機動戦士ガンダム 不死鳥戦記 作:だいたい大丈夫
しかし、強力な兵器と優秀な人材を集めただけでは、一つの部隊にはならない。
ソロモンへ向かう航路で、カリスたちの慣熟訓練が始まる。
宇宙世紀〇〇七九年、十二月七日。
……そこか。
右へ逃げれば、次の一発に当たる。機首を下げるのも駄目だ。あちらはわざと空けてある。
なら、ここを抜ける。
一つ、二つ、三つ。よし、抜けた。
しかし、狙いがいちいち鋭いな。こちらが避ける先へ、きっちり次を置いてくる。クスコだろう。あいつの撃ち方は、避けても逃がしてくれそうにない。
……今度はララァか。
こっちは、どちらへ逃げても待っている感じがする。殺気まで柔らかいのがかえって気持ち悪い。危ないぞと教えてくれるくせに、安全な方へは行かせてくれない。
下も駄目だな。
おい、マリオン。そのビットはどこへ行くつもりだ。俺を通り越したと思ったら、そっちから戻ってくるのか。もう少し素直に狙ってくれた方が――いや、素直に三人で撃たれても困るか。
スラスターは、これくらいでいい。吹かしすぎるとクスコの射線へ飛び込む。
……よし。
『各機へ! 規定時間経過、ビット操作訓練を終了します! パイロット各位は直ちに母艦へ帰投してください!』
ようやく終わりか。
ルナの声が、今日はありがたい。あと少し延長すると言われたら、連隊長権限で却下するところだ。
三機まとめて相手をするものではないな。性能を確かめるにも、順番というものがある。言い出したのは俺だが。
それにしても、当たらんものだ。
あれだけ撃てるなら、もっと遠くから一方的に潰せそうなものだが……。俺が避けられるかどうかより、そちらを聞いておかねばならん。
◇◇
格納庫まで戻ると、ようやく一息つける。
ヘルメットを取るだけで、随分と楽になるな。別に息を止めていたつもりはないのだが。涼しい顔をするのも、それなりに疲れる。
「お疲れ。……で、どうだ? 有視界外からのアウトレンジ攻撃は、やはりまだ無理があるか?」
「無理というわけではありません……が、非常に神経を消耗しました。それに、遠距離になればなるほど、最後の狙いもズレがちになりますね」
ララァでもそうなるか。
届くだけでは駄目なんだよな。撃つたびに休ませなければならないのでは、敵が来る時間を選んでくれない限り使えない。
「何ていうのかな……遠くに意識を置こうとすればするほど、真空を伝って余計なところの情報や他人の雑念まで一緒に流れ込んでくる感じで……集中が途切れるのよね」
クスコの方も、あまり具合はよくなさそうだ。
余計な雑念まで聞こえるのか。便利なのか不便なのか分からん能力だな。
「うん。宇宙の丸いのがどんどん大きくなると、私たちって本当にちっぽけなんだなって思った」
……すまん、マリオン。そこまで行くと分からん。
宇宙の丸いのとは何だ。どんどん大きくなるのは、何がどうなっているんだ。
まあ、分からんままでも指揮はできる。遠くへ飛ばすほど疲れて、命中率も落ちる。
その二つが分かれば、無茶な使い方はせずに済む。
俺はオカルトとは無縁の凡人軍人だしな。感覚まで理解しろと言われても困る。
「あれだけの数の全方位ビットを涼しい顔で躱しておいて、それはないんじゃないですか、大佐」
「おい、勝手に他人の心を読まないでくれ」
「はいはい。声に出ていなくても、表情で丸わかりです」
それでは、何を考えてもお前に筒抜けではないか。
俺にはお前の考えなど分からんのだぞエリス。不公平にも程がある。大体、避けるのと、宇宙の丸いのを感じるのは別の話だろう。
「フロートニック大佐! こちらが先ほどの実戦データになりますが……いやはや、素晴らしい!」
おお、博士。ちょうどいいところへ。
数値の話をしよう。丸いのがどうなるかという話より、俺にはそちらの方がありがたい。
「彼女たち三人のビットに対する反応速度も、脳波の出力値も極めて敏感だ。名実ともに『ニュータイプ部隊』の名に恥じない……と褒め称えねばならんのは、私個人としてはひどく不愉快極まりないことですがね」
そこまで嫌そうに褒めなくてもいいだろう。
三人とも目の前にいるのだぞ。昨夜は俺までまとめて撃たれそうになったというのに、また始めるつもりか。
「そう堅いことを言わないでくださいよ、博士。仕事は仕事、個人の思想は思想です。それくらい割り切って考えないと、こんな理不尽な戦争なんてやってられませんよ」
「……そうですな。大佐のその現実主義には救われますよ」
分かってくれればいい。
嫌いでも、よい結果はよい結果として出してもらわなければ困る。その点では信用できそうだ。わざわざ不愉快だと言い添える辺りに、改善の余地はあるが。
「しかし、首を傾げざるを得ないのは、あのリアム大尉とフォーリー大尉の二人ですな。彼らは脳波上、完全に『オールドタイプ』の数値を示している。それなのに、なぜ当然のようにビットの死角からの奇襲を回避し、あまつさえ母機へ反撃に転じることができるのですか!?」
ジュナスとシェルドか。
そこを俺に聞かれてもな。ジュナスの頭の中など、分からない方が幸せだと思うぞ。知りたいと言ったら、喜んで近づいてきそうなのも嫌だ。
「ああ、ジュナスはただの変態だからですよ。シェルドは……戦場で場数を踏んで、確実に成長したな」
あいつも、もう追い回されるだけではなくなったか。ビットに付き合わず、母機を狙えるなら上出来だ。
マリオンの前だから張り切った、という可能性はあるが。それで実際にやれるなら、何も文句はない。
「せ、成長の二文字で済まされますか……!? 科学の領域を超えている!」
「そう興奮しないでください。だが博士、オールドタイプの執念や経験に負ける程度のものであるなら、やはり『ニュータイプが革新である』なんて思想は、ただの都合のいい幻想なんですよ」
「なるほど……! 幻想、まさにその通りだ……!」
納得が早いな。
もう少し測定結果を調べてもいいのだぞ。思想の方はそれで結構だが、俺としては、普通のパイロットにもできる対処法を見つけてほしい。
全員にジュナスを真似しろとは、とても命じられん。
「ドレン大尉! 突撃時の回頭連携は、僕の指定した座標通りにしていただかないと困るんですけど!?」
……今度はあっちか。
ユリウス。端まで聞こえる声で、何を偉そうに言っている。お前が中尉で、向こうが大尉だということは覚えているか?
「何だとこのクソガキ! 貴様の独断専行のせいで、テイラー少佐から下りていた作戦予定と動きが狂っているだろうが!」
「へー。実戦の場で敵にそんな間抜けな言い訳が通用するとでも思っているんですか? 臨機応変に動けない兵は足手まといなんですよ」
着任二日目で、よくそこまで喧嘩を売れるものだ。
その度胸を、もう少し役に立つ方へ使えないのか。お前の指示に全艦が慌てて追従する訓練など、誰も頼んでいない。
「今は訓練だ! 訓練というのは、決められた規程動作を部隊全体で慣熟するのが目的なんだよ! 毎回お前が好き勝手に違う動きをしてどうする!」
まったくだ。
まだ互いの動きも分からん連中を集めたばかりだぞ。予定どおり動けるか確かめている最中に、その予定を勝手に変えてどうする。
あとで俺からも言わねばならんか。いや、俺が言うと余計に口答えするんだよな、あいつ。
「お前たち……年長と若造で、いい加減に見苦しい喧嘩はやめんか……」
助かった、ゼノン大佐。そのまま引き取って――。
「ふん! 揃いも揃って、柔軟性のない愚物どもめ!」
おい。
俺だけでなく、ゼノン大佐にまでその口を利くか。
「…………はあ……」
あ。
ニキさん。
それは、まずい。
鈍い音が、こちらまで聞こえる。
……うわ。側頭部へ入ったぞ。しかも、まだ止まらん。二回、いや、三回転か。
「ぶべッ!? な……な、何をするんですか貴女はッ!?」
喋れるなら大丈夫そうだな。
頭を蹴られたのに尻を押さえているのは、落ち方が悪かったのか。まあ、その元気があるなら医務室へ担ぎ込む必要もあるまい。
「私がこの連隊旗艦の艦長なのですから、私の指示と軍規には大人しく従ってもらわないと困ります」
そのとおりです。俺も、気をつけよう。
しかし、あのスカートで、よくあそこまで足が上がるものだ。裾が邪魔になるとか、そういうことはないのだろうか。
……いかん。エリスがいる。
何も考えていないぞ。今の蹴りが見事だったと感心しているだけだ。
ユリウスも、今度こそ黙ったか。
できれば、蹴られる前に分かってほしかったのだが。
◇◇
水がうまい。
訓練を終えたら少し休めると思ったのに、博士の相手とユリウスの騒ぎで、まだ喉が渇いている。士官ラウンジまで来れば、さすがに誰も怒鳴らんだろう。
「……カリス。私からも一つ聞いていいかね?」
シャアか。
質問なら構わん。新しい揉め事でなければ、いくらでも聞こう。
「なぜわざわざ、我々連隊の司令官自らが、危険を冒してビット回避役などを買って出たのだ? そのような身体を張った真似、本来の連隊長がする必要はあるまい」
「ん? ああ、あれか。あれはな、新しく合流したリック・ドムⅡやゲルググのパイロットたち向けの見せ物だよ」
エルメスの性能を調べるだけなら、別々にやれば済む。
わざわざ皆に見せる以上、俺たちの方も見てもらわなければな。
「俺たちは確かに階級こそ高いが、現場の兵士からすれば、十六歳のガキに命を預けて従うなんて、面白くないに決まっているからな」
俺でも、最初は疑う。
しかも、フロートニック家の御曹司だ。親父の金と口利きで大佐になったと思われても仕方がない。実際、親父の世話になっていないと言えば嘘になるしな。
だからといって、撃たれている最中にまで値踏みされては困る。
「だから、あいつら全員が見ている前で、ビットを平然と躱し、指揮を執る実力を見せつけてやったのさ。……だから、最初から人望と実績のあるシャリア大尉には、あんな回避役はさせてないだろ?」
あの人には、普段どおり話してもらうだけでいい。
俺が同じように落ち着いて振る舞っても、生意気なガキが偉そうにしていると取られかねん。顔と年齢で損をする部分は、別のもので補うしかないのだ。
「そういうものか……。私などは、実力など実戦で敵の首を獲って示せばよいと考えていたがね」
お前は、それで済むだろうよ。
赤い彗星が来たと聞けば、大抵の兵は納得する。俺には、まだお前ほどの名前がない。
「その最初の実戦で、指揮系統の軋轢や不信感のせいで無駄に死ぬ部下を、一人でも減らすための策だよ」
右へ行けと言った時に、本当に右でいいのかと迷われたくない。
俺の指示が気に入らないなら、帰ってから文句を言えばいい。ユリウスのように訓練で揉める分には、まだニキさんの蹴りで済む。実戦では、あいつだけの尻の痛みで終わらんからな。
「……なるほどな」
納得してくれたなら、次はお前にも手伝ってもらおうか。
仮面をかぶって横にいてくれるだけでも、それなりの効果はある。もっとも、それを言うと嫌な顔をされそうだが。
さて、身内の顔合わせばかり気にしてもいられない。
「連邦軍の大艦隊……奴らの真の標的は、ドズル中将のソロモンか、それともキシリア閣下のグラナダか……」
ソロモンへ向かっているからといって、敵までそこへ来てくれるとは限らん。
こちらが引きつけられている間に、グラナダを叩かれてはたまらない。かといって、グラナダを気にしてソロモンへの援護が遅れても困る。ドズル中将が気に入らないからといって、要塞まで連邦へくれてやるつもりはない。
もう少し、敵の動きを掴みたいな。四隻まとめて動かしてから、あちらでしたと知らされるのは御免だ。
使う場所を間違えて、まとめて沈めるわけにはいかん。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は、三機のエルメスの運用試験と、新しく集まった不死鳥連隊の慣熟訓練を書きました。
クルストの分析やユリウスとドレンの衝突、カリスが自らビット回避役を務めた理由など、印象に残ったところがあれば感想をいただけると嬉しいです。