機動戦士ガンダム 不死鳥戦記 作:だいたい大丈夫
集結を続ける連邦軍の大艦隊を前に、キシリア、ドズル、ガルマの意見は割れる。
そして、その判断を求められたのは、不死鳥連隊を率いるカリスだった。
宇宙世紀〇〇七九年、十二月八日。
「グラナダに来い、カリス大佐」
……開口一番、それか。
通信室へ呼び出された時点で、面倒な話になるとは思っていた。
わざわざ最高機密用の回線を使い、キシリア閣下だけでなく、ドズル中将とガルマ様までお揃いなのだ。昨日の訓練を褒めるためではあるまい。
しかし、行き先を勝手に決められては困る。ソロモン前哨宙域まで来ているこちらにも、燃料と予定というものがあるのだが。
「……グラナダに行けと? 突撃機動軍の本拠地へ、でありますか?」
「そうだ。連邦軍の暗号通信および艦隊の集結状況から見て、敵の大規模反攻の作戦目標がグラナダである可能性が極めて高い。我が突撃機動軍の直轄下にあるフラナガン機関の被験者たち、そして貴官の連隊が保有するニュータイプ戦力をグラナダへ集結させるのが、軍事的に最も筋の通った判断というものだ」
筋が通るのは分かる。月面拠点を狙うなら、グラナダは外せない。エルメスも三機揃ったし、こちらを頼りにしていただけるのは光栄なことだ。
ただ、敵が来る可能性が高いのと、閣下が俺たちを手元に置きたいのは、分けて考えさせてほしい。
所属まで念を押す必要があるのか。機体も人員もこちらから出しているのだから戻ってこい、と聞こえるのは俺の性格が悪いせいだろうか。
……いや、隣のドズル中将に聞かせているのかもしれんな。
「たわけたことを言うな、キシリア! 敵の目標はどう見ても我がソロモン要塞だ! 連邦の腰抜けどもが、月面深くまで補給線を伸ばして突っ込んでくる度胸などあるはずがなかろうが!」
音量を下げたい。
機密回線なのに、扉の外まで聞こえそうだ。立体映像も実物大でなくていい。
十分に大きいのに、そこから身を乗り出されると、俺まで叱られている気になる。
まあ、補給線の話はそのとおりだ。こちらの拠点を残して奥へ進めば、後ろを気にしながら戦わなければならん。
「戦いは数だ! ルナツーに集結しつつある連邦の大艦隊を迎え撃つには、戦力集中こそが唯一の正道! カリス大佐、貴様の不死鳥連隊は、我がソロモン防衛戦における決戦の予備戦力として極めて貴重だ! 直ちに全艦、ソロモンのドックへ入港させろ!」
今度はこちらか。
コンスコン少将の時には、コロニーの中から見物していろと言われたのだが。
あちらがいなくなった途端、貴重な戦力に昇格するとは、ありがたい話である。
しかし、全艦をドックへ入れろというのはいただけない。
補給を受けるためなら喜んで入る。整備員にも休ませてやりたい。だが、予備戦力として待てと言われ、そのまま出港の許可まで握られては、何のための独立連隊か分からん。
敵を見つけてから発進し、艦隊を組み直し、それから迎撃では遅い場合もある。エルメスだって、要塞の壁越しにビットを飛ばせるわけではないのだぞ。
「しかしドズル兄さん。カリスの率いる不死鳥連隊の戦力はあまりに強大です。キシリア姉さんも、そう感情的に突っかからず……今は冷静に戦局を見極めるべきではありませんか」
ガルマ様。助かります。
どちらの命令を先に断るか考えていたところだ。片方へ返事をすれば、もう片方が怒る。部下に判断を求める前に、上で統一してから呼んでいただきたい。
「ガルマよ! そういうどちらつかずの日和見な物言いはよせ!」
「ドズルの言う通りだ。ガルマ、お前は少し政治的配慮に気を配りすぎるきらいがあるな」
そこでは意見が合うのか。
間へ入った末弟に二人がかりで説教とは、ガルマ様も気の毒に。
「僕は政治屋になるつもりはありませんよ。オデッサで我が軍が有利に傾いたからといって、上層部が内輪揉めに興じる余裕など、今のジオンの国力にはないはずです」
……おお。
そこまで仰るか。
まったくもって、そのとおりです。俺もできれば申し上げたい。申し上げた後、ここを無事に出られる保証がないので黙っているが。
以前なら、もう少し遠回りに宥めようとなさっただろうに。地球であれだけ苦労をすれば、身内の機嫌ばかり取ってもいられなくなるか。
「ほう……。なら、お前にはお前なりの案があると言うのだな?」
「ええ。僕はまず、現場で宇宙を直接肌で感じているカリスの意見を聞きたい」
「私……でありますか? ガルマ閣下」
こちらへ来た。
いや、指揮官として意見を求められるのは当然なのだが。今のお二人の前で、どちらを支持するか答えろというのは、少々荷が重い。
「ジオン随一のニュータイプ部隊を率いる君だ。何か感じないか? 連邦軍の本隊がどこを狙っているのかを」
そういう意味か。
だから、俺はそういう決め方が嫌いなのですよ、ガルマ様。
何となく嫌な感じがするので、艦隊を動かしてください。何となくこちらへ来そうなので、皆で待ち伏せしましょう。そんなもので作戦を立てられたら、従う方はたまらん。
情報部の報告や偵察結果を持ち寄って、敵の位置と補給状況から考えればいいではないか。昨日、エルメスの性能を確かめたのも、使える範囲をはっきりさせるためだ。何でも分かると期待されては困る。
……もっとも、このままでは結論が出ないか。
グラナダへ来い。ソロモンへ入れ。その二つを聞き続けている間にも、連邦は動いている。
分かることだけ答えよう。何も感じなければ、そう申し上げればいい。
目を閉じると、三人の映像が見えなくなる分だけ、少し楽になる。
まず、近くのものを気にしない。艦内の話し声も、床から伝わる振動も、今はいい。意識するのは、もっと遠くだ。
……冷たいな。
ルナツーの方か。
どこまで辿っても、まだ向こうにいる。こちらを恐れているくせに、近づくのをやめようとしない。
怖いなら来なければいいのに。
嫌な感じだ。
これを浴び続ければ、こちらまで苛立ってくる。
……ああ。あそこにもいるのか。
アムロ君。君たちも、そちらへ行くんだな。
月の方はどうだ。
グラナダへ意識を向けても、さっきの圧迫感はついてこない。何もないとまでは言わん。だが、違う。
……ソロモンか。
「……そうですね。連邦軍の作戦目標は、ソロモンでしょう」
言ってしまった。
これでは博士に偉そうなことを言えんな。せめて、今の話だけは聞かれないようにしておこう。
「なぜだ、カリス大佐。グラナダを突いて月面拠点を奪う方が、ジオンに与える政治的な打撃は遥かに大きいはずだが?」
キシリア閣下なら、そこをお聞きになるか。
政治的な効果まで考えていないとは思わない。敵の司令部には、敵の計算があるはずだ。だが、俺に作戦会議の中身まで覗けるわけではない。
感じるのは、こちらへ向けられているものだけだ。
「グラナダの宙域には……敵意が向いていないからですよ」
返事がない。
まあ、そうなるだろう。俺が聞く側なら、それは結構だが証拠を出せと言う。
だが、今はそれを聞かれている。
ここで取り繕って、見てもいない情報部の資料を持ち出す方がよほど悪い。
「ルナツーから出撃してくる連邦の将兵たちが抱いているのは、政治的な名誉などではありません。彼らの胸にあるのは、開戦以来ジオン宇宙軍の要として君臨してきたドズル中将への恐怖と、それを正面から打ち破らねば後がないという切迫した殺気です」
喋っている間にも、嫌な感じが消えない。
向こうにいるのが誰か、全員の顔が分かるわけではない。なのに、どこを潰したいのかだけは、間違えようがないほど伝わってくる。
ソロモンだ。
あそこを落とすまで、止まる気がない。
「その敵意の矛先は、真っ直ぐにソロモンへ向いています。グラナダ方面の艦隊の動きは、陽動でしょう」
「ハハハハハッ! ほれ見ろキシリア! 若き大佐の観察眼ですら見抜いておるわ! 連邦の狙いは我がソロモン要塞だ!」
閣下。そんなに喜ぶ話ではありませんよ。
ご自分の要塞へ敵の主力が来るのです。妹君に言い勝ったことより、そちらを気にしていただきたい。
「ただし、具体的な艦隊の位置も、攻撃開始の時刻も分かりません。偵察による確認は必要です」
ここだけは申し上げておく。
敵がソロモンを狙っているという話と、俺に何でも分かるという話は違う。次に何時何分から砲撃が始まるか聞かれても、答えようがない。
ガルマ様、そんなに頷かれても困ります。
役に立てたことは嬉しいのですがね。次から会議のたびに俺を呼べば済む、とは思わないでいただきたい。
キシリア閣下から反論がないのも、かえって気になる。
納得してくださったのか。ガルマ様の前なので、それ以上は仰らないのか。そこまでは分からん。人の考えが何でも読めるなら、まず今の閣下にどう返事をすればいいか教えてほしいものだ。
◇◇
……ようやく終わったか。
三人の映像が消えると、円卓が随分と広く見える。ドズル中将一人で、どれだけ場所を取っていたんだ。
しかし、これで休めるわけでもない。
次に聞かれるのは、そこで俺たちが何をするかだ。敵の目標を当てました、それでは失礼します、とはいかん。
ドックに入って待つのは避けたいな。
予備戦力が必要なのは分かる。最初から全部出してしまえば、どこかを突破された時に回す部隊がなくなる。そのために俺たちを残しておきたいというのも、理屈は通る。
ただ、待つ場所まで要塞の中である必要があるか?
出口を押さえられてから出撃を命じられても困る。外へ出るだけで損害を受け、そのまま敵の正面へ向かう羽目になっては、四隻揃えた意味がない。
エルメスを遠くへ出せば済むわけでもない。昨日、三人が何と言ったか忘れるな。距離を伸ばすほど疲れ、狙いも甘くなる。こちらだけ安全な場所に隠れて、あいつらへ全部任せる作戦など立てられん。
最初から外にいた方がいい。
要塞へ向かう敵の横を叩くにしても、追われている味方を拾うにしても、進路を選べるだけの余地が欲しい。
ドズル中将には、その辺りから話を通すか。
まずはシャアとニキさんに相談だな。航路と補給まで詰めてから持っていこう。
……それにしても、まだ冷たい。
回線を切れば、少しはましになると思ったのだが。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は、迫りつつある連邦軍の大攻勢と、不死鳥連隊を巡るザビ家の思惑を書きました。
キシリア、ドズル、ガルマそれぞれの主張や、カリスが感じ取った敵意、今後の不死鳥連隊の運用など、印象に残ったところがあれば感想をいただけると嬉しいです。