦記   作:だいたい大丈夫

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父との再会を終えたアムロを待っていたカリスたちは、夕食を共にすることになる。

昨日まで殺し合っていた連邦とジオン。

中立地帯サイド6の夜、一つの食卓へ敵味方が集まっていく。


敵と食卓を囲みながら

宇宙世紀〇〇七九年、十二月四日。

 

ジャンク屋の扉が開き、アムロ君が出てくる。

 

声が出ない。

 

何だ、その顔は。

 

右手には、古びた電子回路が握られている。今のガンダムに使える代物でないことくらい、技術屋ではない俺にも分かる。角が掌へ食い込んでいるのに、手を緩めようともしない。

 

あのガラクタを渡されて、何を言われた。

聞けるわけがない。

 

「どうしたんだ、アムロ君。……親父さんと、何かあったのか?」

 

助かった。自分で聞かずに済んだ。

返事はない。こちらを見ようともせず、回路を握ったまま、やがて掠れた声だけが落ちる。

 

「……父さんは、狂っていました。酸素欠乏症にかかって……昔のガンダムの回路ばかり弄って、今の戦争の現実なんて何も見えていないんだ……!」

 

それなら、会えない方がまだよかったのではないか。

危ない。今のは口に出すところだった。

 

だが、代わりに何を言えばいい。

 

「可哀想に」は違う。

 

「生きているだけましだ」は、もっと違う。

 

敵の俺が何を言っても、傷口を覗き込んでいるようにしか聞こえない。

こういう時、何を言えば人が少し楽になるのかを知らない。

 

「おいカリス。お前、よくある『思春期の父親への反発』みたいな冷めた顔で片付けるなよ。酸素欠乏症で脳をやられたって言ってるだろう」

 

先に言うな。

それでは、俺が本当に薄情な奴みたいではないか。

 

「知らん。俺だって、家に帰れば愛人を公然と侍らせている親父に対して、言いたいことが山ほどあるんでな。親父という生き物は、どこの陣営だろうと勝手で煩わしいものさ」

 

返ってくるのは、聞こえよがしな溜息だ。

比べるな、俺。

 

うちの親父は、俺が欲しいと言う前にグワジンまで寄越す親馬鹿だ。女癖だけは最悪だが、俺のことは呆れるほど猫可愛がりしている。

 

アムロ君の「父さん」は、もう息子へ目を向けていなかった。

それを認めてしまうと、俺にはもう何も言えない。

 

「……戻りましょう」

 

返事をするより先に、専用バスの扉がアムロ君の背中を隠す。

 

せめて、今夜くらいは腹いっぱい食わせてやろう。

そんなことで埋まる穴ではない。それでも、そう思わなければ何もできない。

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

三軒目の高級レストランでも、支配人は俺たちを見るなり「本日は満席でございます」と頭を下げる。

 

店内には空席がいくつも見える。

満席なのは席ではなく、支配人の度胸らしい。

 

まあ、ジオンと連邦を同じ店へ入れて、食事の途中で銃撃戦でも始められたらたまらないか。

 

気持ちは分かる。分かるが、こちらは既にアムロ君を含む大人数へ夕食を食べようと言ってしまったのだ。三軒続けて断られたから解散しようでは、あまりにも格好がつかない。

 

何より、バスの後方で沈黙したままの少年を、空腹のまま木馬へ帰したくない。

 

「ニキさん。街で一番いい肉と魚を買えるだけ買ってください。アサルムのシェフとメイドたちには、ドックで調理を始めるようにと」

 

「まあ。ずいぶん大がかりな夕食になりますね」

 

「店が俺たちを入れないなら、店より豪華なものをこちらで用意すればいい」

 

こうなれば意地だ。

 

どうせ意地だと見抜いている。ニキさんは口元へ柔らかな笑みを浮かべ、それ以上は何も言わずに手配してくれる。

 

場所ならある。港湾局の使用許可は、フロートニック家の名と金で押し通してある。

庶民派貴族でも、使える権力まで捨てた覚えはない。

 

やがて、アサルムとホワイトベースが並ぶドック広場に肉の焼ける匂いが満ち始める。

これは勝ったな。

 

何に勝ったのかは俺にも分からないが、ホワイトベースのタラップから匂いを嗅いだ連邦兵が降りてくるたび、三軒の支配人を見返してやった気分になる。

 

料理だけを見ている顔ではないな。

不死鳥連隊について何か拾えるなら、敵の宴会にだって顔を出す。俺でもそうする。

 

それでも構わない。

 

こちらも木馬の連中を直接見られるし、料理を食った程度で軍機を漏らすような部下なら、早いうちに分かる方がいい。

 

「ブライト・ノア大尉です。……フロートニック大佐、我々の停泊ドックの目の前で、いきなりこんな大掛かりな宴会を設定されますと、非常に困るのですが」

 

肉の匂いにも釣られず、ブライト大尉は俺の前へ真っすぐやってくる。

若いくせに隙がない。

 

「そう堅いことを言うな、ブライト艦長。サイド6政庁港湾局の許可は、きっちり金で取ってある」

 

「金で、ですか……」

 

そこへ反応されると、許可の取り方まで怪しまれているようで困る。

 

「我々としては、君たちとは因縁浅からぬ仲だ。宇宙で再び殺し合う前に、一度くらい腹を割って食事を共にするのも一興だと思ったのだよ。安心してくれ。ケチ臭く食事代を徴収したりはしないから」

 

しまった。さらに怪しまれた。

毒は入っていない。発信機も、今のところは仕込んでいない。そう言ったところで、かえって怪しまれるだけだろう。

 

どう説得したものか。

 

「わぁぁぁっ! お肉だ! すっごく美味しそう~~!!」

 

悩む俺の横を、ホワイトベースから降りてきた三人の子供たちが駆け抜けていく。

 

よし。援軍だ。

 

「むっ、軍艦の中に子供たちだと……!? よし、子供たちよ! こっちに最高級の美味い肉が山ほどあるぞ! 腹いっぱい食うがいい!」

 

焼きたての肉を両手に掲げたエルフが迎え撃つ。

 

普段の勇ましい口調のまま子供を相手にするものだから、騎士というより、子供をさらいに来た山賊に見えなくもない。

 

「わーい!! おばさん、ありがとうー!!」

 

笑うのはまずい。

そう思った時には、もう口元が緩んでいる。

 

「おば………………」

 

エルフが動かない。

敵の刃を喉元へ突きつけられた時でも、ここまで深刻な顔はしなかったぞ。

 

「エルフ、私服のセンスがおばさん臭いんじゃないかい? 十八歳なのにね」

 

ジュナス、お前は味方へ追撃するな。

 

「ねえねえ、この優しいお兄さんは、おばさんの何のお友達なのー?」

 

「おば……っ! ジュナスはお兄さんで……私が、おばさん……!?」

 

二発目。

駄目だ。顔を背けても笑いが漏れる。

 

「おや、君たち。子供用の低い椅子とジュースは、こちらに用意してありますよ。いらっしゃい」

 

三人ともニキさんの方へ行ってしまう。

エルフリーデだけが、その場に取り残される。

 

「はーい! 綺麗なお姉さん、ありがとうー!」

 

「……二十三歳のニキさんがお姉さんで……十八歳の私が……おばさん……だと……?」

 

子供の一言で膝まで折るとは、致命傷だな。

あれほど鍛えても防げない攻撃が、この世にはあるらしい。

 

「子供というものは実に正直なものですね、ブライト艦長。悪意ある敵には、どんなに甘い顔をしても、子供は決して懐きませんよ」

 

今考えた理屈だが、使えるものは何でも使う。

 

さあ、どうする。連れ戻せば泣く。放っておけば、敵主催の宴会を黙認したことになる。

迷惑な選択を押しつけている自覚はある。

 

「……分かりました。好意に甘えさせていただきます」

 

勝った。

今度こそ、何に勝ったのかはっきりしている。

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

ようやく自分の皿へ肉を取ったところで、聞き慣れない男の声が飛んでくる。

 

「おお……! こんなに美しいご婦人方がいらっしゃるとは、ジオンの宇宙軍も隅に置けないねぇ」

 

胸元を開けた連邦の士官が、マリアたちへグラスを掲げている。

見覚えはない。階級章は中尉だ。

 

敵の女性陣へ、よくもまあ迷いなく声をかけられるものだ。あの度胸だけなら、エースと呼んでもいいかもしれない。

 

「そりゃあもちろん! 私ほどになっちゃうとね~? 街を歩くだけで美人と言われるのは慣れてるかな~!」

 

マリアは自分が口説かれていると疑っていない。

 

「どうだい、お嬢さん方。もしよければ、ちょっとあちらの静かな席で二人きりで……」

 

「え~、どうしよっかな~? 私、これでも可愛い彼氏がいて困っちゃうんだよね~……」

 

もったいぶっている場合ではないぞ、マリア。

あの中尉の目は、既に立ち上がったクスコとエターナへ向いている。

 

「あら、色男さん。お誘いいただけるなら、私がお相手するわ」

 

「ふふっ、両手に花なんて贅沢な男ね。私、脱いでもすごく『いい女』ですよ?」

 

「ん? そこのお子様はどうしたんだい? あっちにお子様用のジュース席があるが……」

 

ああ、撃墜だ。

マリアの笑顔だけを残し、時間が止まったように見える。

 

「うふふ、行きましょう、スレッガー中尉」

 

「お子様は背伸びしたいお年頃なのよ」

 

気づけば、中尉は二人に両腕を取られたまま離れていく。

今は近寄らない方がいい。俺が慰めれば、かえって傷口へ塩を塗る。

 

そう思って視線を逸らしかけたが、マリアが見ている先にシェルドがいる。

 

いや、シェルドだけではない。

 

左腕にはマリオンが両腕を絡め、肩へ頬まで寄せている。二人の椅子は隙間がなくなるほど近い。指までしっかり絡んでいる。

 

シェルドも困った顔こそしているが、その手を振りほどこうとはしない。

 

「シェルド……これ、美味しい? ……ねえ、私にも……食べさせて?」

 

「ん? 手が塞がってて、うまく取れないの? ……って、僕の腕を放せば取れるんじゃないかな」

 

「あーん」

 

「え……それは自分で……」

 

「あーん」

 

シェルド、やめろ。

 

マリアのこめかみが引きつっている。今ならまだ、シェルドが「自分で食べろ」と突き放せば間に合う。

 

「あーん」

 

「……はい。あーん」

 

間に合わない。

 

「このおおおおおおおッッ!! シェルドーーーーーーッッ!!!!!!」

 

皿を持ったままでは止めにも入れない。

隊長の仕事に、痴話喧嘩の仲裁まで含まれているのか?

 

 

 

◇

 

 

 

「良いですか、アムロ君! ニュータイプというのは人類の革新でありまして! 私たち選ばれし優良種たるニュータイプは、オールドタイプの皆の覚醒を促し! 覚醒しない人たちを導きながら先頭に立つのです!」

 

別の方向から、もっと聞き捨てならない声が飛んでくる。

 

嫌だ。そちらは見たくない。

見なくても誰なのか分かる。

 

恐る恐る振り向けば、空のワインボトルを横へ並べたエリスが、アムロ君へ顔を寄せている。

 

「いえ……僕はただ、生き残るために必死で機械を動かしているだけで……ニュータイプとか、そういう大仰な思想はよく分かりませんし……」

 

俺もアムロ君に同意する。

酒の入ったエリスへニュータイプを語らせてはいけない。

 

人類の革新、俺への忠誠心。あいつの中では全部つながっているらしいが、俺にはいまだに経路が見えない。しかも酔うと、他人にも理解させようとする。

 

「エリス、完全に飲み過ぎだ。……すまんな、アムロ君。こいつは根が真面目すぎるんだ」

 

ありがたい。あとはマリアを――。

 

「ふざけるなよ!! 俺たちの仲間……リュウさんを殺したジオン軍と、なんでこんな仲良くディナーなんて食わなきゃならないんだ……!!」

 

その男は戻らない。俺たちの軍服が、仲間を殺した側の色であることも変わらない。

では、何と返す。

 

戦争だから仕方がない?

お互い様だ?

 

どちらも、死んだ奴の名前を知らない俺が口にすれば、薄っぺらい。

 

「それを言い出したら、私たちが目をかけていた新兵のハンスとハーディを殺した連邦軍となんて……という話になりますからね」

 

ハンスとハーディの顔が浮かぶ。

二人とも、もういない。

少年は何も言えない。俺も黙るしかない。

 

「お互い様……とは言わないがな」

 

マークの声だけが、静まり返った食卓へ落ちる。

 

「戦場で憎んで、憎んで、殺し合って……そのまま私生活まで憎悪を引きずるのは、精神がしんどいからな」

 

マークらしい。

 

憎しみまで食卓へ持ち込めば、戦場を離れても休めない。あいつは、そういうものを置いて席へ着ける。

 

俺には、なかなか真似ができない。

だから横にいてくれると助かる。

 

拳は解けない。それでも席は立たない。

 

 

 

 

 

◇

 

 

 

 

 

「……私はおばさん……私はおばさん……十八歳でおばさん……」

 

まだ言っているのか。

不覚にも、鼻から息が漏れる。俺だけではない。連邦側からも、堪えきれないような笑い声が聞こえる。

 

「なあ……そこの、ガンキャノンのパイロット」

 

「な……っ!? なんで俺がキャノン乗りだって知ってんだよ!?」

 

おい、ガンキャノン乗り。ローストビーフを山盛りにした皿を抱えて、そこで逃げ腰になるな。

 

「気高き騎士ならば、貴様の纏う火薬とオイルの匂いで見抜くなど簡単なことだ……」

 

嘘をつけ。

 

火薬とオイルの匂いだけで、ガンキャノンまで分かるものか。

おそらく勘で当てたのだろうが、今はエルフの騎士としての誇りより、乙女としての誇りの方が危機に瀕しているらしい。

 

「騎士って……エスパーかよ。気味悪ぃな……」

 

「なあ……率直に聞くが、私っておばさんに見えるか……?」

 

「……は? あんた、年はいくつだよ」

 

「十八だ」

 

おい、ガンキャノン乗り。答えを間違えるなよ。

 

今ここで三度目の致命傷を与えれば、次に宇宙へ出た時、ガンキャノンは真っ先に斬られる。

 

「なら、どう見てもピチピチのお姉さんだろうよ」

 

「そうか!!! やはりそうだよな!! よく言った、ガンキャノン!!」

 

よくやった、ガンキャノン乗り。

ガンキャノン乗りの悲鳴に、あちこちから笑い声が重なる。

 

助かった。

あのまま黙り込んでいるより、エルフリーデが暴れている方がずっといい。

 

今度こそ肉だ。

 

 

 

 

◇

 

 

 

 

「困ります! こんな敵味方入り乱れた大宴会を開くなど聞いていませんでしたよ!」

 

まだ一口も食べていない。

どうして俺の夕食は、これほど遠いのだ。

 

サイド6政庁の腕章。

まずい。許可申請書には、「ジオン軍と連邦軍の合同晩餐会」とまでは書いていない。

 

書けば通らないからである。

 

家名を出すか。追加で金を包むか。それとも、あくまで偶然同じ場所で食事を始めただけだと言い張るか。

 

まだどの言い訳にするかも決めていないのに、ゼノン大佐が先に監察官の進路を塞いでくれる。

 

「まあまあ……監察官殿。そう目くじらを立てず、こちらへどうぞ。極上のシャンパンがございます」

 

「はい……? いえ、私は職務中……」

 

酒では無理か。

なら、俺の出番――。

 

「カムラン……! あなたも、この食事会に?」

 

連邦軍の制服を着た黒髪の女性に名前を呼ばれた途端、カムランと呼ばれた男の耳まで赤くなる。

 

「あ、ああ……ミライ! 奇遇だね! ……その、同席させてもらってもいいかな?」

 

「……ええ、どうぞ」

 

「素晴らしい席だ……! 実に素晴らしい配慮だ、ジオン軍!」

 

職務はどうした。

 

俺の家名も金も、ゼノン大佐のシャンパンも必要ない。ミライと呼ばれた女性が一言かけただけで、政庁の男は宴会の擁護者へ寝返る。

 

恋とは、南極条約よりも強いらしい。

ゼノン大佐から、親指だけが返ってくる。

 

俺からも返しておこう。

これでようやく肉が食える。

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

 

仮面が邪魔だ。

 

セイラは、あの下にある顔さえ見えれば、目の前の男が誰なのか確かめられるような気がしている。

 

金色の髪。忘れられない声。幼い頃、いつもセイラの前を歩いていた兄と同じ気配。

 

それでも、もし違っていたらと思うと、名前を呼べない。

 

「どうしたのです? お二人とも、ずっと黙り込んで……」

 

二人の間へ、ララァが顔を覗かせる。

 

「……いえ……。あの……」

 

「何か用かね……? 連邦の兵士さん」

 

シャアの声は冷たい。

セイラを知らないと言い張るための声に聞こえる。

 

ララァは二人を見比べると、いきなりシャアの顔へ手を伸ばす。

 

「ラ、ララァッ!?」

 

白い仮面が外れる。

 

「兄さん……! やっぱり、キャスバル兄さんなのね!!」

 

「アルテイシア…………」

 

その名を呼ばれた瞬間、セイラの目から涙がこぼれる。

 

生きている。

本当に、兄がここにいる。

 

けれど、兄が着ているのはジオンの軍服だ。父の名を国号に使いながら、父を死へ追いやったザビ家の軍服。

 

「ふふっ。あとは兄妹水入らずで、ごゆっくりどうぞ……」

 

ララァは奪った仮面を抱え、その場から駆けていく。

 

「ララァ! 待ってくれ!! 仮面を返してくれ、頼むから!!」

 

追いかけようとした兄の前へ、セイラは立つ。

 

「兄さん! なぜジオンの軍人などに……!!」

 

「……ザビ家に復讐するためだ。父ジオン・ダイクンの仇を討つために、私は身分を偽ってここまで……」

 

「仇を討つため!? ……なら、どうして兄さんは、あのガルマ・ザビと親友のように仲良く肩を並べているのですか!!」

 

「それは……」

 

仮面がなくなったせいで、困り切った顔が隠せていない。

 

「……む、むう………………」

 

涙は止まらない。それでも、セイラは兄を抱き締める気にはなれない。

 

なぜ答えられないのか。

復讐のためと言いながら、ガルマとは笑い合っている。セイラには何一つ分からない。

 

会えたら、ただ抱き締められると思っていた。

兄は生きている。それなのに、少しも嬉しいだけでは済まない。

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

メインテーブルへ戻ると、肉はすっかり冷めている。

 

もういい。今夜の俺は、温かい食事に縁がないのだろう。

 

もう肉は諦めよう。ワインへ逃げたところで、向かいのシャリア大尉から声をかけられる。

 

「フロートニック大佐。私のような年配の男とお話しされていて、よろしいのですか? 向こうのご婦人方と歓談された方が、若い貴方には楽しいでしょうに」

 

マリアはシェルドの腕を抱え、マリオンを睨んでいる。エリスは取り上げられた酒を奪い返そうと、マークの背中へしがみついている。クスコとエターナに挟まれたスレッガー中尉は、両手に花というより、二頭の肉食獣から逃げ道を探しているように見える。

 

あそこへ行けと?

 

「いや……あいつらの相手は精神的に疲れるのでな。遠慮しておくよ」

 

今夜は既に十分働いた。

女性陣から目を逸らした先で、ブライト大尉と目が合う。

 

まだこちらを見ている。

毒なら入っていないし、食事代も取らない。これ以上、何を疑っている。

 

見つめ合っていても、俺の肉は温かくならない。

何か一つ、有益な話でもするか。

 

「ブライト艦長。ぶっちゃけた話、我々は手を取り合えるのではないか?」

 

やはり、そちらの話には警戒するか。

その反応には安心する。これなら、いつもの敵同士へ戻れる。

 

「連邦の戦力は、オデッサを落とせなかった時点ではっきり言ってジリ貧だ。そちらのホワイトベース隊という特異点さえいなくなれば、ジオンは確実に勝てるだろうと、俺は踏んでいるのだがね」

 

「……今は、単なる停戦中の食事の場ではなかったのですか、大佐」

 

「……すまない。貴族という人種は、食事の席で政治的な取引を持ちかけるのが習性になっていてな」

 

父や母との晩餐なら、料理が冷めるまで政治の話だ。

この肉が冷たいのも、作法どおりということにしておこう。

 

「……ホワイトベースは食料や物資に困っていないか? 我々の補給線から、多少なら融通してやってもいいぞ?」

 

「敵から受け取った物資に、発信機や爆弾を仕込まれてはたまりませんな」

 

もっともである。俺なら仕込む。

 

シェルドなど、もうフラウの服へ発信機を忍ばせている。ここで潔白な顔をすれば、それこそ嘘になる。

 

「お二人とも、せっかくの料理です。今は楽しみましょう」

 

シャリア大尉には、そろそろ胃薬が必要かもしれない。

胃痛へ追い込む前に、政治の話は切り上げよう。

 

「カリス様。本国およびコンスコン機動艦隊からの暗号電文です。……実は」

 

続く囁きが耳に触れ、ワインの味が消える。

コンスコン艦隊は、既にサイド6近傍まで来ている。

 

明朝には動くつもりだ。

 

狙いはホワイトベース。こちらの補給が終わるまで待てず、先に功績を奪うつもりなのだろう。

 

なるほど。

 

ガルマ閣下とキシリア閣下、その両方へ筋を通すだけでも面倒だというのに、今度はドズル閣下か。

 

こちらへ一言もなく、コンスコン艦隊を差し込んでくるとは。

 

木馬を沈めれば、功績はドズル派のもの。不死鳥連隊が追撃に必要だという話まで怪しくなる。

 

随分と露骨な横槍ではないか。

ならば、こちらも遠慮する必要はない。

 

コンスコンへ引き返せと命じる権限はない。ドズル閣下へ抗議すれば、ザビ家の内輪揉めを表へ晒すだけだ。

 

なら、木馬に沈めさせればいい。

 

ただし、明朝の初撃をまともに受けて木馬が沈んでは困る。

 

中立領域の外へ先に出し、待ち伏せがあると教えておく。こちらと何度も渡り合った木馬なら、コンスコン程度に遅れは取らない。

 

コンスコン艦隊は消える。ブライト大尉には恩が残る。

 

実に都合がいい。

 

「……ほう。コンスコンの奴、もうそこまで来ているのか」

 

ブライト大尉に聞こえるよう、わざと口に出す。

 

「ブライト大尉。我が不死鳥連隊は、機体の最終調整と補給のため、このサイド6に『あと五日ほど』滞在することになった」

 

「はあ……。それが何か?」

 

さあ、ここからは親切な敵将を演じる時間だ。

 

「そちらは……明日の『夜』にでも、サイド6を出港することをお勧めするよ」

 

当然、ブライト大尉の警戒が戻る。

 

「なぜです。我々を宇宙で待ち伏せして撃破したいのなら、出港を遅らせるべきでは?」

 

「こちらジオン公国軍にも、いろいろと派閥の事情や、功を焦る別部隊があるということですよ。……我々不死鳥連隊以外の部隊が相手なら、百戦錬磨のホワイトベース隊なら、そう遅れは取るまい……ということです」

 

派閥事情まで匂わせてやる。

味方の抜け駆けに腹を立てた大佐が、敵へ情報を流す。ブライト大尉には、そう見せておけばいい。

 

「……なるほど。こちらの動きを読んだ上で、別の伏兵がいると。……しかし、なぜ『朝』ではなく『夜』なのです?」

 

まだ疑っているな。

それでいい。疑え。罠を探せ。万全の状態でコンスコン艦隊へぶつかってくれ。

 

「明朝になれば、境界線の外側に射線を引かれます。サイド6の領域内では、交戦規定により発砲はできない。……だが、領域の外へ出た敵艦が、領域内に留まっている敵を『外側から長距離狙撃で撃ってはいけない』とは、どこにも明記されていないのですよ」

 

一瞬の沈黙。

 

伝わったな。

 

性格の悪い手だ。

俺は嫌いではない。使う側に、それを成功させる力があるならば。

 

「少なくとも一方的に初弾を受けることはありません。あとは……そちらの腕次第です」

 

返事はない。

答えは要らない。夜に出ろ。

 

俺を信じれば、恩を売れる。疑っても、警戒して出港すれば同じだ。

 

これでいい。

 

ようやくワインが飲める。

 

親父なら、「敵と食事をしながら政敵を一つ消す。ようやく貴族らしくなった」と笑うだろう。

 

腹は立つが、今夜ばかりは反論できない。




ここまで読んでいただきありがとうございます。

今回は、連邦とジオンの合同晩餐会を書きました。

エルフリーデやマリアたちの騒動、シャアとセイラの再会、カリスとブライトのやり取りなど、印象に残った場面があれば感想をいただけると嬉しいです。
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